30 / 34

第30話

 心臓の鼓動を聞いていた。歳は青藍(あおい)のほうがいくらも上のはずだ。しかし弟の生まれというのがそうさせるのか、家の第一子である咲桜(さくら)はこの男に年少者の感を抱いた。野州山辺の屋敷の匂いをさせながら、青藍自身の匂いも鼻に届く。加減のない腕に締め上げられ、それは憎悪なのか親愛なのか、この薬剤中毒者のことは何も分からない。 「か、え…………で……………」  薄弱とした意識と彼の持つ甘たるい声の質感がそれを慕情の告白の類いに思わせた。 「オレは和泉砂川(いずみすながわ)の兄貴じゃねぇです」  身動ぐ青藍の毛先が頬を撫で、首筋が生温かく濡れた。 「わ、か、だんな……!」  舐められたかと思うと次には歯が立った。固いものを噛めなそうな細い(おとがい)を押し退ける。すぐにこの男の兄がやって来た。されるがままの敷布団から骨張った薬剤中毒の掛布団が離された。 「陸前高田くん……大丈夫かい」  野州山辺の長男が普段よりも大きく見えた。それは或いは、頼もしさのためではなく、脅威のためかも知れない。咲桜は下肢を引き摺るようにして山鳩に縋り付いた。瑞々しい肌と体格差、何よりもこの少年の雰囲気に落ち着いた。巴炎(ともえ)が咲桜を一瞥したことにも気付かず、彼は純朴な少年を吸う。 「陸前くん……」 「和泉砂川の兄貴を呼んでました。オレじゃありません」  巴炎の目を長いこと見ていられなかった。すぐ傍にある硬い毛に頬擦りする。薬湯と髪石鹸の香りが仄かに鼻腔をくすぐった。 「そろそろ戻ります。オレは離れ屋を借りますよ。それとも座敷牢のほうがいいですか」  咲桜は自虐的に笑ったが、その顔は強張っている。声音もぎこちない。しかし本人にその認識はないようだった。山鳩の不審げな眼差しにも気付かない。 「い、いいや、離れを使ってくれて構わない……」 「山鳩クン、火子(あかね)お嬢ちゃんたちを呼んできて。オレはもう行くから」  逃げるように部屋を出る。深く一息吐いて縁側に腰を下ろした。履物に足を入れるのも面倒だった。山鳩が襖を開閉するのが聞こえた。足音が近付いてくる。 「お屋形様と何かあったですか」 「え?」 「お二人とも、なんか様子が……いつもと違いました」  ふと少年の目が逸らされてしまう。今度は柔らかな笑みが浮かぶ。 「翠鳥にそんな見られてたなんて照れちゃうな」 「見てます、よ、おで。咲桜様の、コト」  小首を傾げながら、あざとくも色気のない喋り方で胸を射抜かれた。脈が速まると、わずかな心地良い息苦しさがある。 「お()さんを揶揄わないの!ほら、早く火子お嬢ちゃんのとこ行ってやらないと。火子お嬢ちゃんも早く翠鳥に会いたいよ」 「は、はい。で、でも、あの………おで、バカできっと何も分からないですケド、咲桜様が何か悩んでるなら、おで、話聞きます。頑張って、力になりますから……!」 「ありがと。翠鳥が可愛いすぎんのが悩みかな」  縁側からぶら下げていた足を履物に突っ込んだ。離れ屋に戻る。冗談ではない。まだ胸は高鳴っている。底意地の悪さや露悪趣味だけでなく、稚児好みまで野州山辺の不良息子と似通ってしまったのか。ひとり微苦笑によって口元を引き攣らせ、戸を開けた。 「何か企んでいらっしゃいますね」  小豆喜(あずき)が腕を捻じられ、伏せらている。彼女の背に乗っているのは稲城長沼だ。この男の姻戚が片付けていった物が倒れたり、散らばったりしているところから、取っ組み合いがあったらしい。 「バレた感じ?」  小豆喜は床に頭部を擦り付け、強い視線で咲桜を見上げている。そこには屈辱もあったのだろう。しかしまだ屈しきれていない気の強さも窺えた。 「何をお考えです」 「まぁ、小豆喜の姉貴をそこまでされちゃってまで隠しておくことでもないね」 「陸前高田様」  構うなという色がそこには含まれていた。 「なぁに、いいよ、いいよ。あのさぁ、お宅のとこの香染目くん」  小豆喜の眉が顰められる。稲城長沼にも緊張が走る。 「火子お嬢ちゃんのコト狙ってない?矢場(やば)の売春宿ですよ。つまりヤバいですね。ところで火子お嬢ちゃんといえばオレの翠鳥です」  女忍びの目付きが鋭くなった。稲城長沼も色素沈着やまだ治りきっていない痣や瘡蓋の残る美貌に不快の陰を落とし、否、彼の場合はそれを艶として灯す。 「山鳩さんが何です」 「火子お嬢ちゃんをどうにかしたいなら翠鳥はジャマだよね。オレが(わざ)わざ遠慮して、お嬢ちゃんから離れてる今。さっき、2人を迎えに行くよう言っちゃったよ」  稲城長沼は瞬きのうちに消えてしまった。低姿勢を強いられていた小豆喜に手を伸ばす。 「日向和田(ひなたわだ)さんのことは別に(ゲロ)っちゃってもよかったんだよ」 「日向和田様が内密にしておきたかったようですので」 「ああ、そう?女の子がこんな、顔面床に擦るなんてね」  咲桜は小豆喜の頬に触れようとしたが、彼女は後退った。自分で顔を拭った。 「女は関係ありません」  その声は平生(へいぜい)の仕事に忠実な態度だけでなく、何か咲桜には届きそうにない悔しさが滲んでいた。そして稚児趣味全開の偏執狂、かつ雇主の義弟の稲城長沼だからよかったものの、あれが兇賊であったなら彼女は無事ではすまなかった。仕事柄、失敗は死や苛烈な辱めを意味するのだろう。鬼雀茶衆の持つ独特な陰気さやこの女の持つ冷淡さはおそらくそこに起因する。 「そっか。そうだね。男も顔面を襤褸雑巾にしちゃいけないね」  彼女は刺々しい雰囲気のまま咲桜を横目に見た。 「これは無駄口ですが、陸前高田様はそこまで読めておいでで、野州山辺のご息女のことは放っておいていいんですか」 「出まかせだよ。さっきの男児道楽の稲城くんが行ったから、ちょっと早いけど香染目くんの件は終わりかな。解雇か謹慎か。まぁ、まだ若いし、好き過ぎて好きな子に無茶しちゃうなんてざらにあることでしょ」  嫋やかな陰気の美少年とはいえ香染目は男で、隠密として鍛えられている。火子は気が強くても女だ。口にしてから不安が過った。 「ちょっと行ってみるわ。稲城くんがいるから平気だと思うケド……さ」  小豆喜は目を側めた。稲城長沼という先程の男を信頼しているのが気に入らないのか、それともただ単に彼女の性分によるものなのかは定かでない。  主屋にまた戻った。まず彼は火子の部屋に寄るつもりだった。先程上がった場所で履物を脱ぐ。廊下を歩いていると別れたばかりの山鳩に突進される。彼は焦った様子で咲桜を仰いだ。紅色の口の中が見えた。(ども)りながら何か言おうとしている。 「どした?」  少年はぶんぶんと首を振って、咲桜を突き飛ばすようにして走り去ってしまう。学が足らず礼儀も成っていないが立場を弁え、それだけで十分礼節のなっている彼がこのような行いに出るのは、火子が原因以外にないだろう。咲桜は頭を掻いた。香染目は関係ないかも知れない。野州山辺の娘の部屋に辿り着く前に目的の人物は自ら現れた。咲桜の姿に狼狽える。寄せられた眉は、初対面ならば陰険な印象を抱いただろう。しかし彼女は彼女で猜疑と信用、揺れ動くことへの罪悪感に挟まれ揉まれ、戸惑っているのだろう。 「ああ……あなた、翠鳥を見ませんでした?」 「見たけど、なんかあったの?喧嘩したんじゃないよね」 「していません。あたくしのお茶をいきなり飲んで、急に出て行ったんです。具合が悪かったんじゃないかと思って……」 「あ~」  咲桜の納得いったような様子に彼女は腕を掴んだ。加減のない握力だ。 「どちらに行ったんですの。可哀想に。お薬を出してあげなきゃ。お兄さん、こちらで待っていて!」  中に強姦被害を騙った者がいるのだろう。語気は強かった。火子は自室に帰る。待っている間に、鬼雀茶衆の組員が咲桜に用があるらしかった。ふと現れて耳打ちする。稲城長沼からの伝言で、山鳩は大丈夫だという話だった。それを部屋の中にいる火子にも報告するよう伝え、空振った心配を蹴るようにして離れ屋の道を行く。縁側に腰を下ろした。動きを止めると、思考が一気に加速する。火子は茶と言った。共にいるのは彼女にとっての危険人物である。咲桜は茶によって薬を盛られた。だが茶などはいつでも出るものだ。とはいえ、何もなしに山鳩がそこまで無礼な真似をするだろうか。彼がいきなり逃げ出したという点が、青藍との関係を理由に、意味を持ち始める。  履こうとして手に取った履物を放り、咲桜は意外にも心配性な自身に呆れながら屋敷を彷徨した。あらゆる部屋を開けて中を覗くと、使用人たちに用を問われた。そして残すところは旧本邸だったが、そこにもいなかった。試しに行った風呂場も外れである。だがそこで納屋という候補があがった。浴場から見えたのだ。そこで会えなければ終えるつもりで外から回った。納屋は住居風に造り替えられ、土間と6畳ほどの座敷になっていた。息吹がある。尋常な呼吸ではない。座敷の奥で薄布の蛹がもぞもぞと蠢いている。衣擦れが忙しない。 「翠鳥?」  大きさからいっても彼だった。蛹は飛び跳ね、布の下から顔を出した。潤んだ目が咲桜を捉え、表情を崩す。 「何してんの」 「……ちょっと、眠くなっちゃって………」  赤らんだ顔が力尽くで微笑を作る。 「火子お嬢ちゃんのこと守ったんだね」 「……っ、なんで、あの人………火子ちゃんに、こんな………う、ううん、なんでも、な…………い、」  山鳩は頻りに身動きをとった。蕩けた目が細まり、咲桜から離れた。 「ご、ごめん、なさい。お、お、おで、眠たいカラ……ちょっと、寝るです…………おで……………」  ふたたび蛹を作る少年に近付いた。身を小さくしている姿が憐れだ。喘鳴に似た吐息と身動きによる衣擦れが彼の肉体に起きている異変を生々しく教える。 「咲桜様………おで…………」 「おいで」  近くの壁に背中を預け、胡座をかく。布蛹からまたひょっこりと紅潮した顔が露わになる。自分の膝をとんとんと叩いてみせると、逡巡したのち、芋虫のように山鳩は這ってきた。 「…………変なコト、しない、カラ……………」 「いいんだよ、甘えても。オレにくらい」  頬を赤く染め、全身汗ばんでおきながら彼はすっぽりと薄布を被って離さなかった。咲桜の脚に乗り、胸元に頭を埋めるものの、身体がぶつかるたびに少年は震えた。極力咲桜からも触らなかった。 「咲桜様…………」 「翠鳥が、話だけでも聞いてくれるって言ってくれたの、すごい嬉しかった。だから、翠鳥もオレのこと、頼って」  掛布から伸びた手が咲桜の胸元を摘んだ。 「でも、おで…………咲桜様、お屋形様と………何があったのか、おで…………分かっちゃって、咲桜さ……は、もぉ、こういうの、きっと…………ヤだと、思うカラ……………」  少年の遠慮に反して、指は咲桜の衣服から離れない。むしろ強く握り込み、欲求を示していた。だがそれが簡単に外された。掛布の蛹が宙に浮く。持ち上げられたのだ。咲桜の正面に立つ者は少年を抱えて彼に背を向けた。あの嫉妬深い恋気違いの偏執狂だ。まるで気配がなかった。壊れかけの硝子細工でも扱うように大切げに稲城長沼も座った。小さな宅にはすでに水の杯が置かれている。まったく気付かなかった。夏場の湯湯婆(ゆたんぽ)を失った咲桜は、稲城長沼が親鳥になって水を与えているのを眺めていた。少年は震えながら布の中に隠れてしまう。熱い息は数口の水では冷めない。効力は身を以って知っている。 「んじゃ、お邪魔虫はとっとと退散っと。翠鳥、そこのヤサシイお()さんなら遠慮なく頼れるね?」  煽りが効いたのか、稲城長沼は大切な人を壁に凭せかけ、咲桜へ近寄った。彼には張り手を喰らわされたことがある。何よりその目は冷静沈着を努めているようだが血走り、粘着質な光沢を携え、恋心に気の違った男の眼そのものであった。懸想して已まない相手が発情させられているのだ。そうなるのも無理はなく、また興奮状態の男を前に咲桜が身構えてしまうのも無理はない。 「陸前高田様は解毒剤をご存知なのでは」 「あのチョコレツぼんぼんのこと言ってる?あれは惚れ薬じゃなくて、何百倍・何千倍にも薄めた毒だよ。確か雑誌にはそう書いてあったけど、そっちは惚れ薬。毒っちゃ毒だけど、そういう毒じゃない。もう身体が分解するの待つか、医者に診せるしかないんじゃない」  さらにもうひとつ手段があったが口にはしなかった。稲城長沼も山鳩本人も分かっているだろう。 「翠鳥……意地張って無理するんじゃないよ」  当の彼は畳に寝転がって指を噛み、とろんとした目を向けた。 「咲桜様…………」 「陸前高田様」  稲城長沼からは何か改まった響きがあった。 「いか、ないで…………咲桜様、いかないで………………」  畳を引っ掻く音を聞きながら、呼ばれた本人よりも第三者が目を伏せた。目病み女と風邪引き男の色気を併せ持ち、それを惜しむことなく、無自覚に振り撒いている。見目が麗しいだけの選ばれない牡犬という侘び寂びもまた彼に華を添えてしまう。 「私が相手をします」 「咲桜さ…………ま、咲桜さま……………」  布から羽化する少年を一瞥する。(うずくま)り、畳に爪を立て、身悶えている。咲桜は土間に足の裏をつけ、座敷の淵に腰を下ろす。見上げた稲城長沼の横顔にはまだ躊躇があった。噎せ返るような芳烈じみた艶を帯びている。死に迫っていくような色香は被捕食者の(つら)をして捕食者に違いない。散り際に美を覚える嗜好を持っていれば、うっかり獲られて食われるのだろう。骨も筋も残さず。 「山鳩さん」  湯中(ゆあた)りのように紅潮した少年の肩が跳ねる。 「来ちゃ、やだ…………」 「いけません。触ります。いいですね」  まだ傷んだところの多い毛先が畳を打つ。 「触ります」 「おかしく、なるカラ…………」 「なりません。山鳩さん。すべて貴方一個人とは関係のないことです。私に委ねてください。忘れます」  山鳩の了承を得るより先に稲城長沼の長い指が若い肌に弾む。 「あ………っ」  指の背が撫で上げ、甘い声が埃臭い納屋に漏れた。火子に飲ませる手筈だったものの威力、そして自身が飲んだものの効力を外から見て咲桜は戦慄せずにいられなかった。 「山鳩さん」 「触っちゃヤ………っ!」  小さな顔を掬い、口付けを施そうとした美貌を茹蛸みたいな手が突っ撥ねる。激しくはないが圧倒的な拒否に、稲城長沼の恋慕が叶うことは無さそうだ。 「山鳩さん」 「ごめ…………っ、おで、だいじょぶだから、おで…………別になんともないから、…………だいじょぶ、だいじょぶ……………おでも、休んでないデ、戻るカラ………!」  癇癪を起こしかけている彼の赤らんだ顔と潤んだ目は明らかで火子にも知れることだろう。彼女は容赦なく、ただただ幼馴染が可愛いあまり純粋な善意と心配によって彼を抱擁し、触れ、介抱するだろう。その結果がどうなるのか。代替なしの尊い関係に(ひび)が入るかも知れない。入らないかも知れない。或いは修復が可能なのかも分からない。だが見苦しいことになる。咲桜は腰を浮かしかけた。 「想人のことを考えていてください」  布ごと抱き竦める稲城長沼の一言は重かった。咲桜の尻はまた藺草(いぐさ)を踏む。 「い、いない………、」  山鳩は押し倒され、布を剥かれていく。後頭部に当てられた掌が嬰児の世話を思わせる。 「山鳩さん」 「こわ、怖い…………怖い、紫逢(しょう)ちゃ…………ッ」 「違います」  薄い唇が額を啄んだ。稲城長沼はこの言葉を最後に喋らなくなってしまった。少年の裸体を唇と指が愛撫し、彼は頻りに相手を呼んで怯え、鳴き続ける。優しく繊細な密事を咲桜は見ていられなかった。山鳩の切ない声も聞いていられない。無理矢理、感情を裏切り細かな刺激で達しているにもかかわらず、彼は無言の相手を恐れている。 「怖い?」 「さくらさま…………」  山鳩が今にも落涙しそうな目を寄越した。腹部が熱くなる。しかし野州山辺の長男との出来事で咲桜の身体は衝天の機会を失った。ただ腹の奥に湯が注いだように熱くなる。そこに可視化された変貌はない。 「手、繋ぐ?稲城くんは優しいから、大丈夫だよ」  山鳩の手が伸びた。咲桜は赤くなり汗ばんでいるくせ冷たい指に己の指を絡ませた。触れた瞬間に少年が背中を畳に擦り、身を捩る。稲城長沼は足の間に顔を埋めている。小さな音まで卒がない。それでいて意中の男児にはまるで袖にされる。感慨深さすらあった。 「あ…………んぅ」  口淫に耽っていても美貌には毀れるところがなく、少年の昂りへ熱心に舌を這わせる姿も絵になってしまう。山鳩の快感が手から伝わった。舐める動きから、口腔で扱く動きに変わる。空いた幼い手が自身の口元を押さえた。 「んぁっ………!」 「翠鳥」  内部を暴かれ弄ばれることの多いこの男児は前の感覚も鈍るところはないようだった。 「また、出る………っ、また、ぁっ、離して、あっ!」  下半身を咥える唇は離れない。発育途上の腰が畳から浮き、弧を描いてしなった。身震いして稲城長沼の口に抽送する様が生殖中の牡を強く思わせる。咲桜は稲城長沼の喉が動くのを見ていた。 「なんか言ってやりなさいよ」  山鳩が射精の余韻に浸っているのをいいことに咲桜は口を開いた。唾液でよく濡れている稲城長沼の口元がいやらしく艶かしい。 「大変美味でした」  骨張った指が口角を拭う。だがまだ終わっていない。散々に野州山辺の次男に寵愛された幼茎の勢いは衰えず、ぴんと勃っている。 「そういうことじゃねぇんだよな」  咲桜と稲城長沼の横ではぁはぁ言っていた少年はむくりと起き上がった。蕩けた顔は寝呆けているのと見紛う。 「山鳩さ……っん……」  まだ咲桜を向いている端正な顔を掴んで、先程まで口淫していたことも厭わず山鳩は口を寄せた。燃え滾るほど想っている相手からの接吻にこの一途な偏執色恋狂いが抗えるはずもない。体格差による力の優劣など存在しない。簡単に押し倒され、形勢は逆転した。驚きによる微弱な抵抗ののち応諾し、むしろ彼から強く求めた。渇望した少年がやっと振り向いたのだ。咲桜は長く深い口吸いを冷え冷えとした心地と火照った身体で眺めていた。  体格と雰囲気が確かに似ている。最初咲桜は青藍に似ていると思ったが、姿形はとにかく、彼にとっての脅威であり搾取する者である野州山辺の次男坊と、誰にも打ち明けず密かに親しくしていた者とが彼の中で似通うはずはない。 「ぁ……んっ、く………ン、」 「……っぁ」  大人を跨ぎ、夢中で舌を吸う山鳩は可愛らしかった。それが淫らな行為だとすら分かっていなそうな危うさもまた何か芽吹く感慨を植え付ける。  哀れな男の手が残酷な少年の脇に触れ、腹に触れ、腰に触れた。 「あ………せんせぇ……っ」  山鳩は首を仰け反らせた。唾液の糸を長くする口は息を荒げる。稲城長沼は呆気に取られていたが、切り替えが早かった。長く濃い睫毛を伏せ、諦めている。 「せんせぇ…………きもちぃ…………」  眠げな目を屡瞬(しばたた)き、少年はまた口吸いを求めた。それはすでに出来上がっている関係の再現なのか、願望なのか、咲桜の知るところではなく、突き詰めたいことでもなかった。  彼は稲城長沼の衣類を脱がすと、その眼前に尻を向けて、自分は口淫を返していた。骨張った指や薄い手が山鳩の引き締まった臀部を摩ると肉体反射の如くぶるぶると身を震わせた。艶画でも見ている心地だ。部外者でないにもかかわらず稲城長沼は文字通り指を咥えて想人の秘部を凝視している。 「せんせぇ…………」  野州山辺の次男が甚振り、咲桜も貫いたことがあり、稲城長沼にも暴かれたという小さな縦割れの窄まりに長い指が迫った。 「あ……ぅうっ」  様子を窺いながら薄紅梅を解していく。自らの唾液を絡め、気紛れに張り詰めた前を搾り、要領のいい男だった。縹緻(きりょう)も好い。山鳩の攻めが疎かになるくらいだった。彼は背を反らして甘く鳴くばかりでまったく口技を施せないでいる。 「だめ、せんせ…………」  少年の手が尻を弄る稲城長沼の腕を解こうとする。 「せんせ、だめ………おで、また………」  節くれだった指が山鳩の中に消えていく。彼は腰を揺らし、上体には力が入らないようだった。 「どうぞ」  久々に発した男の声は掠れていた。促すように指が妖しく出し入れされる。稲城長沼を跨ぐ下肢が緩く上下した。 「あっ…………ああっ!」  想人を悦楽に導き、稲城長沼は何を思ったのだろう。咲桜は(まじろ)ぐのを忘れていた。山鳩の身体が畳に横たえられ、"先生"は彼に覆い被さる。勝利の確定している恋敵に敗北者の彼は徹することができないかも知れない。面白い光景である。同時に「なんだかな」と一言吐いて捨てたい情景でもあった。

ともだちにシェアしよう!