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藏元は、特別な存在だ。
そんなこと、結構前から自覚していたつもりだった。
だけど昨日、名前を呼んでみようか考えて、その時溢れそうになった気持ちに気付いて、俺は自分の気持ちを、更に明確に自覚した。
俺は、俺が、藏元が、思っている以上に藏元に惚れている。
それを脳で理解してしまった今、怖がっている自分が一線を引こうと騒ぎ立てている。
俺はこれから、どうしていくべきなんだろうか。
朝、いつもよりほんの少しだけ早くに学校に着いた俺は悩みのなかに意識があって、殆ど上の空で教室に入った。廊下や階段を歩いてきた記憶も既に無い。
席に着いて何となしにため息が出たとき、渡辺を先頭にクラスメイトたちが慌てた様子で駆け寄ってきた。
今はあまり、他人の相談を聞いている余裕は無いのだけど……
「成崎くん大変っ!!」
「おはよー、どうしたの?朝から皆、顔が怖いよぉ」
「呑気にそんなこと言ってないで、すぐ風紀委員会室に行って!!」
「え゛ぇ?」
昨日の今日で、立て続けにその単語は聞きたくない。
「朝、藏元くんが風紀委員長様に放送で呼び出されたの!!」
「えー……?」
凄い剣幕で話す皆とは対照的に、俺はげんなりとやる気を削がれていく。
早速やってんのかいあの下衆委員長。そりゃ、事情知らない人たちからしたら大事件だもんな。こんな騒ぎにもなるよな。でもこの件は藏元に任せるって言っちゃったし、俺が行ったら逆に邪魔になるんだよなぁ……
「成崎くん!面倒くさがってないで早く行きなさい!!」
「いや、面倒くさいとか、別にそういうわけじゃ……」
「僕には分かるよ!?風紀委員長様は、高潔で、尊い御方。あんな高貴な御方と関わりを持つなんて、躊躇うのも当然だよね!」
何を分かったんだよ。これっぽっちも分かってねぇよ。尊いとか高貴とか、そんなこと全然思ってねぇよ。下衆呼ばわりならしましたよ。ごめんなさいね。
「藏元くんが風紀に呼ばれるなんて……絶対、何か誤解されてるんだよ!」
……凄いなぁ藏元。ここにいる全員が庇ってくれる程、信頼されている。
その光景を、真剣に話している彼らに怒られない程度にぼんやりと眺めていると、ひとりが強く訴えてきた。
「恋人の成崎くんが助けに行かないでどうするの!!?」
「…………」
恋人……………………
「…………みんな、……藏元を、心配してくれてありがとう。でも、違うんだよ」
「……?」
「風紀委員長様と藏元は、ある約束をして……それで暫く、藏元は風紀委員長様の」
下僕、なんてあの下衆委員長が勝手に言っているだけだ。俺は下僕なんて響き、認めない。
「仕事の手伝いをすることになったんだよ」
「えっ……じゃあ……?」
「んー。何かやらかして呼び出されたわけじゃないと思うから、大丈夫じゃないかな」
「なんだ……そっか、……よかったぁ」
皆の緊張が解れ、いつもの空気に戻っていく。
「でもでも、その約束って何?」
「成崎くんはそれまで知ってるんでしょー?」
「……それは、第三者の俺が勝手に話せることじゃないから」
「出たよ相談員成崎くん!」
「個人情報はかたく守ります!ってねー」
よくあるプライバシーポリシーの一文を読み上げるように呟いた生徒たちはケラケラ笑うだけで特に追求してくることはなかった。
チャイムが鳴り出し、皆が席に着くなか、俺は机の木目を意味もなく眺めた。
俺が藏元の恋人、かぁ…………。
全然……、全然……
「嫌じゃないんだよなぁ…………」
唇から小さく溢れた言葉は誰に届くのでもなく、そのまま消えた。
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