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遺伝子_2
「寝るなら自分の部屋戻ってよ?」
「いいじゃん、兄弟なんだし。また子供の頃みたいに一緒に寝よーよ」
「嫌だよ。シングルベッドに男二人なんて狭いし、暑苦しい」
「冷たいなぁ、葉月は」
わざとらしい膨れっ面を見せながら、しっかりと枕へと頭を沈めている。
同じ大学、同じ学部に通う兄さんに、こうして課題を見てもらうことがある。
決まって俺の部屋。そして兄さんが俺のベッドで寝落ちすることもお決まりの流れだ。
気持ち良さそうに横たわる様子を見て、ああ今日もベッドはお預けかなんて、内心溜め息をついた。
「それで週末は何食べたいの?」
「ふふーん、よくぞ訊いてくれました。これ、ここ行きたい」
相変わらず横たわったまま、スマホを取り出すと画面を俺の方へと向けた。
「………パンケーキ」
「そう!ちょうど週末オープンの店でさ、ほらこの生クリーム凄く美味しそうじゃない?」
聳え立つ生クリームは甘党の心を擽るようだ。
「まあ……でも俺とでいいの?ほら彼女、何だっけ……えっと……」
「ああ、杏里 ちゃん?本当はそのつもりだったんだけどさ、別れちゃったから」
スマホをベッドの上に放って、兄さんは再び枕へと沈んでいく。
「別れたって…付き合ったばかりだったろ?」
「んー、十日は付き合ったよ」
「いやそれ付き合ったって言わないから」
この人は自他共に認めるほど女癖が悪い。
彼女は取っ替え引っ替えで、長く続いても一ヶ月が最長記録だ。
「また振ったんだ?」
「んー、だってさドキドキしないんだもん」
毎回別れるのは、このとても最低で自己中な理由。
それでも人を惹き付けて止まないのは、この容姿の良さと人懐っこい性格のお陰だろう。
「そんなもんだろ。ずっとドキドキなんてしてたら身が持たない」
「そーかもしれないけどさ。楽しくなくなると、何で付き合ってんだろってなるし…それに……ふぁ〜…」
「……兄さん?」
段々と呂律が怪しくなる声にその顔を覗けば、目はうつらうつら。
「あの子じゃ……満たされ、ないから……」
やがて完全に落ちた瞼と寝息が耳に届いた。
やれやれと嘆息する。
一度寝るとこの人は起きない。
「……ったく、」
掛け布団を肩まで掛けてやれば、更に安らかな寝顔を見せる。
「人の気も知らないで、呑気なもんだな」
額に掛かる前髪に触れた。
傷んでるかと思いきや、その触り心地はとても柔らかい。
「………夏月」
俺はこの人に叶うことのない、報われることのない恋をしている。
もう何年も、何年も………。
「んー…………ん、それ俺の……くりーむ……」
どうやら食べ物の夢を見ているらしい兄さんは、薄く唇を開く。
吸い寄せられるように唇が擦れる距離まで近づいて、間近で顔の作りを眺めた。
似ていない。それでも同じ遺伝子。
「夏月………好きだ」
囁く声は夢に溶けて届くことはない。
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