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2 高校編 1 晩春‐②
翌日、自転車でなく電車で待ち合わせ場所まで向かった。水野は先に来ていて、昨日のベンチに座って待っていた。おはようと声をかけたが、その姿に面を食らう。
まさかの制服姿。詰襟の第一ボタンまできっちり留めて、しかも膝には革の学生鞄。いつも学校に持ってきてるやつ。いや、俺もいつも学校に背負っていってる黒のリュックだけど、それとこれとは話が違う。っていうか、今時学生鞄を持ってる人なんてそうそういない。クラスでも大半はリュック、それかスクールバッグを使っている。
「どうした? 早く行こう」
「あ、いや……なんで制服なの」
「なんでって、これが正装なんだろ。お前こそ、何だその恰好は」
「何だって逆に何だよ、普通でしょ」
そう、普通だ。パーカーにジーンズ。これといって特徴はないけど、休日に制服着てるやつよりは普通だ。しかし水野は首を傾げて訝る。
「……おれがおかしいのか?」
「おかしいっていうか……だって動きにくくない? 汚れても困るし。休みの日くらい好きな服着たいだろ?」
「学生はこれを着ていればいいと聞いたんだけどな」
「学校ではそれでいいけどさ。普段着持ってねぇの? 家では何着てる?」
「木綿の着流し。洋服はこれしか持ってない」
着流し? 着物のことだろうか。どちらにしろ俺が気になるので、駅前のモールで服を揃えることにした。水野は素直に俺の後をついてきた。
「でっかい建物だな。地震で倒れたりしないのか?」
空を見上げて言う。でかいっちゃでかいが、八階程度である。
「こ、この動く階段、乗らなきゃだめか?」
「大丈夫だから。初めてなの?」
「違うけど、苦手だ……」
「転びそうになったら助けてやるから、思い切って乗ってみろよ」
人混みにも気後れしているようだった。今日は土曜日だし、このモールへ来れば一通り物が揃うので、家族連れもカップルも友達同士のグループも多かった。そのくせ通路が狭いから、慣れていないと人にぶつかったり、足を踏んだり踏まれたりする。
もちろん俺はそんなことないんだけど、水野は不慣れなので歩きにくいようだった。俺の後ろにぴったりくっついてリュックを掴んでいる。見えないようにしているみたいだけどバレバレである。なんだか健気でかわいい。
「人混み怖い?」
「別に、怖いとかじゃ……」
「じゃあ苦手?」
「……少し」
「迷子にならないように気を付けろよ」
六階にあるユニクロも、やっぱり混んでいた。水野もやっぱり尻込みしているから、俺が適当に服を選んで、試着室まで持っていってやる。
「この暖簾の向こうで着替えるのか?」
「そうだよ。ほら、後つかえてるから早く。着方はわかるよな。ここで待ってるから、終わったら呼べよ」
しばし待つ。小柄で色白だから女装しても似合いそうだな、セーラー服に赤いタイ、ブレザーに赤いリボン、案外いいかもしれない……とわけのわからないことを考える。とはいえ用意したのはメンズのシャツとパンツなので、着替え終わった水野も普通にそれを着て出てきた。
「こ、これでいいのか? よくわからない……」
恥ずかしそうに言う。
「おー、いいんじゃねぇの。サイズはどう? きついとか緩いとか」
「上は大丈夫だけど、このズボンはちょっときつい。太腿が締め付けられる」
「えー、でもそれそういう服だからなぁ。嫌なら大きいやつ持ってこようか? せっかく似合ってるけど」
「あ……じゃあいい。これでいい」
試着したものを一式買ってそのまま着ていき、代わりに脱いだ制服を袋に詰めてもらった。これで少しは様になる。が、足元はローファーのままなので堅苦しさが残る。一つ下の階に下りて靴を見る。
「このままじゃだめなのか?」
「だめってわけじゃないけど、どうせだから全部買っちゃおうぜ。普段は何履いてるの。それしかないってことないだろ」
「着流しの時は草履を履く」
「草履? ってどんなんだっけ。下駄ならわかるんだけど。似てるやつ?」
「うーん、まぁ、ちょっと違うけど」
とりあえずスニーカーがいいんじゃないかということで、色々勧めてみる。シンプルで高価すぎないものを見繕って、とりあえず履かせてみる。靴紐が結べなくてぐちゃぐちゃになっていたので、手伝ってやる。
「どう? きついとか緩いとか」
「ん……よくわからない。お前が履いてるそれはどこで買ったんだ?」
去年の夏にアウトレットで手に入れたものだ。アウトレットでも結構高かったので、誕生日プレゼントとして親に買ってもらった。学校にも休みの日にも履いている、お気に入りである。
「おれも同じやつがほしい」
「あー、同じやつはもう売ってないかもな」
「特別な逸品なのか?」
「そういうんじゃなくて、入れ替えが激しいからさ。同じのはないけど、同じメーカーの靴ならあるぞ」
「じゃあそれにする」
ちょっと高いんじゃないかと思ったが、水野はあっさり会計を済ませた。一万二千円もしたのに、全然動じていない。俺だったらとても買えない。こいつはもしかしたら田舎の大地主の息子か何かで、箱入りすぎて物を知らないだけで、実はめちゃくちゃお金持ちなのかもしれない。
新しいスニーカーを履いて、元々履いていたローファーは袋に仕舞う。予想以上に荷物が増えてしまった。学生鞄と合わせて三つも持って嵩張っていたから、制服の入った袋は俺が持った。見た目よりずっと軽かった。
「いい加減腹減ったぜ。地下でなんか食おう」
時刻は既に二時近い。食べたいものがあるか訊いたけど何でもいいと言うので、無難にファミレスに入った。昼時を過ぎていたのでそこまで混んでいなかったが、水野はやや緊張した様子で席に着き、メニュー表を見て目を瞬かせた。
「西洋風の店だな。それに品書きが多い。これ全部そこの厨房で作ってるのか? 大した料理人がいるんだな」
「うーん、どうだろう。ここで一から作ってるわけじゃないと思うし、バイトでも厨房任されたりするらしいから……そんなことより何頼むか決めないと」
「この、はんばーぐってのは何だ? いっぱいあるみたいだけど」
「えーっと、挽肉を捏ねて丸めて焼いたもの? たぶん」
「つみれみたいなものか。こっちのひれかつってのは? カツレツのことか?」
「いやカツレツがわかんねぇよ」
結局、注文が決まるまで二十分かかった。水野は塩おにぎりを食べたかったらしいがメニューにないので、似たようなもので雑炊を選んだ。俺はもちろんチーズハンバーグにした。あとフライドポテト。
料理が来るまで飲み物で空腹を紛らわせる。予想はしていたが、水野はドリンクバーが初体験らしいので、やり方を教えてあげた。機械にまず驚いていたし、色のついた水にも驚いていた。俺のジュースを一口飲んで砂糖の味がすると言い、炭酸を飲ませたら目をしぱしぱさせていておもしろかった。
冷たくて甘いジュースよりも、温かい緑茶や紅茶を好んで飲んでいた。ポットに茶葉とお湯を注いで自分で淹れるやつ。俺はそんなの面倒だからあまり飲まないが、水野は気に入ったみたいだった。いい香りがすると言っていた。
食事を終えてからも、ドリンクバーだけでだらだら居座った。普段は恥ずかしくて頼めないデザート、しかもイチゴのパフェを注文してしまった。水野が興味を示したので、ソフトクリームの部分を一口食べさせたら、その食感と冷たさにびっくりしていた。
「なぁ、明日もまた会える?」
カップに浅く口を付け、水野はじっと俺を見る。
「明日も?」
「うん。明日もあのベンチまで来てくれよ」
「でも明日は……」
録画したドラマを見て、返却期限が迫っているDVDを見て、金曜に出された課題を終わらせないといけない。そう言おうとして、しかし言葉が出なかった。
「だめか?」
首を傾げ、上目遣いで問う。そんな目で見つめられると無下に断れない。
「いいよ。明日もまた遊ぼうぜ」
「ほんとか!」
「ああ。でも家でやりたいことがあるんだ。だからうち来いよ」
「お前の家か?」
「そう。最寄りは隣駅だから、そこまで来てくれるとありがたいんだけど。駅までは迎えに行くからさ」
できれば普段着で来てくれると嬉しい、着物着てるところ見てみたいから、と言ったら、水野は小さくうなずいた。
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