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王の運命は後宮で王妃候補の護衛をしていました。
「「「このたびは、おめでとうございます。お二人の幸福を、心よりお祈り致します」」」
「ありがとう。そろそろエヴァンを、返して貰っても良いかな?」
王妃候補達が行った突然の正式な礼に戸惑っていると、後ろから突然ぐいっと手を引かれた。と同時に頭上から、柔らかい声が落ちてくる。
驚いて見上げると、そこには後宮の入口付近から離れて様子を伺っていたはずのアレクシスの両腕が、エヴァンの腰をがっちりと捉えていた。
「王!?」
Ωである王妃候補達三人の近くに寄る事を避ける為に、遠くから見ていたのではなかったのか。そう訴えかけるエヴァンの目に気付いたのか、アレクシスは気まずそうに笑う。
ちゅっと頭のてっぺんに誤魔化すようなキスが落ちてきて、まだ数分しか経っていないはずなのに、もう離れているのが耐えられないと言い訳されているようだ。
こんな調子で、政務どころか日常生活は大丈夫なのだろうかとエヴァンは心配になってしまうが、王妃候補達は心得ている様で、そんな二人の様子を微笑ましく見ていた。
「申し訳ございません、つい話が弾んでしまいました。長く引き止めてしまい申し訳ございません」
「いや、構わない。エヴァンと仲良くしてくれていて嬉しいよ。これからも色々と助けてやってくれ」
「お任せ下さい。それでは、私共は下がらせて頂きます」
「待って下さい!」
アレクシスが来てしまったなら、王妃候補達が離れるしかない。再度綺麗なおじぎをして立ち去ろうとする三人に、慌てて声を掛ける。
「エヴァン?」
突然のエヴァンの行動に緩んだアレクシスの腕から何とか逃れ、振り返ってくれた三人へと一歩近付いた。
「ベアトリス様、アデール様、ナタリア様、俺は皆様の護衛をさせて頂けて光栄でした。ありがとうございました」
がばりと腰を九十度に曲げて深く頭を下げると、三人が息を飲む気配が伝わってくる。
一瞬走った緊張を緩めたのは、アレクシスが吹き出す声だった。
「あぁ、そうだった。今日は王妃になる挨拶では無く、後宮の護衛として最後の挨拶に来たんだったね。我慢出来なくなったとはいえ、邪魔してすまなかった」
暗にエヴァンを未来の王妃ではなく、後宮の護衛の一人の扱いで良いのだと宣言してくれたアレクシスのお蔭で、王妃候補達からも力が抜ける。
そして三人は深々と頭を下げているエヴァンの手を取って、全員で包み込む様にそっと握った。いくらΩ同士でもエヴァンが男である以上、貴族の淑女が取って良い行動では無い。
驚いて顔を上げると、三人は躊躇すること無くエヴァンの剣を持つ者のごつごつとした手を握ったまま、優しく微笑んでいた。
それはまさしくエヴァンよりもずっと王妃として相応しく、そうある様に色んなものを犠牲にして生きて来た淑女達が、誰よりもエヴァンを王妃として認めて幸せを願ってくれている笑顔で、思わず泣きそうになる。
「よく努めてくれました。貴方のお蔭で、安心して後宮での生活を過ごせましたよ」
「本当に、私の専属騎士として雇いたいくらいでしたわ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
それぞれが王妃候補として後宮を護衛していた者への労いの言葉をくれ、そして今度こそゆっくりと立ち去っていった。
「本当に良い王妃候補様方でした」
「うん、私には勿体ない位のご令嬢達だった。だからこそ、きっとエヴァンには苦労をかける」
この先何かにつけて、後宮に入っていた元王妃候補の三人と比べられるのは必定だ。アレクシスの言葉は、それを示唆しているのだろう。
だがそれは当然だとわかっていて、傍に居ると決めたのはエヴァン自身の意思だし、覚悟の上だった。
時間はかかるかもしれないが、その声を黙らせる為の努力は惜しまないつもりだ。必ず、アレクシスの隣に並び立てる人間になってみせる。
出来る事ならば、大切に守られるばかりではなく、エヴァンもアレクシスを守れる様になりたい。
Ωだからと大切に囲われて隠されてしまうのではなく、アレクシスの抱える重圧を隣で支えられる強さを持ちながら、王妃として日々の疲れを癒やし心穏やかに過ごして貰える場所にもなれる、両方を手に入れられれば良いと思う。
エヴァンを選んでくれたアレクシスが後悔しないように、エヴァンだからこそ出来る、王妃の形を目指したい。
「我が王の傍に居る為の努力ならば、苦労にはなりません」
「これ以上、惚れさせるのはやめてくれないかな」
「そっ、そんなつもりでは……」
「あぁもう、可愛いな。エヴァンはそのままでいいよ」
「そういう訳にはいきません。頑張りますから……っ、ん……っ」
気合いを入れて決意を固めたばかりなのに、早速甘やかして来るアレクシスの言葉に首を振ったエヴァンの唇に、柔らかい感触が触れる。
突然のキスに戸惑っていると、今度は正面から再びがっしりと腰を抱かれて真っ直ぐに目を覗き込まれた。
「とりあえず、今日はここの屋敷に泊まる? そのまま後宮に留まってくれていいよ」
「かっ、帰ります!」
「残念」
「王!」
「アレクシス」
「…………え?」
「二人の時は、そう呼んで? この間はお互いきちんと名乗る余裕がなかったし、抱き合ってたのに名前を呼んで貰えないの、寂しかった」
「あの、でも……」
「呼んでくれなきゃ、帰さない」
「恐れ多いです」
逃げるように身体をねじってみるが、固定されている腰はびくとも動かない。アレクシスは本気で、エヴァンが名前を呼ぶまで帰してくれる気がない様だ。
伯爵家の次男でありΩのエヴァンにとって、王なんて雲の上の存在だった。運命の番だと求められ、自身でも確かにそう感じてはいても、それでも尚まだこの状況が信じられない。
それなのに自分が王の尊き名前を口にする日が来るなんて、考えもしていなかった。だが目の前にいる運命の人は、エヴァンにその名を呼ばれることを切に望んでいる。
「ほら、エヴァン早く」
「…………アレクシス様」
「うん。よく出来ました」
「んっ……ぁ……」
恐る恐る名前を呼ぶと、アレクシスはまるで花が咲いたように嬉しそうに笑って、再びエヴァンの唇にキスを降らせ、その身体をぎゅっと抱きしめた。
結局、再び先日と同じ屋敷に連れ込まれてしまったエヴァンが、アルトー家の屋敷に帰ることを許されたのは夕方になってからで、母が選んでくれたうなじを守るチョーカーは、帰す前にどうしても証が欲しいとアレクシスに強く求められた結果、その日のうちに役目を終えていた。
アレクシスは、その後一度も他国と争いを起こすこと無く国を豊かに導き、更にΩの地位向上にも尽力した良き賢王として、後世まで名を残す事となる。
その傍らには寵愛を受けていた運命の番が常に並び、献身的に王を支え、時にはその身をもって王を守り、王の愛は生涯たった一人だけに向けられていたと伝えられている。
幸せそうに笑う二人の姿は、その後もずっと平和の象徴として、憧れとして、人々の間で長く語り継がれていった────。
END
本編完結です。
最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
この後、アレクシス視点の番外編を、3~5話の範囲で予定しています。
来週中にはすべて終わる予定ですので、もう少しだけお付き合い頂けたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。
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