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エピローグ

       エピローグ  桜の花びらがひとひら、肩口に舞い落ちた。風流だ。望月は、おぼろ月を仰いで白い歯をこぼした。  うらうらと陽が照っていた日中とは異なり、夜風は冷たい。スプリングコートの衿をかき合わせて、自社ビルが面する通りを駅とは反対方向に歩きだす。すると、そこに追いついてきた田所に肩をぽんと叩かれた。 「寄り道してくのか。晩飯を食べていくところなら一緒しないか」 「透真……いえ山岸くんとこの近くで待ち合わせをしていて、それで……」 「へぇえ、ラブラブなんだ。そうだ、おめでとう。秘書室に抜擢とは大出世じゃないか」 「はあ、荷が勝ちすぎで胃が痛いです」  先般、勉強会の席で一席ぶった件が社長の耳に入り、度胸を買われて、肝煎りという形で異動を命じる旨の辞令が下りたのだった。 「そういや、LGBTの社員が対象のパートナー制度が本決まりになる見通しだってな」 「ぜひとも取得第一号になってください」  望月は声を弾ませた。うってかわって口ごもり、一拍おいて、カップル誕生に至るいきさつを知られている気安さに甘えてぼやいた。 「今の若い子は独占欲が強いのでしょうか。山岸くんに日に最低五回のLINEを義務づけられてるのが正直、重荷で」 「愚痴るふりしてノロケる技をマスターするとは大した進歩だな。愛が重いねえ、はぁあ、贅沢な悩みだ」  背中をどやしつけられて、つんのめった。釣った魚に餌を与えすぎるというか、公約どおり愛情で雁字搦めにしてくるというか。山岸流の愛し方がいささか鬱陶しい、といえば確かにバチがあたる。  今夜にしても山岸がレンタカーで迎えにきてくれて、ドライブがてら隣県の城址公園に夜桜見物にいくのだ。  彼曰く〝オプションはカーセックス。  などという、頭の中に虫が湧いたような戯言(たわごと)は聞き流しておくに限るが。  と、ルーフを開け放してあるオープンカーが通りの反対側に停まった。望月は、短くクラクションを鳴らす山岸に手を振って応えた。  田所にぺこりと頭を下げた。冷やかす体の口笛に送られて交差点へと急ぐ。歩行者用の青信号が点滅しはじめた。  片側三車線の大きな通りだ。渡りきれるか? 無理かもしれない。だが当たってくだけろで告ってみたら両思いになった。そう、何事も挑戦してみなければ始まらない。   望月は、コートをはためかせて駆けだした。  恋は刺激に満ちているほうが断然、素晴らしい。人生は一度きり。楽しんでナンボだ。  時には冒険するくらいでなくっちゃ損をする。     ──了──

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