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4話-5 ジェリーフィッシュ・ライフ

「そんなことを言って……知らないですよ、どうなっても。俺自身、今の自分が何をするか予想できないんですから」 「ふふ。大丈夫ですよ、何をされても。あなた相手なら」  熱い血液が全身を駆け巡っていく。自分の息がびっくりするほど荒くなっている。  相手のシャツをはだけさせ、ややくすんだピンク色の胸の尖りに舌を這わせた。入谷の体が驚いたように身動ぎする。  舐め上げ、甘噛みし、口に含んで、舌先でつつく。反対の胸では指で摘まんだり、掌でころころ転がしたりする動作を。そうしているうち、入谷の顎が徐々に天井を向いた。 「ん、ぁ……」というそれは、初めて聞く入谷の甘い喘ぎ声だった。まるで小鳥が(さえず)っているような控えめな調子だ。  ――どうしよう。可愛い。 「胸、気持ちいいんですか?」 「は、い」  入谷の顔色を確認すると、白皙の頬は上気して朱が散っていた。  彼の言葉を裏打ちするように、俺の腹のあたりには硬く昂ったものが当たり始めている。胸を弄りつつ、手を伸ばして下着の上から下腹部に触れると、入谷の全身が跳ねた。ベルトを外し、昂りを外へと導いてやる。肌の冷たさに反してそれは熱っぽく腫れており、既にたっぷり濡れていた。上下に扱いてやると簡単に固さが増す。 「は、あ、んん……柾之さんのゆび、気持ちい、い……」  恥じらい混じりだった喘ぎはどんどん甘やかに蕩けていく。入谷はこちらの首に腕を巻きつけ、しがみついていた。まるで水に溺れないよう抗うみたいに。そんな初心(うぶ)とも言える様子に、俺の内心はざわざわと落ち着かなかった。果たしてこの人は、俺の上に乗って勝ち誇った表情をしていたあの入谷紫音と同一人物なのだろうか?  こうして善がる様子も演技かもしれないが、それに騙されてもかまわない、という気持ちに今はなっていた。  入谷の声が高くなり、吐息が切迫し始める。そろそろ出るかな、と予期し始めた頃、彼の目元を見た俺ははっとした。涙で(ひとみ)が潤み、滴が今にも目尻から流れ出そうになっていたからだ。  正直言って、(ひる)んだ。本当は泣くほど嫌だったのか? 手が止まってしまう。相手の嫌がることを無理にしたら、それは犯罪だ。 「す、すみません。大丈夫ですか?」 「やめないで……」  気遣えば、返ってきたのは懇願とも言える必死な声。その差し迫った空気に、弾かれるようにして手の動きを再開した。  はああぁ、という盛大な溜め息とともに入谷が達する。身を丸めるようにした入谷は、びくびくと吐き出される白濁を自身の掌で受け止めた。と同時に、とうとう涙がつうとこぼれて顔に筋を作る。  サイドテーブルにあったティッシュの箱を差し出しながら、決まり悪い心持ちで俺は弁解した。 「あの……申し訳ない。泣かせるつもりじゃなかったんですが」 「謝らないで下さい。柾之さんから触ってもらえたのが、嬉しかったのです」 「え? な、泣くほどですか?」  予想外の理由に、びっくりして相手をまじまじと見てしまう。確かにこれまで、こちらから入谷に触れることはほぼなかったのは確かだが――。  いつも掴みどころのない青年の実像が、また分からなくなった。殊勝な言葉の裏で何を考えているのか、と勘繰ってしまう。 「信じておられないようですね」 「それは……その。慣れているようにも、簡単に触らせてるようにも見えたので」 「そうか」簡単に見えているんですね、と入谷は自らに聞かせるように呟く。「これでもずっと緊張しているんですが」  入谷の手に手首を取られた。今度は左胸の上へと、ぎゅっと掌を押しつけられる格好になる。行動の意味を理解して、息を飲んだ。  先ほど触れた際には気づかなかったけれど、入谷の速い心臓の鼓動が直接肌に伝わってくる。これが早鐘を打っているということか、と感心してしまうほどの速度だった。  入谷は遠いものを思うように、寂しげに笑う。 「緊張が顔に出ないというのも、考えものですね」 「入谷さん――」 「ね、紫音と呼んで頂けませんか」 「……紫音、さん」 「もう一声」 「紫音……くん」 「まあ、及第点としましょう」  青年写真家は今度はいたずらっぽい表情を浮かべ、口元を弓形に笑ませる。  そして、ひたり、と心に這い添ってくるような声音で続けた。 「実を言いますと、このあいだからあなたに会う前には、準備をしてきていたんですよ」 「準備、ですか?」 「見れば分かります」  ご覧になりますか……、と入谷が息混じりに問いかけてくる。頷けば取り返しのつかない事態になることは明白だった。体は硬直するものの、心は好奇心で疼いた。  俺の眼前で、入谷の両手の長い指が、立てた膝の上からあらわになった太腿へと舐めるように辿っていく。俺に見せつけ、欲を煽るための、それは扇情的な動きだった。  入谷の敏感な部分を隠していた下着が下ろされ、無造作に脱ぎ捨てられる。腿が大きく開かれて、掌は内腿の奥へとするりと滑り込んでいった。腰が浮き、後ろへと伸びた指先は、とうとうそこへ到達した。  体の一番奥。後孔からは既にとろりとした液体がこぼれそうになっていて、俺は入谷の言った"準備"の意味を知る。(あな)はこちらを誘うようにひくりと動いて、今まで目にしたどんなものより淫靡に感じた。 「ほら、ここ……お分かりでしょう?」  激しく胸が高鳴っている。見ているだけなのに、呼吸が荒く、熱くなる。股間が痛い。心臓が破れそうだ。  美食を前にしたときのように、込み上げてきた生唾をごくりと飲み下す。  ――この人の、もっと乱れた姿を見てみたい。  入谷は身を起こして、ベッドの上で立ち膝になっていた俺へ手を伸ばした。膨らんだままの股間をつうと撫で上げ、色っぽくほほえむ。 「柾之さん。この前の続きをしましょう?」  砂糖よりも甘い誘惑に、俺は抗えなかった。  心臓が激しく肋骨の内側を叩く。  俺は入谷に導かれ、緊張と興奮で震える指先を相手の後ろへと伸ばしつつあった。 「僕のいいところ、柾之さんに知ってほしいんです」  入谷は何かをねだるように言う。手首を掴んだ入谷の手には力が入って強ばっており、それでも逡巡することなく後孔を目指す。  焦れるような数秒間。  そして、遂に。決定的なところへ、指が届いた。  緊張しすぎて唾もうまく飲み込めない。入り口へと指の先を押し当てると、蕩けていたそこは待ち構えていたように、容易く指を飲み込んだ。  柔らかい。柔らかくて、熱くて、包まれる。頭がぼうっとなった。  入り口付近はきゅうと締まって指の腹を締め付けてくるが、それより中はふわふわとした感触だ。彼の体の内部を、俺の指が犯している。そう思うとたまらなかった。  俺を想い、準備してきた入谷の姿を、脳が勝手に想像してしまう。シャワーで体の隅々を丁寧に洗い、後ろを念入りにほぐしてきた彼の一連の行動を。  入谷は、はっ、はっ、と浅く速い呼吸を繰り返している。やや苦しそうにも見える。 「大丈夫、ですか? 痛くない?」 「はい……。他人(ひと)に触ってもらうのが、初めてなので……刺激が強くて。気持ちいい、です」 「え……」  本当に? てっきり場慣れしているのものだと思っていたので意外だったが、こんなところで嘘をつく必要もないのは確かだ。切なそうな色を浮かべる入谷の表情を見ると、心臓のあるあたりがきゅうと締め付けられる。  入谷はもっと、もっと奥、と呻くように嘆願する。中のうねるような蠢きに急かされて指をぐっと押し進めると、周りとはなんとなく感触の異なる部分があった。そこを刺激した途端、身を閉じるようにしていた入谷の全身がびくりと外側に反って、こちらの脳髄を甘く引っかくような喘ぎがこぼれる。 「気持ちいい? ここですか?」 「はい……そこの、感触が違うところ……分かりますか」 「うん、分かる」  先ほどより心持ち強めに刺激してみる。入谷は何かに耐えるように目を閉じながら、いやいやをする子供みたいに頭をふるふると横に振る。 「あ、あ……っ」  入谷の手が背中に回ってきて、切羽詰まっているようにぎゅうっと力がこもる。そんな可愛らしいことをされて、自分の理性がどこかに遠退(とおの)いていくのを感じた。  相手が嫌がっていないなら、別にいいじゃないか。お互いに気持ちよくなるのに、小難しい理由をつける必要があるのか? 何をそんなに思い悩むことがある? 「紫音くん……挿れてほしいの?」  一瞬、それが誰の声なのか分からなかった。さらりと自分の口から流れ出たそれは、いつもの己の声とは温度がまるで違っていたからだ。脳は焼き切れそうになって、思考は()だってぼんやりしているのに、声だけが冷徹とも言えるほど冷めている。そんな声音で問いかけたことに、内心自分でもどこか驚いていた。  入谷は目を少し丸くしたが、それも刹那のことだった。すぐにほくろのある目元をまろやかに溶かして、柔らかい絹のような調子で言う。 「はい、柾之さんの……奥まで欲しいです」  とろりと微笑する入谷は、乱れたシャツを肩にひっかけた状態なのも相まって、言いようもなく淫靡な雰囲気を纏っていた。  彼の中に挿れたら、きっと気持ちがいいのだろう。想像すると下半身が溶け落ちそうになる。何せ、指だけでこんなに気持ちいいのだから。  セックスなんていつぶりか忘れてしまった。彼相手のセックスは、きっと格別だろう。 「ゴム、あったかな」  そう呟く冷静な声は、本当に俺のものなのだろうか。  視線が交錯して、そのあいだだけ時間がしばし静止したように思えた。  そして、唐突に。  インターホンの音が鳴り響く。示し合わせたように二人の体が同時に跳ねる。  なぜこんなタイミングで。配達か? セールスか? 施設の点検か? しばらくしたら立ち去るだろうか。  そんな予想を裏切るように、インターホンはやかましく何回も鳴らされる。どうやら出てくるまで諦めるつもりはないらしい。俺は入谷と目を合わせて苦笑する。すっかり場が白けてしまった。こんな雰囲気では続きをしようがない。

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