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第1話
「大好きだよ…離れたくない…」
絡み合う手が情熱的に感情を興奮させる。
触れる唇、舌の感触。すべてが刹那的で情熱的だ…
「ずっと一緒に居たい…」
しかし、彼のそんな言葉で、俺はすっかりやる気が無くなった…
「ずっとは一緒に居られない…」
燃え上がった興奮は一気に下がり、すっかりやる気を失せた背中を起こして服を着る。
「なんで?」
俺の手を握って聞いて来る彼に、先ほどまでの興奮を感じなくなった俺は、視線を外してベッドを立つと、シャツを羽織ってボタンを留めた。
「なにか気に障ること言った?」
縋る様に追いかけてくる、彼のこの行為にもげんなりしてくる。
「いや、君は悪くない…俺の問題だ。」
そういって、俺は部屋を出る。
酷い男だ…我ながらそう思う。
しかし、抱く気の失せた俺が、あの場でこれ以上留まったとしても、何の意味もないだろう…
つまらない事にこだわり過ぎているのかな…
ずっと一緒に居るとか…一生愛しているとか…その手の言葉にげんなりしてしまうんだ…大体、性的興奮を覚えるのは、肉体が快楽を求めている時なのに、先のことなど分からぬことを言われて、戸惑うんだ。この人はいったい俺に何を求めているのかと。一生一緒に居るつもりで抱いてなんていない。その時の感情に任せて抱いているだけなんだから…
「つまんない男が来た。」
俺の登場をそうやって嫌がるのは、お前ぐらいだよ。
「今日は、来るのが早い気がする。」
俺がそう言うと、彼は不貞腐れた顔をして言った。
「兄さんがちゃんとやっているのか見て来いと言われた。で、兄さんはちゃんとやっているのか?」
そう、この人はさっきまで俺が抱いていた彼の弟だ。
ぶっきらぼうなのは話し方だけで、指先まで所作の行き渡った育ちのいい子。
しかも俺にだけ、酷い言葉遣いなんだから、笑える。
「兄さんは向こうに居るよ。」
俺はそう言って、ピアノに座ると彼を手招いた。
「桔平きっぺい、お前の傍にはいかない。」
そう言って俺の真後ろに立つと細い腕を腕組した。
警戒されているのかな…面白い奴なんだ。
「何が聞きたい?」
この子の選曲は中々面白くて、こうやってこの子と遊ぶのが俺は好きだ。
「…今度、姉さんが白鳥の湖のグランアダージョを踊るんだ…ボクは出来ないのに、姉さんはリフトしてもらえる。こんなのズルいと思わないか?ボクの方が上手なのに…見てよ。」
俺が視線を向けると、彼はくるりと回って体を落とす。
ゆっくりと両手を、前に伸ばしたつま先に持って行った。
「白鳥が休んでんだ。」
美しい動きとは極端にぶっきらぼうな口調がおかしくて、俺は笑って言った。
「綺麗な白鳥に見えたけど、話し出すとダチョウに見えるな。」
俺がそう言うと、彼は体を起こして俺をじっと見て言う。
「白鳥の湖、第二幕アダージョの部分…」
「もう…、桃李とうり何で来てるんだよ。」
部屋の奥から、先ほどまで俺のベッドに居た、彼の兄が現れて彼に詰め寄る。
「母さんが、杏介きょうすけ兄さんの様子を見てきなさいとボクに言ったんだ。最近レッスンに身が入らないみたいだし、ピアノ教師と良からぬ事をしてるんでは無いかと心配している様だよ。」
彼はそう言って、俺の肩に両手を滑らせて置くと、足を後ろに伸ばして体を反らした。
「見て?凄い綺麗だろ?姉さんはこんなに綺麗にならないのに、パドドゥを踊るんだ。そして、高くリフトしてもらう。汚い白鳥の姿でね。」
「桃李…止めなさい。」
彼の暴言を止める様に杏介は言うと、俺の方を一度見てすぐに視線を落とした。
この兄弟は、所謂金持ちの家の子供たちだ。
長女を筆頭に、長男の杏介と、次男の桃李が居る。
杏介は大人しく、病弱そうで、か弱い…さながら天使の様で…儚く美しい。
弟の桃李は可愛い見た目とは裏腹に、非常に口が悪くて、アグレッシブで、兄とは対照に小悪魔的だ。
自然に兄に圧を掛ける様は、俺でもゾクッと背筋が凍る。
「ボク、知ってるよ。でも言わない。この人は誰とでも寝るんだ。母さんともね。」
そう言って桃李は俺の肩にもたれると、続けて言った。
「それに、母さんが心配なのは兄さんじゃない。」
そう言って俺から離れてくるりと回ると、荷物を持って杏介に言う。
「兄さん、帰ろう。」
「…うん」
小さく頷いて、俺を見てお辞儀すると、杏介は桃李の後をついて部屋を出て行った。
何て子供だ…
まだ15歳なのに、俺にも兄にも圧を掛けてくる…
背中に感じた、俺の上をいやらしく滑った彼の手を思い出す。
可愛いやつだ。
いつか抱けるときが来るかな…
淡い期待を抱いて口元が緩む。
俺は誰とでも寝る男、と認識されているようだ…笑える。
確かに、俺はあの子達の母親とも寝た。
金持ちの家にはよくある事だ。
子供の付き添いで来た母親が、音楽なんて形の無い物で生計を立てる男に惹かれて抱かれるなんて事。良くある話だ。
金も地位も持ち合わせると、途端にこういう男が物珍しく映るんだろう。
そこには愛とか、恋なんて感情はなく、ただの男と女として抱いて、抱かれるんだ。
それ以上求められても、俺は与える物なんて何も持ち合わせていない。
杏介は、あまりに美しいから好奇心で抱いてみた。
しかし、母親同様、俺にそれ以上何かを求めるから、辟易してくる。
桃李はどうだろうか…あの子は…とても美味しそうだ。
考えただけで興奮してきてしまう。
「汚い白鳥か…笑わせる。」
俺はそう言って笑うと、彼の要求した白鳥の湖第二幕グランアダージョの部分をピアノで弾いた。
杏介が現れなかったら、俺のピアノで踊ったのかな…妖艶な白鳥を…
次の杏介のレッスン…桃李は一緒に付いて来て、俺を睨むと忌々しそうに言った。
「お前があちこち手を出すから、ボクは兄さんのお守りをしなくてはいけない。」
そう言って部屋のソファに腰かけると、足を上げて寝転がり、ため息を込めて言う。
「せめて一家庭につき、一人。くらいに我慢はできないのか?」
俺はおかしくて彼を見て声を出して笑った。
「桃李…お前、いい加減にしろよ!」
珍しく杏介が大きな声を出して怒り、桃李を諫めた。
怒られた桃李は、天井を見ながら嬉しそうに微笑む。
俺はソファの上の悪魔を無視してレッスンを始める。
おもむろに桃李がソファの上で靴を脱いで靴下をぬいだ。
白くて細いつま先が見えて、目が離せなくなる。
そのままつま先を上に上げると、指を広げたり、閉じたりし始めた。
俺はすっかりあの子に夢中になって、視線を当て続けた。
「桃李…何してる?」
そう聞くと、彼はこちらを見もしないし、答えもしなかった。
今すぐ傍に行って襲ってしまいたい…
可愛い足を見て興奮する。
「桔平先生…」
杏介に呼ばれて視線を楽譜に戻す。
「続けて弾いてみて…」
そう言いながら、俺は桃李をまた見る。
彼は裸足のまま床につま先を付けて、体重をかけている。
トゥシューズが履きたいのか…
可愛い奴だ。
そんな事しても、お前は履けないのに…
人の情事を突く、どす黒い精神と、出来もしない事を望む、幼さが混在しているんだ。
本当に…こいつは面白い奴だ。
「杏介、もっとここはトリルを強調してみようか…?」
俺は杏介の隣に座って、桃李の鋭い視線を浴びる。
そっと杏介の体に触れる。
杏介は俺の方を見て、うっとりとした表情を浮かべると、コクリと頷いて、言われたとおりにピアノを弾く。
ふと、俺の背中に小さな手が添えられてそのまま肩まで滑ってきた。
来た…悪魔が来た。
俺の肩に両手を組んでもたれると、杏介を覗くように俺の体を押してくる。
俺はそれを無視して、彼を背中に付けたまま杏介にレッスンする。
「桃李…離れろよ!」
「ダメだ。兄さんがこれ以上触られない様に、ボクは言いつけられているの。傍に座ることは許そう。しかし、これ以上はダメだ。」
そう言って桃李は、杏介の前で、俺の背中に頬を付けてもたれる。
「その人の背中から退いて…」
「嫌だ…」
杏介の嫉妬心を煽る様に、俺の背中でクスクスと笑って言う。
「桃李、レッスンの邪魔だ。」
俺がそう言って背中を起こすと、桃李は俺の横に移動して、杏介を横から見る。
「ここなら邪魔じゃない」
俺を見てそう言うから、俺は桃李に頷いて、レッスンを再開する。
しかし、彼の視線が気になって仕方がない。
視線を彼に向けると、じっと俺を見ていた。
その目が、可憐で、見とれる。
口から舌を出して、ペロリと唇を舐める仕草に俺は口元を緩めて笑う。
「桃李もピアノを習えば良いのに…」
俺が笑ってそう言うと、桃李は俺の耳元に口を寄せて小さい声で呟いた。
「そしたら、ボクも食べるんだろ?」
俺はおかしくなって吹き出して笑うと、桃李を見て教えてやった。
「お前は俺のタイプじゃない。」
桃李は驚いた顔をして、顔を伏せるとフン!と首を振ってソファに戻って行った…
なんだ…傷ついたのか…
意外だった。
あんな顔するとは思わなかったから、意外だった。
「桔平先生?」
杏介に呼ばれて、彼の方を向く。
「ここの強弱が表現しきれていないんですけど、ここはどんな感じに弾いたらいいですか?」
俺は具体例を挙げながら杏介に教えていく。
しかし、さっき桃李の見せた顔が忘れられなくて、どこか朧気だ。
「一度通して弾いてみようか?」
そう言って、杏介の隣から立ち上がると、さり気なくあの子を確認する。
ソファでふて寝でもしているのか、じっと動かない。
まさか…泣いてやしないよな…
壁にもたれながら杏介の弾くピアノの音に耳を澄ませる。
視線は動かないあの子に…
幾つかの改善点を感じながら続けて杏介のピアノを聞く。
そっと歩いて、桃李の目の前に行く。
うつ伏せに微動だにせず寝ている。
癖のある髪の毛がふんわりと覆い被っていて、ここからでは表情が見えない。
しゃがんで彼の髪をかき上げる。
目の周りを赤くしてポロポロと涙を落とす可憐な瞳と目が合う。
「どうした…?」
俺が小さく聞くと、彼は驚いた顔をしてそっぽを向いた。
否定されたのが悲しかったのか…
それとも…
俺は桃李の頭を撫でて、立ち上がると杏介の元に戻って、レッスンを続けた。
しばらく桃李はソファに伏せたままだったが、レッスンが終わる頃には、体を起こしてつま先のストレッチを繰り返ししていた。
どうして泣いたんだよ…
お前は小悪魔ちゃんだろ…?
「桔平先生、ありがとうございました。」
そう言ってお辞儀をする杏介よりも先に、部屋のドアに手をかけて逃げる様に帰って行くあの子が気になった。
どうしたんだよ…全く調子が狂う。
俺にタイプじゃないって言われて、ショックだったのか…?
まさか、そんな訳ない。
気付くとあの子が伏せていたソファの前に立っていて、さっきと同じようにしゃがんでみる。
「泣かせてしまった…」
小悪魔的とはいえ、まだ子供の彼を傷つけるような事をしてしまったようだ。
「可愛い所があるんだな…」
そう言って笑うと、俺はソファに座って、あの子が眺めていた景色を眺めた。
「今日は桃李は来ないのか?」
次のレッスンに、桃李は来なかった。
「今日はバレエのレッスンがあるから、それに…桃李が居ても邪魔ばかりするから…僕は1人の方が良いです。」
杏介はそう言うと、俺の顔を見て頬を赤らめた。
俺は拍子抜けしてしまって、淡々とレッスンをした。
あの子が来ると思っていたから、時間を潰せるようにと、お茶菓子を用意していたのに…残念だ。
今日はバレエのレッスンか…
白鳥の湖を公演するなら…あの子はどこで踊るんだろう…
まさかチュチュを着て踊る訳にもいかないだろう。
でも、あの口ぶりだと…あの子は…それが着たいんだろうな…
ふざけた道化役などやりたがらなそうだ…
さぞ悔しい思いをしているんだろうな。
「何回か通しで弾いてみようか…」
杏介の弾く曲の完成度から、この曲はほぼ終わったようなものだと感じた。
次はコンクールに向けて課題曲の練習か…
「桔平先生?」
声を掛けられて振り返ると、杏介が俺の後ろに立っていた。
「どうしたの?」
彼を見下ろして聞くと、俺の体に抱きついて背中を強く抱きしめてきた。
俺は動じもせず、その様子を静かに見る。
「先生…この前はどうして…?僕じゃダメですか…?」
お前は美しいよ…でも、嫌なんだ。
「杏介…お前は何も悪くないよ…俺の問題だ。」
そう言って、彼の肩を掴むと自分の体から離した。
細くて、折れてしまいそうな肩だ…
「お前の母親にもそうだが…桃李の言う通り、俺は誰でも抱くんだよ…ごめんな。そんなに深く考えて抱いた訳じゃないんだ…。すまない。」
俺がそう言うと、杏介は綺麗な目から大粒の涙を落として泣いた。
俺はどうすることも出来ないので、ただそれを眺めるしかない。
「桔平先生の事…僕、愛してるんです…」
「愛していたら何だ?俺に何を求めているの?今年で35歳になる俺に…。一生傍に居る事を?冗談じゃない。俺は誰の傍にもいない。頼むから面倒なこと言いだすなよ。ただセックスしただけじゃないか…愛とか…恋とか…うんざりするんだよ。」
18歳にもなって、ピアノレッスンの講師と遊んだくらいで、熱を上げるのはお前が世間知らずだからだ…。こんな事、巷に溢れているのに…
「ちがうっ!先生は僕じゃなくて桃李の方が好きなんでしょ?知っている!桃李を見る先生の目つきも!桃李を呼ぶ声も!憎らしい!!」
俺の体にしがみ付いて杏介がそう叫ぶから、俺はうんざりして言った。
「桃李は俺のタイプじゃない。お前の家族はもう沢山だ。」
そう言って杏介から離れると彼に言った。
「もうお前とは寝ない。遊びだった。すまなかった。」
それで杏介が諦めるとは思わない。
それでも、俺は杏介を突き放した。
「じゃあ、続けて通しで弾いてみて…」
杏介は泣きながらピアノの椅子に座ると、悲しい音を出しながらピアノを弾いた。
そんなに表現が上手いなら、いつもそうすれば良いのに…
俺は意地悪なのか。いや、面倒なんだ。
この依存される雰囲気と、グズグズと縋られる状況が…
たまらなく面倒なんだ…
「桔平先生…ありがとうございました。」
可哀想だな…俺に弄ばれて、突き放されて、天使の翼がもげたみたいに痛々しいよ…それでも俺はお前には興味が無いんだ…
「気を付けてね。」
そう言って扉を閉める。
桃李はバレエのレッスン、どうしたかな…
数日後、家に郵便が届いた。
杏介の母親から、何かの招待状だ…
長女のパドドゥのお祝いパーティーね…
どうやら、バレエの発表公演会で、主役の白鳥を踊るお祝いをするようだ…わざわざ人を自宅に呼んで開かれるパーティー。
こんな風にされたら、桃李は傷つかないのかな…
どうせ、俺にあの家のピアノを弾かせて、長女を躍らせるのだろう。
そして、桃李はそれを悔しそうに見るのか…
可哀想だな…
板挟みになって可愛そうだ…
長女はバレエ、長男はピアノ…あの子はバレエを選んだが、性別が邪魔をして、望んだ役を貰う事は無いだろう。
ピアノ講師は母親と兄と寝て、自分には興味が無いという。
それで、誰からも無視されたと…傷ついたのかな…
それで…あんなに泣いてしまったのかな…
俺は散歩がてらに招待状の返信を持って外に出た。
もうすぐ春が来そうな三寒四温の真っただ中…今日は運よく温かい気候の様だ。
「桔平…」
後ろから名前を呼ばれて、すぐに誰だか分かった。
俺を呼び捨てにする奴なんて…ほかに居ないからな。
「どうした?」
振り返りながらそう聞くと、桃李が俺の手に持っているはがきを覗いて言った。
「姉さんは下手くそなのに、お披露目パーティーをするそうだ。まだちゃんと練習も出来ていないのに…こんな事して、何が良いんだろうな…。」
悔しいんだろう…
俺はそっと桃李の頭を撫でた。
「やめろ」
すぐにそう言って俺の手を払うと、視線を外したまま話した。
「ボクは白鳥の湖に出ない。女の子に混ざってボクだけトゥシューズを履かないなんて…絶対嫌だ。それに、ボクの体重の方が軽いのに…。練習で、一回上げてもらった時だって、ボクの方が綺麗にパッセ出来たのに…」
悔しそうに唇をかんで、目から大粒の涙を落として、可哀想だな。
「で、何の用だ…」
俺は桃李にそう聞いて、体を進行方向に戻すとゆっくり歩いた。
後ろでしゃくり上げて泣く声が聞こえるけど、今は前を見て歩く。
深呼吸する音が聞こえて、小さく桃李が声を出した。
「そんなもの…捨てろ…」
「ふふ、それを言いにわざわざ来たの?」
それとも、と言って後ろを少しだけ振り返る。
「俺に会いに来たのか?」
俺から少し離れた場所で立ち止まって、俺の顔を見上げている桃李と目が合う。
目の周りを赤くして、驚いたような顔をして、口を開けて止まっている。
その顔が可愛くて、俺は吹き出して笑った。
「冗談だ。全く、お前は…」
本当に振り幅のある可愛い奴だ。
あんなにいやらしい雰囲気を出す癖に…いざ、かまをかけるとこんな反応をするんだ。
思った以上にこの子は小悪魔だ。
思い返せばこの子が俺に触れる時はいつも安全な時ばかりだ。
それ以外は“お前の傍にはいかない”と言って警戒する。
俺に何かされるのを避けているくせに、俺が何も出来ない時は自由に触るんだ…
賢い子だ。
勘の鋭い賢い子だ。
「桃李、眠れる森の美女で赤ずきんとオオカミが出るだろう?」
前を見ながらゆっくり歩いて、後ろの桃李に話しかける。
「…うん」
小さく答える声が可愛いな…
俺は顔を少し後ろに向けて大きな声で言った。
「あれをやればいい。お前は赤ずきんだ。」
「ボクはトゥシューズを貰えない。」
そう言って俺の背中の服の袖を掴んだ。
本当に…こういうのを何て言うんだ…素直じゃない。
俺は前を向いて少し残念そうに下を向いて言った。
「そうか…俺がオオカミで、お前が赤ずきん。ピッタリなのにな。」
そう言ってポストの前まで行き、はがきを投函する。
そして後ろに居る彼に聞いた。
「姉さんは、お披露目会で白鳥の第二幕アダージョを踊るのか?王子も居ないのに?」
「ボクがやらされるんだよ…リフトなしで…」
あぁ…それは気の毒に…
「だから…ピアノで伴奏する俺に…来てほしくなかったのか…」
そう呟いて、既に投函してしまったはがきをポストの外から眺める…。
「お前のほうが、上手に踊れるのにな…」
ポストを眺めながらそう呟くと、俺の腰に手を当てて泣きじゃくっている。
悔しいのか…可哀そうに…
やりたくもない王子役をやらされて、踏み台にされる気持ちだろうな…
この子が一番下の子なのにな…
「桃李…泣いてるの?」
俺が尋ねると必死に泣き声を抑えて、深呼吸している。
「…な、泣いてない…」
「家に来るか?」
「行かない」
そうか…残念だ。
「じゃあ、俺は向こうの公園に散歩に行ってから帰るよ…お前も家に帰れ。」
そう言って歩き始めると、あの子は俺の服から手を放した。
すかさず後ろを振り返って、目の前の赤ずきんを拾いあげる。
「ん!桔平!降ろせ!馬鹿野郎!」
足をばたつかせて嫌がる姿は、まさにバレエの赤ずきんとオオカミだ。
しかし…口が悪い赤ずきんなんだ…
俺は暴言を吐きまくる桃李を抱えて歩くと、公園で降ろした。
「どれどれ…お前の白鳥を見せてもらおうかな。」
そう言うと、桃李は怒った顔から驚いた顔に変わって、嬉しそうに一瞬微笑むと、真顔に戻った。
そして、広い場所をキョロキョロと探して、位置を決めるとポーズをとった。
まるで頭の中で音楽が流れている様に、ゆっくりと俺に近づいて来て、俺の手を掠めると、この前見せた羽を休める白鳥のポーズをとった。
いつの間にか俺はオオカミから王子に進化したようだ…
ゆっくりと羽を広げて立ち上がると、翼を羽ばたかせるように両手を美しく動かした。
そのまま手を引かれて彼の手を上でつかんで片手を腰に手を当てる。
俺の腕の中で何度も軽やかに回る桃李は、美しいバレリーナだ。
俺は桃李を捕まえると抱きしめて言った。
「桃李…誰が何と言おうと…お前が一番美しいバレリーナだ…」
「やめろ」
細い腰に細い腕…なのにしっかりとしたバランスのいい体形に、撫でまわす俺の手がうっとりする。
「お前はお人形さんの様だ。」
「やめろ、ボクはタイプじゃないんだろ!」
根に持ってるのか…
可愛くて、おかしくて、声を出して笑うと、俺の腕から抜け出た桃李が、こちらを見て言った。
「ボクはバレリーナにはなれない。男だから。でも、姉さんよりも誰よりも綺麗に白鳥が踊れるし、他の役だって踊れる。そして、ボクの方が断然、美しい。」
「あぁ…お前の方が美しい。」
俺はそう言って、背筋を伸ばしてポーズする彼に敬服して、復唱した。
男子でもあんな風に踊れるのか…
踊りきって満足したのか、褒められて満足したのか…桃李は用が済んだように、俺を置いて帰って行った。
残された俺は、感動と言っても良い位の感情に満たされていた。
口だけとは思ってはいなかったが、あんなに彼の踊る姿に、心が動かされるとは思わなかった。
並大抵の努力では無いだろう…
素晴らしい踊りだった…
これは…悔しいだろうな…
あの桃李を見たら、彼の姉は相当悔しがるだろうと、簡単に想像できた。
それで、王子にして自分を支えさせるのか…
いやな女だな。
そして、お披露目パーティー当日は、俺はその囃し立て役として、ピアノを演奏するのか…
参ったな…
あの子があのまま踊ればいいのに…とても美しかったのに…
俺は家に帰ると、楽譜を漁り、久しぶりにバレエ曲を弾いた。
目を瞑って演奏すると、目の前であの子が踊っている様な気がして、心が躍る。
海外に行けば注目されるかもしれない…
こんな狭い世界じゃない、海外に行けば…
あの子の不自由が、自由になるかもしれない…
そうすればもっと大きく羽ばたく事が出来るのに…
あの性格も、向こうではウケるかもしれないしな。
コンコン
何曲も演奏していて、いつの間にかレッスンの時間になってしまっていた。
「どうぞ…」
そう言いながら、ピアノから退き、散らかした楽譜を集めて束ねる。
扉を開けて杏介が入ってくる。
「さっきの眠れる森の美女ですか?」
入るなり俺を見てそう尋ねてくるから、頷いて答える。
「今度のパーティー、先生もいらっしゃるんですか?」
「そのつもりだよ。」
そう言って、杏介の課題曲の楽譜を手に取って彼に渡す。
「次の予定しているコンクールの課題曲だよ。今日からこっちを練習していこう。」
渡した楽譜に目を通しながら、杏介が尋ねてくる。
「眠れる森の美女じゃないですよ。白鳥の湖の第2幕です。」
随分と食い下がる理由が分からない。
俺は杏介の方を見ながら首を傾げて尋ねる。
「何か?」
彼は俺を見上げて目に怒りを込めて言った。
「まるで、桃李に弾いてる様に思えて…」
「杏介の頭の中は、桃李の事でいっぱいだな…」
面倒に感じてそう言うと、杏介は俺を見ながら言った。
「どちらかと言うと弟の事はあまり好きじゃないです。でも、仕方がないです。弟なので…離れられる訳でも無いので、受け入れるしかないです。」
あまりの心無い返答に笑えて来る。
俺は口元を緩めて笑うと杏介に言った。
「随分だな。お前を俺から守ろうとしていたじゃないか…。そんなに綺麗な顔をして酷い事を言うと、本当の天使みたいに見えてくるな…」
「こういう僕は嫌いですか?」
そう言って俺の腰を掴むと、杏介は体を寄せて目を潤ませる。
俺は彼の顔を見て言った。
「君は綺麗だよ。でも、俺は誰にも本気にはなれない。」
そう言って体を離すと、楽譜の説明をした。
彼は少し苛ついた様子でいたが、話を続けるうちに大人しくなっていった。
「僕、バッハは好きです。だって、細かく指示があるから、安心するんです。」
楽譜の説明を終わると、杏介はそう言って俺を見る。
「これを嫌う子もいるんだよ…」
そう言って俺は楽譜の曲を一度弾いて見せる。
「二声とか…三声とか…面倒で嫌いって子もいるんだ。でも、これがバッハなんだよね。杏介はこれが出来るから、バッハも上手に弾けるだろうね…」
俺がそう言うと、杏介は顔を赤らめて視線を落とした。
きっと…桃李はバッハが嫌いなタイプだろうな。
「じゃあちょっと練習してみようか…」
そう言って彼から離れて音を聞く。
ストーンと落ちる音は杏介とバッハの相性の良さを感じさせる。
美しく整った旋律に、いくつもの音が重なって、まるで整列しているかのように目の前を流れていく。ズレることなく、規律正しく…壮大な奥行きを見せて、まるで聖堂にいる様な気分になる…。それはまるで杏介の様な音だ。彼にバッハはピッタリだな…
レッスンの時間が終わる頃、桃李が何も言わずに部屋に入ってきた。
彼と目が合って、俺は少し微笑んで見せたが、桃李はいつもの様にそれを無視すると、ソファに座って、目の前の窓から外を眺めた。
「じゃあ、ここをあと一回弾いたら今日のレッスンは終わりにしよう。」
杏介にそう言って、桃李を見る。
その窓から一体何が見えるんだ…
俺は桃李の傍に行って、彼の覗く窓の外を一緒に見てみる。
「暗いな…もうすぐ春だって言うのに…」
予想外に暗い外に驚いて、俺がそう言うと、桃李が言った。
「桔平、新芽が出てる。枝の先に新芽が出てる。それはもうすぐ春だからだ。」
目を凝らしてみると、確かに窓に立つ木の枝の先に新芽が出ているのが見えた。
頭を桃李にコツンとぶつけて俺は言った。
「本当だ…年だから、目が悪くなっていて見えなかった…」
俺がそう言うと、あの桃李が声を出して笑った。
その笑顔が堪らなく純朴で、可愛くて…目を奪われる。
触れてしまいたくなって手を伸ばす。
「桔平先生…終わりました。」
後ろから声がして、我に返り、振り返ると、ピアノの前で憮然と立っている杏介が居た。
「あぁ、すまない。では、今日はこれでお終いだね。」
俺はそう言って、桃李の居た窓辺に目を移す。
もうそこに彼は居なくて、杏介が部屋を出る前にさっさと出て行ってしまっていた。
「一日に最低でも5回は弾いておいてね…」
宿題を出して、彼らを見送る。
お迎えの車に乗って自宅まで帰る。
そう、彼らはお坊ちゃんだからな…
車内から杏介は手を振るのに、桃李は俺の方すら見ない…
本当は俺の事が好きなんだろ…?
可愛い奴だ。
次の杏介のレッスンにも桃李は同行しなかった…
俺はいつも通りに杏介にレッスンをする。
「桔平先生…僕考えたんです。あまり深く考えないで、先生と一緒に居たいって…」
…杏介の終わりのない話がまた始まる。
俺は楽譜を読みながら、彼の話を適当に聞いて相槌を打つ。
「だから、先生…また僕を抱いてくれませんか…」
終わったか…
俺は彼の方を向いて、答える。
「杏介、ごめんね。」
そして、次の楽譜に移って繰り返し練習させる。
反復、反復。
「そんなレッスンならボクでも出来そうだ。」
可愛い子がいつの間にか現れて、そう言うと杏介の傍に来る。
「兄さん、こいつのどこが良いの?馬鹿だよ?」
そう言って杏介の隣に座ると、俺を覗き見る。
「桃李、ほら、お前に餌をやる。」
俺はそう言って、用意しておいたお菓子を出すと、ソファの傍に置いた。
お湯を電気ポットで沸かして、紅茶を入れてやる。
それを持って行って、テーブル代わりに本を何冊か置いた上に乗せてやった。
「桃李、ハウス!」
俺はそう言って杏介の隣から退かせると、しっしっとソファに桃李を追いやった。
「ばーか」
そんな憎まれ口を聞いてソファに行くと、大人しくお菓子を物色して開ける。
可愛い奴。
俺は杏介の反復練習を聞きながら、注意点と弾き方を教える。
たまに桃李を見ると、紅茶が熱かったのか、マグカップを手に持っては置いて、を繰り返している。
今度は温くしてあげた方がよさそうだ…。
「先生。課題曲は幾つありますか?」
杏介の質問に答えながら、手元の楽譜を見る。
コンクールまで、週に2回のレッスンでは足りなさそうだ…
「もう少し、レッスンを増やした方が良さそうだね。」
そう言って彼らの母親に電話を掛ける。
「もしもし、お世話になっています。私、杏介君のピアノのレッスンをしてます。はい、そうです。お世話になっております。杏介君のレッスンの事なんですが、コンクールまで週に2回から週に3か4回に増やしていただきたいのですが、はい。時間は従来通りで構いませんよ。はい。えっ?あぁ…そうですね、今週ですね…えぇ、あぁ…そうですか…それは、あぁ、いえ、お構い出来ないかもしれないので…お声を掛けるのもどうかと思いまして…はぁ…いえ、そうして頂けるなら…はい。はい。ありがとうございます。では失礼いたします。」
杏介のレッスンの回数を増やす電話を掛けたら、今週開催する自分のリサイタルの話を振られた…知っていた様で、なぜ教えてくれないのか…と、なじられた。
杏介と桃李を連れて行くので、チケットを用意しろと、命ぜられた…。
面倒くさいな…全く…
深いため息を吐く俺の様子を見て、杏介が言う。
「桔平先生…僕が母に言ったんです…。この前、先生の机に置いてあったから…。」
勝手に見たんだ…ベッドに杏介を置いて行った日。
俺の机の上を勝手に見たんだ…
親子そろって恐ろしいな。
「いや、良いよ。来週からレッスンが増えるから、予定を開けておいてね。」
俺はそう言って、杏介に反復を指示して桃李の方に歩いて行く。
お前が俺の癒しだ…
スティックタイプのチーズケーキを3本も食べている…。
「桃李、太っちゃうよ?」
俺がポツリと言うと、桃李は紅茶を持ったまま俺の方を見てフン!とする。
しゃがんで、彼と同じ高さの視線になって彼に言った。
「こんなに食べたら太っちゃうよ?」
「うるさい!ボクは太らないんだ。」
そう言う桃李に手を伸ばして、彼のほっぺを指で撫でる。
「プニプニしてるじゃないか…それは肉がついてるって事だ。」
俺はそう言って笑うと、彼のほっぺを摘んだ。
彼がどうしていつもの様に俺の手を手で払わないかと言うと、彼は今紅茶を持っていて、手が使えないからだ。
「ほら、ほら、摘めるよ?」
そう言ってプニプニ触ると、怒った桃李が暴れて紅茶を派手にこぼした。
「桃李!」
ピアノに向かっていた杏介が怒ってこっちに来る。
仕方ないので、一旦休憩にして、俺は杏介にもチーズケーキを渡して食べさせた。
ビチャビチャになった桃李の服をその場で脱がせて、替えの服を探しに行く。
寝室に戻って、たんすの引き出しを漁る…
可愛いパンツ履いてるんだな…
1人、さっき服を脱がせた時に見えた桃李のパンツを思い出して笑う。
綺麗な白い肌だった…兄弟そろって美白なんだな…
俺は一番きれいな服を持って、ピアノのある部屋に戻った。
「こんな服着たくない!」
我儘なんだ…
「じゃあ、僕が先生の服を着るから、桃李は僕のを着ればいい…」
杏介…
「わがまま言うな。お前が暴れたからいけないんだ。」
俺は問答無用で桃李に俺のシャツを着せる。
「爺みたいだ。爺の匂いがする。」
本当に口が悪いんだ…
ボタンを留めて、ズボンを履かせる。
「貧乏人みたいになった…」
そう言って嫌そうな顔をする桃李を無視して、ソファの汚れを拭いてくれた杏介にお礼を言う。
「お前のウエストに合わせたら、スウェットしかなかったんだ…」
そう言って、桃李の頭を撫でる。ふわふわの可愛い髪。
桃李は黒いスウェットと白いシャツ姿の可愛い奴になった…
「気持ち悪い…」
ハイハイ
俺は杏介を呼んで休憩を終わると、ピアノの傍に行ってレッスンを再開する。
「大分上達したね。自習練習頑張ったんだね…偉いじゃないか。」
杏介をほめて彼に通しで弾かせてみる。
言うだけあって、彼はバッハが上手だ。
壁にもたれながら杏介のピアノを聞き、桃李を見る。
俺の服に身を包んで、袖の匂いをぼんやりと嗅いでいる姿を目撃して目を逸らす。
何だ…俺の匂いを嗅いでるのか…
それとも袖口が匂うのか…
まさか…
俺は熱心に杏介に指導しながら、気付かれない様に続けて桃李を観察する。
袖口の次は、足を持ち上げてスウェットの足口の匂いを嗅いでいる。
匂いフェチなのかな…
そう思って眺めていると、桃李が俺のズボンの膝辺りの匂いを嗅いで、パクッと歯で噛むと、舌でペロリと舐めた。
その瞬間、俺は背筋がゾクッとして、目を逸らした。
何で舐めたの…?
彼の唇から一瞬覗いた小さな舌がいやらしくて、動悸が治まらない。
彼をずっと見ていたい衝動に駆られる。
杏介に何度も通しで演奏させながら、衝動を抑えられなくて、俺は桃李に近付いた。
ソファの側に行き、しゃがんで、彼を見ながら小さい声で聞いた。
「桃李、俺のズボン、ペロってして…美味しかったの?」
それを聞いた彼は、動じもしないで俺を見て言った。
「まずかった」
まるで誘うような目つきをして、口元を緩ませて俺を見つめてくる桃李に、激しく欲情する…。このまま押し倒して、さっき見えた彼の舌を吸いたい…。
抱きたい…
可愛い桃李を抱きたい…
俺は桃李の隣に座って、ソファに乗った彼の細い足を撫でる。
嫌がる様子もなく、されるがままに俺に足を投げ出して、じっと俺の方を見つめてくる…その堂々たる姿勢は、まるで女王様みたいだ…
「桃李…エッチしても良い?」
彼の顔に顔を寄せて、彼の綺麗な目を見つめながら、小さい声で伺う。
彼は口角を上げて口を少し開くと、舌を覗かせて唇をペロリと舐める。
堪らない。
俺は彼の唇に近付くと舌を出して、ねっとりとすくう様に舐める。
柔らかくて弾力のある唇に、完全に理性を失う。
そのまま彼の唇にキスすると、強引に舌を押し込んで、彼の舌を舐めて吸った。
桃李の細い腰に腕を滑らせて、しっかりと抱くと、彼の足の間に自分を入れて、腰を押し付ける。完全に勃起した自分のモノを彼の股間に擦り付けて、誘う。
可愛い…堪らない…!
唇を放すと、のぼせたような表情に紅潮した頬がひどくいやらしかった。
「ボクは…タイプじゃないんだろ…?」
そう囁いて体を起こすと、俺の顔の近くまで顔を寄せて、ふわふわの髪の毛越しに、潤んだ瞳で俺を掠めて見る。
お前は何で…そんなに色っぽいんだ…
手を伸ばして、掴んで、引き寄せて…そのまま抱いてしまいたいのに…
杏介の手前、これ以上手が出せないと知っている彼は、ゆっくりと俺の前から立ち上がると、熱心にピアノを弾く杏介の近くに移動して俺を見て笑った。
まだ15歳の子供に…弄ばれた。
俺は視線を落として自嘲気味に笑うと、彼の居たソファを手のひらで撫でて、残った彼の体温を感じる。
立ち上がって杏介の所に戻り、彼のピアノを聞いて、指導を再開する。
頭の中を支配されたような…そんな錯覚さえするほどに、あの瞬間俺は桃李に魅了された…あのまま抱いてしまえたら、どんなに気持ちよかっただろうか…
お預けを食ったのか…それとも、からかわれたのか…
桃李に詰め寄った所で、彼は鼻で笑うだろう…
なんて子供だろう。
さすが、俺の可愛い人だ…
俺は本棚からコンサートのチケットを3枚取り出して、忘れない様にピアノの上に置いておく。座席を確認して、覚えておく。
「今日はここまでにしようか…よく頑張ったね。杏介。」
そう言って杏介に微笑むと、俺はピアノの上のチケットを彼に渡した。
「お母さんに渡して。」
そう言って、杏介の背中に手を当てて、部屋の出口までエスコートする。
桃李…お前は色っぽくて、アグレッシブで、賢い。
でも、まだ子供だ。
そして、俺は無責任で誰とでも寝る大人の男。
どっちが最初に音を上げるか…おじさんと遊んでみるか?
大人をからかうと、どうなるのか、遊んでみるか?
俺は桃李に目もくれないで、別れの挨拶をすると、扉を閉めた。
そして、彼の座っていたソファに腰かけて、桃李の唇の感覚を思い出しながら、彼の潤んだ瞳を思い出しながら、1人でオナニーする。
高まった欲情を吐き出すように、彼を頭の中で犯しながら、オナニーする。
あの子のあの唇に、自分のモノを突っ込んでしまいたい。
泣いて嫌がっても、何度も犯してやりたい…
無茶苦茶にしてしまいたい…!!
簡単に絶頂になり、簡単に射精すると、俺は彼の見ていた景色を見て呟いた。
「可愛い奴…」
次の杏介のレッスンの時。
俺は自分の寝室に彼を呼んで抱いた。
泣いて喜ぶ彼を無視して、ただ抱いた…
わざわざ見える場所にキスマークを残して、杏介の細い体が、壊れてしまいそうなくらいに激しく抱いた。
そろそろ桃李が杏介を迎えに来る時間なのに、俺は飽きずに杏介を抱く。
寝室の扉が開いたのか…廊下の光が漏れて暗い寝室の壁に明かりが映る。
ほら、桃李…お前もこうやって抱かれたいなら、俺におねだりしないとな…
いやらしく喘ぎ声を出して、俺にしがみ付く杏介を愛おしそうに抱いてやろう。
お前が見ているかと思うと、興奮するよ…
そのまま絶頂まで行って、一緒に果てる。
ふと、壁を見ると、もう明かりは映っていなかった…
急いで支度して、杏介を残して俺は先に寝室を出た。
ピアノの部屋に歩いて向かうと、中からピアノの音が漏れて聞こえる。
ショパンだ…
扉を開けると、桃李が背中を丸めてピアノを弾いている。
「何、弾いてるの…」
そう言って彼の隣に座って顔を覗く。
俺に視線もくれないで、動揺を隠すように下を見ながら右手でショパンを弾いている。
「そこはもっと強く弾いた方が良い。」
俺がそう言っても、無視して弾き続ける。
たどたどしい運指に、この子が耳で聞いて、この曲を覚えたんだと理解した。
「気に入ったの?ショパン…」
髪を撫でて聞いても、無視して弾き続ける。
手元を見ながら、たどたどしく弾くさまは何とも愛らしくて、俺の心が動く。
俺はペダルを踏んで、左手を鍵盤に置くと、彼のピアノに合わせて一緒に弾く。
途端に、嫌がって弾くのを止める。
可愛い奴…
俺の方を見もしないで椅子から立ち上がると、遅れて部屋に入る杏介に言う。
「兄さん、コンクールも近いのにエッチばかりして、何しに来てるの?」
「桃李!」
「馬鹿みたいだよ…本当に」
そう言って桃李は寂しそうに俺の家を出て行った。
可哀そうだ…
ごめんね、桃李…
俺は杏介にキスして、彼らを見送る。
車の中から、寂しそうに俺を見ている桃李に気付いて、心が揺れる。
ごめんね…
俺はズルくて汚いんだ。
こうやってお前を傷つけて、お前が俺に縋るまで…追い詰めていくんだ。
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