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王妃候補達とのお茶会

 そう、これで王妃候補達とのエンカウントイベントは終了のはずだったのだ。だったはずなのだが……。 「ほら、エヴァン。遠慮していないでお食べなさい」 「こちらのケーキも美味しいですよ」 「今日の紅茶は、わたくしのお気に入りなの。飲んでみて」 「は、はぁ……」  王妃候補達の屋敷に囲まれた、中央の美しい庭。  今まで一度も使われた事のないはずのその場所に設置された真っ白なクロスのかかった丸いテーブルには、所狭しと煌びやかなお菓子と揃いのカップが置かれている。  その円卓に用意された椅子は四つ。そこに王妃候補の三人と、何故か警備していたはずのエヴァンが座らされていた。  三人付の女官達は、タイミング良く紅茶を注ぎに来る時以外は少し離れた所に控えて、四人の座るテーブルを見守っている。  王妃候補達はまるで友人にでもお茶を勧めるような気軽さでエヴァンに接し、それを止める者はいない。  エヴァンが守るべき王妃候補達に囲まれて、無理矢理このお茶会に参加させられるのは、実は今回が初めてでは無い。  初対面で挨拶を交したあの日以降、毎週の様にこのお茶会は開催され、エヴァンの何を気に入ったのか毎回強制参加させられていた。  というよりもむしろ、エヴァンが警備に入っている日を狙って王妃候補の内の誰かがいつもお茶に誘って来ていた。そうした日々が続いた頃、どうせならみんなでお茶にしましょうとベアトリスが声を上げ、それに他の二人も賛同したというのが正しい。  もちろん最初は頑なにご辞退申し上げた。それはもう丁寧に、無礼にならないように、自分は話し相手では無く警備の為にここにいるのだから、と。  何より相手は将来、王の后になる方々だ。いくらΩ同士とはいえ、男のエヴァンが仲良くしていては王も良い気はしないだろうし、見られる可能性は限りなく低いとは言え、後宮の出入り口を守る騎士や出入りする女官達から噂が広まらないという確証はないから、外聞も悪い。  だが身分の差というものは如何ともしがたく、全員に「命令よ」と言われてしまえば、エヴァンに逆らう術はなかった。  後宮に住まう女性達は、王の寵愛を勝ち取る為に争っている事も有り、仲が悪くギスギスしているものだと聞かされていたのだが、どうやらこの王妃候補三人に限ってはその今までの常識というものが当てはまらないらしい。  もしかしたら上辺だけの付き合いなのかもしれないが、エヴァンには三人とも本当に仲良くしているように見えるし、実際険悪なムードになったことは今の所一度も無かった。  そして一番不思議な事は、この後宮の任務に就いて既に三ヶ月が経つが、王妃候補達の誰もヒートで寝込む事態になっていないという事だ。  もちろんヒートが無いわけではなく、このお茶会も誰かがいないという事はままある。だがみんな、次の週に開かれるお茶会には平気な顔をして出席してくるのだ。  もしヒートを狙って王のお渡りがあるのなら、少なくとも普通に動けるようになるまでに十日はかかるはずだ。王は王妃を選ぶ為に候補を後宮に呼んだのだから、王妃候補がヒートの時を狙わないはずがない。  うなじを噛んで番にするのは三人の中から王妃に選ばれた一人だけだろうが、後宮に上がった時点で王の手が付くことは本人も家族も承知しているのだから、婚前交渉が禁止されているはずもなく、王のご年齢も考えてむしろ子をなす行為は積極的に受入れられているはずだった。  ヒートに入ったΩをαがそう簡単に離すとは思えない。エヴァンは抱かれた体験がないのでわからないが、母に聞いたところ番となった後はヒートが終わるまでαはΩを囲って一時も離したくないという状況になるのが普通だという。Ωの方もまたαから離れるのが大層辛いと言うし、うなじを噛んで番の契約をする前でも相性が良ければそれに近い感情が湧き上がるという。  もちろん王という立場上、外せない職務は沢山あるのだろう。けれど王妃候補がヒートの間はせめて毎日夜に通って来るものではないのだろうか。  αに抱かれればΩのヒートは楽になる。けれど、その分一人で耐えるよりもαを一晩中受入れ続ける身体には負担がかかるものだ。  Ωの身体がαの熱を受入れやすい様になっているとはいえ、王妃候補の三人は線の細いご令嬢ばかりで、一週間も立たない内に平気な顔で外に出て優雅にお茶が出来る程の体力は無い様に思われた。  エヴァンはΩであり男でもあったので参加したことはないが、貴族社会の中でお茶会を欠席する事がよくないという話は知っている。多少の無理をしても貴族の嗜みとして出席しなければならない事もあるだろう。  だが、ここで開かれているのはそういった貴族社会のしがらみとは無縁の、本当にただ暇を持て余した令嬢達がひとときの休息の為に開いている会だ。無理をして出てくるものではないし、全員がΩなのだからその辛さは誰よりも当人達が理解しているはずだった。  だからこそ、王妃候補達がいつもヒートを長引かせずむしろ普通より軽い様子で、エヴァンのように抑制剤を服用しているΩと変わらず毎週のお茶会を楽しんでいることが不思議で仕方なかった。 「あの……皆様、王とは如何ですか?」  本当はエヴァンなどがこんな事を聞くのは不敬だとわかっている。王妃候補が全員集まっているこの状況で王の話題をする事の危険性も重々承知だ。  けれどエヴァンの疑問はもうそれらを振り切っていた。毎週のように王妃候補達に構い倒されて、もう何が普通なのかわからなくなってきてしまったと言ってもいい。  勧められるままに紅茶を含み、差し出されるケーキにフォークを伸ばしながら、エヴァンの口は滑らかにそう疑問を言葉にしてしまっていた。  それを聞いたベアトリスが、にっこりと笑みを浮かべる。 「まぁエヴァン、ようやく私達と恋バナをする気になってくれたのね」 「恋バナ!? いえ、俺はそんなつもりでは……」 「恥ずかしがらなくてもいいですよ。何でも聞いて下さい」 「はい、わたくしにわかる事なら、お話します」  最後まで否定する前にアデールがわかった様な顔で身を乗り出し、続いてナタリアが大きく頷く。  高貴な身分であるのに全員が気軽にエヴァンに絡んでくる為に、一人称は早々に「俺」に戻っていた。エヴァンが「私」に慣れず何度も言い直していた為「もう俺でいいから普通に話しなさい」と全員から突っ込まれてしまったからである。  アルトー家は伯爵家ではあるが、エヴァンはΩである事から夜会などの貴族社会へは参加していなかった。父や兄姉の様に、騎士の顔と貴族の顔を使い分ける必要が無く、βやαに負けまいと強くあろうとばかりして来たので、正直丁寧な言葉遣いもあまり得意ではない。  さすがに騎士候補達と喋るときの様な言葉遣いには戻せないが、言葉に詰まらない程度の敬語にはなってしまっている。どう考えても、王妃候補になる程の高貴な令嬢と会話する時の話し方ではない。  その前にまず、気軽に会話する関係になっている事が間違いではあるのだが……。 (この状況、王に知られでもしたら即打ち首にでもなるんじゃないのか……?)  と冷や冷やしたのも最初だけで、三ヶ月も経てばもうこの状況が普通になってしまっている。慣れとは怖い。  それでも、エヴァンは出来るだけ三人の会話を邪魔しないように、自分からは発信せず聞き手に回ることで危険を回避していたのだが、どうやら今回は選択を間違ってしまったようだ。  もう否定の言葉など聞く耳を持たない王妃候補の三人は、完全にエヴァンを巻き込んで恋バナモードに入ってしまったようだった。  とは言え、三人の相手は王一人だ。仲の良い三人の関係が崩れてしまわないかに細心の注意を払わねばならないが、どうやら三人は自分たちの話では無くエヴァンの話が聞きたいらしい。  残念だがΩとしてのエヴァンには何も無い。愛や恋からは縁遠い生活をしていたし、こんなにがっしりと鍛え抜かれた男を愛してくれる相手など現れるはずがない事は、エヴァン自身がよくわかっている。  騎士訓練所で起きた事件のおかげで、こんなごつい男相手でもαは欲情する事は証明されたが、それは本能だけの衝動でそこに愛とか恋とかそういう甘い感情は一切無かった。  エヴァンは恐らくこの先一生、一人で生きていくのだろうと覚悟している。  幸いにもヒートは普通のΩよりも少ないし抑制剤も効きやすいので、何とか一人でじっとしていれば耐えきれる範囲だ。もちろん辛いのは辛いし、抱いて欲しい衝動は身体中に渦巻くが、誰彼構わず身体を求める事はしたくない。  だから王妃候補三人に期待の目を向けられても、話せる事は何も無いのだ。  口をつぐんでしまったエヴァンの姿に大きくため息をついて、代わりにベアトリスが口を開いた。

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