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後宮の護衛任務に至る経緯

 国王陛下が後宮に王妃候補を迎え入れる事になったその日。  エヴァンは男性で唯一、その場に立っていることを許されていた。  この世界には男女の別の他に、三つの性がある。  支配階級に多く、身体能力や高い知能を持つα性。人数が一番多く中間層で平均的なβ性。そして下位層と呼ばれ定期的な発情期を持ち、男女に関わらず妊娠する事の出来るΩ性。  Ωのヒートと呼ばれる発情期には、本人にも抗いきれない欲情を身近にいるαのみならずβに至るまでまき散らすことになり、特にその時に発せられる強力なフェロモンはαに多大な影響を与える事から、Ωの社会進出はかなり難しい。  Ωは希少種であるαよりもさらに数が少なく、そして身体能力的に弱い者が多いので、なかなか地位向上は進まない。  だが優秀なαを産めるのもまたΩだけという事もあり、αの特に王の配偶者となる王妃は身分の高い貴族の中に生まれたΩから選出される事となっている。  貴族の家系にはαとΩの夫婦が多いものの、Ωが生まれる可能性は低く、しかも王妃候補となるとあまりに下位の貴族という訳にもいかない。  王の子を産むのはΩであれば男女どちらでも構わないとは言え、慣習的に王妃という名が示すとおり女性である事が求められるので、更にその候補は少なくなっていた。  三十歳を迎える王と年齢が合い、侯爵以上の身分を持つΩのご令嬢は三人。それも隣国にまで広く協力を求めた結果の候補である。  この中から王妃が決まるまでの間、三人の身の安全はこの国にとって最優先事項であり、Ωの妊娠率は高めとは言えαの王子を産まなければならないという課題が課せられる為、選ばれなかった他の二人もゆくゆくは側妃になる可能性がかなり高い。  故に、今回の王妃候補は誰ひとり失う訳にはいかず、後宮という場所自体が他と比べてかなり守られた場所だとは言え、王妃候補達の護衛任務はかなり重大な仕事となっていた。  なのに王妃候補がΩであるが故に、屈強な騎士達を後宮に入れるわけにもいかない。いつ発情期が起こって、間違いを犯してしまうかわからないからだ。王の配偶者となれる数少ないΩの令嬢を寝取ってしまう等、言語道断である。  かといって狭き門である王国騎士団の中にβの女性騎士はいない。αの女性騎士はいるが、αではΩを襲ってしまう可能性がβの男性騎士よりも余程高くなってしまうので、とても適任者とは言えなかった。  そんな中、選ばれたのがエヴァンだった。  エヴァンは代々騎士を排出する伯爵家の次男で、Ωである。αの父とΩの母の間に生まれ、兄と姉はαで騎士団に所属している。ちなみに父は騎士団長だ。  家族は皆、Ωとして家の中でじっと過ごしていれば良いと言ってくれていたが、エヴァン自身が父や兄姉の姿に憧れていた事もあり、騎士を目指すことにした。  筋肉の付きにくいΩの身体では、肉体労働に向いていない事は百も承知で、他人の倍いや三倍以上は努力を積み重ね、来月二十歳を迎えるのを目前に、今ではαまでとはいかないがβの男性騎士にならば勝るとも劣らない、がっちりとした体格と筋肉を手に入れていた。  能力だってβの騎士達には負けない自信もある。なんと言ってもαである兄や姉だけでなく騎士団長である父からも手ほどきを受け、ずっと鍛えてきたのだ。  エリート騎士を目指す者にはαも多い為、宿舎にこそ入れなかったが、Ωでは初となる騎士候補生として認めてもらうまでになった。成績も優秀だったので、αやβから遅れること二年、ようやく二十歳になる来月に特例としてではあるが正式な騎士となるべく所属を決定する入団試験も控えている。  そんなエヴァンが、何故どの騎士団にも所属せず後宮に立っているのかと言えば、とある候補生からの陰謀に屈してしまったからとしか言いようがない。  エヴァンの試験が他の候補生達より二年も遅れたのは、ひとえにΩだという理由だけで、能力が劣っているという訳では決して無かった。むしろ同期と呼ばれる同年の候補達より優秀だったと言える。試験では常に一番だったし、実技でもエヴァンの剣術に勝てる者はいなかった。  αの候補生でさえ、時にはエヴァンには勝てなかった事もある。  それでもαやβと同時期に試験を受けられない程には、Ωの地位は低かったし認められていなかった。  エヴァンがΩの能力限界値を超えて鍛えたせいか、発情期の間隔は通常より広くまた軽いものであったとは言え、発情期をなくす事はどうしても出来ない。  全くなくなる訳ではない限り、長期遠征の任務に就くことは出来ないし、発情期の間少なくとも七日間は連続して休暇が必要になる。  国を守る騎士としてはやはり不利である事は間違いなく、恐らく昇進は望めない。  それでも父や兄姉の様な立派な騎士になる日を夢見て、腐らず努力を続けた結果が来月に行われる予定だった特例の入団試験だったのだ。  全てはエヴァンの努力の結果だったというのに、それを認められない一人のβの候補生によって、その夢は簡単に潰えた。  幼い頃からの努力を何も知らないくせに、エヴァンは騎士の家系だから優遇されているのだと決めつけ、成績さえ操作しているなどと言いがかりを付けられ、挙句の果てに発情抑制剤を隠されるという事件が起きたのだ。

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