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運命を抱きしめた日(*)
初めてで怖い事ばかりだったろうに、アレクシスに全てを委ねてくれたエヴァンの姿が健気で可愛くて、その身を抱いたばかりなのに益々離れがたくなる。ずっとこの腕の中に閉じ込めておきたい。
番にしたいと願う瞬間というのは、こういうものなのかと初めて知った。
息を整える暇もなく、エヴァンの身体をひっくり返し、そっとそのうなじに唇を寄せる。
しかし、ここまで何一つ拒否しなかったエヴァンが、慌てて両手でうなじを庇う。こんなにも身体も心も求め合っているのに、番になるのは嫌だと言う事なのだろうか。
恥ずかしがっているのではない慌て方に、悲しくなる。その手を早く解いて欲しくて、エヴァンが自身のうなじを守っている手の甲に、そっとキスを落とした。
「私と番になるのは、嫌?」
「嫌、とかの問題ではなくて……。どこの誰かもわからない相手を、簡単に番にしない方がいい」
その言葉で、エヴァンがアレクシスの為に、番契約を結ぶ事を拒んだのだと悟った。
どこの誰かもわからない相手に襲われたのはエヴァンの方なのに、自分の為ではなくアレクシスの為に番う事を拒否するその姿に、愛しさが際限なく積もる。
アレクシスは王で有り、αとしての強さもかなりのものだと自負している。例えアレクシスの正体を知らなくても、普通のΩならそのαのフェロモンの強さを受け、拒否するどころか向こうから番にして欲しいと求めてきてもおかしくないのだ。
実際アレクシスはこれまで多くの会った事すらないΩにまで、それを何度も望まれてきた。もちろんそんな相手に興味が湧くはずもなく全て断ってはいたが、Ωとしては苦しい選択であるにも関わらず、一番でなくてもいいからと力ある王の番に収まろうとする者は少なくはない。
それなのにこの運命の人は、自分の事を差し置いてアレクシスの事だけを考えてくれている。
(なんだ、この可愛すぎる生き物は!)
生まれ続ける悶えを、どこにもぶつけられなくてもどかしい。
「私は君をずっと探していたんだよ。例え何者だったとしても、君以外を愛するなんて考えられない」
「お前は俺のヒートにあてられて、正しい判断が出来なくなっているだけだ。それに、お前と俺は初対面だろう……?」
「顔を合わせたことはなくても、私は君の事を忘れた事はなかった。それに私達がこの先ずっと一緒に居る理由は、今この時間を共にしただけで充分だろう? 君は私に何も感じなかった?」
そんなはずがないという確信はあるが、エヴァンにも自覚して欲しくて考えてくれるように促す。
今まで他のαと抱き合ったことがないのなら、運命とそうではない差がわかり辛いのかもしれない。アレクシスにとっては嬉しい事ではあるのだが、エヴァンにとっては戸惑いも大きいだろう。
「運命……だから?」
「そうだ」
「勘違いだ……俺と番になんてなったら、きっと後悔する」
ちゃんと正しい答えを導き出してくれたが、どうやらまだエヴァンは半信半疑といった具合だ。
どうもエヴァンは、Ωとしての自分に自信がないらしい。そんなことは全然ないのだが、それはアレクシスだけが知っていれば良い。
それにエヴァンが自分の魅力に気付いてしまって、ライバルが増えても困る。もちろん負けるつもりは更々ないが。
だが、アレクシスにとってエヴァンが唯一だという事実は、理解して貰わないとならない。
「後悔なんて絶対にしない。お願いだから、私の番になって?」
「……ダメだ」
「どうしても?」
「どうしても」
エヴァンの意思は固い。恐らくΩの本能はアレクシスに噛まれてもいいと思ってくれているに違いないのに、震えながらも拒否を続ける。
エヴァンの気軽な言葉遣いから、恐らくアレクシスが何者なのか気付いていないのだろう。ここで正体を明かして無理矢理番にしてしまう事は可能だが、エヴァンの心はきっと手に入らない。
それに何者かわかっていないのに、アレクシスの事を一番に考えてくれているのだとすると、王としてではなく一人の人間として愛されているという証拠のようでもある。それは何物にも代え難い喜びだったから、今はこれ以上無理矢理に肯定を引き出す事は止めにした。
お互いが何者かを名乗りあって、改めて正面から真っ直ぐ手に入れた方が良い。きっとそれは、ヒートに見舞われて本能が大きく顔を出し、冷静な判断が出来なくなっている時ではないのだろう。
時間をおいて冷静になったとしても、アレクシスの気持ちが揺らぐことはない。アレクシスからばかりではなく、ちゃんとエヴァンの方からも求めて欲しいから、今は出会えた奇跡を噛み締めるだけでいい。
「……わかった。ならちゃんと手順を踏むよ。でも私は、諦めるつもりはないからね」
「何……?」
「ね、今ここは噛まないから……もう一回、しよう」
ちゅっと触れるだけのキスと共に囁きを耳元へ落とすと、今まで受入れてくれていた後孔が再びアレクシスを導くように柔らかく開くのがわかって、そのまま再びアレクシスはエヴァンを穿った。
「っぁ! ……やっ、待っ……んんぁ……ぁぁぁぁあっ!」
番になるのは頑なに拒否する癖に、戸惑いながらもアレクシスを求めてくれる姿からは、溢れ出る愛しか感じられない。
結局その日、アレクシスはエヴァンがどんなに泣いても離してやることが出来ずに、そのまま朝を迎えた。
次の日、疲れ果て気絶するように眠るエヴァンの額にキスを落とし、朝早く後宮内の屋敷を出た。
傍を離れるのは辛かったが、昨晩は何も準備せずふらふらと後宮に来てしまったので、処理しなければならない事が山積みだったからだ。
エヴァンの様子では、恐らく目覚めるのは昼を過ぎてからだろう。丈夫そうな身体には見えたが、どう考えても無理をさせすぎた。
エヴァンは初めてだと言っていたし、それが本当だと実際抱いたからこそわかったのに、慣れない様子なのに必死に求めてくれるのが嬉しくて、途中から手加減が一切出来なくなってしまった自覚がある。
必要最小限の事だけ済ませて、早々にエヴァンの元に戻りたい。
上機嫌で執務に就くアレクシスに、宰相が不思議そうな視線を寄越してきたが、相手をしている暇はなかった。
まずはエヴァンの事を知らせてくれたベアトリスに手紙を返して、明日以降の後宮の警備人員を変更するよう要請する。
元々、今日はエヴァンの休暇日だったようだったので、交代要員を準備するのにそこまで手間はかからなさそうだ。ベアトリスはその辺りまで考えて、昨晩に予定を組んでくれたのかもしれない。
王妃候補達は本当に協力的で、最強の助っ人だ。正直に運命に出会った事を話してみて良かったと、今日ほど思った事はない。
明日以降に回せるものは問答無用で回して、緊急のものだけを高速で処理していく。頭の中はエヴァンの事でいっぱいだったが、早く会いたいという気持ちが、いつもより決断を冴え渡らせてくれた気もする。
午前中に全てを終わらせられたのは、ある意味愛の力だ。「後は任せた」と去って行くアレクシスの姿に宰相は困惑していたが、ずっと探し求めていた運命にようやく出会えたその次の日に、執務室まで戻ってきただけでも褒められて然るべきだと思う。
エヴァンの可愛い声が最後には嗄れかけていた事を思い出し、レモン水の入ったポットとグラス、軽食を用意して足早に後宮へ戻る。
今日はβの騎士が後宮内の警備をしているからか、王妃候補達は屋敷から出て来ないらしい。昨晩と変わらない静けさの後宮は、少し寂し気に感じた。
エヴァンが警備に入っている日は、王妃候補達も庭に出てお茶会を楽しんだり、花を愛でたり、散歩をしたり出来るのだと王妃候補達が嬉しそうに話していた事を、ふと思い出す。
それがどんなに貴重な事なのか、昼間なのに静まり返った後宮の様子を見てようやく気付いた。
王妃候補達から話を聞いただけでは、不自由なく外出できるαであるアレクシスには、完全にその不便さが理解出来ていなかったのかもしれない。
こんな風にΩの騎士が活躍する場は、アレクシスが思っている以上にあるのだろう。
それはエヴァンが警備を超えてまで、王妃候補達の事を一番に考えて動いてくれたからこそ気付けた事で、そしてそんな優しさと努力でこの場所へ辿り着いてくれたからこそ、アレクシスはエヴァンに出会えた。
奇跡の全ては、エヴァンの努力の賜物だ。アレクシスの運命は、なんて素敵な人なのだろう。
(まだ眠っているだろうか?)
早く抱きしめたくてたまらない。逸る気持ちを抑えきれず、勢いのまま屋敷に駆け込むように戻ってきたが、もし眠っているのならば起こしてしまうのも可哀想だ。
特別室の前でようやく冷静になって、ノックはせずにそっと扉を開けると、エヴァンが何故かベッドではなく、床に座り込んでいた。
「た、立てない……」
「何をやっているのかな?」
確実に身体に力が入っていない様子で、驚いた様にアレクシスを見上げたエヴァンの表情は蕩けるようで、ヒートの熱が引いたようには思えない。
それなのに、何故ベッドから下りようとしているのだろうか。
手に持っていた盆を一旦テーブルに置いて、エヴァンに駆け寄るとその身体を抱き上げる。
「わ、ちょ……」
「まだ動くのは無理だろう? 大人しく寝ていて」
エヴァンの身体をベッドに戻して、持ってきたレモン水をその唇に押し当てると、エヴァンは素直にアレクシスに身を任せて、ゆっくりと液体を飲み込んだ。
「ありがとう。でもそろそろ行かないと……」
「どこへ行くつもりだったの?」
「今日はたまたま休みだったから良かったけど、ヒートの予定じゃ無かったんだ。明日以降の調整をしてもらわないと……それにベアトリス様にも、昨晩の約束を守れなかった謝罪の手紙を出さなければ……」
まだ熱は収まっていないだろうし、身体は自由に動かせないはずだ。きっとそれどころではないはずのに、エヴァンは既に自分の事ではなく周りの心配をしている。
昨晩もそうだった。抱かれるのは初めてで怖かったはずだし、無理矢理番にさせられかけたのもエヴァンの方なのに、心配するのはアレクシスの事ばかりで、自分の事は二の次だったように感じる。
これは、甘やかし甲斐がありそうだ。
「あぁ、君はとても真面目で優秀らしいね。王妃候補達とも上手くやっていると聞いている。警備の事なら心配しなくても大丈夫。ベアトリスにも話は付けてあるし、約束はちゃんと果たされているよ」
「…………え?」
「今日はもう遅いから、もう一日ここでゆっくりしようか。明日の朝、屋敷まで送るよ」
「待って……どういう……? んっ……ふぁ」
「まだ、私が足りないだろう?」
残念ながら、まだ帰してやる事は出来ない。
ヒートが治まっていないからとかではなく、他の事が考えられなくなる位にアレクシスでいっぱいにしてからでないと、明後日の方向に変な考えを起こしてエヴァンは黙って何処かに行ってしまいそうで、心配だからだ。
重ねた唇を深く合わせる。再び高められる熱に戸惑いながらも、エヴァンは素直に愛されることを選んでくれた。
本能のままに激しく求めてしまった昨晩と違って、今夜は愛されている事が理解出来る様に優しく抱こうと心に決める。
その思惑通り、何度も愛を囁くアレクシスの胸の中で、エヴァンは快楽に蕩ける様に気を失った。
「アルトー家は伯爵家か……だが父は騎士団長だったな。うん、それならば大丈夫だろう。すぐに整えて迎えに行くから、待っていて」
安心しきった表情で眠るエヴァンの頭をゆっくりと撫でながら、アレクシスはこの可愛らしい運命に笑顔で一生隣に居て貰う為の努力は惜しむまいと、フル回転で思考を巡らせた。
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