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運命を捉えた日(*)
月が真上に上がる頃、アレクシスは一人後宮へと足を踏み入れた。
王妃候補の誰とも約束を交しておらず、本来ならば訪れる必要のないその場所は、王を迎え入れる準備で騒がしい常とは打って変わって、しんっと静まりかえっている。
供の一人も付けず現れたアレクシスの姿に、門番の騎士達は驚いた様子だったが、無言で笑みを浮かべると察したように頭を下げて道を開いてくれた。
恐らく、王妃候補の誰かと密会すると思われただろう。目的が王妃候補ではないと知られても別に問題はないのだが、変に事を荒立てる必要も無い。言葉は交さずひとつ頷いて、門を通り抜けた。
ベアトリスに教えられた場所へ向かうと、噴水の縁に座って空を見上げる一人の兵士の姿が見えた。と同時に、十二年前に城下で出会った運命の甘い匂いが鼻をくすぐる。
アレクシスは運命の匂いに出会って以降、他のΩの匂いには疎くなった。それなのに目の端に捉えただけの相手の匂いが、心地よく身体を包む。
間違いない、間違えようもない。彼がずっとずっと探し求めていた、アレクシスの唯一無二だ。
(あぁ、ようやく会えた)
自然と上がる口角を抑えきれず、走り出したい衝動を抑えながら、ゆっくりと噛み締めるようにその後ろ姿に近付く。
「君が、エヴァン・アルトー?」
向こうもアレクシスの匂いに何かを感じてくれたのか、立ち上がって警戒する仕草を見せる後ろ姿へ歓喜に震えながら声を掛けると、一瞬びくりと肩を跳ねさせたものの、すぐに剣に手をかけてエヴァンがゆっくりと振り返る。
その警戒心は護衛としてとても優秀で、後宮を任せるのに対して信頼はできるが、運命に敵意を向けられるのは少し寂しくもある。
頭一つ分小さな背丈は、抱きしめるのにちょうど良さそうだ。すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
騎士を目指していたというのは間違いない様で、鍛えられていてがっしりとしてはいるが、元々がΩということもありそこまで筋肉質という程でもない。
男らしく程よく鍛えられた身体は、むしろαのアレクシスの愛し方に付き合わせても壊れてしまわなさそうで、好ましい体型とも言えた。
びっくりした様にアレクシスを見つめる藍色の瞳と、ふわりと風に揺れる黒みがかった深い青髪がとても綺麗だ。騎士団長である父親も同じ色の髪と瞳だったと記憶しているが、印象が全然違う。
優秀なβ並の、いやもしかしたら地位に胡座をかいて惰性を貪るαよりもずっと、鍛えられた身体と強さを身につけている様に見えるのに、多くのΩが持つ強かさの様なものが一切感じられなくて、逆に庇護欲を刺激される。
Ωでありながら騎士になる為に努力するその姿勢を好ましいと思っていたし、運命がどんな容姿であろうと愛する自信はもちろんあったが、自分と同じ男である相手を、ここまで愛らしく感じるとは思っていなかった。
歯止めが利かなくなりそうで、困る。アレクシスがそう思うのと、ぶわりとエヴァンの甘い匂いが増し、アレクシスと出会った事でヒートが引き起こされたのはほぼ同時だった。
普通とは違う運命同士のヒートだと理解した瞬間、アレクシスはエヴァンを抱き上げていた。
「なっ……下ろせ! 何のつもりだ」
「もう立っていられないだろう? いいから、大人しくしていて」
ちゅっと額にキスを落とすと、暴れようとしていたエヴァンが驚いた様に目を見開いて、やがて大人しくなった。
どうやらエヴァンの方も、このヒートがいつものものと違うことに気付いた様だ。いや、違うことに戸惑っているという方が正しいのかもしれない。
そのままアレクシスはぐるりと後宮の屋敷を見回して、王妃候補達が住む屋敷と一番遠い場所へと足を向けた。
後宮の全ての屋敷の中に必ずある、特別室。王妃候補達と会う時にも使っているその場所は、αとΩのフェロモンを外に漏らさない様に作られている。
後宮の敷地内は広いので、ここまで離れれば王妃候補達に影響があるとは思わなかったが、運命同士のヒートがどんなものなのかアレクシスにもわからない。念の為にその場所にエヴァンを連れ込んで、ベッドにその身を下ろす。
冷静さを保っていられたのは、そこまでだった。
エヴァンにそのまま覆い被さって唇を重ねると、むせ返るほど甘い匂いが充満する。
「ふぁ、っ……ぁ……待っ……」
「やっと見つけた。私の運命」
「うん、めい……?」
「あぁ。ずっと探していた、私の唯一」
舌足らずになった甘い声に、すぐに理性が飛びそうになる。キスを繰り返しながら、エヴァンの身体に触れた。
アレクシスの動きに合わせる様に跳ねる身体が可愛くて、ゆっくりと味わうように身体中をなぞっていると、もじもじと下半身を揺らしているのに気がついた。
まだそこには触れていなかったのに、期待してくれているのがわかって嬉しさが募る。あまり焦らすのも可哀想かとズボンに手をかけると、エヴァンが困った様にそれを拒んだ。
「ま、待って……くれ」
「どうして? このままじゃ、苦しいだろう?」
「でも……」
嫌がっているようには見えないのに、どうして止めようとするのかがわからない。
「こんなに求めてくれているのに、何が不満?」
「あの、俺……初めて……で……」
不思議に思って首を傾げて尋ねた言葉に返ってきたそれは、思いも寄らない告白で、一瞬頭の中が真っ白になる。
(初めて? 初めてとは、どういうことだ?)
エヴァンは二十歳を超えているはずだ。いくら騎士候補として基本的にストイックな生活を送っていたのだとしても、恋愛や性交渉は禁止されていないし自由が認められている。
何よりΩのエヴァンに、ヒートを収める婚約者がいないなんて考えられない。
「…………っ! 婚約者は?」
「そんなの、居ない……ひゃっ、ぁ」
だが、余裕のなさそうなエヴァンから発せられた言葉に嘘は感じられず、本当に相手がいないらしい。
運命の相手が、自分以外に身体を許したことがない。それどころか、誰かに肌を触れさせる事にさえなれていない様子だ。
導かれるその事実に、アレクシスは歓喜に震える。
「私は、幸運だと言う他ないな」
「何……? んっ……ぁ」
愛しさが振り切れて、大事にしたくて、清い身体のまま無事にこうしてアレクシスと出会ってくれた事に感謝するように、大切にする気持ちをキスに込める。
触れるだけのキスを繰り返していると、エヴァンの瞳がふわりと蕩けて、無意識なのかぎゅっとその手がアレクシスの袖を掴む。
応えてくれようとするその行動が可愛くて、そっとその手を自身の背に導くと、戸惑いながらもぎゅっと抱きついてきてくれた。
今度は拒まれることはないだろうという確信を得て、再びエヴァンのズボンに手をかけそれを取り去る。
恥ずかしそうに赤らめるその表情は、確かに慣れていない様子なのに、食って下さいと言わんばかりで理性が飛びそうだ。
「優しくする……様に、努力はする」
「激しくても、大丈夫……あんたのが欲しい」
初めてを、怖い思い出にだけはしたくない。
がっついてしまいそうになるのを必死で堪えて紡いだ言葉に、予想外の答えが返って来て、思わず天を仰ぎそうになる。
エヴァンはどれだけアレクシスを喜ばせれば、気が済むのだろう。
「これ以上、煽るな」
「ひゃ……っ、ぁ……ンんっ」
アレクシス自身もそんなに長く我慢が続きそうにない。
着ているものを脱ぎ捨て、張り詰めている熱をエヴァンのそれに触れさせると、ビリッと電気が走ったような衝撃が全身を襲い、その身体を貪り付くしたい衝動に駆られる。
運命の匂いを嗅いで以降、他のΩのフェロモンに誘惑される事はほとんどなくなり、性欲も薄い方だと思っていた。だがそういう訳ではなかったらしい。
早くエヴァンの全てが欲しくて堪らない。こんなにも自分の中に熱があったなんて、知らなかった。
だが、エヴァンを傷付ける訳にはいかない。すぐにでも入ってしまいたい気持ちを押しとどめて、エヴァンの受入れてくれようと準備を始めている後孔をゆっくりと解していく。
「大丈夫か?」
「ん…………、っ」
びくんっとより大きく跳ねた身体を案じて声を掛けた瞬間、エヴァンの唇がアレクシスの言葉を奪った。
エヴァンからの初めてのキスに、これ以上耐えることが出来そうになかった。
優しくしたいし、大切にしたいのに、壊してしまうまで求めてしまいそうで怖い。
「もう、入ってもいい?」
何とか獰猛なαの部分を押さえ付け、エヴァンの髪をゆっくりと撫でながら伺う。
ここでダメだと言われても、正直どうしようもないのだが、せめてエヴァンの気持ちが解けるまでは待ちたい。
「早く……っ、欲し……んぁ、ぁぁぁっ!」
ところがエヴァンは、アレクシスが考えるよりもずっとこの身を求めて居てくれた。
言葉の最後まで聞かない内に、中へ入り込んでしまうくらい飢えていて申し訳なく思いながらも、止められなかった。
きっと苦しい思いをさせているはずなのに、エヴァンは背中に回した手に力を込めて、近くへすり寄ってきてくれた。ぎゅっと抱きしめ返すと、ふにゃりと笑顔を見せてアレクシスの熱を煽ってさえ来る。
中で質量を増したアレクシスに驚いたのか、ぎゅっと締め付けられて「うっ……」と思わず声が漏れる。
どうやらエヴァンは、手加減はご所望ではなかった様子だ。
「これ以上、煽るなって言ったよね?」
「違……、そんなつもりじゃ……ひゃぁ、ンっ」
「もう限界だ、一度出すよ」
「中に……くれ、る?」
「もちろん。最初から、そのつもりだよ。一緒にイこうか」
拒まれるかと思っていたのに、エヴァンはアレクシスの子種を中に受け入れる事さえ望んでくれた。
可愛くそんな風に運命のΩに求められて、拒めるαなどいるだろうか。
「ん……っ、ぁぁっ……はぅ、ぁ……ァァァァァッ!」
せめてエヴァンが一番気持ちよくなれるようにと、その行き場をなくした熱をそっと掴んで、中を責めるのと同時に上下に動かす。
吐き出された白濁の感触を確かめる暇もなく、ぎゅっと搾り取るように蠢く気持ちよさと幸福感に包まれ、アレクシスもまたエヴァンの中をその熱で満たした。
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