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第28話

 帰り際に咲桜(さくら)は忍びに、郵便受けに書かれた住所を覚えておくよう頼んだ。咲桜のほうでも県から始まり番地までそっくり覚える。山鳩はまだ後ろ髪を引かれるのか玄関で長いこと日向和田(ひなたわだ)と話していた。 「今度(つぎ)いつ来られるか分からないけどさ、おで、来られたらまたすぐ来たい」  式台の上に立つ白い着流しがどこか幽霊図のようだった。この時代、開放的な町に於いても異国服ではなく着流しを身に纏うあたり、意固地な人柄が窺えた。 「うん。いつでもおいでなさいな。遠慮は要りませんから。一筆書いておきましょうか。お前を一晩二晩は預かりたいとね」  靴箱の上に置かれている紙に不健康な感じのする指が鉛筆を握った。握り方の美しさを食い入るように咲桜は見ていた。日向和田はそれを千切ると山鳩に手渡す。ついでとばかりに片腕で袖を押さえ、寺子屋先生の手が少年の頭を鷲掴むように撫で回す。 「陸前高田さん、それから小豆喜(あずき)さん、彼を頼みます」  外に出ている2人を呼び、順に目を合わせた。日向和田の目は咲桜とこの小豆喜と呼ばれた女の関係が行きずりで共になったものでないと知っているふうだった。 「任せてくだせぇ。ボクの大切な友人でもありますからね」  なかなか自分の力で離れられないらしい山鳩を咲桜は引っ張り出した。 「じゃ、じゃあ、元気でね!せんせぇっ!」 「いってらっしゃい。お前も気を付けるんですよ」  山鳩は頻りに振り向いた。咲桜は構わず帰路に就かせる。日向和田の中で、山鳩の帰属意識はこの寺の跡も見当たらない寺子屋にあるつもりらしい。そして山鳩もそのつもりであるのだから縛り付けて思想矯正しかできない青藍(あおい)は太刀打ちできないだろう。粘着狂の稲城長沼なぞはてんで話にならない。 「なかなかのお人柄でしたなぁ」  項垂れている山鳩はこくりと頷いた。 「待ってる人、早く帰ってきたらいいんですけど……」  その者はおそらく帰って来ない。帰ってきたとしたら、よくある復員詐欺だろう。日向和田はこの件について自ら触れなかったが、その目や態度からよく承知しているようだった。 「いい子だね、翠鳥は」  仮にもし帰って来たとしたら、この少年の入る隙はなくなる。それを分かっているのだろうか。日向和田が待つ人は、おそらく家族や友人というだけの間柄ではないようだ。 「だって、せんせぇの大切な人ですから」  輝かしい笑みをみせられて咲桜は言葉も思考も一瞬で奪われてしまった。青藍も稲城長沼も、道連れに香染目も巻き込んで眩い陽射しに焼かれたくなる。この少年の周りに不要な薄汚いものだ。 「咲桜様は、あの、外、出てだいじょぶなんですか」 「いや、ダメだよ」 「えっ、じゃあ…………」  小豆喜という名だと日向和田の前で明かした忍びの女が咲桜を咎めるように近付いた。 「まさか昔のお殿様じゃないんだ、打首にするとまでは言わんでしょうよ」  山鳩が目を逸らしたのが意味深長だった。 「おで、誰にも言いませんから。咲桜様と会ったこと…………」  急に真剣な面持ちで彼は咲桜の腕を握った。 「う、うん」  しかし野州山辺の邸宅に帰る頃にはこの約束は意味を成さなかった。山鳩と別れ座敷牢に戻れば、すでに巴炎をはじめとして鬼雀茶衆が待っていた。三河安城もいる。ひとり外れたところで座っていた。 「まったく、なんちゅーコツしてくれとんねんダボが」  酒瓶がなく寂しいのか手には扇子が握られている。白地に赤線二重丸。熱心な愛国者ではないようだが国旗だ。計画のとおり動いていたが、あまりにも演技が下手だった。 「陸前高田くん……残念だ」 「すみません。謝ってどうなることでもないですが。しっかしどうして分かったんです。似てるでしょう?」  格子奥にいるのは咲桜と、偽物と同行した女忍びだけである。彼女は手早く偽物の拘束を解いた。 「それくらいはすぐ分かる。それに……君の動向が怪しいと、報告があった」 「天晴れ、野州山辺どん!あーし等なんかは簡単に騙されたとりました!完全に!まぁず悪りぃんな、うちのんのひとりをこないな目に遭わせてくれおって。なんて言って買収したんだ、え?股座茎でもしゃぶるってか?」  三河安城の哄笑が響く。しかしそこに同調する者はいなかった。 「野州山辺どん、うちの隠密衆()の生まれは分かるでっしゃろ。いくらお国様さんお偉いさんが均等法だが平等無差別法打ち出したかて、連中は皆さんの素晴らしぅ追い出しぶちのし伝統に骨の髄まで浸かった身ですさかい、生まれながら歴とした人さんに頼まれたら断れますまいよ。え?そういうこっちゃ、うちのんには心ある処遇を頼んます。ゆうて、うちのんの義弟(おとと)も野州山辺どんの次男あんつぁにどつかれ倒されててん。どつかれ倒れ、ぶちのされててん。ぶちのされて!しばかれていてこまされてん。心ある、処遇を、頼んます」  三河安城は咲桜を一瞥した。非常に被害者ぶった卑怯な嘆願である。しかしここで協力関係が露見してしまうのは咲桜の企ての醍醐味を損なう。 「……陸前高田くん、来なさい」  巴炎は三河安城には何も返さないで、周りを囲う鬼雀茶衆に指令を出した。着替えも許されぬまま咲桜はまた捕縛され土蔵へ案内された。気付くと2人だけで、左右にいた付き添いの隠密は入ってこなかった。 「勝手なことをしてすみませんでした」  縦横に組まれた木材に咲桜は繋ぎ止められた。両手を広げ、足は一括り。 「今回のは、私の個人的な拘束ではなかった。それなのにどうして……」  巴炎は衣服の前を大きく開いた。突然肌を晒す相手に咲桜は目が離せたかった。ぱんと張った胸筋は脂肪で膨らんだ女や太った男の乳房とは違うものの、乳房という感じがある。土蔵は照明器具はあれども暗く、何しろこの村自体が涼しいために脱ぐほどの温度はない。とすれば、これから脱ぐ必要がある、つまり暑くなるような運動を要する尋問が待ち構えているらしい。 「旦那……?」 「私は君に何か吐かせようというんじゃない。それなら痛め付けても仕方がない。ただ、懲りて欲しいだけ……懲りてほしいのだ。私から離れていこうとすることを……」  落ち込んだ声と下がった肩に凄みを感じた。梁からぶら下がっている照明器具が野州山辺の肌の質感を露わにする。彼は背中を向けた。土蔵の中にあるものすべてが拷問器具に見えた。もしかしたら本当に、すべて拷問器具なのかも知れない。物音は威嚇のように咲桜を脅す。長いこと巴炎は被験予定者に背を向けていた。広い背中に肩甲骨が蠢く。ごーり、ごーり、と胡麻や薬草でも擂っているような鈍い音がする。己の想像力がすでに拷問を始めている。擂粉木(すりこぎ)と摺鉢が摩擦しているらしき低い音が止まる。次にはしゃかしゃかと掻き回す音だった。野州山辺の当主の姿は咲桜の視界に入っている。にもかかわらず、何をしているのか(つまび)らかには分からない。 「咥えなさい」  巴炎は冷たい、鉄のような固いものを咲桜の唇の狭間に挿し込んだ。歯に当たるのも構わない様子だ。声音も冷たく堅い。 「どうしたら私から離れずにいてくれるのだろうな」  咥えた器具によって上を向かされる。それはガラス製の漏斗だった。鼻先でぼやけた半円を描いている。さらに上を見ると、澱んだ瞳とぶつかった。穏和な様子のない、かといって荒れ果ててもいない、廃人のような虚無の眼差しである。この大男は茶碗(ちゃわん)を掲げ、そしてゆっくりと傾けた。危険な細滝が漏斗に吸い込まれていく。間もなく咲桜の口腔にはどろりとした液体が流れてくる。甘み、苦み、野草を齧ったみたいな青臭さ。薬用酒の趣きがある。この味の薄まったのを、以前飲んだ。茶として。気付いたときには漏斗を引き抜かれ、喉が鳴っていた。胃に落ちていっている。巴炎を見上げた。昏い双眸は毛穴という毛穴、目、鼻、、口、穴という穴を抉じ開けんと咲桜を見ている。 「咲桜くん……」 「だ、んな……」  薬用酒臭く、しかし薬用酒よりも粘膜に対する訴えが強い。胃で広がっていくのが分かる。 「恨んでおくれ」  野州山辺の長男も湯呑を呷った。大きな掌がそのまま咲桜の顎が反るよう捕まえていた。無理矢理に瞳孔を合わされる。眼球の奥を覗かれている。喉の浮珠が上下する。それが合図みたいに、唇が塞がれた。今度は漏斗とは違う。柔らかく弾力があり、温かい。さらりとした液体が口いっぱいに移された。 「あ………ふ、」  咲桜はたまげた。しかし顎を背けることもできず、嚥下に迫られる。目を眇め、生温いものを呑んだ。これもまた覚えのある味だった。茶のような。2口に分けて飲み干してもまだ眼前の黒い影は去らない。肉厚な手が自由の利かない男の肌をなぞる。逞しい指が首の脈を測っている。測っているのではない。遊んでいるのだ。肌に触れ、脈を感じ、仄かな汗を窺っている。液体の次は軟体が入り込む。唇よりがっちりとして、柔らかく、濡れている。それが咲桜の奥に縮こまった舌を拾い上げる。 「らんなぁ……」  舌全体を掘り起こすように絡まれ、弱く吸われた。頭がぼんやりとして野州山辺の長男を認識できなくなる。身体中をそこまで不快ではない静電気が駆け巡っていくような感覚。息が上がった。 「咲桜くん」  巴炎との間に距離ができる。唾液の糸がひらりと煌めき落ちていった。 「旦那様……、これ、あの、一服盛られたやつ…………」  野州山辺の旦那は無言だ。汗ばみはじめた首筋に触れる男のしっかりした手が冷めているように感じられた。しかし男の指紋と肌理が擦れ合う刺激を過敏に受け取り、咲桜は身を震わせた。拘束された両手首がぎちぎちと締まる。 「だんな、だんな…………」  気持ちは青褪め、寒くなっていく。反して肉体は火照り、汗が浮かぶ。すでに背は湿(しと)っている有様だ。 「だんなぁ…………」  感覚のすべてが不穏な痺れと化し、下腹部に向かっていく。揃えて縛られた両足が暴れ、膝が軋る。 「いつでも飄々としている君の、他の一面(カオ)が観てみたかった」  顎をもう一度掴まれる。その仕草が乱雑で、普段の巴炎とは違ってみえる。両手両足を繋がれ、密室で、何よりも平生(へいぜい)が温和な男の乾燥した声音が咲桜を不安の谷底へ突き落とす。  「薬の所為でもいい。私を求めてくれ」  また唇が柔らかく弾んだ。下唇を甘く吸われ、優しすぎるほどに歯が立った。啄む口付けで咲桜は脳髄を混ぜ返されるような陶酔感に溺れた。拘束具によって深まる擦傷の痛みさえ心地良い。小さな水音が聞こえた直後に蕩ける。妻を、山鳩を、熱烈に抱いた時の広く深まる下腹部の甘痺がそのまま口に来ている。それでいて、それとはまた別に爪先でも膝でもない箇所が布を押し上げている。内側から小突くように。舌先を絡めているだけで。  次々と分泌されていく唾液が溢れ、顎を汚す。口が性器になってしまった。咲桜は拘束具を揺らし、濃密な接吻で果てた。その身体を巴炎は我が子にするかの如く抱き締める。上顎を舐められ、またびくりと咲桜の肉体が戦慄く。放精の後の気怠さで力が抜ける。手首が赤く擦り剥けた。一旦過激な口付けが止む。だが荒げた息を整えるのも許されない。 「だ……んな………」  身体は芯から燃え、汗が止まらない。下肢が震える。射精を終えてもまだ欲が燻っている。自慰をしたい。思い切り扱いて、官能に浸りたい。両手を結ぶものによって削られていく皮膚だけが頼りだった。だがそれすらもやはり気持ち良い。 「咲桜くん」  低い声には春情が含まれていた。 「だんな、はな………れて、だんな……」  すべての匂いが甘かった。肉の中心が(いき)り勃ち、そこだけが冷たくもあり、同時に体内では灼熱だった。  巴炎の頑強げな手は咲桜の着ているものを見出した。涼しかった夏が消え、土蔵は熱気に包まれているに違いなかった。額を流れる熱湯のような汗にも愛撫されているものと錯覚する。 「咲桜くん」  胸をゆっくりと掌が這った。耳元で囁かれる。吐息で火傷しそうだった。やがて耳殻が温かく湿った。強い静電気みたいなのが筋となり、(みなぎ)りを膨らませる。 「だ………んなっ、」  語彙力は理性とともに溶けてしまった。聴覚は卑猥な音が響き、巴炎の舌は耳珠を舐め上げる。何もこぼれたり、本当に溶けたりはしないというのに、掬うようにして咲桜を苛む。耳への淫技は首筋や背筋を経由して、経由するだけでなく勢いを増して活肉を煽る。至近距離から与えられる淫らな甘噛みの奏に身悶え、背がしなる。残酷にも優しい責めは掻痒(そうよう)感にもいたらない。 「っ、は………っぅ、」  声を漏らすと巴炎の口はさらに耳を舐め(ねぶ)り、耳珠を転がす。耳朶に歯が当たるのも猛烈な快感に置き換わってしまう。 「かわいい……」  呟きが聞こえた。おそらく独り言なのだろう。それが抑圧に耐えかねて漏らしたような色を帯びているために咲桜はまたゾッとした。さらにはこの悪寒みたいなものが不快感ではないのだから彼を追い詰める。 「だん、な……だめ………出るから……ッ」  制止は役に立たなかった。耳穴も性器になっているのである。他者の突起状の一部を挿入されるとあっては、女性器のようであり、もしくはすでに陰りの時代に入った尻売男のようでもある。巴炎は美味そうに被尋問者の耳朶を食んだ。厚い唇の弾力と熱で挟まれ、時には甘く歯が立ち、情念の混ざった唾液を塗りたくられる。空いた片耳にもまた男女或いは菊花、赤薔薇(あかそうび)、紅小梅の契りを暗示するように野州山辺当主の逞しく長い人差し指が入っている。それがゆっくりと抜き挿しされる。引き抜かれ、耳朶をいやらしく、たとえば突起した性感帯に見立てられながら捏ね回されると堪らなかった。陰部の奥まったくところが疼き、布の中で跳ねたのを自覚する。 「ぁ………っく、ぅ」  身体中が粟立ち、内部ではざわめいている。村娘のようになるのだと咲桜は想像してしまった。そうであるならば、この男はあの場面に於いて優しい。退屈なほどに丁寧で慎重だ。しかしそれは相手が年若い女という条件だったからに過ぎないとすれば、中肉中背の兵隊に取られる程度には健康の男に対して、遠慮は要らず、むしろ欲望を等身大で叩き付けたところで簡単には壊れないだろう。 「あっ……」  またもや身体が弛緩した。膝が小刻みに震え、足首を左右纏めているために外に向けて菱形を作りかける。 「耳……かわいい。ずっと舐めてみたいと思っていた」  耳から離れた巴炎は劣情に揺らめいた目をしていた。耳穴を塞いでいた指は掌になり頬を撫で覆うと、また人差し指だけを突き出し、首筋を辿り、鎖骨で止まる。次の射精欲が休むことなく高められていく。 「耳が……お好きだったなんて…………意外ですよ………変態、くさい………」  唾液の分泌が止まらず頻りに喉を軋らせる。軽口を重い吐息に混ぜれば、巴炎の口で黙らせられた。互いに息を乱し、春情に焦げそうだ。何度も違う角度から啄まれ、そして淫靡な指先は咲桜の身体を辿る。鎖骨から、両胸の間を通り、臍で止まる。山鳩の、出臍ほどではないが特徴のある可愛らしい臍とは違い、つぴ、と刃物を走らせたような慎ましやかな形状をしている。どれだけ成熟した人でもここが未熟で拙い時分があったことを証明する。山鳩を抱いた時に覚えた感慨がいざ自身に向けられていると思うと、狼狽と訳の分からない興味が起こる。簡単に折れたりしそうにない指が腹を愛でる。躊躇いながら体内に及ぶはずもない亀裂のような窪みを遊ぶ。 「くすぐ……った、いですよ、だんな……」  𡱖(つび)のようなを臍を押される。背筋に一過性ながらも強い痺れが閃きのように駆けった。まるで指淫だ。血潮煮え滾る箇所に近いためから口よりも耳よりも首筋よりも輪郭のはっきりした響きが届く。艶情しか感じられない触れ方で、空いた指は耳朶を捏ねる。 「だん………っ、」  呼ぶ声も呑まれた。弾んだ口付けが深くなる。2つ重なった舌が縺れ合い、質感が摩擦する。膝がかくかくと上下し、両手首の皮膚が荒れていく。繋がれた足元には次々と唾液の糸が捨てられ、乾いていく。 「……ん、っく…………ぁあ、」  欲が昂る。縛り付けられ背後にある木板へ腰が打ち付けられる。暴れた。がっちりした胴体が身を捩る咲桜を留めた。彼の拘束具に削れた薄皮は淡い紅色を湛えている。 「だ………ん、なぁ、」  唇から他者のと混ざり合った銀液が滴った。普段飄々とした態度を繕い、悪趣味を隠さない彼の目は欲熱に潤み、余裕を失っている。 「さわって…………さくらくん」  巴炎は子供みたいに喋った。ぱんっと這った胸を咲桜の顔に押し当てる。頬とこの男の間で何か極めて小さな豆を挟んでいるみたいなこりこりとした感触がある。 「さくらくん……」  くねくねと動く眉の下の(ひさし)(のき)のようになっている(まなこ)はまだ慈愛に満ちている。雨風に晒されて凍え震える仔猫でも見つけたような、彼から与えられた印象に反する顔付きだった。 「かわいい…………」  掠れ切った声はほとんど音になっていなかった。巴炎は胸の小さな豆を咲桜の口に寄せた。その器官への執着は咲桜にとって性別を問う。あるいは人間も問う。野州山辺は咲桜の肉の契りを赦せた性別とも、また心の臓を燃やす相手でもない。だが彼の意思に関係なく口元は塞がれた。野州山辺の左手は後頭部を固め、右手は小丘を作る袴を撫でた。形を捉まれ、布越しに扱かれる。  待ち望んでいた刺激に息を詰める。目の前どころかすでに顔にはふっくらとした筋肉の乳房が減り込み、呼吸を妨げていた。苦しさが快感に没頭させる。悪戯好きな右手は性尋問被験者の片裾を大胆に捲り上げていく。大きな掌筆がしなやかな若脚に汗を塗りながら。 「だんな………やめましょ…………オレたち、そんな関係じゃ……………」  耳の奥深くで三河安城の妙ちきりんな暴露が、彼本人の声そのままに甦った。 「私は……後戻りできなくなっても…………」  体調不良とは異質の目眩に襲われた。肉々しいが肥っているのとは違う掌に雄の弱過ぎるところを掴まれている。そこに脅迫めいた圧を感じられないのも却って戸惑う材料になる。 「い、やですよ…………貴郎(あなた)が、良くても………」  手淫が始まる。水気を多分に含んだそこは容易に滑り、また人肌の繊細な摩擦も難無く快感の技巧にしてしまう。性感を高められているならば尚のことだ。 「あっ、!」 「私の手で乱したいのだ」  ぬちぬちと音がした。恥ずかしさと焦りと肉体の気持ち良さに咲桜は慄然としていた。妻と肌を確かめたときや山鳩を抱いたとき、稲城長沼の媚態を目の当たりにしたときでは湧かなかった異様な落胆がある。三河安城の的外れな邪推が(こだま)する。あの飄々として人を喰っているのも自覚のない地方訛りは家名に(かこ)け、筋違いで的外れな勘違いを、いかにも事実らしく報じるのが上手いのだ。 「だ、んな、ぁ……っう、」 「私の手で、出して欲しい。一生の思い出にする……………一生の……」  後頭部を押さえる手が動いた。上を向かされる。逃げ場のないほど巴炎の目が近かった。覗かれている。眼球の奥一直線を見ようとしている。 「浮気、は………イけませんや、だん、っぁ、」  愉悦の一帯を熟知されていた。咲桜は情けなく、本能に支配された。止めることはできそうでいて、それに逆らおうともせず、腰が揺れた。屋敷では恭しかったはずの手筒に妻と山鳩のことばかりは覚えている隆起を抽送した。唇を噛んでも中和などはされない。痛みも快楽もあくまで別々の認識しかされなかった。むしろ弱い痛みは助長にすらなる。感度の跳ね上がった今の状況では肌を擦り剥く拘束具さえ性玩具なのである。 「だんな、ヤだ…………だんな、オレたち、」  擦る速さが増した。水音も強くなる。自涜とは異なる持たれ方、角度、律動、体温、それらに嘲弄(ちょうろう)されている。咲桜は悲哀と取られそうな顔をして目蓋を下ろした。大きな手が往復するところからはとろりと澄んだ蜜が宙を揺蕩う。やがて白濁が飛び散った。何故だか、手淫していたに過ぎない男もびくびくと小さな戦慄いた。 「すまない、すまない………すまない…………」  彼は震えた声で謝るが、咲桜を解放しようという気配はまるで見せなかった。ぐったりした拷問被験者の拘束を解くと、これまた拘束具の生えた固い木板の寝台に敷いてしまった。

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