1 / 14

真が××な夢を見る話

*前半女体化表現注意 「拓兎、」  土曜の昼下がり。拓兎の仕事部屋の扉を躊躇いがちに開け、そう呟くと、拓兎はヘッドフォンを外して、こちらを向いた。 「あ、ごめん、仕事の邪魔して」 「いや、構わない。ちょうど休憩しようと思っていたところだ」  そう言って拓兎は手に持っていた楽譜を作業机に投げると、微笑みながら私を部屋に置いてある二人掛けのソファへ座る様に促した。少しだけふらつく脚でソファの方へ向かい、そこへ腰掛けると、直ぐに拓兎も寄り添う様にソファへ腰を沈ませた。  そのまま腕を肩に回し、美しすぎる顔を寄せてきたものだから私は慌てて彼の口を塞ぐ。それならば、と言わんばかりに指を舐めそのまま左手の薬指にはめた指輪に口付けをする彼に、唯々呆れながら私は「真剣」の二文字を意識しつつ声を出した。 「話しが、あるんだけど」 「……どうした?」  拓兎はやっと顔を離し、眼を細める。普段、自身で満ち満ちた表情しかしない彼が顔を曇らせているのが心苦しくて、でも、この後の言葉がさらに彼を不安にさせてしまうのでは無いかと思うと、自然と口が重くなった。  言わないと。そう思えば思うほど唇が震えてうまく言葉が出てこない。拓兎はそんな私に呆れることもなく、優しいまなざしを向け続けてくれた。その目を見ていると、頭がぼんやりとしてきて、何を怖がっていたのかもわからなくなってきた。 私はふぅっと息を吐き、やっと口を開いた。 「妊娠、したかもしれない」 「……マジ?」 「その、生理が、来なくて、」 「それは、俺も思ってた」  いくら私の体を全部知っていると豪語しているからとって、世の旦那様方は皆妻の生理周期を把握しているものなのだろうか。そんなことを考え私は首を振った。そこが気になって仕方が無いが、今はそこでは無い。 「最近、調子が悪い日が続いたこともあったし、気になって、」  私はそう言って、服のポケットに入れていたスティックを取り出した。もしもの時のため。そう思って買っていた妊娠検査薬だ。私は窓に赤い縦線の入ったそれを拓兎に差し出す。それをしばらく眺めた後に、拓兎はゆるゆると口元を歪め始めた。そして、勢いよく、大げさに手を広げると私の体を優しく抱きしめる。重なり合った身体から伝わる熱が温かくて、涙が溢れてきた。 「はは……どうしよう、真。嬉しすぎて歌い出したい気分だ。そうか……子供か……俺達の……そうか……!」  少し掠れた笑い声が上から降り注ぐ。  私の体を抱きしめる腕の力が強くなればなるほど苦しくて。  でも、それ以上に幸せで。  幸せで仕方なくて。  それなのに、なぜか、俺はそれが無性に悲しくて、ゆっくりと、目を開いた。 「――夢、か」  暗い寝室。闇色に染まる天井をしばらく眺め、俺はゆっくりと重い身体を起こした。上に掛けてあった毛布が滑り落ちれば、何も身に纏っていない自分の身体が闇に晒された。  そこには膨らんだ胸はなく、逆に女性にあるはずのないモノがそこにあった。勿論、腹の中に子を孕む器官がある訳が無く、俺は指輪なんか一つもはまっていない左手で自分の顔を覆った。 「なん、で……あんな――あぁ、そっか……久しぶりに、つけずに、したから……」  久しぶりに中に出されたから。それが嬉しくて、仕方が無かったから――そんな理由であんな夢を見るなんて。 「馬鹿じゃねぇの……」  そう呟く声が掠れていると気がついたときには、もう眼から溢れ出す雫を止めることが出来なくなっていた。  夢の中で見た拓兎の顔が頭の中で何度もフラッシュバックする。心底嬉しそうに、幸せそうに笑う拓兎の顔。その顔を思い浮かべながら、自分の身体をまさぐれば、彼が注いでくれたものは綺麗に身体の外へ掻き出されてしまっていた。  拓兎が綺麗にしてくれたのだろう。彼は一体どんな気持ちで、どんなことを思って、後片付けをしたのだろうか。見てもいないのに、溜息を吐く彼の姿が目に浮かんで俺は静かに自分の身体を抱きしめた。  寒い。冷たい。苦しい。  そんな言葉ばかりが頭の中を巡って、いつの間にか口から嗚咽が漏れ始めていた。 止めないと。そう思っても涙も声も止められない。不意に口を塞げば、そのタイミングで寝室の扉が開いた。 「起きたか。水持ってき……真? どうした、何かあったのか?」  焦りと心配の色が滲んだ拓兎の声が聞こえる。顔なんてまともに見られる訳がなく、俺は唯ひたすらに、布団を見つめながら、何度も彼に謝った。 「何を謝っている。お前に泣きながら謝られる覚えは無いぞ」 「だって、俺、俺は……」  俺は、自分の腹を強く握る。皮膚に爪が食い込んで鈍い痛みがじわりと広がってきた。 この痛みが別の理由から起因するものならどれだけ幸せだっただろう。来るはずも無い痛みに絶望しながら、俺は喉から声を絞り出した。 「俺は、拓兎の子供、産めないんだ」  当たり前な、至極当然な事実を口にする。それだけなのに、先ほどもう緩みきっていたはずの涙腺がさらに緩み始めた。欠陥品の蛇口から滔々と溢れ出す水が頬を流れ、顎を伝ってはシーツに染みを付け続ける。  それさえも申し訳ない気がしてまた何度も謝れば、拓兎の細くて無骨な手が俺の肩を抱き、半ば強引に自分の方へと引き寄せた。肌と肌とが触れあう。ふと目線が下に行くと同時に、またこいつ全裸で部屋を徘徊していたのか、なんてこの場にふさわしくない様なことが頭を過ぎていった。  拓兎は俺を抱きしめ、無言で俺の頭を撫で続ける。その手が酷く優しくて、さらに溢れてきてしまった涙を、拓兎が人差し指でそっと拭った。  それでも止らなかったからだろうか。拓兎は少し困った様に眉を顰めると、静かに俺の目元に唇を寄せる。不意に目を閉じれば瞼に口付けが降ってきた。驚いて身体を震わせれば、クスクスと拓兎の笑う声が聞こえた。 「あー、すまない。驚くお前が可愛くて、つい。今、考えるべきことは違うな。お前が可愛いと言うことについては四六時中考えているんだが……そう、お前の涙の理由、だ……どうした、急に俺の子供が、産めない、なんて」  拓兎の手が今度は俺の腹を撫でる。それが心地よくて、心臓がキュッと締め付けられた。 「……夢を、見て」 「夢?」 「俺が女で、拓兎と俺は結婚してて、それで、子供が出来たかも知れなくて、それを拓兎が滅茶苦茶喜んでて」  あまりにも「普通」なその幸せが、全て夢だと気がついて失望して悲しくなってそれで泣いていたのだ。俺はそう告げて、拓兎の手に自分の手を重ねた。 「……ごめん、拓兎。俺は、あんな風に拓兎を幸せにはしてあげられない」  俺のその言葉に、拓兎は何度も考える様に口を開けては閉めてを繰り返し、俺を両腕でしっかりと抱きしめた。 「何を、馬鹿なことを言っているんだ。俺は、今でも十分幸せだ。所謂「普通」の結婚が出来なくても、子供が出来なくても、俺は、お前が傍にいてくれるだけで、十分幸せなんだ。 なあ、一緒に暮らし始めて、喧嘩してるとき以外で、俺が不幸な顔をしているところをお前は見たことがあるか? ないだろう? なぜだかわかるか。幸せだからだよ。お前との日々が、暮らしが、ともに歩む人生が、それ全てが幸せなんだ。男だ、女だなんて関係ない。俺は「高藤真」が好きで、大好きで、愛していて、そんなお前と一緒にいることが、最上級の幸せなんだ。だから、だから、」  力が強い。どんどん身体が締め付けられて、苦しくなる。でも、それに安心している自分もいた。 「あーくそ。言葉が出てこない。スランプか? 畜生、こうなったらもう一回やるぞ。俺がどれだけお前を愛しているか、俺がどれだけ幸せか、言葉に出来ないから身体で証明してやる」  まくし立てる様にそう言うと、拓兎は俺を抱きしめながらそのままベッドに身体を沈ませた。横向きに寝転がり、見つめ合う。彼の目を見ていると自然と口元が緩んでいった。 頭の中がぼんやりとする。なんだか、あんなにも悩んでいたのが馬鹿らしくなってきて、そもそも、考えることそれ自体が億劫になってきて、俺は拓兎の背中に手を回した。 「……変なこと言った。ごめん」 「いや、不安になるのはわかるよ。だけど、俺がお前のことを何よりも大切に思っていることは忘れてくれるな」  「わかったか?」と言う声に頷けば、耳元で優しく「いい子」と囁かれる。それが嬉しくて、嬉しくて堪らなくて、幸せで、目と目が合えば唇を重ね合わせて、それが深くなるのがさらに幸福感を増幅させる。  頭の中が甘い蜜に浸されてドロドロになっていくのを感じながら俺は拓兎の耳元で囁いた。 「いっぱい中に出して、な?」

ともだちにシェアしよう!