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遺伝子_10

「……離して」 下を向いたままでも耳が赤くなっているのは分かって、無性に気恥ずかしくなる。 「離さない」 「無理、嫌だ。離して、今無理だから。ほんと、お願い」 「……駄目」 「意地悪すんなよ。弟のくせに生意気」 「弟は我が儘な生き物なんだよ」 何それ、と兄さんはドアノブから手を離してその場にしゃがみ込むとすっぽりと丸くなって顔を隠してしまった。 「もーぉ……どーするの、これ……」 「どうするって……と言うか兄さんは女が好きじゃなかったっけ?何だって今更俺を好きだなんて言うんだよ…」 「今更じゃないし!俺はずっと、ずっと……」 反論と同時に上げられた顔は視線がぶつかると、また膝に踞ってしまう。 「…………ずっと好きだったんだよ、本当は」 蚊の鳴くような声とは、まさにこの事を言うんだろう。 「必死にバレないように隠してたのに……葉月のせいで滅茶苦茶だ……」 「滅茶苦茶って……何それ、隠すためにあんなに遊んでたって?」 「そうだよ……」 「何だってそんな……」 「だって仕方ないだろ!」 荒げた声の後には鼻を啜る音がする。 「だって俺……葉月の兄さんなんだよ…………」 ああ、そうか。 この人も……組み込まれた遺伝子のロジックに頭を悩ませ続けていたのか……。 「泣くなよ、兄さん」 「うっ…………泣いてない……」 「嘘つき。じゃあ顔上げて」 「嫌だ…………!」 更にぎゅっと縮こまり、背中は丸くなる。 猫……みたいだ。 「ほら、顔見せて」 身体を囲っている腕を無理矢理引き剥がそうとしても、抵抗する力がなかなか強い。 「い〜や〜だ〜っ!」 「我が儘言うな、兄さんだろ。ああ、もう……夏月!」 名前を呼べば強張っていた身体が途端に脱力する。 「顔、見せてよ」 俺も掴んでいた腕を離して、項垂れる頭に手を置いた。 「ほんと、生意気に育った……」 ボソボソと呟きながら上がった顔は、お世辞にも綺麗とは言えない程ぐしゃぐしゃな泣き顔だった。 「ふはっ、酷い顔」 「………るさいな」

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