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11話-6 ストレンジ・アライアンス

「そうかもしれませんね」 「……っ」  入谷は柔らかく笑い、さらりと肯定する。ぐ、と喉を詰まらせる俺の顎を、恋人のたおやかな指が捕らえた。 「でも、僕が触れたいと思うのはあなただけですから。それでは足りませんか?」 「……いや」  ふわりと唇が重なった。緊張の反動か、すぐに箍が外れたようになってキスが深まる。相手の全身をまさぐりながらめちゃくちゃに舌を絡める。  キスの応酬が一段落ついた頃、顔を離した俺の目をじっと見ながら、「僕はあなたに謝らなければなりません」と入谷が囁いた。 「謝る? 何を、どうして――」 「僕は今日までずっと勘違いしていました。常葉くんについて誤解していた。僕と同じような意味で、あなたを好きなのでは、と。早合点して、身勝手にも怒ってしまったことがありましたよね。申し訳ありません。あれは明確な過ちでした」 「そんなこと……」  記憶を浚えば、朧気に浮かぶ場面がある。入谷に常葉の話をした日のことだろう。あのとき彼は確か、『どうしようもなく腹が立っています。自分自身に』だとか、『僕はすべきではないことをしてしまった。あなたの気持ちを踏みにじってしまいました』などと言っていなかったか。そうか、だから今日も常葉に対して態度が少し刺々しかったのか。入谷は彼をいわば恋敵(こいがたき)だと思っていたのだ。 「あれは……仕方ないでしょう。俺が彼の推しについて話さなかったから、紫音くんは知らなかったんだし」 「でも、してしまったことは事実です。ね、お仕置きが必要だと思いませんか?」  お、お仕置き? 実生活で初めて聞くひそやかな単語にどきりとする。こちらを見返す入谷の目は、深い森の暗がりへ誘うような、深淵な光をたたえていた。行ったら戻ってこられないような、そんな深い森の奥へ。 「でも俺は――特に気にしてないけどな」 「僕の気が済まないんです。どうか我が儘を聞いてはくれませんか?」 「……分かったよ」  好きな人に懇願されては折れるしかない。小さく唾を飲みこみ、俺は浅くうなずいた。入谷の一重の目が弓の形を描いた。 「あの……柾之さん。これは僕でも、少々恥ずかしいのですが」  入谷の寝室のベッド。その上で恥じらっている家の(あるじ)を見下ろし、目を細める。  彼は今、上半身にワイシャツとアンダーシャツ、下半身にソックスだけを身につけていた。下着は既にベッドの下だ。そのうえ、両手首は留め具を抜いたループタイで後ろ手に縛られている。拘束したのは、この俺だ。  恥と不安と期待とが複雑に入り交じった表情の彼に、にこりと笑みを向けてみる。 「似合ってるから大丈夫だよ。それに、俺しか見てないし」 「……!」  入谷の傍らに寄り添うように膝をつく。そして耳に口を寄せ、囁いた。 「君が喜ぶことじゃ、お仕置きにならないでしょう?」 「っ、それは……」  いつも余裕を漂わせている恋人の眸が揺れている。言い返す言葉を探すけれど、見つからなかったみたいだ。その困っている様子が可愛らしくて、くすりと笑ってしまう。好きな人を苛めて悦ぶような性癖は持っていないと思っていたのに、入谷の前ではこれまでの経験など些細な塵のように容易く吹き飛んでしまう。  手を伸ばして張りのあるふくらはぎに触れると、入谷の体がぴくりと身動いだ。ソックスの固定具が彼を戒めているように見える。服の下にこんなものを隠して涼しい顔をしていたなんて、舌を巻いてしまう。 「これ、ソックスガーターって言うんだっけ? なんか、エロいね」  ふくらはぎから内腿までを掌で何度か撫でる。さらさらとしていた脚の表面がじんわりと熱を持ち、しっとりとしてくるのが分かった。 「柾之さん……」と入谷が熱っぽく俺を呼ばう。その声に追い立てられるように、恋人の股のあいだに体を滑りこませ、脚を大きく割り開く。シャツがまくれて、隠すもののない局部があらわになった。期待からか羞恥からか、そこは既に緩く起ち上がっている。  俺はさらに体を屈め、形のよい性器に顔を近づけた。何をするつもりか悟った入谷が焦った声を上げる。 「柾之さん! そんなこと、しなくていいですから……!」 「俺がしたいんだよ。だから、大丈夫」 「……あ、んっ」  昂りの表面に舌を這わせると、途端に入谷の喉から嬌声が迸った。もちろん俺は、男性器の口淫なんて初めてだ。考えながら表面を舐めたり、先端を含んだりしているうちに、芯の方から固くなっていくのが分かる。 「や、んうっ! 柾之さ、待って……っ」  入谷の声は徐々に甘く、輪郭を溶かしていく。今まで入谷が俺にしてくれたことを思い出しながら、舌で竿の部分を愛撫し、指先で陰嚢を混ぜるようにこねる。何しろ経験がないし、巧くはないと思うが、相手の思考は俺が与える刺激に占められていることだろう。想像すると、それが嬉しい。 「本当に、初めてですか? なんだか……巧すぎませんか?」  水音を立てながら続けていると、焦燥を含んだ声が頭の上から降ってくる。俺に身をもって手本を示してくれた本人が、この状況で不安がっているのが少し可笑しかった。  入谷の昂りが育ちきったところで口淫を中断する。身を離せば、色を濃くした性器が俺の唾液にまみれ、てらてらと光っていた。極めて淫靡な光景だ。  途中で解放されたのが辛いのだろう、こちらを見る入谷の視線はしがみつくように健気で、生理的な涙で潤んでいた。 「柾之さん……?」 「いい機会だから訊きたいんだけど、前から気になってたことがあるんだよね」 「何でしょう……」入谷の声は上擦っている。 「初めてセックスしたときのこと。紫音くん、『おっきい』って言ったの覚えてる? よく考えるとさ、それって何か比較対象がないと出てこない言葉じゃないかなと思って」 「……それは」 「別に、俺が初めてだっていう紫音くんの言葉を疑ってるわけじゃないよ。ちょっと気になっただけ。何か理由があるなら聞いてみたくてね」  我ながら陰湿な、嫌な言い方をしているなと思う。だがこれくらいしか〝お仕置き〟に相当しそうな話題が見つからなかったのだ。それに、気になっていたのは半分は本当だ。  入谷は二、三度喘ぐように呼吸したかと思うと、表情を引き締めて話しだした。 「初めてセックスした相手があなたというのは決して間違いじゃありません。ですが、その――前からオモチャを使って慣らしていたので。それと比べて、という意味で言ったと思います」 「ふうん。どんなオモチャ?」 「それは……張形(はりがた)と言いますか、いわゆるディルド……です」 「そっか。それって今も持ってるの?」 「はい……そこの、引き出しの中に」  腕を拘束された入谷が顎で引き出しの場所を示す。歩み寄って中を(あらた)めてみれば、確かにケースに入ったディルドがそこに収まっていた。取り出してみると、それはどぎついピンク色で弾力があり、なかなかの存在感と重量感を持っていた。 「つまりこの〝彼〟と、俺より先にセックスしたんだね?」 「そう、です」 「じゃあ、彼とセックスするところ、見せてよ。俺に、今ここで」 「え……」  唖然としてこちらを見上げる入谷の視線の先で、俺はそそり立ったディルドを捧げ持ち、引き出しの隣に入っていたローションを〝彼〟へどろどろに塗りたくる。そして、ベッドの上でもぞもぞと距離を取ろうとしている入谷の後ろにひた、と押し当てた。 「本当に嫌ならそう言ってよ。いつでもやめるから」 「柾之さん……あ、あぁ……」  言いながらディルドをぐっと押し込む。ついに入谷から制止の声は上がらなかった。入谷の後孔はさしたる抵抗もなく派手な色のそれを受け入れ、飲み込んでいく。 「ひあっ、あん、これ……っ」  手応えで入谷の中が〝彼〟をきつく締め上げているのが分かった。ディルドを前後させれば、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が激しくなる。恋人はシーツをひしと掴み、快感に耐えている。股ぐらでは猛ったままのぺニスがぶるぶると揺れていた。  ディルドを自分の手で出し入れしながら、俺は恋人が目の前で誰かに犯されているのを見るような、昏い倒錯と陶酔を味わっていた。 「紫音くん、どう? やっぱり初めての相手は格別? ねえ、俺のとどっちがいい?」  入谷に覆い被さるようにして、黒髪を掻き分けて耳管に直接吹き込む。 「はあ、ん、あぁ……っ」 「ん?」 「あなたのが、いい……、柾之さんの、欲しい……」  喘ぎ声から途切れ途切れに聞こえた嘆願。それが思いがけずまっすぐで、ひたむきで。俺は思わず息を飲む。正直、入谷のストレートな言葉に深く食らっていた。 「あなたのでめちゃくちゃになりたい……」  入谷の深い色の眸から、涙がつうと筋になってこぼれ落ちる。 「っ、ごめん! 紫音くん」  急き立てられるようにディルドを抜き、ループタイの戒めをほどく。自由を取り戻した入谷は、意外とあっけらかんとしていた。上体を起こして唇をわずかに尖らせる。 「えー、もう終わりですか? お仕置きは」 「うん、ちょっともう俺の方が耐えられなくなった」 「少し残念です。あなたの(サド)成分がいい感じに出ていたのに」  それに関しては申し訳ないと重ねて言う他にない。けれど、セックスが仕置きであっていいはずがないと思ってしまったのだ。どうせ肌を重ねるなら俺は、互いの愛情を確かめる時間にしたい。 「俺にはたぶん向いてないよ。俺は君を大切にしたいから」 「では今度は、存分に愛して下さいますね? 期待していますよ、柾之」 「うん、任せて……と胸を張っては言えないけど、頑張るよ。紫音くん」  鼻を擦り合わせ、笑みを含んだ目を合わせてくすくすと笑い合う。入谷はずっと、常葉のことを心のどこかに引っかけたままで俺と関わっていたのだろう。それも今日までで終わりだ。懸念は今や、砂上の蜃気楼のように消え去ったのだ。  嬉しかった。憂いのない恋人との交わりが、舞い上がりそうになるほどに。  今度は自分の番だと示すように入谷が俺の上にのしかかってくる。その生々しい重さがひどく愛おしい。

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