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2 高校編 4 初秋‐① 友達の一言

 夏休みが明け、学校では秋の球技大会が行われた。学年関係なしのクラスマッチで、三年生にとっては最後の学校行事である。基本的に全員参加、いずれかの競技には必ず参加しなくてはいけない。運動が得意なやつはいくつか掛け持ちで出てもいい。    俺は運動が得意じゃないことはないが何しろ部活に入っていなかったし、そもそも球技は苦手なので、数合わせでソフトボールに出場した。バットを振ったりボールを投げたり走ったりするだけなので簡単である。    試合中はクラスメイトが応援に来てくれる。瑞季の姿もあった。ルールは事前に調べていたので、試合の展開はわかっているようだった。といっても、味方がヒットを打った時にちょっと嬉しそうに拍手をするくらいで、立ち上がって大声で何か叫ぶとかきゃあきゃあ黄色い声を上げるとか、そういうことはしなかった。    瑞季は春と比べれば大分クラスに馴染んできていたし、俺以外のやつとも話せるようになった。しかしその浮世離れした雰囲気と物静かな性格のせいか、どっちかというと敬遠されがちである。まぁでも瑞季はそのことを気にしていないようだったし、俺も気にしていなかった。    瑞季はドッジボールで参加した。俺はクラスメイトに交じって応援する。敵チームはずいぶんと血気盛んな連中で、遠慮もなしにビシバシボールをぶん投げてくる。瑞季は序盤で胸に思いっ切りボールを食らっていた。あんなに強く投げなくてもいいのに。痣が残ったらどうするんだ。   「おー、やってるやってる。どんな感じ?」    体育館でフットサルをやっていた友人がグラウンドに戻ってきて俺の隣に座った。   「見ての通り、負けそうだよ」 「ああ、こりゃだめだ。相手が悪すぎる」 「そっちはどうだった」 「ギリ勝った。次、二時から第三試合だって」 「へぇ、奇跡的に勝ち進んでんだな――」    ピィーっと笛が鳴る。一セット目は負けてしまった。すぐに二セット目が始まるが、瑞季はまた序盤でボールを背中に食らい、外野に出てしまった。ボールが自分の方へ飛んでくればちゃんとキャッチできるし投球もまともなのだが、積極性に欠けるのが難点だろうか。   「お前、水野のこと見てるだろ」 「試合を見てるだけだ」 「またまたぁ。いいぜ、わかるよ」 「何が」 「いやほら、あいつちょっとかわいいじゃん。女みたいで」    全く予想していなかった答えに一瞬フリーズする。かわいい……? 女みたい……? 誰が。瑞季がか?   「よく見たら普通に男だけど、なんかこう、遠目で見ると女に見えなくもないんだよな。背が低くて細いからかな。あれくらいの女子、わりといるだろ」    ムカつくのとも違うが、なぜか無性にもやもやした。   「かわいいというか何というか、男臭さがなくて、うーん、やっぱかわいいのかな」 「えっ……え、もしかしてお前そういう? そういうあれなの? あっち系なの?」 「まさか、冗談じゃないぜ。オレ普通に女の子が好きだし」 「だ、だよな」 「でもほら、うちのクラスって男多いじゃん? てか学年レベルで男子ばっかだし。体育も男女別だしさ。そんで、まぁ、目の保養的なね。むさ苦しい中だと目立つのよ。同じこと言ってるやつは他にもいるぜ」    冗談だという風にへらへら笑って言うが、俺には結構衝撃的だった。まさか、瑞季が周りからそんな風に思われていたなんて。後頭部を鈍器で殴られたみたいな衝撃。しかしそれを面には出さない。   「全然知らなかったな。初めて聞いた」 「いやぁ、みんなお前には言いにくいみたいな雰囲気あったからね。仲いいだろ? 一緒に帰ったりさ。最近はオレとカラオケ行ってくれないし」 「いやもうそろそろカラオケ行ってる時期でもないだろ」 「はは、それもそうか」    胸のもやもやはどんどん大きくなる。真っ黒い積乱雲みたいに立ち込めて胸を覆う。    どうしてだろう。よくわからない。瑞季が他の男にどう見られていようと、たとえかわいいとか目の保養だとか思われていても、それは俺がどうこうする問題じゃない。俺には関係ないことのはずだ。    そうわかっていても、もやもやして仕方ない。俺の知らないところで、瑞季が女みたいでかわいいなどと思われているのが癪だ。それは俺だけが知っていればいいことだ。あいつを最初に見つけたのは俺なんだから。    ピィーっと細い笛の音が鳴る。二セット目も取られた。敗退だ。   「あーあ、負けちったな」 「ああ、惜しかった」 「いや惜しくはないだろ。お前の目は節穴か」    次はあっちのコートで女子のドッジだってさ、と言って友人は移動したが、俺はトイレに行ってから行くからと言って席を外した。    それからはなんだか上の空で、ずっとぼんやりしてしまって、一応球技大会には最後まで参加したものの、どのクラスが優勝したのかとか自分のクラスの成績がどうだったのかとか、ほとんど記憶に残っていない。    学校からの帰り道、道路脇に大きな金木犀が植えてあり、フルーツよりも甘ったるい、むせ返るような濃い芳香を一面に匂わせていた。隣を歩く瑞季は体操着のままで、普段は見せない白い二の腕と長い足がにょっきり見えていた。くしゃみをしたのでジャージの上着を着せてやると、はにかむように微笑んだ。    今日の試合の話になって、スイングに腰が入っていていい感じだったと瑞季が俺のことを褒めたが、一瞬言葉の意味がわからずにテンパった。腰が入るとか腰を入れるとか、何かいやらしい意味に聞こえてしまった。しかしすぐに勘違いに気づいて、お前も初めてのわりにちゃんと動けてたじゃん、と俺も瑞季を褒めた。

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