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第1話 1/4
【Seiji side】
『サッカー、好きなんですか?』
突然、顔をのぞかれてドキリとした。───
ほぼ毎日、仕事帰りに通っている定食屋「ふたば亭」。
駅のややななめ正面にある「星見ヶ丘商店街」にある店の一つだ。
昔ながらのデコラのテーブル。箸立てや醤油やソースの瓶。天井近くに置かれたテレビは大体スポーツ専用チャンネルが流れていて、店主をはじめスポーツが大好きな一家であるらしい。
俺がよく行く時間帯はだいたい5~6人ほどの客の入り。残業でちょっと遅くなったりすると最後の客になる時もある。
自炊も面倒だし、遠距離通勤族だから会社の界隈でのんびりしてもいられない。
駅を出て商店街を抜ければすぐに家に帰れるし、あとは風呂に入れば一日を終えられる。
コンビニ飯より健康的な感じもするし、メニューも豊富なこの定食屋はまさにもってこいで、そこで時々テレビに目をやりながら食事をするのが日課になっている。
………そして、もう一つのお目当てもあったりなんかして。
というか、そっち目的の方が濃厚になりつつあって。
───そんなある日に突然、ここの店主の息子が声をかけてきたのだ。
つまりはまぁ、お目当てとはそういうことだ。
『サッカー、好きなんですか?』
『っ、え?』
『あっ、なんかサッカーの時はよくテレビの方見てるなぁと思って………』
『あー、うん………唯一ルールがわかるっていうか………』
あたふたしながらもどうにか答え、会話をつなげる。相手も他の客もいないこともあって、俺の前に座る。
白いTシャツに、紺色の前掛けのようなエプロン。三角巾で包んでる髪は、サラサラとした金色に近い茶髪。
他の常連おっさん客のみならず「ふたば亭のちーちゃん」といえば星見ヶ丘商店街の人々の中で知らない人はいない、と言われている看板息子だ。
『そっかぁ。じゃあ、野球は?』
『や、そっちはわかんねんだ俺………もしかして、野球派?』
『うん、どっちかというと。スタジアムにもよく行くし、強くはないけど商店街仲間の野球チームにも入ってるし』
『へぇ。俺は大学時代の仲間とたまにフットサルするかな』
『そうなんだー。あ、ごめんなさいお客さんの食事中に』
『いや、いいよいいよ………あ、俺、成田聖司 っていうの』
『成田さん?』
『あ、聖司でいいよ………で、あの、』
『僕は千紘。二葉千紘 』
それが最初に交わした、けっこう長めの会話。
それから常連と覚えてくれて、訪ねるたびに笑ってくれ、「ビール一本だよね!」とパタパタっと奥に行ってくれる。
そして客が少ないときは俺の前に座って、二人でいろんな話をする。
サービスで必ず付いてくる一品は唯一の彼のお手製であるということ、普段の仕事は自身で作ったお弁当を数件の近所の家(一人暮らしの高齢の人とか)に配達していることも知った。
店の後継ぎは、いま料理学校で一人暮らししている弟に任せ、自分は今の弁当配達をもう少し拡大させたいとも話してくれた。
初めてこの店に訪れて、「いらっしゃいませ」と微笑まれた瞬間に一目惚れなんてめったにない俺があっさりと恋に落ちてしまった。
心臓が跳ね顔が熱くなって、思わずその場でネクタイを緩めたほどだ。
可愛すぎるだろ!と逆切れしたくなってしまうほどの笑顔。
何かおねだりをされてるような錯覚に陥ってしまいそうな、黒目がちな瞳。
耳触りのいい声に、独特のはしゃいだ笑い声。
ちょっぴりドジなところも、話してみれば的外れなことをたまに言う、天然なところも。
みんなみんな、虜になってしまった。
ほぼ毎日会うたびに好きな気持ちがどんどん降り積もっていく。
年も近く、客のおっさん率が高いおかげか仲良くなれたのも早く、お互い親しく会話できる関係にはなったけれど、会うのはあくまでも定食屋のみで、外で会うことは今のところなく。
やっぱりそれ以上踏み込むってなると関係が壊れそうで怖い。
フラれたりなんかしたら、この店にだって来られなくなるだろうし。
そのくせ、もしや他の客も狙ってるんじゃ、なんて被害妄想までする始末。
結局はこの店に毎日通い、顔を合わせるだけで精一杯。
それだけで満足しなきゃ、と言い聞かせるしかない。
と、思っていたのに。
「あのね、………聖司さん」
残りは俺一人の閉店前の店内。
「ん?」
「お店閉めるまで、裏の出入り口で待っててくれる?」
「えっ? なん、」
「あっあの、忙しかったらいいんだけどっっ」
長いまつ毛の目を伏せて、少し恥ずかしそうに話す千紘に、俺の方も頬が少しずつ熱くなってくる。
「いや、いいけど………ここじゃダメ的な話とか?」
「あっあのっ、話、うん、そう…………」
「は、話っ、そう、話ね…………」
裏で待つイコール話がある、なんて勝手に連想してしまい、俺の方もどんどん動揺してしまう。
ここじゃ無理で裏口でってなったら………トーゼン二人きり、だよな。
そこで話、だなんて…………、考えられることは一つしかないじゃねぇかっっ。
「ありがとう、じゃ、あとでねっ」
パタパタっと奥に引っ込んでしまう千紘を見届け、俺はぽろぽろと飯をこぼしつつ、とにかく迅速に食事を済ませ、店を出る。
しばらくすると店内の明かりが消え、多分片付けてるだろう音が聞こえる。
裏のドアのそばに立ち、はやる気持ちを抑えつつ空を見上げる。
満天の星。
ああ神様どうか。
どうか奇跡が起こりますように…………!!!
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