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咲季の声
夢を見る。
咲季が、笑ってキスして、抱きしめてくれる。
夢の中で、咲季に大好きだと伝えると困った顔をして泣く。
取り返しのつかない過ちだった。
いつもそこでトルクは目覚めてしまう。
だから、咲季に謝れていない。
夢だから、自分の妄想だったり自己満足なのかもしれないけど、夢に出てくる咲季は本物だと思えた。
「坊ちゃま、咲季様は今日もまだ、お目覚めになりません。」
「私はまだ、咲季に謝れていないんだ
いつも、好きだと伝えると流れてしまうんだ。」
ワイスは苦渋の表情をして、目を伏せる。
咲季の体に異変がないのが良いことなのか、悪い事なのか分からなかった。
咲季が眠りについてから既にひと月の時間が流れていた。
その間レオハルトの事も、トアの事も何も解決しないまま、トルクは放り出していた。
二人の兄も、それでいいと言い、残された二人の弟は居た堪れない様だった。
コンコンコンコン
誰かの来訪を告げる。
ワイスがその扉を開けると、使用人の一人が正式にレオハルトが謁見の申し込みをして来たことを告げた。
「分かった、応じよう
父上と兄上たちも、時間を割いてもらうよう話をしておいてくれ」
「畏まりました。」
多分、咲季の事とトアの処遇についての話し合いだろうと推測できた。
心底、トアに関してはどうでもいいとさえ思っていて、形式上の話し合いだと思っていた。
トルクは咲季の眠り続ける顔を見に行くのが日課になっていた。
咲季を好きだと、時間が有ればその枕元で告げ、そして、力のない手を握る。
「咲季、今日も可愛いね。
もう、雪がそこまで来ているから毎日が寒くなるよ。
咲季が教えてくれた、四季と言うのの一つが来る
季節が、咲季の字に入ってるんだって教えてくれた、咲季の声が聞きたい
笑ってくれなくてもいい、罵ってくれても構わないから、どうか、声を聞かせて
愛してるんだ。
話せなかった私が愚かだった。
お願い、咲季、許してくれなくていい、私を見てくれなくてもいい、ただ、生きて、声を聞かせて」
咲季の流した涙が赤く染まっていた時に、しっかり抱きしめてあげれば良かった、トアなんか簡単に振り切れたのに、可哀想な子供だと躊躇った。
咲季の方がもっと、子供だったのに。
その子供を利用して、家族の事情を押し付けようとした自分達が何を許されたいのだろうか、と、自嘲した。
子豚の咲季が一生懸命にぷきゅぷきゅと喋っていた頃を思い出して笑い、涙が滔々とながれた。
レオハルトの非常識な謁見の申し込みは、今日の午後だった。
「相変わらず脳筋のバカだったか」
そう、一言漏らした。
トルクが咲季の部屋を出て行ったのと入れ替わりに、灼きつくす光が部屋を満たした。
咲季、目を覚まして。
神の力が及ばないくらい、咲季は壊れた。
壊したのは神が管理するこの世界の住人。
咲季の体が朽ちないように、毎日力を与えに来ては、目覚めない咲季を見て項垂れる神がいた。
午後になり、レオハルトが来訪した。
トアを伴って。
大広間で略式で始められた話し合いの内容は、当然の事ながら、咲季をレオハルトの国へ連れ帰る事を出してきた。
そして、トアの返品。
「何故です?
子を寄越せと言っていたのはそちらですが?」
「こんなクズ、使えるか!
腹黒くて、どうしようもない性悪で、最悪だ」
「ああ、裁定者でしたね。
では見ましたか?
コイツが咲季にした事で、目覚めない事も」
「ああ、見た。
胸糞悪かった」
低く、怒りに満ちた声でレオハルトは答えた。
「ひっ、私は、悪くない」
トアがまたもや、口にした言葉は自己擁護だった。
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