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第11話
一触即発だが、どうか落ち着いてほしいと思いを込め新垣さんと見つめる。
新垣さんはたじろいだが、それでも涙を堪えて見つめ返してくれた。
今だ。この感じなら、少しは話を聞いてくれそうだ。
「新垣さん、弓束君は生きているよ。それに、僕らは彼に危害を加えてない。どうしたら信じてくれる……?」
ひたすら懇願作戦だ。事実、僕らは何もしていない。それどころか、弓束君を保護している立場だ。とにかく無駄な争いは避けたい。
「ほんとに、生きてる……?」
恐る恐る、新垣さんは大剣を降ろし弓束君に近づいた。顔を見て、力弱く瞬きしているのを認識したようで、ほっと息を吐いていた。
「弓束君、どうしてこうなっちゃったの」
僕に縋るように、彼女は至近距離で見上げた。
どうして、と問われると、弓束君発見当時の状況を思い出してしまい不快な気分になる。それが顔に出ていたようで、新垣さんはびくりとしてしまい慌てて笑顔を作った。
「誰かに襲われて、放置されてたんだ。僕たちは偶々見かけて保護した」
「そう、だったの……私、勘違いして」
カラン、と音がした。大剣が倒れた音だった。
「ごめんなさい、私早とちりしてた。弓束君が死んじゃって、雁翼君がおかしくなっちゃたらどうしようって、私怖かった……!」
新垣さんはへたり込み、緊張が切れたようにわんわんと泣き出した。
ここまで弱った新垣さんを見るのは初めてで、どうにかしてあげたくなり体が動く。弓束君を来夢に任せ、僕はとっさに彼女の背中を支えた。
「大丈夫、大丈夫だから……」
どうにか安心させたくて、ぽんぽんと一定のリズムで肩を叩く。
黙って様子を見ていた来夢は「私は当て馬か何かか」とごちたが、意味がわからず聞き返すとため息が返ってくる。泣き出した新垣さんを放っておくような真似なんか、できっこないだろう。
しばらくして、大人しくなった新垣さんは顔を上げた。
「……あの。もう平気だから、ありがとう。迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑じゃないよ。今は異常事態なんだ、気が動転するのが普通だから」
「やっぱり、雁翼君って優しいね」
微笑み合う僕たちを見て、来夢は「ングググ〜」と奇妙な呻き声を上げる。そこで新垣さんは、来夢をほったらかしにしていたことにようやく気づいたようで、立ち上がり彼女に向き合った。
「さ、先程はどうも失礼しました……! 弓道部の部長さんですよね。私、新垣です。新垣奏音 です。雁翼君とは親しくして頂いてます」
「あ、ああ。私こそが部長の夏来だ。あのさ、君たち付き合ってる?」
「えっ?」
来夢の唐突な一言に、新垣さんは一瞬で茹で蛸のように赤くなった。
先程の来夢の反応から、もしやよからぬ誤解を受けているのでは、と内心ヒヤヒヤしていたが案の定だった。つい笑い声を上げながら弁解する。
「違う違う。そういう人はいないって言ってるでしょ。前から親しくしてただけだよ」
「あんた、そう思ってるだけで、無意識に恋人量産しているんじゃ」
いや、なぜそうなる。
「そんなわけあるか。そもそも彼女、彼氏いるから。あの、氏家君……さっきいた弓束君の友達がそうだよ」
僕がそう言うと、新垣さんは慌てて腕を引っ張った。照れ隠しだろうが痛い。
「ちょ、ちょっと! 違う、違うの!」
「違うも何も、事実でしょう。氏家君と君がよく話すようになってから、僕に調理実習のお裾分けとかしなくなったよね。つまりそういうことかな、って思ってたんだけど」
お裾分け……と来夢が恨みがましく呟いた。
「全然違うから! その、それには訳があって……」
ちらり、と一瞬だけ新垣さんは弓束君に視線を向ける。もしや、彼がらみの話なのか。
「私と氏家……兼継 君とは、いとこ同士なんだよ。だから、別にそういう関係じゃないの。本当に誤解だからね」
……知らなかった。てっきり、ふたりは付き合っているものかと。
「ってことは、私もワンチャンあるのでは?」
急に張り切りだして、態度を変えた来夢を小突く。
「ワンもチャンスも多分ないから」
「微粒子レベルでありえるよ、きっと。……そうだ、ごめんな新垣さん、ちょっと弓束君見張ってて」
そう言って来夢は、弓束君に新垣さんを押しつけて、僕を引っ張り少し離れたところへ移動した。新垣さんには聞かせない話をするつもりなのだろう。
「どしたの。込み入った話?」
「まあ、そんなところ。ちょっと、気になってな。風雅って女子を口説く癖があるのは自覚してるのか」
口説く、とは。思ってもいないことを指摘され、呆然とする。その反応で僕が何を思ったのか来夢は察したらしく、やっぱりな、と言葉を漏らした。
「いや、私の憶測なんだけど。風雅は人付き合いに、小説を参考にしている節がある。とりわけ恋愛小説が好きだろう。女子相手にはそれに出てくる男のような振る舞いをしているのでは、と思ってな」
「いや、まさか、そんな……」
否定しようにも、できなかった。
僕は、人との関わりが怖くなってから、小説の世界へ逃げ込んだ。会話の仕方もわからなくなったため、登場人物の模倣をするようになった。
一時はハードボイルドな名探偵になりきったり、目が覚めたら虫になっていた設定で生活したりと、思い出すだけでも顔から火が出そうなくらい恥ずかしい記憶ばかりだ。
未だに、僕はそんな中二病に囚われている。
自覚してしまった事実に、黒歴史を更新してしまったと心の中でごちた。穴があったら入りたい。
「あー……なんか、変なこと言って悪かったな。まあ、刺されないように気をつけろって話」
気を使われてしまった。余計に恥ずかしい。
「ところで、色んなジャンルを読んできたと思うけど、何で恋愛小説が一番に落ち着いたんだ。憧れているから、とかか?」
「うん、まあ、そんなところ。体験できそうで、できないことって結構刺激的だし」
事実だが、それは建前だった。
僕にとって恋愛小説を読み込むことは、性欲処理に繋がるから。それが本音だ。このことは墓まで持って行くつもりだ。
自身に恋愛感情を覚えたことはないが、小説で疑似恋愛を楽しむことはできた。なぜか官能小説よりも、他人の恋愛感情に触れることで性的快感を覚えてしまう。映像での感情移入が苦手であるため、媒体が小説ではないと駄目だった。
無論、異常性癖であることに自覚はある。だからこそ、誰にも迷惑をかけたくない。
「もう話は終わり? あんまり待たせると悪いし、戻ろうよ」
「だな。付き合ってもらって悪かったな。くれぐれも弓束に気をつけろよ。惚れられているんだからな」
「気をつけろって言われても、あの状態の弓束君に一体何ができるんだろう」
「……私は、あんたが時々恐ろしくなるよ」
その一言に首を傾げる。そんな僕の様子に、「まるで人の心がない」と来夢は怯える仕草をした。
仕方ないだろう、疑似でしか理解できないのだから。文字の世界でしか、恋した者の情報がない。
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