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なまえをつけてよんでみよう。1/4
パタン、とからくり人形の表情がひっくり返って変わるように。
まさに、歓喜から落胆。
「え……? え? ………なんで?」
思わずつぶやくけど、目の前の光景は何も変わらない。
「ちょ、ちょっと待ってマジで」
もう一度つぶやき、しばし呆然とする。
───突然だけど、俺は女の人が苦手だ。
嫌いというわけではない。興味はあるんだけど理解不能で怖い方が勝ってるのである。
物心ついた頃から、じっと見つめられる視線も、ちょっと話したあとに、遠くで数人寄って集まってキャアキャア言ってるのもワケがわからず、馬鹿にされてるのかなと思って怖くて避けるしかなかったのだ。
いい大人になった今でもそうなんだから、今さら恋をしたって俺の方からどうアプローチを仕掛けていいのかわからないし、積極的に近づいてくる女性は逆に引いてしまうし。
当然、今日の今日まで童貞でいる。
でも、もちろんというか、やっぱりというか、興味やヤリたい気持ちはあるわけで………。
そんなわけで、恥ずかしながら俺、松沢遼(まつざわりょう)はこのたびセクサロイドデビューを果たしたのであります。
簡単に言えばネットで注文して二ヶ月待っただけだけど。
だけどこの二ヶ月のどれだけ長かったことか。どれだけ待ちわびたことか………!
それなのに。
「こんなミスあるかよ………」
せっかく夜まで待って今シャワーを浴びてきたのに。
せっかくこの一週間独りでしないで我慢してたのに。
確かに俺は「女の子タイプ」のセクサロイドを注文したはず。
なのに、目の前に立てかけた箱から現れたのは「男の子タイプ」のセクサロイド。
おっぱいがなく、パンツだってパンティではなく真っ白のブリーフ。
見たまんま男のボディなんだから見間違うことはない。
そのセクサロイドを見つめながら、分厚い取扱説明書と一緒に入っていた明細書に手を伸ばす。
注文者の名前と住所は間違いなく自分だし、体型、肌の色、オプションでつけたウィッグやコスプレの服、どれも間違ってない。
どう考えても販売元のミスだろ、海外メーカーが日本用にと作ったサイトだったし、あちこち怪しい日本語があったからよくあるミスに違いない………と思いながら、同時に改めて注文手順を思い返しアッとする。
【男性はこちら】 【女性はこちら】
たしか、ネットで注文をする時、一番最初のページに現れたリンク。
迷いもなく俺はあの時【男性】を選んでそれから詳しくタイプを注文するページに飛んだけど、もしかしなくてもそれはセクサロイドの性別タイプの選択だったようだ。
それに気付かなかった俺は自分の性を選んで、サンプル画像は男女両方並んでたけど気にも留めず何度も何度も理想をかき集めて。
さらに最終的にはプランは完璧という根拠のない自信と、早くお迎えしたいという衝動が注文に拍車をかけていた模様。
SS、S、M、L、XLっていうサイズ指定もあったのにと思ったけど、あれはバストのことじゃなくて男性自身のことだったらしい(カップという概念がなかった)。
そもそも、自分が男だってことは最初のユーザー登録の段階ですでにやっていたというのに………。
「ふっざけんな、ちゃんと書いとけってんだよ!」
明細書をクシャクシャと丸め一人で叫び、がっくりとうなだれる。
せっかく自分でも普段着用の服を用意してあげていたのに。
───名前だって「ミオちゃん」と決めていたのに。
「あーもう返品だっ、返品っ!」
何パーセントかの手数料がかかるだの、再注文には時間を要するだの関係ねーし………俺は床に置いてたパソコンを乱暴に手元へ引き寄せる。
と、その時。
ぐらり、と不安定に立てかけていたセクサロイドの箱が揺れ、こちらに向かって倒れてきた。
「あっ! ちょ………うわ重っ………!」
慌てて手を伸ばしたけれど重さの予測が出来ずに、そのまま一緒に床に投げ出される。
ガシャン、と音がして壊したかと一瞬ヒヤッとしたけど、どうやらたまたま床にあったコーヒーカップに当たっただけのよう。
つか、今はそんなことに気を取られてる場合じゃなくて。
ピーーー。カシャカシャカシャ………
そして、床で砕けたコーヒーカップが大人しくなったと同時に、目の前から起動音がして、俺はさらに真っ青になる。
そう、「起動後の返品は受け付けてない」ことを知っていたからだ。
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