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5-我が家(3)
琉夏の説明が終わって、話しながらお互い相手の意図を探って、軽くお茶を飲んだらもう終了だ。
なんとなく、なんとなーくだけど、今回は人間関係が面倒になりそう。いや、個人的に、だ。
立ち上がって、これからお世話になりますねって挨拶を交わしながら、密かに前原さんにまた名刺を渡された。
退出してから裏に返してみると……メッセージアプリのアカウント名が手書きされてる。今度食事でもいかがですか、だって。
ぷすん。
まあいいけど。いつものことだし。
今までは外部との打ち合わせは槙野と行ってたから、こういう好意は大体槙野と二分されてた。
俺と槙野だと、傾向が似てるってことかな。知らないけど。
そして今回、俺と琉夏の組み合わせで外に出てみたら、俺に全部回ってきたわけだ。
ん? 全部じゃないだろって? そうだね、前原さんだけだね。
でも今、中野さんが質問しに走って追いかけて来て、さりげなく書類の陰に隠して俺に名刺を渡してった。
はいー。二枚目ゲット。せっかくだから豊田さんにも色目使っとけばよかった?
……いらないよ! 君たちの連絡先はいらないよ!
俺が欲しいのは琉夏のアカウントIDだよ!
そう。黙ってたけど、俺、いまだに琉夏の連絡先を知らない。
「別に会社で話せばいいだろ」って、最初の頃に拒まれて、それっきり。
琉夏のアカウントさえ分かれば、朝のおはようを誰よりも先に言えるし、夜には「眠れないんだ」とか言って琉夏とラブラブトークもできようというのに!
なんで、なんで俺には教えてくれない……あ、何?
琉夏が訝しげに俺を見ている。
視線の先には中野さんの名刺。
「仕事中に、なに貰ってんだよ。寄越せ。あ、そっちの名刺もだ」
前原さんのと中野さんの名刺を取り上げられた。
「……ったく、ちょっと油断したらこれかよ……」
あっさり破られて、琉夏のポケットにつっこまれた。
「分かってると思うけど、俺が誘ったわけじゃないからね?」
「……知ってるよ」
琉夏、機嫌悪い。俺がスーツに着替えさせた時よりも悪い。
「あのな、西嶋さんさ……」
琉夏が話し出した途端、ぽつ、と大きな水滴が頬に当たった。
「!?」
それはすぐに仲間の大軍を引き連れてやって来た。
バケツをひっくり返したような激しい雨。
「ちょ、ちょっとっ! どっか屋根があるところに避難しないと!」
駅まではまだ遠い。琉夏も俺も慌てて走り出した。
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