8 / 18
交し合う熱(*)
大きすぎるベッドに下ろされると同時に、αの男が覆い被さってくる。
真っ直ぐに見つめられて目が離せなくなったエヴァンに、そのままふわりと笑みを浮かべたαの男の顔が近付く。唇に熱が重なった瞬間、むせ返るほどの甘い匂いが全身を包み込んだ。
「ふぁ、っ……ぁ……待っ……」
「やっと見つけた。私の運命」
貪り尽くされそうなキスの合間に、何とかはふはふと呼吸をするエヴァンの頬をそっと撫でて、αの男が蕩けるような笑顔でエヴァンの事をそう呼んだ。
「うん、めい……?」
「あぁ。ずっと探していた、私の唯一」
Ωのヒートに当てられているだけだとわかっているのに、こんなΩらしくない身体をした自分が愛されることなんてあるはずがないと知っているのに、優しいその声に勘違いをしてしまいそうになる。
ゆっくりと触れられる、全ての場所が熱い。頬も、首筋も、胸も、腹も。
いつの間にかはだけさせられているシャツの間から、するすると指先がエヴァンの身体を這う度に熱は高まる一方で、それをどうにか逃がそうとして背中が跳ねる様に反って体力が奪われていく。
直接触れられもしていないのに、エヴァンの下半身はもうぐずぐずで、それに気付いたαの男が嬉しそうに笑みを浮かべて、ズボンに手をかけた。
「ま、待って……くれ」
「どうして? このままじゃ、苦しいだろう?」
「でも……」
このまま身を委ねてしまっていいのか、判別がつかない。戸惑う気持ちとは裏腹に身体が全力で喜んでいて、どうなってしまうかわからないから。
不思議と全く嫌だとは思わないけれど、ヒートに付き合わせてしまうこのαの男に申し訳ない気持ちと、初めての恐怖と、誰ともわからないαの男に身体を開いて本当に後悔しないのかというまだ僅かに残っている理性とが、ぐしゃぐしゃに混じり合って葛藤している。
「こんなに求めてくれているのに、何が不満?」
「あの、俺……初めて……で……」
「…………っ! 婚約者は?」
「そんなの、居ない……ひゃっ、ぁ」
嘘をついたり体裁を取り繕っている余裕はない。Ωでなくとも貴族であれば十七・八歳辺りには結婚しているのが常識であり、Ωの場合はもっと早くヒートが始まる十四・五歳から番探しは始まる。
平民にΩが生まれる確率は、Ωを産ませる事の出来るαが貴族に集中しているというのもあり、更に低い。その為ほとんど例がないが、もし居たとしても市井におけるΩは襲われやすい状況下であるから、婚期が遅れると言うような事はまずないだろう。
先日二十歳になったばかりのエヴァンがまだ清い身体であり、操を立てる決まった相手も居ないのは、かなり珍しい事だと言えた。
「私は、幸運だと言う他ないな」
「何……? んっ……ぁ」
深く息を吐いたαの男の反応に、こんな経験も無い筋肉質の男に面白味もないと気付いて、呆れて止めてくれるのではないかと思ったエヴァンの思考とは裏腹に、αの男は嬉しそうに笑ってエヴァンのそっと髪を撫でると、再び唇を奪ってきた。
先程の様に食べられそうだと思う激しさはなく、愛おしむ様に優しく触れるだけのキスを繰り返され、頭が溶かされるようにぼぅっとすると同時に、物足りなさが生まれてくる。
思わず縋るように控えめに袖を掴むと、それに気付いたαの男がふわりと笑ってその手を自身の背中に回させた。
何だか抱きついているような格好になって戸惑っている間に、今度こそαの男はエヴァンのズボンを躊躇無く剥ぎ取ってしまった。
はしたなく立ち上がったエヴァン自身の熱と、期待をはらんで零れだした液体でぐしょぐしょになっている後ろの孔を見られた事で、顔をこれ以上ない位に赤くしてエヴァンはαの男を見上げる。
かつて仲間達から「Ωなのに抱きたくならない」「萎える」と言われ続けてきた言葉が、今更甦った。あの頃はそれでいいと思っていたのに、何故か目の前に居るαの男からその言葉を聞きたくなくて、恐怖が湧き上がってくる。
だがそんなエヴァンの心配をよそに、αの男は熱に浮かされたような獰猛な狩人の目で、エヴァンを見つめ返してきた。
「優しくする……様に、努力はする」
寄せられた唇から熱を含んだ余裕のない声が耳元をくすぐり、同時に押し付けられたαの男の下半身がしっかりと反応を示している事に気付いた瞬間、エヴァンはこくりと頷いていた。
「激しくても、大丈夫……あんたのが欲しい」
「これ以上、煽るな」
「ひゃ……っ、ぁ……ンんっ」
これ以上と言われても、これまでエヴァンは煽った記憶が無い。ただαの男に触られて、快楽のままによがっていただけだ。
先日の事件の時とは違って、抵抗らしい抵抗が出来ないと言うより、しようとも思わないだけでも、エヴァンとしては確かに十分今までと違うのだが、流石に自ら発信できる余裕はない。
何がこのαの男を煽ったのかわからなくて目を合わせると、答えの代わりに唇を奪われた。
口内を蹂躙する舌の動きに合わせるのが精一杯のエヴァンにも、バサリとαの男が余裕なくズボンを脱ぎ捨てた音が遠くに聞こえた。
エヴァン自身の熱に直接αの男の熱が触れた瞬間、ビリッと電気が走ったような衝撃と、早くそれを中に欲しいという欲求が思考のすべてを支配する。
ぐちゅりとαの男の指が後孔に侵入して来た感覚は、多少の違和感はあっても辛くは無く、むしろ足りないという気持ちがどんどん大きくなる。
きっとエヴァンに出来るだけ負担が無いように、慣らしてくれているのだとわかってはいるのに、その優しさがもどかしい。
今までこんなにも、自分の身体が受け入れる為のものなのだと実感したことはなかった。Ωだと言っても気が狂うほどのヒートに見舞われたことはなかったし、一人で自身の熱を慰めていれば自然と治まっていたから、苦しい程に足りないという思いに支配され、中に欲しいと願った事はない。
初めてだと告げたエヴァンを思いやって、ゆっくりと丁寧に解してくれているのだとはわかっているのだが、少しずつ足されていく指がエヴァンの中にある前立腺を掠めた瞬間、もう耐えきることが出来なくなった。
「大丈夫か?」
「ん…………、っ」
大きく跳ねたエヴァンの身体を心配する声を奪い取るように、エヴァンの方からキスを仕掛ける。一瞬驚いた様に目を見開いたが、αの男はそれに応えてくれた。
糸を引いて唇が離れた後、いつの間にかエヴァンの目元に溜まっていた涙をそっと拭いながら向けられる熱い視線と、獣のように荒い息を吐く姿に余裕はない。エヴァンの後孔を慣らしている間中、ずっと欲望を耐えていたに違いなかった。
「もう、入ってもいい?」
にも関わらず、αの男は本来ならば好きに扱っても許されるΩのエヴァンに、最後の判断をさせてくれる。
その優しさは、エヴァンの僅かに残っていた不安を全部吹き飛ばした。
「早く……っ、欲し……んぁ、ぁぁぁっ!」
最後まで言い切らない内に、エヴァンの言葉は喘声に変わる。ただそれは苦しさや辛さの伴わない、待ちわびていたαの熱がやっと与えられた事への歓喜の声だった。
身体中が喜んでいるのがわかる。何も考えられないくらい気持ちよくて、頭の中は目の前のαの男の事でいっぱいだ。
Ωらしくないと言われ続け、そして自身もΩという性であるものの、愛される絵が見えないでいた。それが身体を鍛えることや騎士を目指す事にも繋がっていたので悪い事だとは思わないが、今身体中に溢れるのは、このまま知らずに一生を終えるはずだったΩとしての喜びだ。
αの男の熱がエヴァンの中を穿つ度、自分のものとは思えない声が漏れ、羞恥心を煽られる。
逃げたくなる気持ちと裏腹に、身体は更なる一体感を求めて背中に回した手にぎゅっと力を込めると、αの男はすぐにエヴァンを抱きしめ返してくれた。
それが何だか嬉しくて、自然と口角が上がる。
するとエヴァンのその表情を見たαの男の熱が更に質量を増し、それに驚いてエヴァンが中を締め付けてしまったのだろう。「うっ……」と耐えるような声を出した後、αの男が恨みがましい目でエヴァンを見下ろしていた。
「これ以上、煽るなって言ったよね?」
「違……、そんなつもりじゃ……ひゃぁ、ンっ」
「もう限界だ、一度出すよ」
「中に……くれ、る?」
「もちろん。最初から、そのつもりだよ。一緒にイこうか」
「ん……っ、ぁぁっ……はぅ、ぁ……ァァァァァッ!」
αの男の熱が中を激しく擦るだけでもイケそうな気はしていたが、初めてだと言ったからかその手がエヴァンのはち切れそうになっていた熱を掴む。
それを僅かに上下させられただけで、いとも簡単にエヴァンは上り詰め、勢いよく白濁を腹の上に吐き出した。
と同時に、エヴァンの中でドクドクと脈打つαの男の熱を感じる。出された熱が身体中に巡っていくような充足感に、恍惚とする。
ヒート中に避妊せず、αの熱を中に受入れた時のΩの懐妊率が高い事は知識としてあったのに、止められなかったどころか自分から求めてしまった。
番い契約を行っていないから多少確率は下がるだろうが、それでも普通のβ同士の男女よりも高い事には変わらない。
エヴァンを抱きしめているこのαの男がどこの誰かもわからないのに、ただ欲しくて欲しくて仕方なくて、もしもの時の事を考える余裕が無かった。
きっとエヴァン自身が後悔することはないと思う。もし子供が出来てしまっても、一人で育てていく事に抵抗もない。
それくらい幸せだったけれど、相手の事まで考える余裕がなかった。今まで子供が欲しいなんて思った事もなかったのに、まるで抗えない何かに押し流されている様だ。
後宮という場所に入って来られる男なんて、盗賊の類いでない限り、かなりの身分を持った者だと考えられる。それこそ余程王に信頼される近しい者でない限り、この場に存在するのは難しいはずだ。
それなのに可愛らしくも無いΩの男のヒートにあてられた被害者になった上、子供まで出来てしまったら、このαの男の立場はどうなるだろう。
いっそ盗賊の類いであって欲しいと願ってしまうが、それはそれでこの場所が後宮である故に許される事では無いし、自分の仕事が全うできていない事にもなるので、その線であっても困る。
それに何より、こんなにも綺麗で強さの溢れるαの中のαと表現して余りある男が、力ある貴族で無いはずがない。
ヒートの熱がお互いに熱を放出したおかげで僅かに下がった途端、冷静になった頭がフル回転し出して血の気が引くが、それも次の瞬間にはすぐに飛んでしまった。
αの男がエヴァンの身体をひっくり返し、うなじに唇を寄せたからである。
慌てて両手でうなじを庇うと、αの男は悲しそうな目をしてその庇ったエヴァンの手の甲に、そっとキスを落とした。
ともだちにシェアしよう!