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運命を知った日

「主犯格のβ二人は、厳罰に処せ」 「Ωにも同等以上の処罰が無ければ示しが付きませんが、よろしいですか?」 「騎士団からの報告書を見る限り、このΩはただの被害者だろう? 常に抑制剤を服用していたようだし、今まで毎回ヒートが始まる前にきちんと申請している。むしろ全ての休みの権利をそこに集中させていた経緯もある様だし、どこにも非は見当たらない。今回のヒートは、確実に仕組まれたもので間違いないだろう。厳罰に処すのは、事件を起こしたβ共だけで十分だ」 「Ωが関わっている以上、そういう訳にも参りません」 「そういう不平等を私が嫌うのを、知っていての発言か?」 「本来ならばヒートを起こしたΩを罰し、βは不問か謹慎処分程度の事件です。これでもかなり譲歩しております。我が王の志は理解しておりますが、まだそのご決断は時期尚早かと」 「……わかった。ではβ二人とΩの三人共に、騎士候補としての権利を剥奪する」 「厳罰ではなくてよろしいので?」 「お前の言い分では、βを厳罰に処せばΩも同様の罰を受けることになるのだろう? それではあまりにも、被害者であるΩの若者が報われない」 「一人のΩの為に、βの罪に対する王のご判断を変えるのですか?」 「今の私に、これが出来うる限りだ。何か問題が?」 「いえ、我が王の御心のままに」  そうしたやり取りの末、事件を起こした主犯のβ二人をすぐに騎士候補から外し、騎士になる権利を剥奪する処分を決めた。  騎士候補でなくなっても、長子であれば家を継いで当主になる事もあるかもしれない。その際にも今後一切の登城を許さない旨を追加したのは、今はまだ力及ばなかったが、この先は必ず身分差をなくして平等な世にしたいという決意表明の様なもので、被害者のΩに対する謝罪の意も込められていた。  ヒートにあてられたとは言え、集団レイプまがいの行動を取ったα達や、それを止めること無く眺めていたという複数のβ達も同等の処分にしたかったのだが、いくらなんでも厳しすぎると反対された為に、謹慎処分にしか出来なかったのも悔しかった。  だがやはり一番は、被害者で何一つ非が無かったΩの若者を、主犯格のβと同じ処分にしなければならなかった事だ。  もしアレクシスにもっと実績があり、王としての力が強ければ、こんな理不尽な判断をしなくて済んだかもしれない。  世の中にはまだ、Ωを人として扱わないのが当然だという、信じ難い常識が蔓延っている。家畜以下だと、声を高らかに叫ぶ者さえいる。  貴族は跡取りにαを望むが故に、Ωの妻を持つ事も多い。それなのに、その妻の地位を向上させようと考えないのは何故なのか、アレクシスには理解出来なかった。  アレクシスの母親だってΩだ。王の妻もΩなのだ。それなのに、世間は当然の様にΩを人間としてさえ見ない。  確かにヒートの特性は、人を狂わせることもあるだろう。けれどそれに主に呼応するのは世を支配しているαであり、逃れられない本能でもあるのだから、片方が悪いのではなくお互いが抱える問題のはずだ。  一昔前と違ってΩ用だけでなくα用の抑制剤だって進化を遂げて、安全で計画的に服用出来る様になっているから、正しく服用すれば悪戯に人々を混乱に陥れる様な事はない。  とすれば、Ωだけが理不尽に虐げられる世の中の状態は、数的優位に立つαやβのエゴでしかないのだろう。αだろうがβだろうがΩだろうが、個々に感情のある人だ。Ωだけが苦しめられていい理由など、どこにもないのに。  騎士候補の中で起こった小さな騒ぎとされ、世間に広まる事も問題提示される事もなく収束したそれは、未だ世間を正せない自分自身の未熟さを、目の当たりにさせられた事件だった。  長年努力を積み重ねて、ようやく掴んだ騎士候補という立場を剥奪されたΩの若者がどうなったのか気にはなっていたが、後宮の護衛任務に就いているとは初耳だ。  父親である騎士団長ではなく副団長からの推薦という事は、身内贔屓で騎士候補になったのではなく、実力を兼ね備えた未来ある若者だったのだろう。本当に助けられなかった事が悔やまれる。  アレクシスの政策に従ってくれては居るものの、本心ではΩを嫌っている様子も見え隠れする宰相が、それを許可していたのも意外だった。  宰相は多くのαと同じ視点で好き嫌いを判断するものの、それとは別に最終的には平等な目で、正しい判断を下せる人物である所を評価しているアレクシスの目は、間違っていなかったと言えるだろうか。 「その者がどうかしましたか?」 「……いや、王妃候補達が信頼を置いているようなので、少し気になっただけだ」 「ベアトリス嬢と文を交す程に親交を深められているようで、安心致しました」 「そうだな……」  実際は親交を深めるというよりも、王と王妃候補という関係を壊す可能性さえある内容だったのだが、正直に話して邪魔されるのは困るので、宰相には曖昧に頷いておく。  受け取ったベアトリスからの手紙には甘い言葉など一切無く、ただただ簡潔にアレクシスにとって必要な事だけが書かれている報告書の様なものだと知ったら、宰相はどんな顔をするだろうか。  アレクシスが最初に後宮を訪れ運命の匂いを感じたその時に、エヴァン・アルトーという後宮護衛を務める任に就いたΩの青年が、挨拶の為にその場にいた事。  十二年前の冬、幼いエヴァンは騎士見習いだった兄姉を追って訓練を見る為に、城下の中央広場辺りに一人で出掛け、ほどなく連れ戻された過去があるらしい事。  アレクシスの運命の相手である可能性が高いのではないかという考えが、王妃候補達の間で一致した事。  今夜、月が真上に来る時刻にエヴァンを後宮の中庭に呼び出してあるので、一度確認してみてはどうかという提案が記されていた。  最後に王妃候補達三人共が、王の幸せと、そして何よりエヴァンの幸せを願っていると締めくくられている。  簡潔な文面からでも、護衛として信頼されているだけではなく、王妃候補達に好かれるエヴァンの人柄と、王妃候補達が心からアレクシスが運命と再会する未来を応援してくれている優しさが滲み出ていた。  裏表の蔓延る日常の中、何の損得勘定もなく向けられたその優しさと労りが、例え最後のあがきになったとしても、その提案に乗ってみても悪くないと思わせてくれたのかもしれない。  そうして雲一つ無く、透き通るような空の真上に月が浮かぶ夜。  アレクシスは、焦がれ続けた運命に再会する事になる────。

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