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王妃候補達からの祝福

「「「エヴァン!」」」 「突然お休みを頂き、申し訳ございませんでした」  あの謁見の後、このままエヴァンに後宮に入って欲しいというアレクシスと、最低半年間はきちんと準備させて欲しいという父との間で一悶着あったのだが、最終的に仕事を中途半端にしたくないから一度護衛として後宮を訪れ王妃候補三人にきちんと挨拶し、アルトーの屋敷に戻って出来るだけ急いでしかるべき準備をし、改めて王妃候補として後宮に上がって色々勉強してきちんと周りの理解を得られてから、王の希望に添いたいと言うエヴァンの意見が採用された。  謁見の間でエヴァンをずっと睨み付けていた宰相が、エヴァンの意見が正しいとまさかの援護射撃をしてくれた事で、アレクシスと父も渋々承諾した形だ。  宰相からしてみれば、いくら子を孕めるΩとはいえ王妃としては前例の無い男で、しかも公爵家や侯爵家ならともかく登城を認められている身分とは言え格の下がる伯爵家の次男を、側妃ではなく王の正式な妃にしたいなどと突然言われたら、それは反対もするだろう。  それなのに認めたくは無いと雄弁に瞳で語りながらも、エヴァンの言葉を聞いてくれる柔軟さを見せてくれたのだから、今すぐには無理でもせめてこの先、王妃として恥ずかしくない振る舞いが出来る様に努力していきたいと思う。 「あの日以来姿を見せないから、心配していたのですよ。でも良かった、上手くいったのですね」  ちらりと、遠くから王妃候補三人とエヴァンの会話を見守っているアレクシスへと視線を向けて、ベアトリスがくすりと笑った。  エヴァンにひっついて全く離れようとしなかったアレクシスに、後宮にいる王妃候補は全員がΩであるから、αのアレクシスが不用意に近付いてヒートを誘発したらどうするんだと、エヴァンが挨拶に後宮へ行く際にそのまま付いて来ようとする王を押しとどめたのは、父だった。  運命と出会った後は、お互い以外のフェロモンに鈍感になるらしい。アレクシスはエヴァン以外のΩのフェロモンをほとんど感じないと言っていたが、アレクシスのαとしての能力はかなり高い。本人が意識するしないにかかわらず、Ωの近くに寄らないに超したことは無いのだ。  それは本人もわかっていたから、今までも王妃候補達に会う時はお互いに抑制剤を服用していたという。  エヴァンを運命だと唯一だと言うのなら、他のΩとの接触は極力避けるべきだという父の進言に、アレクシスも「ぐぅ」と謎のうめき声を上げながらも渋々了承したのだが、逆に運命と会ってしまうと一時も離れ難くなるらしく、結局ぐずぐずとエヴァンにくっついて後宮の入口まで付いて来てしまっていた。  後宮入口の門を守るβの騎士が立っているその場所で、ようやく離れてはくれたのだが、サクサクと中に入っていくエヴァンの背中には恨めしそうな視線がずっと突き刺さっている。  エヴァンが来ることを知った王妃候補達が、いつもの庭で待っていてくれた姿を見つけ、未だ一定距離を保ったまま付いて来ようとしているアレクシスに「お願いだからそこで待っていて下さい」と最後は視線で押しとどめて、王妃候補達の元へ走り寄ったのがつい先程の事である。 「あの……ベアトリス様、それはどういう……?」 「あの日の夜、貴方に指示した場所に王を呼んだのは、私ですから」 「えっ……?」 「王から、運命の方の話を聞いていたと言ったでしょう?」 「それでわたくし達、あの日エヴァンの話を聞いて、もしかしたらって思ったのです」 「正解だったようで、本当によかったですわ!」 「あの話のどこから、俺だと……?」 「詳しくは、王に直接お尋ねになってみる事です」 「きっと長く深く愛されている事を、実感できますわよ」 「王の運命が見つかった事、そしてそれがエヴァンだった事を、わたくし達はとても嬉しく思います」  エヴァンにはよくわからないが、王妃候補達三人の間ではエヴァンが王の運命だという確信に近い何かがあったらしい。  後宮に上がってから三ヶ月の間に、王との会話や頻繁に集まっていたお茶会での話の中で、何か核心に触れる事があったのだろうか。  エヴァンにとっては青天の霹靂である今のこの状況が、王妃候補達にとっては当然の結果であるかのように受入れられていた。  どうしてこんなΩらしくない男のエヴァンが王の運命なのだ、という様なあって当然だと思われる責めの言葉は一切無く、本来なら王妃候補として敗れたという立場の三人から祝福ムードが漂っている雰囲気に、エヴァンの方が戸惑ってしまう。  後宮とはもっと女の恐ろしい園の様なイメージだったのだが、今王の世代に限ってはどうも違うらしい。  エヴァンを呼び寄せてみんなでお茶会を開いていた時点で、おかしいとは思っていたが、本当に良い方々に出会えたと思う。 「あの……そういう訳ですので、俺は今日付けで王妃候補様方の護衛から外れる事になってしまいました。途中で任務を下りる事になってしまい、本当に申し訳ございません。今日はそのご挨拶に……」 「まだ護衛のつもりでしたの!? これからは貴方が、守られなければならない立場でしょう!?」 「あぁ、それで王があんなにも心配そうに付いてきてしまわれたのですね」 「エヴァンは真面目というより、天然なのでしょうか……?」 「え、えぇ……?」  お世話になりましたと頭を下げようとしたら、怒濤のように何故か怒られて呆れられた。  年上であるベアトリスはともかく、アデールやナタリアまでもがエヴァンを弟を見るような目で、心配そうにしているのは何故なのだろうか。  護衛としての能力は認めて貰えていたように思うし、Ωとは言え男で見た目もがっしりしているので頼りなくは見えていないはずだから、王妃候補達にとってエヴァンは庇護欲をそそるタイプではないはずなのだが。 「でも私は、エヴァンのそういう所を買ってもいます。もうすこし色々と自覚して欲しい所ではありますが……私達の代わりに、しっかり王をお支えして差し上げるのですよ」 「はい、誠心誠意努力致します」 「よいお返事ですわ。私とナタリア様はこの後すぐに後宮を離れますが、ベアトリス様は暫く残られるそうですから、色々と教えて頂いてね」 「頑張ってください! 応援しています」 「ベアトリス様が……?」 「あぁ、心配なさらないで。このまま王妃候補としてではありません。エヴァン、貴方の教育係として僭越ながら立候補させて頂きました。ご不満はありませんよね?」  第一候補だと言われていたベアトリスが教育係を引き受けてくれたのは、本当に有り難い。  アルトー家は伯爵家である以上に騎士の家系なので、礼儀作法の優先順位が低めだ。公爵令嬢であるベアトリスに教えを請えるのならば、間違いは無い。 「もちろんです! ベアトリス様が教えて下さるのなら、こんなに頼もしい事はありません。よろしくお願い致します」  前のめり気味で頭を下げると、ベアトリスが珍しく驚いた表情をして困惑し、その横でアデールとナタリアが耐えきれず声を出して笑っている。 「ふふ、やっぱりエヴァンは素直で可愛らしいわ。幸せになるんですわよ」 「わたくし達とも、またお茶会をしましょうね」 「ありがとうございます。もちろんいつでも馳せ参じます」 「この後宮の主はエヴァンになるのですから、今度は貴方から招くのです」 「あ、そ……そうなる……んですね」 「王妃殿下のお茶会、楽しみにしておりますわ」 「王妃様の気に入りそうなとっておきの紅茶を、ご用意しておきますね」 「は、はい」  この調子では思いやられるという口調で、早速ベアトリスに訂正される。  後宮の主になると言われて照れるエヴァンに、アデールとナタリアに追い打ちをかけられて更に照れながら頷くしか出来ないエヴァンを、三人の王妃候補達の優しい笑顔が柔らかく包み込む。  穏やかな空気の中、王妃候補達三人は視線を交すとエヴァンから一歩下がった。そしてふわりとドレスを軽く持ち上げ、正式な淑女の礼をエヴァンに向けた。

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