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事件の顛末

 自分の事を軽んじられるだけならば良い。これまでだってずっとされてきた仕打ちに、今更腹も立たない。  もちろん黙ってΩというだけで虐げられる世界を受入れたくないからここまで頑張ってきたのだし、これからも抗うつもりではあるけれど、それが一朝一夕で成せない事も理解している。  今回の騎士入団試験は、その第一歩でもあった。だから少しでも問題を起こしてはいけない事もわかっていた。  だが、家族の事まで悪く言われるのは我慢ならなかった。エヴァンの家は代々騎士を輩出している伯爵家で、貴族としてはそこそこ上位の地位ではあるが政治的に国を動かす様な発言権はあまりない。だがその分、家族の仲はかなり良かった。  αの父は騎士団長を務めていて、兄や姉も騎士団に所属している。兄はいずれ騎士団長を継ぐ第一候補だ。母はΩらしく線の細い儚げな人だが、脳筋と言っても過言ではない父と渡り合える位に精神的にしっかりしている。  Ωであるエヴァンが幼い頃騎士になりたいと言い出した時も、家族はみんな苦労をする道を選ばずとも、無理はせずΩとして屋敷の中で緩やかに暮らせば良いし、ずっと守ってやると言ってくれた。  家庭内であっても、Ωというだけで迫害する家族も少なくない中、エヴァンは恵まれた環境にあったと言えるだろう。  だからこそ、地位を利用してΩを贔屓していると父や兄姉を侮辱された時、エヴァンは逆上してしまった。今思えば、優秀なエヴァンに対する嫉妬に駆られた奴の口汚い言葉など、無視するかもっと冷静に対処すれば良かったのだろう。  だがその時のエヴァンは売り言葉に買い言葉で相手を煽ってしまったのだ「お前が俺に勝てないのは、ただ努力が足りないだけだろう」と。  実際それは図星だったらしい。身体的に圧倒的に劣るはずのΩに勝てないということは、そういう事だ。βは平均的とは言え、それでもΩとの元々持つ身体能力とは天と地程の差があるのだから。  だからこそ、下位の者に指摘されてプライドが傷付く事にも気付くべきだった。ただでさえ騎士団の候補生は警備団とは違い貴族以上の無駄にプライドが高く自分に自信のある子息ばかりなのだ。  言葉にしてしまった後、そいつがエヴァンを射貫くような暗く獰猛な瞳の色をしている事に気付くことが出来たなら、もう少し状況は変わっていたのかもしれない。  いつもならもっと気をつけていたはずなのだが、特例の入団試験を受けられる日付が近付いてきて浮かれていた事、家族をけなされた事、それらが重なって思っていた事がぽろりと口から出てしまった。  エヴァン自身はもっと酷い言葉をいくらでも浴びせさせられて生きてきたから、普通のβの貴族のお坊ちゃまが我慢出来る所を測り間違えた。  発情抑制剤を隠されて焦るエヴァンに差し出された薬が、促進剤と入替えられていることに気付かなかったのも、ミスの一つだ。  候補生の中にエヴァンの味方はいないと知っていたはずなのに、差し出されるまま薬を飲んでしまった。  ヒートの予定からはまだ遠かったのだから、一日位抑制剤を飲まなくても大丈夫だったはずなのに、αも多い騎士団や候補生の中で過ごすには例え多少の副作用があっても一日も欠かさず抑制剤を服用することが習慣化していて、手元にいつもあるはずの物がない事に冷静さを失ってしまっていた。  結果は推して知るべしである。  いくらΩだとは言え、こんながたいの良い男を抱きたいと思うα等いるはずがないと侮っていた。だが、本能というものはそんな事は軽々と飛び越えてくるらしい。  エヴァンが他の候補生達より身体能力的に強かったのも幸いし、辛うじて候補生の実技教官として来ていた兄が騒ぎを聞きつけやって来てくれるまで抵抗できたお蔭でヤられはしなかったが、促進剤の効力とαが近くに居た事で、いつも一人で籠もっている時には耐えきれるはずの性欲は上限を無くしたように強力になり、エヴァン自体訳がわからなくなる直前だった。本当に後少し助け出されるのが遅かったらどうなっていたかわからない。  周りにはヒートのフェロモンに当てられたαと、エヴァンを快く思わないβしかいない環境で、集団レイプという事態にならなかったのは奇跡に近かった。  何より助け出してくれた兄の精神力が強く母の居る家まで無事だったが、あの時ほど兄もまたαなのだと自覚した日はない。  血の繋がった家族は耐性があるとはいえ、馬車に押し込まれ屋敷に帰るまでの間、口を引き結び必死に耐えていた兄の姿は、自身の熱が渦巻く身体の辛さよりもずっと辛く、申し訳なかった。  そしてΩである自分が、騎士団という組織の中に入る難しさを改めて思い知らされる事になる。  無理矢理起こされたヒートが治まってから訓練所に顔を出したエヴァンを待っていたのは、苦悩に顔を歪める騎士団長の父と、無表情で淡々と事実だけを述べる副団長の姿だった。  エヴァンの抑制剤を隠した者と、促進剤を差し出した者、二人は入団試験を受ける資格を失い候補生から外され既に宿舎から追い出されていた。万が一家を継いだとしても、今後二度と登城は望めないと言う。  更に普通こういったΩが関わる事件の場合、無罪放免であるはずのエヴァンを襲ったαやβの騎士候補達も謹慎処分となり、Ωの地位向上に尽力している王の采配でかなり厳しい処分となっていた。  ただし、エヴァンの入団試験は白紙。  年齢的にもこれ以上候補生として籍を置くことは難しいということだった。つまり、実質的にエヴァンもまた騎士団という場所から追い出されると言う事だ。  ただ、父である騎士団長だけでなく副団長もまたエヴァンの能力を認めてはくれていたようで、このまま家に帰すのは惜しいと思ってくれていた様子だった。  今後騎士団に所属させることは出来ないが、エヴァンにぴったりな護衛の仕事があるから引き受けてみないかという打診がその場であったのだ。  それがそう、男であるエヴァンが後宮に入って王妃候補のΩ達を護衛するという仕事だった。

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