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77「始まりの日」

「浩成君、ちゃんと顔、見せて」  辛そうに俯く浩成の頬に楓真は手を添え顔を上げさせると、笑顔で「俺も好きだよ」とはっきりと言った。  記憶を失っていた間、浩成とは「恋人同士」だった。でも記憶が戻った今、改めて気持ちを伝え合い偽りの関係から真実になったのだと喜び伝える。 「でも俺は……実は」  楓真のことが気になりすぎて、執拗に付き纏い調べ上げ近づいたこと。楓真が知るずっと前から見ていたこと。千晃のマンションに出向き、吏紀にストーカー野郎と言われハッとしたこと。楓真を騙すようなことをして近付き、結果好きになってしまったこと。そしてこんなことになってしまったのは自分のせいなのでは、と、浩成は声を振るわせ楓真に詫びた。  思いを伝え合ってもなお浩成が辛そうにしているのは、ここまでの経緯に罪悪感を持ってしまっているからなのだと楓真は気がつく。 「何言ってんの? こうなったのは俺自身の問題で浩成君は関係ないでしょ! むしろ浩成君がいなかったら俺、今こうしてここにいないよ?」 「いや、でも……」 「でもじゃない。浩成君は俺のこと好きじゃない?」  浩成に誕生日のお祝いだと言ってプレゼントされた指輪は、千晃に見つからないよう隠し持っていた。  最初に記憶が戻った時は頭の中は千晃でいっぱいだったけど、時間が経つにつれ徐々に新たな記憶が湧き上がっていった。今更だけど、改めて自分が好きになった人のことを思い出したのだと楓真は浩成の手を取った。 「浩成君。ありがとう……俺を助けてくれて。あの時、何もわからない俺の恋人になってくれてありがとう」  目を覚まさせてくれた浩成のことが、段々と好きになっていった。千晃と別れる決心をした時点で、とうに気持ちは浩成に向いていた。 「俺はあの時からずっと浩成君のことが好きだったんだ。千晃と別れたらちゃんと言おうと思ってたんだ」  これは紛れもない事実── 「酷いことになってしまって本当にごめん。浩成君に辛い思いをさせてごめん。でも俺の気持ちは本当だから。でも嫌だったら遠慮なく言ってほしい」 「嫌なわけあるか! 俺は嘘をついてまで君を「恋人」にしたかったんだ。俺の方こそ騙すようなことしてごめん。本当にごめん……」  勢いで楓真に告白をしてしまったものの、楓真に嫌われてもおかしくない行動をとっていたと浩成は楓真に何度も謝った。 「ふふ、二人して謝ってばっかだな。なら今度こそ俺を本当の恋人にしてよ」 「恋人……俺でいいのか?」 「いいに決まってるでしよ。ここまで言ってもわからない? 本当に俺のこと好きなの?」 「好きだよ! うん、好き……楓真のことがすごく好き」  やっと浩成に笑顔が溢れ、楓真は安堵し抱きしめる。  記憶を失ったことは最悪な出来事だったけど、楓真にとって失ったものばかりではない。  千晃を好きになったこと、それは決して間違いではなかった。どこからか道を外れてしまったけど、おかげで浩成と出会うことができたのだ。愛し愛される喜びを楓真は再確認することができた。  浩成は邪な気持ちから近づいたと告白したけど、そんなこと楓真にとってはどうでもいいことだった。浩成がこれだけ自分に執着してくれていなかったら、今でもきっと千晃の元から抜け出せていなかっただろうから。 「浩成君、好きだよ。愛してる」 「楓真……ありがとう。俺も好き……愛してる」  パズルのピースのようにバラバラになった記憶の欠片が一つにまとまり、新たな未来が広がっていく──    今日がそんな二人の新たな「始まりの日」になった。 end  

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