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最終話 4/4

「はぁ、本当に一時はどうなるかと冷や冷やしたよ………」 「もう、心配しすぎだよ聖司さんは。  ちょっと入院して、あとはもう大丈夫だって言われたでしょ」  結局。こないだの異変は神谷とは全く関係ないものだった。  ………いや、百パーなかった、とは認めたくないけれど。  千紘は前々から持ってたという軽度の肺の病が再発し、俺は甘いものの過剰摂取(壮哉の店で大量に食ったお菓子)でのちにその反動で低血糖を起こして片頭痛になっただけ、ということで。  市原はすべて知っていて眠ってるうちに処置をしていたんだそうだ。千紘の病院だってあらかじめ手配をしていた。  つまり原因不明なんてほざいたのも嘘で………ほんとにあの男だけは最後の最後まで不気味なほど謎だったな。  どこまでも俯瞰で面白がっててああいうのをサイコパスって言うんじゃねぇのか? 医者やってて大丈夫なのかよ。  もちろん、神谷も解毒剤を作って俺らに投与してくれた。  あの野郎はあの野郎で無差別に食べたものによって変化を起こさせるというとんでもない仕組みを俺らの体に生成させていたようだ。  そしてすべてが終わった今、千紘と二人で商店街を歩いている。  たくさんの優しい人々と、温かな人情、そしてその賑わい。  その商店街の中を、何の隔たりもなく千紘と歩いている。 「神谷博士、午後には発っちゃうんだね………」  千紘が歩きながらポツリ、とつぶやく。  せめて挨拶だけでも、という千紘の言葉に、仕方なく研究所に向かっている。 「あれ………?」  だけど二人で訪れた研究所のドアの向こうは人の気配がなく、窓から見ても室内は何日も人が使ってないような雰囲気がして。 「そうか………神谷の奴、もう行っちゃったんだな」 「なんだか寂しいね」 「いや、俺としては邪魔者が消えてホッとしてるけどな」  俺は遠い目で答える。 「ま、まぁ、アイツのおかげで千紘との仲もぐっと深まったともいえるしな、…………多少は感謝しとくべき、かな?  見せつけるわけじゃないけど、最後くらいやっぱりちゃんと別れた方がよかったのかもしれな」 「誰がもう戻らない、と言ったかね?」  は? 「かっ…………神谷っ!」  振り返ると、神谷がいつもの自信満々の表情で突っ立っている。 「オマエっ、まだいたのかよっ!」 「忘れ物を取りに薬局の方にいたのだよ。今はホテル暮らしであり、ベルリンなぞ三ヵ月ほどで帰ってくるものだ」 「三ヵ月ぅ? 最後の別れじゃないってのかよ!」  思わず千紘を後ろに庇い、相変わらず俺は声を荒げる。 「確かに行くがベルリンへ旅行、が決まっていただけだ。  できればちーちゃんを連れて行きたかったものだが」 「なっ………ちくしょう、市原の野郎があんな言い方しやがるから………!」 「相変わらず貴様は短絡的でバカな発想しかできないサナダムシのようだな」 「てっ、てんめぇ~~~」  ひっ、人が多少なりとも感傷に浸っていたというのにっっ。 「それに何度言ったらわかる、邪魔者は貴様の方だ。  完敗とは現段階での話………私はちーちゃんを諦める、などと一言も言っていない」 「おまえっ、ふざけるなっ!」 「さ、ちーちゃんおいで? お別れのハグとちゅーをしようじゃないか」 「博士、だから僕はっ…………」 「戻ってきたらもっとパワーアップして迎えに来るからね。  さ、おいで? 来ないなら私から行っちゃうぞ❤」 「にっ、逃げるぞ千紘っ!」  千紘の手を取り、表通りに飛び出す。 「ちーちゃん! 必ず私のものにするからね!  隣の男は私が帰ってくるまでに諦める準備をするがいい!  ちーちゃん、しばしのお別れだよ、ほら、ハグとちゅーを!」  ハーッハッハ! とイカレた笑い声が聞こえる。 「なんなんだよ、アイツどうやったって諦めないつもりだなっ」 「聖司さん………博士、笑って追いかけてきてる………べるりんはどうするのかな」 「ゆるキャラみたいな言い方すんなよっ、そんな心配してねーでとにかく逃げるんだよ!」 「聖司さっ………息上がっちゃ、」 「あっ、悪い!」  いったん姿が見えなくなったところで、早歩きに変える。 「あっ、聖司! 新作用意してるからまた上がってけよ!」  と、和菓子屋の前で壮哉に呼び止められる。 「悪りぃ壮哉! しばらくは甘いもの断ちしてんだ!」 「えぇ!? なぁちょっとだけでも! 俺、やっぱり聖司のこと諦めねーから! 薬なんか使わなくても落としてやるから!」 「はぁ!?」 「おいそっちのバカ息子! さっさと諦めて聖司を俺によこせよ!」 「うるせぇよっ! ったく、まさかあいつもアッチの仲間だったなんてっ、くそっ!」 「聖司さん…………大丈夫?」  千紘が不安げに俺を見る。 「だだ大丈夫っ、俺はおまえを離すことはない、絶対に!  ………おまえだってそうだろ?」 「うん、僕もずっと聖司さんと一緒だよ❤」 「っ、よし! とりあえずあの変態野郎を撒くぞ!」 「うん!」  二人で手をつなぎ、商店街の通りを走る。  この星見ヶ丘商店街を。  とはいえ…………やっぱりこの地での安穏は保証されてないようだ。

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