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第4話

「なぁ、咲良ちゃんて童貞?」 翌日。昼ごはんの菓子パンを食べていると、唐突に春輝にそう尋ねられる。 「いや…違うけど」 「やっぱな〜」 「…急に何」 「いや、何となく?」 初めては中学三年生の夏だった。 好きだと言われ付き合った彼女と、何となくシた。 強いて言うなら、好奇心があった。女の体に、自分の体に。 「…てかさ、昼飯足りなくね?」 「わかる。購買行こーぜ」 小林はいつも弁当を持ってきているが、結局足りずに購買へ行くことが多い。それは朝昼ともに菓子パンを食べている咲良にとっても同じだった。 教室を出て階段を下りていると、後ろを歩く男が口を開いた。 「そーいえばさ、三年のアイザワ先輩って知ってる?」 「誰それ?」 「俺も昨日知ったんだけどさ…、ホモなんだって」 「…へー」 あぁ昨日の人のことか、とふと思った。 「で、なんか元担任とデキてて、その時の写真が出回ってるらしいよ」 そんな話を聞いたところで、“可愛い顔の割に、やる事やってんだな”くらいにしか思えない。 別に自分には関係の無い話だ。 「…ほら、噂をすれば」 ピークを過ぎ人気の少なくなった購買には、昨日の男の姿があった。 彼が並んでいる後ろには、数名の男子学生がいるものの、そこには並んでいるとは言い難いほどの距離があった。 「春輝、その話正直どうでもいいよ」 「…だよな。言うと思ったわ」 モヤっとした感覚を覚えながら、咲良は躊躇うことなく“アイザワ先輩”と男子学生の間に入り込む。 先輩ということを知っていたためか、小林はその行動に驚き、慌てた様子で咲良を呼び戻そうとしていた。 「…おい、割り込んでんじゃねーよ」 「え?並んでないっすよね?」 「そんなキモいやつに近寄れるわけねーだろ!」 一つ前に並んでいる彼に聞こえるように、男は声を荒らげる。 「近寄ったらどうかするんすか。あ…もしかしてアイザワ先輩が風邪引いてるとか?」 「…お前なめてんのか?」 「いや、俺は当たり前のことを言っただけっすよ」 ふと横目で彼を見ると、下を向いたままぐっと手を握りしめていた。 「次の人ー!どうぞー!」 順番が回ってきたにも関わらず、男はその場から動こうとしない。気づいていないのかと思い、その手を掴もうと彼に触れた瞬間。 「…っ、……」 勢いよく顔を上げた男の瞳は、今にも零れそうなほど潤んでいた。真っ赤に染った頬と、固く結んだ唇。滲み出た赤黒い液体に手を伸ばし拭おうとすると、彼は我に返ったように慌ててその場を立ち去った。 「アイツと同類かよ…きも」 彼の後ろ姿を見つめていると、先程の男子学生は笑いながらそう言い放ち、立ち尽くしている咲良の前に入り込み注文を始めた。 「…お、おい。咲良ちゃん何やってんのよ」 後ろで様子を見ていた小林は心配そうに咲良に声をかける。 ごめんごめんと平謝りをする男にため息を漏らし、「平和に行こうぜ、平和に」と声を掛けると、先輩達が立ち去った後の購買で残り一つとなった焼きそばパンを購入した。 「あの人、昼食べないつもりなのかな」 先程の彼の顔が、頭に焼き付いたまま離れない。 「…俺には関係ないけど」 咲良は小さくそう呟き、残り少ない購買のパンを二つ買い、その場を後にした。

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