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第3話

「…君、一年生?」 鞄を置いて袖を捲っていると、唐突に彼は口を開いた。 今にも消え入りそうな声と、その瞬間じわりと滲んだ唇の血。 赤黒いその液体を拭おうとさえしない男の視線は、変わらずゴミ箱に向いたままだ。 「そうっす」 「やっぱり…。僕のこと知らない?」 質問の意図が分からず聞き返すと、彼はその時初めて頬を緩め呟いた。 「いや。知らないならいいんだ…」 「はぁ…。というか何探してるんすか?」 「…あぁ、ローファー」 現実世界でこんなことがある事に驚きを隠せずに、返答に困っていると、そんな俺を見かねた彼は口を開いた。 「びっくりした?…でも僕にとっては日常だから」 「…うす」 可哀想とか、胸が締め付けられるとか。 __やっぱりよく分からない。 「優しいね。一年生くん」 自分にはあまりに似合わないその言葉に、俺は思わず笑ってしまう。 __優しい?俺が? 「…どこがっすか」 「一緒に探してくれるところとか」 「そんなの…普通っすよ」 同情しているわけではない。 ただ探し物があるなら手伝おうと思っただけだ。 それがどんな理由であれ、“探し物”に変わりはない。 「…君が初めてだ」 西日に照らされキラキラと光る眼。 その瞳に思わず見とれそうになった時、ペットボトルのゴミ箱の中から、茶色のローファーを見つけた。 「先輩、これっすか」 登校してすぐに入れられたのか、ペットボトルに残った液体のせいで、履けるような状態ではない。 「…うん」 黒の油性ペンで書かれた文字は、上から消そうと試みた形跡があるが、その文字は見えなくなっているわけではなかった。 「それ、履いて帰るんすか」 「他に靴ないし」 「上履きとか…」 「すぐに無くなるから、学校のスリッパしか履いてない」 手に持ったローファーを強引に奪った先輩は、躊躇うことも無く靴を履いた。 「…ありがとね、手伝ってくれて」 返事をする間もなく彼はその場を後にする。 散らかったペットボトルを片付けることも忘れ、咲良はしばらく立ちつくしていた。 ローファーに書かれた罵詈雑言の数々。 その中でも特に大きく書かれた言葉。 …“ホモ”って、やっぱりそういう事だよな。
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