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遺伝子_1
大学生である俺は子供でもなく、ましてや大人でもない。
そして俺を燻るこの気持ちは敬愛でもなく、ましてや家族愛でもないのだろう。
「またボーッとしてる」
至近距離で聞こえた声に、思案に更けていた意識を引き戻す。
「葉月 また俺の話聞いてなかったでしょ?」
「あ、悪い……」
間近で覗いていた色素の薄い瞳は呆れ眼で少し遠ざかる。
次に視界を占めるのは輝かしい金髪と透き通るような白い肌。
日本人にはどうしても浮いてしまいがちな金髪だが、この人には恐ろしいほど似合っている。
「最近ボーッとすること多くない?何か悩みごと?」
「いや………。それで何だって?」
「あ、誤魔化した。まあ、言いたくないなら良いけどさ。ほら、その課題のプログラム、AD変換が間違ってるんだよ」
と指差すのは俺の目の前に開かれたノートPCの画面だった。
「ああ、ここか」
「そうそう」
「助かったよ、兄さん」
「それは良かった」
ニコッと微笑むのは佐山 夏月 、俺の一つ年上の実兄だ。
そして俺は…………
「約束、ちゃんと果たしてもらうからね」
「週末スイーツな」
「へへ、楽しみ」
この実の兄に、叶うことのない気持ちを抱いている。
「それにしても」
と伸ばされた手が目の前に迫ってきて、次の瞬間には視界がぼやけた。
「相変わらず瓶底眼鏡だねぇ。コンタクトしないの?」
見えない視界でも動きは分かる。
恐らく俺から奪い去った眼鏡をゆらゆら遊ばせているんだ。
「返して、兄さん。何も見えない」
乱視に近眼、眼鏡がないと生活出来ないぐらいには目が悪い。
思わずしかめっ面になりながら、伸ばした手に返された眼鏡。
掛け直せば楽しそうに笑う顔。
「ね、コンタクトしないの?俺みたいにさ」
兄さんも俺に負けず劣らず目が悪い。
両親も目が悪いから、遺伝なのかもしれない。
「別にいい。必要を感じないし」
「男前上がるよ?せっかく良い顔してるんだしさ」
「そんなもの上がったって嬉しくない。それよりバイトの時給上がる方がよっぽど有益だ」
「遊び心がないなぁ」
グッと身体を伸ばした兄さんは、そのまま俺のベッドへとダイブする。
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