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第9話
彼と直接関わるまでは、あちらこちらから狂犬という二つ名を耳にしてはいたが、友達として付き合ってみると航太は意外に純粋だった。
『向こうがふっかけられて、黙ってやられるなんて出来ねえだろ』
半年ほどがたったあと、どうして喧嘩をするのか再び尋ねてみた伊織に対し、無愛想に答えた航太は『キレやすいのは分かってんだ』と、自嘲気味に呟いた。
二人は毎日一緒に過ごし、時には伊織の家へと招いてホームシアターで映画を見たり、定期テストの前には図書室で勉強を教えたりもした。
『伊織は、なんで俺なんかと友達になろうと思ったんだ?』
『俺なんかなんて言っちゃダメだよ。自分のことを卑下する航太は好きじゃないな』
笑みを浮かべてそう告げると、答えになってないと言いながらも、嬉しそうにはにかむ姿に、難問を解いた時のような高揚感に包まれた。
最初は周りの生徒達も皆一様に驚いていたが、今となっては、航太の素行が以前よりかなり良くなったのは、伊織の手腕だと囁かれている。
まさに、思い描いた通りの結果。なのに、まだどこか満たされないものを伊織は感じはじめた。
結果、航太は既にオワコンだから、時期をみて関係を切ろうと伊織は密かに心に決めた。
そう、航太というヤンキーは、伊織にとって『攻略すれば気が済んでしまうゲーム』と同じ価値でしかなかった。だから、素直になってしまった航太には価値がない。価値が無い物は捨てるに限る。そう考え、時期を伺っていたはずなのに、捨てるはずだった存在は……再び伊織の興味を引いた。
それは、つい先月の昼休み、待ち合わせていた視聴覚室へと伊織が赴いた時のこと。先に待っていた航太の背後から近づいて、ふざけて抱きついた伊織だったが、一瞬のうちに動いた彼に殴られそうになったのだ。
『……あ』
咄嗟に飛び退き拳を避けた伊織より、航太のほうが驚いたような顔をしていたのが印象的で――。
その出来事から数日後、神妙な表情をした航太は黄色い頭を深く下げ、自分の行動を謝罪した上で伊織に悩みを打ち明けた。
触れられるのが苦手なこと。
身構える余裕があれば我慢できるが、唐突に触れられるとつい体が反応し、相手を攻撃してしまうこと。
女の子を殴ってしまう危険性を自覚しているから、恋人はおろか異性の友達さえも作れていないこと。
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