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10年前の恋人
あ。
懐かしい笑顔を見かけた。
雑誌の巻頭カラーで一面に大きく上半身の写真が載っていた。
10年前の恋人の姿を久しぶりに目にして、祐樹の口元が知らず微笑む。
雑誌を開いたら、海外の大きなフラワーショーの金賞を獲ったという見出しに、インタビューを含んだ4ページにわたる特集記事。
写真のなかの元恋人は、光沢のある濃いグレーのフォーマルスーツに身を包み、トロフィーを持ってこちらに向かって上品な笑みを浮かべている。
東雲幸成(しののめこうせい)という名で世間に通っているが、本名はゆきなりと読む。
今年で38歳になるはずの彼は、凛とした佇まいで、彼が活ける花のように涼やかな華やかさをまとっていた。
もっとも祐樹が覚えている彼は、こんなフォーマルな姿ではない。
防水エプロンをつけてバケツに入った大量の花を活けていた姿を思い出す。
生け込みをするときはシャツにジーンズというラフな姿で、見とれるような手さばきで花鋏を操っていたものだった。
数年前からたまに雑誌やテレビなどでも取り上げられるようになっていたから、日本にいるときには何度か姿を見かけていた。
華道界の貴公子とか伝統の革命家などというキャッチフレーズをつけられて、新しい感性の生け花を活ける若手華道家としてメディアに取り上げられるようになっていたのだ。
そしてふと思い至る。
祐樹と付き合っていた当時の東雲の年齢に、じぶんはなっているのだ。
祐樹が高校1年生のときに生け花展で知り合った東雲は、高校3年生だった祐樹を口説きながら「子供には興味はなかったんだけどな」と苦笑したものだ。
当時の東雲は祐樹にとっては憧れていた大人の人という印象だったので、そんなことを言われてとても驚いたのを覚えている。
10歳も年上の大人の男性に好きだと告白されて、とても戸惑った。
じぶんの性癖に疑問を持って、それを持て余していた時期だったから、そんな憧れの相手に口説かれてうれしくもあったけれど、本気なのかなと半信半疑だった。
でも東雲は急ぐことなく、祐樹を待っていてくれた。
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