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第12話

 新垣さんたちの元へ戻ると、彼女は衰弱しきった弓束君に困り果てた様子だった。 「ごめん、遅くなって。周囲とか大丈夫だった?」  声をかけると、新垣さんはわかりやすくほっとした。 「うん。あの、弓束君は私じゃなくて、雁翼君に任せたほうがいいと思う……」  そう言われて、おずおずと弓束君を渡される。さては新垣さん、弓束君に何か言われたのか。 「どうかしたの」 「ううん、その……ちょっと私と弓束君、色々あって気まずかったから」  薄々感じていたが、このふたりの間には何かがあるようだ。複雑な事情には踏み込むべきではないが、正直興味が沸いてしまった。新垣さんの立場からみると、いとこの友達といった関係だ。そこからどのように拗れていったのだろう。 「何も事情を知らず、弓束を押しつけてごめんね。ところで、これだけは聞きたかったのだけれど、新垣さんは私たちに対して敵意はないと認識していいのか」  ごちゃごちゃと頭の中で考え事をしていた僕を押しのけ、来夢は新垣さんの正面に立った。  多分、来夢は新垣さんと話したくてうずうずしていたのだろう。何せ、ゲーム開始前の下校中、新垣さんのことを一目惚れしていたのを知っている。理想のルックスをした女子を前に、だらしなくなるのが来夢の通常運転だ。 「はい。あの、あのときは剣を向けてしまってすみませんでした……。防衛本能というか、そういうのでつい、咄嗟に。本気で倒そうとかそういうつもりなんかじゃなくて……」 「奥手だけじゃなくて、敵と向き合える芯の強さも兼ね備えている……良いな、実に良い」  来夢は顔を赤らめ、顎に手を当ててさすった。  うわ、気持ち悪っ。 「ゴホン。弓束に対してもか。どうやら複雑な事情があるようだけど」 「もちろんです。恨むだとか、そういう関係ではないので。ただ、その……」  そう言って、新垣さんはちらりと僕の方に視線を向ける。  いやいやまさか。僕がらみの問題なのか。何もしてないぞ、僕は。 「ああ、なるほどな。いつか本当に刺されてしまえ」  恨みがましく来夢は僕を睨みつけた。心なしか、新垣さんにも睨まれている気がする。  絶対これ、僕何かやらかしてる。このふたりが正直に教えてくれるとは思えないけど。訳を問うと、自分で考えろと言われてしまう気がする。 「雁翼とかいうロクデナシのことは、とっとと忘れてしまえ。弓束もな、聞こえてんだろ話くらいは。やめとけよこんな男」  意識が朦朧としている弓束君に聞こえるよう、ゆっきりはっきりと来夢は話しかけた。やめろ、僕の立場がなくなる。 「嫌だ……嫌だ……」  珍しく弓束君は、来夢に言葉を返した。まさか返事がくるとは来夢自身も予想していなかったようで、目を丸くした。  よかった、僕許されてる。 「でも、やっぱり、雁翼君って悪い人じゃないんですよ。だってとても優しいもの、昔から……」  ……昔から? 「あの、てっきり僕と新垣さんは、高校からの付き合いだと思ってたんだけど。まさか、小学校から関わりがあったりして」  瞬間、新垣さんは顔を白くし口元を押さえた。  図星か。  久方は無断欠席をした生徒は、みんな小学校の同級生だと言っていた。この話の説得力が増してしまったことに、寒気がする。何があって、僕たちは悪趣味なゲームの中へ放り込まれてしまったのだろう。 「違うよ。ごめんね、今のは忘れて」  新垣さんは、あくまでも触れないつもりだ。  真実が隠されているほど、暴きたくなる。それを知って僕の身に悪いことが起きようと、探りたくなってしまう。このような異常事態だからこそ、自分の保身よりも破滅衝動が働いているのかもしれない。  ふと、強い視線を感じた。  弓束君だ。弱々しくも、それでも鋭く僕を見つめていた。もしかして、僕が何を考えているのかわかったのか。  確か弓束君は、思い出せと僕に訴えかけていた。彼は、今も僕に思い出させようとしているのだろうか。だが、それにしては瞳に悲哀の色が浮かんでいる。何が言いたいのだろう。弓束君がまともに会話できる状態ではないことが、こんなにもどかしいとは。 「……弓束よ、一体何が言いたいんだ」  来夢も彼の視線に気づいたらしい。  しばらく沈黙が続いたが、弓束君が口を開くことはなかった。 「うーん、まあ、そうか。単語くらいしか話せないもんな、あんた……」  沈黙が耐えきれなくなったようで、来夢は唸る。 「ともかく、新垣さんは私たちへ敵意がないのはよくわかったよ。武器を取り出せたということは、このゲームのルールは一通り理解できたということか」 「はい。プレイヤーが殺し合いをして、最後のひとりになったら元の世界に帰れるって……」 「よし。なら、こうしないか。私たちはゲームを攻略するための同盟を組む。最後のひとりになるだけではなく、それ以外のクリア方法を探すんだ」  なるほど。敵意があるか、確認したのはそのためか。プレイヤーに少しでも味方がいるのなら、生存率は上がる。  新垣さんが僕の敵になるのは、元々考えられなかったが。来夢側からしたら、新垣さんのことは知らないだろうし確認したかったのだろうけど。  それにしても、本人に直接敵かどうか聞くのはいささかピュアすぎる。好みの女子がいて、警戒心が緩くなっていたのかもしれない。 「わかりました。同盟、組みましょう。私たち、このまま一緒に行動していたら流石に目立ちますよね……? そのあたりはどうしましょう」 「そうだな……一旦解散して、夕方の5時になったらまたここで集合しないか。一日を越すならひとりだと心細いだろ。風雅、それでいいか」 「賛成。それまでひとりにさせるのは心配だけど……」  僕が不安を口にすると、新垣さんはくすりと微笑んだ。意外にも余裕そうだ。 「私は大丈夫。これまでひとりでやってきたもの。それに、私の武器を見せたら大体の人は怯んでしまうから」  確かに。新垣さんの武器は、大きな怪物と戦う専用のような剣だった。明らかに、対人間向けのものではない。彼女に剣を向けられたとき、もし相手が良く知る新垣さんでなければすぐに降参していた。それくらい、あの武器は怖い。 「強いね、本当……」 「そうなのかな? よくわからないけど」  僕に同調するように、来夢は何度も頷いた。  新垣さんって、とんでもなく肝が据わっている。依然までそのような印象はなく、気弱な人だと認識していたのだが、僕は新垣さんの上っ面しか見ていなかったようだ。まるで正反対だ。 「それじゃあ、また5時に。行くぞ風雅」 「うん。新垣さん、また後で」 「ありがとう、気をつけてね」   言葉を交わし、僕たちは別れた。  そのときだった。  まるで僕たちの様子を伺っていたのかのように、ステージが切り替わった。  初めてゲームの中に入ったときと同じような、暗闇だった。  「いやあ、いいね。実に感動的なやりとりを見させてもらったよ。ゲームにはこれがないと」  背後から、男の声が聞こえる。  振り返ると、やや小柄な少年が血塗れた布袋を抱えていた。その瞳は完全に濁っており、焦点が合わない不気味さがあった。弓束君とは似ているようで、悪意が明白に感じて別物だった。 「ねえ、こいつのこと知ってる?」  少年は布袋から中身を取り出し、放り投げた。  血に塗れていたため、中身の予想はついていたが、思わず受け取ってしまった。  この感触。直に見ずとも、何なのかわかる。  人の頭だった。 「ひっ……!」  時間差で、新垣さんが悲鳴を上げる。  僕は反応ができず、頭部を持ったまま立ち尽くした。 「こいつね、九音っていうの。俺に遺書送りつけてきたんだよ。知り合いだったら読み上げてやろうかなって」  状況の整理ができない。こいつは誰だ。  僕らはこの後、安全な場所を探して移動するつもりだった。そのはずが、異常者と鉢合わせしている。  安全とは程遠い状況だった。  少年はにやりと笑う。彼の意図が読めずに、身震いした。

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