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第5話

ピンポン チャイムの音が聞こえて、桃李が俺の隣から立ち上がって帰り支度をする。 俺はそれを黙って止める。 「…桔平、いい加減にしろ」 これが俺の良い加減なんだよ… 俺は彼の体を持ち上げて自分の寝室に連れて行く。 「犯罪者になるぞ!父さんは黙っていない。ボクに執着しているから…。こんな事するな…絶対大騒ぎになる。桔平…!」 そう言う桃李の声を無視して、彼をベッドに縛って見下ろす。 「桃李は俺の可愛い人だから…勝手に連れて行かせるなんて、出来る訳ないだろ…?」 そう言って、寝室のドアを閉める。 「桔平!」 彼の声が聞こえても、このまま彼を帰すなんて…死んだほうがましなんだよ… 「桃李君はもう少し残って練習したいそうなので、今日は私が送り届けます。」 迎えに来た使用人にそう言って、玄関の扉を閉める。 車のカギを持って、適当に荷造りして、財布と、彼に買ったお菓子を別の鞄に入れる。 玄関の前に車を停めて、荷物を積み込んで、桃李を迎えに行く。 暗い廊下を進んで寝室に向かう。 「…桔平。こんな事するな…。今ならまだ間に合うから…ボクを離して家に帰すんだ…。お前の言った通り、父さんは僕の体を求めてくる…でも、ボクはずっと拒絶している…こんな事したら、あの人が何をするか分からない…だから、止めるんだ…きっとお前が破滅するまで追い詰めるだろう。そんなの…怖くて仕方がないから、頼むから、止めてくれ…」 俺は彼の傍らに行ってキスする。 「お前と一緒に居れないなら、もう死んでしまいたいよ…」 そう言って彼の体を抱きしめる。 彼の縛った手をほどいて、体を抱きかかえる。 自分の車の助手席に彼を座らせて、逃げてしまわない様に、腰を座席と紐でくくって縛る。 「…桔平!」 俺の頬をぶったって、俺はお前を離さない。 運転席に座り、愛しの桃李を見て、言う。 「桃李…自由になれないなら一緒に死のう…」 彼は俺の言葉を聞いて顔を固める。 そして、怒ったような顔をして俺を睨むと、唸る様に言った。 「お前は嫉妬の激情に流されて…後悔したんじゃないのか…?また同じように後から後悔する選択をしていると、今、考えを巡らす事は無いのか?」 俺は桃李を見て言った。 「今お前を連れ去らなかったら…もっと後悔する。そこまで考えた…後はいくら考えたって、堂々巡りになるだけだ。不毛なんだよ。考えたって…結局、不毛なんだ。物事はなる様にしかならない。上手くいかなかったら、そういう事だったってだけなんだ。」 呆然とする彼の唇にキスして、車のエンジンを掛けると俺は彼の家とは逆方向に車を向かわせた。 「嫌だ…死にたくない。お前の傍でピアノを弾いていたい…」 桃李が涙をこぼして俺の腕を叩いて言う。 「お前は俺がフランスから戻っても愛している自信が無いから、怖くて、今殺すの?」 「違う…お前と離れるくらいなら、一緒に今死にたい。」 車を走らせて夜景の綺麗な所に連れて行く。 デートスポットで死ぬなんて…こんなふざけた死に方…彼には似合わない。 彼の紐をほどいて、手を繋いで、山の上の休憩所に入る。 「桃李、お腹空いてるだろ?何か食べよう…」 俺が言うと、彼はラーメンが食べたいと言った。 死んだ後、解剖されて、胃の中からラーメンが出てくるなんて…彼に似合わない。 彼はすっかり抵抗する気が無くなったように、俺と一緒に並んでラーメンを食べる。 「もっと脂っこいのが食べたい。」 そう言う彼は15歳だ… 胃も若いから、そんな事が言えるんだ… 「脂っこいの食べたら、車の中で気持ち悪くなるよ。」 俺はヒレカツ定食のカツを一つ、彼の口の中に入れて言った。 こんな組み合わせの2人…周りから見たら親子にでも見えるんだろうか… 俺が20歳で子供を作っていれば、ちょうど彼の歳の子供が居る事だろう。 食事を終えて、飲み物とお菓子を買って車に戻る。 空には満天の星が輝いていて、天を仰いで桃李の足が止まる。 「ちょっと見て行こうか…」 そう言って彼の背中を抱いて、展望エリアに行く。 「こんな所、来た事ない。」 彼は手すりにつかまって空を見上げて感嘆の声を上げる。 「桔平!すごく大きな空だ!黒くて…永遠に続いていて、地球が、宇宙に居るって実感がする。」 そう言って興奮して笑う彼の背中を抱いて、俺も一緒に天を仰ぐ。 お前の言う通りだね。 真っ暗な空は行き止まりなんて無い。 どこまでも続く宇宙があるだけだ…。 「桔平、この星の下なら…ボクは死んでもいい」 俺に体を預ける様にもたれさせ、天を見上げる彼を見下ろす。 「桃李…」 新月なのか、雲一つ無い夜空なのに彼の目が開いているのか、閉じているのかさえ分からない…。 そのまま彼を包み込む様にして、彼の唇にキスする。 柔らかい感触に体温の温かさを感じて、そのまま舌を入れる。 彼の体をいやらしく弄って、彼の腰を自分に押し付ける様に押さえる。 「桃李…抱きたいよ。お前が欲しい…」 興奮した俺のモノを、彼の柔らかいお尻に擦り付けて、彼の顎を掴んで上げて、舌を入れたキスをする。もう片方の手で、彼の股間を弄って、乱暴に誘う。 嫌がる様に体を捩らせて、うめき声を上げながら彼が言う。 「本当にお前は馬鹿だ!桔平なんて嫌いになりそうだ。」 まだ嫌いじゃなかったのか… 俺は笑って彼の腰を正面から掴んで自分に引き寄せる。 「愛してる…」 うっとりと彼を見つめて、囁くように彼の首に舌を這わしながら言う。 彼と見つめ合う様に向かい合って、彼の目の奥を覗くように凝視する。 赤いランプがチカチカと見えて、それが何を意味するのかすぐに分かった。 「桃李…ごめんね、俺のわがままに付き合わせてしまった…いい年をした男の癖に…お前に迷惑をかけてばかりで、ごめんね…愛してしまって、ごめんね…」 目から一筋、涙が落ちたけど、俺は彼の目を見つめたままそう言った。 俺の涙を指で拭って桃李が言う。 「桔平は…馬鹿だ。」 そう言って俺の腰を掴むとギュッと抱きしめて、背中を優しく撫でた。 「すみません。警察です。ちょっと…、良いですか?今、人を探していて、あ、そうそう。君、名前を教えてくれる?」 俺と桃李の間に腕が入ってきて、俺達を引き剥がした。 ここまでなのか…ここまでしか…来れなかった。 もっと遠くまで行くはずだったのに…あっけなく俺の逃避行が終わった。 「連れ去られてなんかいない…ボクがお願いしたんだ…!」 桃李の声が聞こえる。 俺は最後に彼の顔を見たくて、声の方を見る。 泣きながら俺の方に来ようとする彼を、彼の父親が羽交い絞めにして止める。 その後ろに、騒動に巻き込まれた女王と、杏介が佇んで、冷めた目で父親を見ている。 あぁ…俺は何であんたが嫌いか…分かった気がするよ… 俺とそっくりだ。 その無責任さも、非道さも、彼に執着する様も…そっくりだから、大嫌いなんだ。 でも、俺があんたと違う所は、彼が俺を選んだという所だ… 一番の違いだ。 一番の違いで、絶対的に俺の勝ちなんだ… ざまぁみろ… 「やめてよ!やめて!!桔平を離してよ!フランスなんて行きたくない!放っておいてよ!もう…もうボクにかまうなよっ!お前なんて嫌いだっ!」 彼のそんな怒鳴り声が聞こえて、俺はおかしくなって、少し笑いながら歩く。 ちゃんと言えたじゃないか…行きたくないって…ハッキリと言えたじゃないか。 お前が負い目を感じて、そいつの言う事を聞かなきゃいけないルールなんて無いんだ。杏介もしかり、愛情をくれない親に媚びへつらう事なんて無い。あぁ、そうかい…って突き放してしまえば良いんだ。 次の瞬間、桃李が俺の傍に走って来て、俺を思いきり抱きしめる。 「この人はボクに頼まれたからここまで連れて来たんだ!あの人が何と言おうと、ボクが頼んだんだから、彼は悪くない!こんなの横暴だ!」 そう言って、俺を警察官から離そうと、小さな体で必死に俺を引っ張る。 「桃李…大丈夫だから…事情を聴かれるだけだから…」 興奮して俺にしがみ付く彼に、そう言って目配せしても、彼が俺を見ることは無く、ただ俺の体にしがみ付いて、周りに威嚇する様に怒っている。 小さい赤ちゃんオオカミだ。 「……そうなんです。夜景が見たいと言われて…演奏の為になると思って一緒に来てみたは良いものの、予想以上に時間がかかってしまって、ご心配をおかけしました。」 俺はそう言って彼に調子を合わせた。 15歳の子供に調子を合わせて、彼のせいにするなんて最低だ。 でも、彼がそれを望んでいるから、俺は彼のせいにする。 「先生、ごめんね。ボクのせいだ…。」 目の奥を静かに輝かせて俺の嘘を気に入った様子で、しょんぼりと演技をする彼に合わせる。 「お家に電話して伝えたって聞いたぞ?桃李…話が違うぞ?ご両親に要らない心配をかけてしまったじゃないか。本当に申し訳ありません。」 そう言って放心する彼の父親に頭を下げる。 男同士と言うのもあってか…俺達の演技が上手だったのか…警察はなんだ、そんなことか。と周りから去っていく。 「嘘だ…連れ去ろうとしただろ…?」 1人、彼の親父だけは俺を疑って睨みつける。 桃李に拒絶されて頭に来ているんだろ…?分かるよ、その気持ち。 でも、残念だ。 俺が桃李を連れ去ろうとしたなんて… 証明することなんて、きっと出来ないだろうから。 「先生、ごめんなさい。もう、ボク、我がまま言わないよ…」 俺の体に抱きついて、そう言うと、俺を見上げて続けて言った。 「次のレッスンでは、海に行ってみたい。行った事が無いんだ。ねぇ、連れて行って。」 本当に、この子は可愛い悪魔なんだ。 俺は桃李の親父の方を見て尋ねる。 「お父さん、良いですか?」 「ダメだ。もう、あんたの所には行かせない。…必ず訴えてやる。」 吐き捨てる様にそう言って、桃李に手を伸ばす親父。 その手から逃げる様に、俺の体の後ろに隠れて、桃李が叫んで言った。 「あんたはボクの父じゃない。ボクの母が好きだった男だ。そして、ボクを引き取って育ててくれたのは、あんたじゃない。あんたの妻だ。あんたの息子はボクと遊んでくれた。でも、あんたは何もしていない。ただ、ボクの母を自殺に追い込んで、ボクにいやらしい事をしようとした。桔平が犯罪者として訴えられるなら、ボクはお前を性犯罪者として訴えよう!」 その瞬間、親父の後ろで冷めた様子だった杏介と母親が、顔を覆って涙を落とし始める。 自分の旦那が、父が、桃李に悪戯してるって知って悲しいのか… それとも、桃李が自分たちに多少なりとも感謝してると分かって、嬉しいのか… 俺にはどちらなのか分からなかった。 でも、シトシトと2人体を寄せ合って泣いている様は、家族のそれだった。 「桃李…こっちにおいで。お父さんと一緒に帰ろう。そしてピアノを弾いてくれ…お父さんの為に、またピアノを弾いて?ね?そして二人でフランスに行こう。そこでピアノを習って、いつもお父さんと居よう?」 あんなに怒鳴られたのに、まだ手を差し伸べて桃李に縋る男に、自分を見る。 懲りないんだよね…俺も同じだ。 桃李は俺の腰に手を回して、俺を見上げて聞いて来る。 「桔平…ボクからピアノを取ったら、何になる?」 お前がピアノを弾けると知る前から、俺はお前が好きだよ… 考えることなんて無い… 「別に…桃李は桃李じゃないか…」 俺の答えに彼は頷いて、一人、駐車場の隅に行く。 わき道から彼の手のひらに余るほどの石を持ち上げて、こちらへと戻ってくる。 そして間髪入れずに自分の左手を車留めに置くと、思い切りその石で叩きつけた。 「桃李!!」 余りの出来事に、それを目撃した者が一斉に彼の名前を叫ぶ。 俺は痛がって手を抑える彼を抱えて、彼の手のひらを見る。 思い切りやった…指があらぬ方向に向いている… 杏介が慌てて駆け寄って、彼の傍から石を退かす。 杏介の母親は桃李の体を撫でて、どうして…と呟いて、泣いている。 なのに…あんたは突っ立って桃李を見下ろして泣くだけなんだ…。 「指が折れてる…。一番近い病院に連れて行く。」 俺はそう言って自分の上着を脱ぐと、桃李の手にグルグルに巻いて彼に持たせた。 「先生、僕も一緒に…」 杏介が桃李の体を支えてくれるから、俺は杏介も一緒に連れて行くと母親に告げた。 2人を後部座席に乗せて、連絡をすると伝え、俺は山道を下りる。 「なんであんな事したんだよ!桃李!馬鹿!」 泣きながら彼の体をさすって、痛みに震える彼を抱きしめて、杏介が言った。 「桔平…桔平…痛い…」 「当たり前だ!あんな事して、痛くない訳ないだろ?お前はやる前に考えを巡らせる事はしないのか?」 俺は彼に言われた様にそう言うと、笑って彼を見た。 彼は俺の顔を見て吹き出して笑うと、言った。 「お前の、馬鹿が移ったんだ…きっとそうだ。」 俺と桃李が笑う中、杏介は混乱しながら桃李の手を支えて、涙を落とした。 「こんなんじゃ…ピアノが弾けなくなるかもしれないじゃないか…」 声を震わせて、動揺して、泣く杏介に桃李が言う。 「ボクはピアノがすべてじゃない…もっと楽しい事だってしたい…それをピアノが邪魔するなら…ピアノなんて、弾けなくてもいい…」 桃李の言葉は、杏介の心にも響いたのか… 嗚咽を漏らしながら泣き始める杏介を、桃李は優しく撫でていた。 総合病院の救急外来に着いて、桃李を支えながら入って行く。 「人差し指、中指、薬指の第二関節が折れてますね…今、処置するので少々お待ちください。」 三本も折った…左手の指を三本も折った… あいつから離れるために、可愛い指を三本も折ったんだ…。 なんて男前なんだ…桃李…惚れる 「父は桃李を諦めるでしょうか…」 彼の手に巻いていた俺の上着を手渡して、杏介が尋ねてくる。 「さぁ…知らない。でも、桃李はもう我慢することは無いんじゃないかな…」 そうまでしても…あの親父から離れたかったんだ。 彼の意志は固いだろう… 痛かっただろうな…可哀そうに… 「僕、てっきり桃李は父の言いなりだと思っていました。彼が来たばかりの頃は、詳しい事情なんて知らない僕は、本当の弟が出来たと思って嬉しかったんです…。父の態度と比例する様に、彼に反発心が芽生えて、僕は桃李を避けるようになった。」 俺は、隣に座って語り始める杏介の声を、静かに聞いている。 「フランスに行くのだって、嫌がってるなんて思わなかった…。彼をズルくて、狡猾なやつだと勝手に思っていました。」 「いや、そうしていたんだよ…。」 俺は杏介の話を遮る様に話すと言った。 「みんなが嫌う自分が嫌いだったから…とことん嫌なやつになって行ったんだ。彼の母親も死ぬ間際には彼を疎ましく思っていたようだし…絶望していたんだよ。」 「先生は桃李の…良き理解者ですか…?」 笑いながら杏介が聞いて来るから、俺は彼に言った。 「いや、俺は桃李を狙う悪いオオカミだ。」 嫉妬で彼を傷つけたり、縋って彼を連れ去ったり…酷い事の限りを尽くしている。 それも良い年した大人の癖にだ… 理解者なんてすばらしい名目よりも、オオカミの方がしっくりくる。 でも桃李は俺を守ってくれる。 こんな駄犬の俺を守ってくれるんだ… 「お大事に~」 処置室から出てきた桃李は手に包帯を巻いて、重たそうに歩いて来ると、俺の頭をぼんぼん叩いた。 「痛い…」 予想以上に重たい彼の左手に驚く。 「鉄で固定している…でも一直線に折れていて、細かく折れていなかった。綺麗な折れ方だと医者に褒められた。」 全く… 俺は桃李の頭を撫でて、杏介に言った。 「薬をもらって帰ろう…」 痛み止めと、抗生剤を薬局で受け取り、女王に連絡する。 「とりあえず固定はしましたが、一度かかりつけの医師に見せる様に言われました。はい。これから2人を送ります。」 簡単に連絡を済ませて車まで来る。 「ボクは桔平の隣に座る。兄さんは後ろに座ればいい。」 そう杏介に言って、桃李は当たり前の様に、俺に助手席のドアを開けさせる。 「ボクは骨が折れているんだ。シートベルトも付けていけ。」 全く… 我儘の再来だ… 「ハイハイ…」 彼の体に覆いかぶさる様にして、シートベルトを留めると、俺の顔を見上げて見つめてくる。 「何?」 俺が聞くと彼は座りながら背伸びをして、俺にキスをした。 可愛い…飴と鞭だ… 「桃李…襲っちゃうぞ…」 俺は桃李の首に顔を埋めて、彼の耳に小さく囁いて言った。 「やめろ、早く家に帰せ。お前が馬鹿だからこうなったんだ。全部桔平のせいだ…」 そう言って硬い左手で俺の腹部を殴ってくる。 「これは良い。ロケットパンチみたいに強い。」 わき腹を殴られて呻く俺を見て、嬉しそうに桃李が言った。 「桃李…父さんの事はどうするの?」 後部座席から桃李の様子を見ながら杏介が話しかけてくる。 俺はシートベルトを締めてエンジンを掛けると、車を彼らの家に向けて出発させた。 「知らない。でもフランスにはいかない。」 そう断言して杏介の方を見ると、桃李は言った。 「ボクは桔平が欲しくて、兄さんに嫌なやつになった。でも、思った以上に馬鹿で、もう要らないから兄さんに返そう。すまなかった。」 「要らないよ。桃李が持っていたら良い。」 杏介はそう言って、桃李に微笑みかけるから、俺は少し複雑な気持ちになった。 「桃李のピアノレッスンは、しばらくお休みになるのですか?」 杏介が俺に聞いて来る。 確かに、手の使えない状態ならピアノは弾けない… 「なぜ?ボクは右手が使える。左手は桔平が弾けば良い。」 そう言って俺の方を見上げるから、俺は頷いて答えた。 「ハイハイ、お姫様のおっしゃるように…」 そう言ってあしらうと、杏介が笑った。 「ピアノが弾けなかったら、バレエをやる。足を折って踊れなくなったら、たこ焼き屋をやりたい。たこ焼きが売れなくなったら、大道芸をやりたい。」 桃李が良くしゃべって俺に話しかけてくる。 「全部やればいい。」 俺はそう言って彼に微笑んで返事をする。 それにしても、たこ焼き屋になりたいなんて…笑える。 こんなに愛想の悪いたこ焼き屋には、二度と行きたくなくなるけどね… 「さぁ、着いた。挨拶してから帰ろう。」 俺は二人を下ろして、あの魔宮殿へとやって来た。 アプローチを歩いて行くと、彼の親父が車に荷物を積んでいる。 こんな夜に、出かけるのか… 手に包帯を巻いた桃李を見て、彼は忌々しそうに言った。 「お前なんてもう要らない…出ていけ。」 本当に…この男は彼のピアノに惚れていただけなんだ… 手の使えなくなった彼を、いとも簡単に無下にするなんて… ほとほと頭にきて、俺はこいつをぶん殴ってやろうと近づこうとした。 それを桃李が右手で制して、彼に言った。 「いままでお世話になりました。ボクの母さんはあなたを思って死んでいった。どうぞ、一生母に呪われて不幸になってください。彼女はあなたの為だけに死んだんだから…あなたが幸せになることは無いでしょう。ざまぁみろ…」 桃李の親父は、彼の言葉を聞いて目の奥に怒りを込めて言った。 「お前なんてもう要らない…。二度と見たくもない!」 そんな親父を横目に家に入ると、彼を待っていた杏介の母に深々とお辞儀をした。 「お母さん、お世話になりました。ボクはこれからこの家を出ます。もう桔平にかまわないで。彼は馬鹿であなたを不幸にするから。」 女王は桃李を見て涙を流して頷いた。 彼の頭を撫でて、大事にしてあげれなくてごめんね。と項垂れる彼女を見た… 一緒に帰ってきた杏介に桃李が笑いかけながら言う。 「兄さん、遊んでくれてありがとう。本当の兄だと思っていたよ。」 夜遊びで留守にしている姉には、特にコメントを残さず、桃李は俺の方に駆けてきた。 「さぁ、桔平。お前の家に連れて行け。一生面倒見るんだろ?」 俺は杏介の母に一礼すると、桃李を連れて魔宮殿から逃げる様に帰った。 車に彼を乗せて、シートベルトを付けて、運転席に座る。 何故か気が焦って車のキーを差し込む手が震える。 エンジンをかけて、ウインカーを出して車を自宅へと向かわせる。 一体何が起こったんだ… この短い時間の中ですべてが動いて、事の流れに頭が付いて行かない。 しばらく進むと、静かな車内に桃李の鼻歌が聞こえて来た。 その選曲が…笑えて、思わず吹き出して言った。 「なんで、英雄ポロネーズなんだよっ!」 俺の突っ込みに彼は不思議そうな顔をして言った。 「桔平、これは凱旋だ!」 その答えに、さらに吹き出して笑う。 だから、俺も一緒に彼と英雄ポロネーズを口ずさみながら自宅へと帰った。 確かに、彼は戦いに勝った。 彼を縛る親父に徹底的に嫌われて、もうあの家に戻ることは無いだろう。 これで彼は自由を得たのだ。 自分の左手を犠牲に… まさに、英雄だな。 「桃李、お前、かっこいいな」 俺が彼に言うと、彼は曲の最後を口ずさんでから、高々とガッツポーズをした。 こんな事をするんだ…笑える。 そして、俺よりも男前な彼に惚れた。 「汚い部屋だ。」 俺の寝室に入るなり、電気も付けていないのにそうダメ出しをする。 彼に合うサイズの部屋着が無くて、今日は仕方ないので俺の服を着させる。 ベッドに座らせて、向かい合う様にして服を脱がせて、着せる。 俺のTシャツを着せると、かなりブカブカで…妙に可愛い 「痛かった。まだ痛い。何とかして…」 そう言って俺に左手を差し出して悲しそうな顔をする。 俺は彼の左手を手に取って、優しく撫でた。 アドレナリンが下がって来たのか…桃李は顔を歪めて痛そうにする。 「痛かったね。まだ、痛いだろうね。病院でもらった痛み止めを飲もう。」 俺はそう言って、彼をベッドに残して薬を取りに戻った。 急いで薬を取って、水を用意して、彼の元へ向かうと、彼は既にベッドに体を沈めて眠っていた。 「桃李…可愛い」 彼の寝顔にキスして、コップと薬を枕もとに置くと、俺は隣に寝転がって彼を後ろから抱きしめた。 小さな体で、あんなに男前な桃李…こんなに可愛い顔をしているのに…あんなに男前な桃李…ギャップに萌えて、キュン死しそうだ。 可愛く寝返りを打って、仰向けになった彼の顔を覗く。 優しく指で頬を撫でて愛でる。 彼は晴れて俺だけの桃李になった。 「何だこの朝食は…」 俺の用意したシリアルを見て、桃李が顔を歪めて怒った。 「子供はこういうサクサクしたのが好きだと思った。」 俺はそう言って彼の皿にシリアルをザラザラと注いで、牛乳を掛けた。 桃李は渋々席に座ると、スプーンを持ってシリアルを一口食べる。 食べてみたら意外と美味しいじゃん。といった顔で、ぼんやりしながらシリアルを食べ始める。 可愛いな… 桃李のふわふわの髪の毛は、寝ぐせで派手に爆発していて、ブカブカすぎて肩から落ちそうになっている俺のTシャツと、履かせた短パンから覗く彼のおみ足に興奮してくる。 可愛くて、堪らなくて、目の完全に開いていない彼の頬っぺたをつんつん突くと、彼は俺を見て言った。 「桔平、酷い頭だな。どうしたらそんなに寝ぐせが付くんだ。」 「今日は学校に行かないで、かかりつけのお医者さんの所に行くよ。そして、色々手続きとか、お前のお母さんと話さないといけない。学校の事も気になるだろ?」 桃李の口の端に付いた牛乳を拭きとりながら話すと、彼は俺を見て言う。 「桔平の爺臭い服は着たくない。何か買ってきて。」 「爺臭くない。俺はこれでもモテるんだ。」 俺は桃李に薬を渡して言ってやった。 桃李はそれを無視して薬を飲むと、重たい左手をテーブルに乗せて右手で撫でた。 「痛い?」 彼の顔を覗き込んで聞くと、痛そうに口端を歪めてコクリと頷く。 襟ぐりから覗く彼の体に興奮して、ご飯を食べたら悪戯をしようと思っていたのに、これじゃかわいそうだな。 「桔平」 俺の名前を呼んで両手を広げる桃李。 まるで前からそうしていた様に、自然に俺は彼の体を抱っこして聞いた。 「どこに運んで欲しいの?」 「寝る。」 食っちゃねすると太るのに… それにしても細くて軽いな…。余裕で俺でもリフト出来そうだ。 細い四肢が俺の体にしがみ付いて、可愛い。 仰せの通りにベッドまで運んで、彼を下ろす。 カーテンから洩れる緩い日差しに、伸びをする桃李の顔がとても柔らかく見える。 彼に覆いかぶさって聞く。 「桃李、痛み止め、効いて来たかな?」 彼は俺の問いに首を傾げて言った。 「まだ痛いに決まってるだろ。桔平はあきれるくらい馬鹿だな。」 そう言って、俺の頬を右手でぶつ。 ドSなのかな… 俺は彼の顔に覆いかぶさるようにして、軽くキスすると、そのまま彼の首に顔を落として囁き声で言った。 「桃李、可哀想…手が痛くて、暴力的になっているね。もっと穏やかに過ごせるように、おじちゃんが介抱してあげる。」 桃李の返事を待たずに、彼のTシャツの中に手を滑らせて、体を撫でる。 ビクッと桃李の体が反応して、俺の髪の毛を右手でムンズと掴んで持ち上げて言った。 「お前は最低だ…」 その蔑んだような目つきも、俺を罵る言葉も、可愛くて、堪らなくなって彼に舌を入れてキスをする。 「いやだ、桔平。昨日お風呂に入っていないし、手が痛いから…!」 俺は自分のTシャツを脱ぐと、彼のTシャツを捲り上げて、彼の乳首を舐めた。 抵抗して怪我でもしたら大変なので、彼の両肘を掴んでベッドに押し付ける。 「あっ!んん…桔平…いやだ、離して!ん…はぁはぁ…ダメってば…」 彼の乳首をいやらしく何度もねっとりと舐める。そのまま彼の首筋まで舐め上げて、 彼の耳元を食むようにキスする。 足で彼の股間を撫でる様に刺激して、彼の右手だけ解放する。 左手は…重くて、殴られたりでもしたら、危険だから…そのまま押さえつける。 「桃李…桔平は桃李が欲しいよ…良いだろ?」 彼の顔を覗いてお伺いを立てる。 彼は俺から視線を外して、不満げな表情で言う。 「ボクは昨日お風呂に入っていないし、今朝もまだ歯も磨いていない。だから、嫌だ。」 「じゃあお風呂に入って、歯を磨いたら良いの?」 間髪入れずに彼にお伺いを立てる。 彼は少し怒ったような顔をして俺を見ると、ため息をついて言った。 「良いよ。」 俺は桃李から退くと、彼を起こして風呂場へ連れて行く。 そのまま左手の不自由な彼の為に、自分も服を脱いで一緒に入る。 「嫌だ。桔平。お前は後で入ればいい!」 「桃李…左手が濡れない様に上に上げてるんだよ?」 俺はそう言って、彼の左手の包帯の上にタオルをぐるぐる巻きにすると、シャワーの上に手を上げさせて、抑えた。 彼の全裸にピッタリと体を添わせて、シャワーを浴びて、彼の体を撫でる。 「桔平…ん、ヤダぁ…」 腰を震わせて感じて嫌がる桃李の首に舌を這わせながら、彼のモノを握って扱く。 「そうだ、アワアワを付けてやろう。」 そう言って、彼の体を石鹸を泡立てて手のひらで洗ってあげる。 桃李が左手を下げるから、俺はまた持ち上げて壁に押し付けると、彼の体に付いた泡で自分の前面を洗う。 「ほら、桃李。これだと2人一緒に洗えるよ?すごくないか?」 そう言ってまた彼の前に手を伸ばして、彼のモノを扱く。 「ん~!やぁ、だめぇ…桔平、ダメ、あっああ…ん、はぁはぁ、ヤダぁ…」 「可愛い…気持ちいいっておっきくなってるよ?桃李…可愛い」 うっとりして彼のぼさぼさの髪に顔を埋めて言う。 彼の可愛いお尻に自分の興奮したモノを押し付けて腰を振る。 「あぁ…桃李のお尻の割れ目が、気持ちいいよ…」 変態だ。 分かっている。 でも、可愛くて、興奮して、俺はリミッターが外れた。 一度シャワーで泡を綺麗に流してあげる。 そのまま彼の穴に指を押し入れて、中を気持ちよくしてあげる。 足を震わせて壁に両手を着いて、俺の愛撫に耐える背中にキスする。 そのまま彼を裏返して、自分の方に向かせると、熱くねっとりとしたキスをあげる。 彼のタオルで巻いた手を俺の肩に置いて、キスしながら彼の足を持ち上げて自分のモノと彼のモノを擦り付ける。 快感に仰け反った彼の乳首をねっとりと舐めて、立たせて舌でこねる。 「桔平…だめ…イッちゃう、や、ヤダぁ…!桔平…あぁああん!イッちゃう!」 可愛くて、興奮しきった俺は、彼のイキ顔を眺めながらイッてしまった…。 「歯磨きしてないのに…」 俺の顔を見て頬を紅潮させながら、桃李が怒った顔で言って、俺の頭を左手の凶器で殴った。 「結構、本気で痛い…」 そう言って彼の首に顔を落として、彼の肌を吸って舐める。 「桔平…もう良いだろ…離して、髪の毛も洗いたい…」 リクエストを受けて、俺は彼の頭からシャワーを掛けて、頭を洗ってあげた。 これこそ、片手が不自由だと出来ないからな。 「桃李…めちゃめちゃ可愛いぞ。」 彼の頭に白い泡がこんもり乗っていて、それは俺を悩殺するくらいに可愛かった。 そのままキスして舌を絡める。 「お前が今朝食べた、めかぶの味がして嫌なんだ!もうキスするな!」 そう言って、また凶器を振りかざすから、俺は怯えて桃李の髪を素直に流した。 顔もきれいに洗ってあげて、これで全身綺麗になった。 後は歯磨きをするだけだ。 俺は浴室から出ると、桃李にバスタオルをかけて綺麗に拭いてあげる。 そのまましゃがんで、彼の可愛いモノを口に入れる。 「ん~!もう!桔平!!」 怒られても良いんだ。どうせ、彼は許してくれるから。 俺は彼の震える腰を掴んで、ねっとりと舌を這わせながら扱いてあげる。 彼は快感で、洗面所の壁に背中を預けると、そのままズルズルと落ちて座ってしまった…だから、俺はそのまま顔を沈めて彼のモノを熱心に愛して扱いた。 「はぁはぁ…あっ、あぁあん…だめぇ、きもちい…ああ…桔平…気持ちい…」 そう言って、とうとう床に背中を付けて、可愛くなるから、俺はもう我慢できなくて、彼の中に自分のモノを沈めていった。 「桃李…すごく可愛い…俺のかわいい桃李…」 そう言って彼にキスしながらゆっくりと彼の中に入って行く。 腰がわなないて緊張してくるから、俺は彼の濡れた髪を撫でながら優しくキスした。 どんどん中がきつく締めてきて、俺のモノを締め付ける。 「あぁ…桃李、お前の中すごくキツイ…桔平のきもちいの?」 彼の顔を覗いて、腰をゆっくりと動かす。 美しいピンクに彩られた唇から洩れる可愛い喘ぎ声に、俺のモノが反応して、痛い位に勃起する。 彼の仰け反った胸にちょこんと乗る乳首を、手のひらで撫でて、指先で優しくこねる。 「きっぺい…だめ、イッちゃう…ボク、またイッちゃう…!」 体を震わせて、頬を赤らめて俺の方を見る。桃李の潤んだ目に、俺は瞬間悩殺されて、一気に高まった興奮にそのままイキそうになる。 「あぁ~!だめだぁ!桃李、そんな可愛い顔しちゃダメだよ~!イッちゃうじゃないか~!」 堪えろ!堪えろ!頑張れ!堪えるんだ!まだ、早い! 必死に床を見ながら、顔を彼から逸らして、若い頃の黒歴史を思い出す。 遠い目をしながら、恥ずかしい事を思い出して、興奮を冷ます。 桃李がそんな俺を眺めて笑う声が聞こえる… 興奮を落ち着かせて、彼に視線を戻すと、彼は俺の顔を見てわざと可愛く笑って言った。 「桔平…大好き!」 その顔が…その言葉が、その声が、めちゃめちゃ可愛くて、俺は彼の中でそのままイッてしまった。 「あはは!桔平は馬鹿だ!」 そう言って俺の下から這い出ると、自分の中から洩れる俺の精液を見て、怒った顔をする。 「最低だ!お前は最低だ!」 俺は桃李を連れて浴室に戻ると、彼の中の自分の精液を掻き出した。 「俺はイク時は外に出そうと思っていたんだ…お前が不意打ちをするから…こんな事になるんだ…」 俺に中を弄られて、桃李が嫌がって身を捩る。 可愛いんだ… 「そんなに嫌がると、また挿れたくなるじゃないか…」 そう言って彼の後ろに回り込んで、腰を掴んで勃起したモノを押し付ける。 「やだ!馬鹿!」 可愛くて、本当にそのまま挿れた。 彼の背中に覆いかぶさって、腰を掴んで、彼のモノを扱きながら、腰を動かした。 「あぁ…桃李、大好き…可愛い…たまんない…」 シャワーが降り注ぐ中、彼の包帯の事も忘れて、俺は彼を堪能する。 「んん…桔平、や、ヤダぁ…あぁあん、はぁはぁ…気持ちいよ…桔平の、気持ちいい…」 彼の体を起こして、乳首を掠めながら、ゆっくりと体を撫でまわす。 「ん~、イッちゃう…桔平…ボク、イッちゃいそうだよ…ねぇ…」 「イッて良いよ…そのままイッて良いよ。」 俺はそう言って彼のモノを扱きながら、彼の中をねっとりと愛する。 体を仰け反らせて、髪を俺の胸に押し付けて、顎を上げて、桃李がイッた。 余りの顔の美しさに、俺はまた彼の中でイッてしまった… 「もう、病院に行かないとな…包帯も、濡れちゃったし…」 桃李はそう言う俺を無視して、体の中の俺の精液を無言で掻き出された… ピンポン 桃李の体を拭いてあげていると、玄関からチャイムの音が聞こえる。 俺は急いでパンツとズボンを履くと、桃李を置いて、首にタオルを巻いたまま玄関を開けた。 「あ、おはようございます…」 杏介の母親がそこには立っていて、俺の剥き出しの上半身をじっと見つめて来た。 俺は玄関に彼女を上げると、急いで桃李の元に戻って、Tシャツを着る。 桃李に俺のパンツと短パンを履かせて、タンクトップを着せる。 「誰?」 やっと口をきいてくれるようになった桃李に、俺は嬉しくなって抱きしめて言った。 「杏介の母さんが来ている。」 俺の腕から抜け出て、桃李は元母の元に歩いて行った。 「桃李、髪の毛がまだ濡れている。」 後ろからタオルを持って彼を追いかけて、元母の前でガシガシと掴んで乾かす。 持ち上げてパラパラと落ちる彼の濡れた髪を見て、悦んでいると、桃李が元母に話しかけた。 「杏介の母さん、やっぱり桔平は馬鹿だから、もう構わない方が良い…ボクは、昨日一晩しか泊まっていないけど、もう、うんざりしている。」 そう言って濡れた左手を差し出して言った。 「こんなにビシャビシャにされた…こいつは後継人にはふさわしくない。稼ぎもたいしてないし、それに食事もまともな物をくれなかった…。このままここに居たら、ジャンクフードばかり与えられて、太ってしまいそうだ…」 そう言って、俺の方を振り返り左手の凶器で俺の腹を殴った。 それはかなり思念のこもったパンチで、さっきの中出しの事を含めた怒りを感じた。 「桃李…重いボディブローだ…男らしくなってきたな~!」 そう言って彼の髪を手で乾かしながら、女王に言う。 「ちゃんとやっていますよ。ただ、準備が出来なかったから、着る物も、食べ物も無かっただけです。ちょうど、これから病院に行こうと思っていたんです。」 杏介の母は、桃李の様子を見て嬉しそうに笑って言った。 「桃李がこんなに楽しそうなのは久しぶりに見ました…。楽しくしているようで安心しました。桃李の保険証や、彼の着替えを持ってきたんです。あと、彼の転校手続きの取り消しも…これから向かう所で…」 そう言って、手に持った高級ブランドのボストンバッグを床に置いて言った。 「やっぱり…桃李はまだ未成年です。扶養から外れるのは早いと思うし、こんな私でも心配なんです…。彼の戸籍はこのまま我が家で預かります。ただ、後見人として、桔平先生を指名した文章を行政書士に作成依頼いたします。何か彼の進路のことなどで、入用がございましたら、何なりと言ってください。」 そう言って桃李の頬を撫でて、彼女は彼に言った。 「あなたみたいに強くならないといけない…本当にごめんね…桃李。先生はちゃんと明日からご飯を作ってくれるわ。だけど、本当に耐えられなくなったら、家に戻って来ても良いからね…あと、学校はそのまま通いなさい。学歴は生きていく上で多少なりともあなたの糧になるから…」 じゃあ、また… そう言って女王は美しい女王になって玄関を出て行った。 「本当はあんな人だったんだ…」 呆気にとられている俺をよそに、高級ブランドのボストンバックから自分の服を漁って見つけて桃李が喜ぶ。 「早くこの爺臭い服を脱ぎたかったんだ!」 そう言って俺のどちらかと言えば綺麗なタンクトップと短パンを脱いで、パンツも脱いで全裸になった。 「桃李…こんな所で脱ぐなんて…俺を誘っているの?」 彼は俺を無視して自分のパンツを履くと、あ~!と言って寝転がった。 「やっぱりこのパンツが一番だ…お前のは緩いし、ブカブカだし…最悪だった…」 本当に。 口が悪いんだな… 自分のズボンを手に取って、履く。 自分のTシャツを手に取って、着て…その度に、毎回同じように寝転がって、同じように言うから…俺は桃李の小さいお腹を少し踏んだ。 「最低だ。内臓が壊れる…」 ボストンバックを運ぶように指示されて、俺は中から保険証を取り出した。 一緒に治療費と書かれた茶封筒を取り出して、中を確認すると30万ほどの現金が入っていた… 「良かったな。これでお前も、うまいものが食べられそうだな。」 俺の隣で桃李はそう言うと、声を出して笑った。 全く… 「桃李…お前はその上着を着れないよ。」 病院へ向かう準備をして、上着を着ようとする桃李に言った。 左手に巻かれた包帯のせいで、彼はいつもの上着を着ることが出来なくなった。 俺は自分のパーカーを彼にかぶせて、袖を開けてあげる。 「しばらくこれを着てなさい。」 しぶしぶ俺のパーカーを着て、玄関で靴を履く。 玄関を出て俺の車の助手席に向かう。 「桃李…一生傍に居てね…俺が死ぬまで…」 彼の背中に語り掛けると、彼は後ろも振り返らないで言った。 「今桔平が死んだら、ボクは一生お前の傍に居た事になる。」 「物騒な事を言うんじゃないよ!全く、悪い奴だ。」 そう言って助手席のドアを開けて、シートに座らせて、シートベルトを締める。 彼は右手で俺の頬を撫でて、さっきの続きを話す。 「だって、人は死ぬとき一人だ。一生傍に居るなんて、約束できない。もしそれを成就させたいなら、どこかの段階で自死するか、事故で死ぬかしないといけない。」 そうだろ?と俺の方を向いて桃李が聞いて来る。 だから、俺は彼に教えてあげた。 これは、比喩だという事を。 「一生、死ぬまで、そのくらい長い時間…あなたと共に過ごしたいわ!って乙女心だよ。真面目に考えるな、これはそういうロマンチックな言葉なんだ。」 昔の俺にもそう言ってくれる人いれば良かったな… いや、こればかりは…体感しないと…意味なんてストンと落ちてこないだろう。 俺は桃李に恋をして、少し人間のレベルが上がったようだ。 「さっきのお金で、帰りに寿司を食べよう。」 そんな桃李の甘い話に乗って、俺は弱くて悪い大人なんだ。 「回る寿司に行ったことある?」 助手席の彼に聞いて、車のエンジンをかける。 「何で寿司が回るんだ…」 笑いながら不思議顔の彼の頬を撫でる。 可愛い… 一生一緒に居たいよ。桃李。 完

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