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5-我が家(4)
そのへんの店先に避難場所を見つけて駆け込んだ。
雨に当たっていたのはわずかな間だったけど、ジャケットはずぶぬれ、ワイシャツも若干濡れた。
「うぅぅっ、寒っ」
腕をさすりながら身震いしていると、琉夏がちらりと俺を見た。
見て……何してるのか、とか、なんで、とか俺が考える間もなく琉夏は着ていたコートを脱いで俺に投げてよこした。
「着ろよ」
「俺だいぶ濡れてるから、コートも濡れるよ?」
「かまいやしねぇ。あんたが寒そうにしてると気になるんだよ」
え? ……それって琉夏。
「それは……好意があるって思っていいのかな?」
「そんな大げさな話じゃ……はあ、いいや、勝手にしろ」
返ってきた言葉はそっけないけれど、そっぽを向いた琉夏の耳はほんのり赤くなっていた。
せめて、と、濡れた俺のジャケットを脱いで、ありがたく琉夏のコートを着てみる。
「ふふ」
琉夏の耳の赤みとコートに残っていた琉夏の体温が、頬が緩むほど嬉しい。俺は肩をすくめるようにして、その少し大きいコートの襟に隠れるように顔を半分うずめた。
「あったかいよ。琉夏」
「そりゃよかった」
投げやりな、いや、投げやりを装った返事。
「ふふ」
「何笑ってんだよ」
琉夏がちらりと横目でこっちを見た。
「ありがと」
たぶんくしゃくしゃな顔をしてたと思う。
ほんの些細なことだけど。琉夏が俺の体を気遣ってくれたこと、着ていたコートを貸してくれたこと、そのコートが温かかったことが嬉しくて笑っていた。
琉夏が俺に視線を向けたまま一、二秒瞠目する。
すぐにまた余所を向いて……振り返ったかと思うと、コートの襟と俺の頬の間に、筋ばった武骨な手を滑り込ませ俺の頭を引き寄せて……キス、してくれた。
「性悪のくせに、にこにこすんじゃねぇよ」
唇を僅かに離して、琉夏が呟いた。
以前ネクタイを結んでやった時なんかよりもっと近い距離で。
「性悪はだめかい?」
琉夏の親指が唇に触れる。
もう一度キスをした。
「良かねぇが……どうせ俺もロクデナシだしな。あんたは特別に見逃してやる。いいか、特別だからな」
どこかで俺たち二人を祝福するように鐘が鳴り、まだ雨は降り続いていたけれど、雲間から柔らかく太陽の光が差し込む。
「たぶん俺、めんどくせぇぞ。それでもいいか?」
「例えばどんな風に面倒くさいんだい?」
「槙野さんとか、他の奴にちょっとでも尻尾振ったら、ガチで怒る」
「それほど俺のことを想ってくれるってことだろ? 大歓迎だよ。ふふ。心配しないで」
「馬鹿野郎。……別に、心配してる訳じゃねぇ。そうだ。また次あんな名刺貰ったら、すぐに俺に寄越せよ。破り捨てるから」
「ふふ。分かったよ琉夏」
この性悪とロクデナシのくそったれなカップルに、幸多からんことを。
fin.
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