5 / 18

よくある戦闘狂

「―――ーで、お前さんたち、寝るときゃどっちが上なんだ?」 「あ゛ぁ?」  ウィザが眼差しをきつくして男を睨んだ。  そこだけでちょっとした食堂ほどの広さはある、とある屋敷の応接間である。  壁には金の額縁に入った絵画が飾られ、その間を埋めるように、石造りの彫刻や女神像が置かれている。クッションの効いたソファは座り心地が良かったが、固い椅子に慣れている身としては、体が埋もれるような感覚にかえって疲れる。  室内に十数名の人間がいるにもかかわらず、誰もソファーに座らないのは、たぶんそういったことなのだろう。  ソルは柱に背を預けたまま、遠くを見るように半眼を細めた。視界の手前でウィザが唸るような声を出す。 「くだらねえこと聞いてんじゃねえよ、殺すぞ」 「おーお、怖ェなぁ最近の若者は」  にやにやとした笑みを崩さないまま、その男は広げた両腕をすくめた。使い込んだ鋼のグローブが鈍い光を返す。  そう年の差があるようには見えないが、せいぜい27、8と言ったところだろう。  無精ひげの生えかけた顎をさすり、男がソルのほうを見る。 「戦士の、庭で手合せでもどうだ?」 「あーそうな。そのうちな」  ソルは虚空を見つめたまま答えた。指が小刻みに長剣の柄を叩く。 「じゃあ魔導師の、どうだ、オレの部屋で運動でも」 「はじけ……!!」 「おいおい、よしなよウィザさん」  見かねた周囲が止めに入った。 「グラッパーさんも、品のない冗談はやめておくれなさい」 「いや旦那、軽いコミュニケーションですよ。野郎ばっかりだとついね……」 「ごほん!!」 「はいはい」  グラッパーは眉を下げると、その場でターンするようにソファに腰を下ろした。 「とはいえ、一か月も屋敷にこもってりゃ限界ですよ。いつ来るんです? ご依頼の魔物は」  異世界から魔王が現れ、平和だった世界が乱れて十数年。  年々力を増す魔物たちに対抗するため、王家は一つの通達を出した。 『魔王を倒したものには望みの褒美を与える』  金を求める者、名誉に沸き立つ者、多くの者が旅に出た。腕を磨きながら各地を渡り、運が良ければひとときの路銀を稼ぐ仕事に巡り合うこともある。  そんな、よくある世界のよくある話。 「―――――き、来た! 奴らです!!」  望遠鏡を手にした使用人がひきつった悲鳴を上げた。  荒れ地の向こうに砂煙をあげるようにして、魔物の大群が街に近づいてくる。  悲鳴を上げて避難する街の人間と引き換えに、十数人の旅人が屋敷から駆けだした。  その一団を飛び越えるようにして、ひゅっ、と、一つの影が飛びだす。 「何ッ!?」  旅人の一人が叫んだ、その刹那、眼前の魔物の胴が大きく横にずれた。  噴水のように吹き上がった血しぶきをその場に残して、影は再び地面を蹴った。 『ヂヂィッ……!』  一抱えほどある毛の塊が宙を吹き飛んでこと切れる。  砂漠ネズミ、と、雇い主は言ったか。集団で現れ、人里の食料を根こそぎ食い荒らしていく魔物である。 「おいおい、いい腕してるなあ!」 「俺たちの仕事、なくなっちまうんじゃねえか?」  ある者は苦笑し、ある者は慌てて、先行した影のあとを追う。群れの奥へと進むごとに、魔物の屍は増えていった。 「……ソルの野郎」  ひどく雑な切り口のそれを見やって、ウィザは口の中で舌打ちした。  旅人への依頼として、魔物退治はもっともポピュラーなものの一つではある。巣が分かっていればそこへ乗り込み、一網打尽にするのが手っ取り早い。  だがそうでない場合、相手が現れるのを待ち、迎え撃つしか方法がない。 「だからってひと月近くも足止めされるとは、思わなかったが、なっ!」  固めた拳を腰だめに構え、グラッパーが気勢とともに魔物を打つ。  ウィザは飛びかかって来た数匹をかわすと、前方へと手のひらをかざした。 「火炎よ!!」  まっすぐに伸びた火柱が魔物を飲み込み、黒く焦げた一本の道を作る。しかし、ソルの姿はない。 「置いてかれちまったな。慰めてやろうか?」 「吹き飛べ!」 「うぉッと!」  術者を中心に扇状の衝撃波が走る。周囲の魔物や旅人が薙ぎ倒される中、グラッパーは大きく後ろに跳んで威力を軽減していた。  そのまま数人の旅人を追い抜いて、ウィザは群れの奥へ急いだ。  深くへ進むごとに、魔物の群れは密度を増していく。だがそれに比例して、襲ってくる魔物の数は少なくなっていた。  あるものは雑音混じりの声で呻いでこと切れ、あるものはウィザに目もくれずどこかへと逃げていく。  数メートルほど走っただろうか。おびただしい数の魔物の屍が地面を隠している。 「―――――ソル!!」  ウィザが足を止めたのと、ソルが最後の一匹を逆袈裟に斬りあげたのは同時だった。  振り向いた視線はウィザを通り過ぎ、動くものを探すように行き来している。 「ひゃあ、これ全部一人で片づけたのかよ!?」 「旦那に言ったほうがいいんじゃないか? これで同じ額ってのは気が咎めるよ」 「はは、確かにな」  背後で他の旅人たちの声がした。屍の小山を踏み越え、グラッパーが片手を上げる。 「よ、スッキリしたカオしてるじゃねえか。残りの魔物どもは片付けたぜ」  さまよっていた眼差しが、す、と止まった。 「……そ」  一度振って血を落とし、ソルが長剣を鞘に納める。 「みなさ―――ん、うわっ!!」  走ってきた使用人がソルを見て悲鳴を上げる。 「おっ、おケガはありませんか!?」 「見た通り」 「分かんねぇから聞いてんだよ」  ウィザは眉を寄せた。グラッパーが使用人に笑みを見せる。 「仕事は済んだぜ、旦那はなんて?」 「は、はい、報酬は明日、皆さまにお渡しすると……それから、希望の方はもう数日、屋敷にお泊りいただいてよいそうです」  ソルが肩をすくめる。 「パス。ウィザ、お前は?」 「俺もいい。……ああ、ただ」  ウィザは使用人に向かってソルを指差した。 「風呂借りるぜ」  オアシス都市クーンレッジ。  この街に初めて訪れた者は、どこの皮肉屋がつけた通り名かと肩を落とすらしい。  よく言えば荒れ地、率直に言えば砂漠寸前の土地である。街の周囲には緑もまばらで、水源らしき湖や池もない。  これではさぞかし住民たちは苦労していることだろう――――と思いきや、クーンレッジに住む者たちは、他と同じように日々の暮らしを楽しんでいた。  土地柄、野菜や果物は割高だったが、買えないような額ではない。  加えて現在、建物の中で果物を育てる試みが行われており、うまくいけば名産として売り出す予定があるのだとか。  ――――『そりゃいいが、雨水だけで足りるもんか?』  尋ねると、宿の主人はあっさりと答えた。  ――――『地下水があるんだよ』 「…………っ、はあ……!」  問題なく使えた浴室を思い出して、ウィザは息を絞り出した。  特に目立ったところのない、安宿の一室である。主人の好みだという壁紙は木の皮を使っており、月明かりに不揃いな陰影を浮かばせている。 「ッ……!」  くぐもった水音とともに、久しく覚える圧迫感に息を詰める。自分と同じく余裕のない呼吸が背後から聞こえた。ベッドが軋む微かな音に紛れるように、どちらのものともつかない声が洩れる。 「…っふ、……っあ…」  悪い仕事ではなかった。  魔物の襲撃に備え敷地から出ないという契約ではあったが、食費や滞在費は向こう持ち。魔物が現れるまでは実質自由時間とくれば、旅人が殺到するのも無理はない。  ただあの大所帯の中、プライバシーがあったかと聞かれれば―――― 「っ、ぅ…………!!」  肝心の箇所を強く扱かれて、ウィザは何度目かの熱を吐き出した。少し遅れて奥を満たした感覚に、ぐったりと額を伏せる。 「ん……ッ、待て、まだ……っ」  濃い余韻の残る体内を混ぜられて、整えようとしていた呼吸がひきつった。その傍らに腕をつき、ソルが上体を乗り出す。 「…………っ、ふ……!」  噛みつくような口づけに眉をしかめて、ウィザが同じものを返す。無理に体をねじった体勢のせいで、互いの唇はすぐに離れた。  ソルが手探りであばらを辿り、ウィザの腰を抱えなおす。 「ッ、あ!?」  再びの質量が内臓を押し上げ、反射的にこわばった腹筋が中を締め上げる。  ソルが小さく呻き、抱えた腰を掴みなおすように腕を差し入れた。 「は、バカ、何して…………~~~~っ!」  言い終わらないうちに身体を返され、中のものが常と違った角度で奥を擦る。白く眩んだ視界の外で、どさ、という音と衝撃が走った。  シーツに背が擦れる感触を覚え、ウィザが飛びかけていた意識を引き戻す。 「はっ……ぁ、くそ、……ッン、っ」  呼吸に混じった舌打ちが聞こえたのか、ソルの目がきろりとウィザの方を向いた。宙を掻いたウィザの手を掴み、手首ごとシーツに押しつける。  夜明け前、という時間ではない。だが時刻を聞いて空を見れば、東の端が僅かに白んでいることに納得するような頃合いだった。  衣擦れの音に紛れ、互いの荒い呼吸が溶けては消える。 「―――――っ、はぁぁぁぁ…………!」  細い吐息ともに、ウィザの身体が小刻みに震えた。新たに注がれた白濁が足を伝う。が、ウィザ自身は昇りつめたものを吐き出せないまま、胸を上下させていた。渦巻くものを自覚しつつも、高みに押し上げられたままの意識はまとまらない。  行為特有の弛緩に伴い、ウィザの手首を掴んでいた力が緩む。 「は……ッ、ぁ、……ぅぁ……」  ノイズのように洩れる声に、ソルがゆっくりと顔を上げた。あえかな呼吸を繰り返す姿を通り過ぎ、脈を打つ首筋で視線が止まる。 「――――――――――――――ッ!?」  勢いよく食い込んだ歯に、ウィザの背がのけ反るように浮き上がった。その勢いで跳ね上がった拳を固め、ソルの側頭部へと叩きこむ。  ―――――――――ごがっ!! 「痛ェよ」 「あ、わ、悪ぃ」  大きく体勢を崩し、ソルが数度頭を振った。 ■□■□ 「――――数が足りねえ?」 「おう、お前さんの相棒が2、3匹取りこぼしたらしい」  朝食中に顔を出した相手に、ウィザは思い切り嫌な顔をした。  ブランチを過ぎた時間の食堂は人もまばらだ。やってきた店員にコーヒーを頼み、グラッパーが向かいに腰かける。 「……ってぇのは、ま、冗談にしてもだ。旦那が言うに、昨日のは群れの8割ってとこらしい。今までの被害から考えりゃ、もっとデカい群れがどこかに潜んでるはずなんだと」  と、運ばれてきたカップに口をつける。 「街の外に血の痕が続いてるから。うまく大将を見つけりゃ報酬に色を付けるってよ」 「キョーミねえ」  グラッパーが肩をすくめてあたりを見まわした。 「ところで……戦士のはどうした?」 「…………」  ウィザは無言でトーストを流し込んだ。テーブルに彼ら以外の人影はない。ややあって空の皿を店員が下げて行ったところで、ようやくグラッパーが苦笑する。 「ま、いずれ手合わせしようって伝えてくれよ。お前さんもな」  けっ、とウィザが吐き捨てた。数枚の銅貨を残してグラッパーが去る。それと入れ違いのように、宿の階段を下りてくる足音がした。 「よう」 「……はよ」  隣のイスに腰掛けて、ソルが眠たげな半眼を押さえる。ソルの注文が決まるのを見計らって、ウィザは自分の荷物から魔力薬を出した。 「昨日の魔物に残りがいたらしいぜ。……それから、あの嫌なヤローが手合わせしたいってよ」 「ふーん」  運ばれてきたベーグルサンドを受け取り、ソルが手を合わせる。 「んじゃまぁ、食ったら行くか」  一面の荒れ地を乾いた砂が吹き抜けていく。グラッパーが言っていた血の跡は消えかけていたが、それを上書きするような大量の靴跡のおかげで、追跡は難しくなかった。  街を出て1時間弱ほど歩いただろうか。  平坦な景色の中で、遠目にも分かるほどの人だかりが出来ている。  近づくと、地面にちょっとした縦穴が空いていた。直径は大人が腕を広げた程度だろうか。5、6メートルほど降りた下に地面があり、立って歩ける程度のスペースはあるらしい。 「さあさあ魔物の巣の地図だよ! 情報を追加してくれた方には500R還元だ!」  ソルは行商人から地図を買った。ウィザが横から覗き込む。 「げっ」  地図には数十以上の通路がびっしりと書き込まれていた。一つ一つの道がアリの巣のように枝分かれしており、地図があっても迷いそうなつくりである。  幸い、出口はここ一か所ではないらしく、多少街から遠ざかることはあっても、どこからかは出られそうだ。 「魔導師さん、どうです一枚」 「俺はいい」  ソルは地図を指でたどった。横穴の多くは行き止まりらしいが、数本、途中までしかルートの書かれていないものがある。調査中ということなのだろう。  一番長く伸びている通路を指ではじく。 「とりあえず、ここまで行ってみるか」  誰が用意したものなのか、巣の入口には縄梯子が引っかかっていた。 「っと」  壁に手を着き、ウィザがソルのあとに続く。  巣の中は地上に比べれば涼しかった。ところどころから差し込む日差しが足元を照らし、靴の下で砂が音を立てる。 『チチチッ……』  覚えのある鳴き声が聞こえてくる。頭上の縦穴にしがみつくようにして、見覚えのある魔物がソルたちを睨んでいた。 「貫け!」  ウィザの呪文がクレーターを開けた瞬間、魔物はソルたちに飛びかかってきた。  ネズミのように伸びた前歯が届く前に、ソルが鉄製の鞘を振り下ろす。 『ギギギィッ!!』  折れた前歯を置き去りにして、魔物が横穴の奥へと逃げていく。  それを追いながら、ソルはちらりと頭上を見た。 「(ちょっとマズいか?)」  先ほどの呪文が命中した場所は、ビスケットが崩れるように小さなかけらを落としている。そう丈夫な地盤ではないのだろう。ウィザもそれを察したからこそ、範囲の広い呪文は避けたのだろうが――――― 「火炎よ!」  ソルを追い抜くようにして、背後から火柱が伸びる。が、あと一息のところで届かない。  ソルは体勢を低くすると、地面を蹴って距離を詰めた。長剣を抜き、魔物の腹を側面から薙ぐ。 『ヂィッ!』  魔物は大きくバウンドして、薄暗い通路の奥へと転がった。そして―――― 『ヂヂヂィッ……!』  低い鳴き声とともに、数匹の魔物が顔を出す。それに呼び寄せられるように、周囲からも数十匹の群れがが集まって来た。  口の中で舌打ちして、ソルは背後を振り返った。 「ウィザ、呪文頼――………えっ?」  そこには誰もいなかった。  ただ、いくつにも枝分かれした通路が、洞窟のようにぽっかりと口を開けている。 『ヂヂィ――――ッ!!』  魔物たちの雄叫びが間近に聞こえて、ソルは元来た道へときびすを返した。 ■□■□ 「あ……っの、野郎…!」  ウィザは拳で壁を叩いた。視界にソルの姿はなく、枝分かれする道が広がっている。 「よう。ずいぶんふらついてんじゃねえか」  ウィザは目つきをきつくして振り返った。グローブをつけた手を腰に当て、グラッパーがにやにやと佇んでいる。 「地図」 「あん?」 「持ってんだろ、貸せ」  グラッパーは苦笑して額を指した。 「悪いがああいうのは苦手でな。ココ頼みだ」  ウィザは舌打ちして、通路の一つに足を向けた。と、なぜかグラッパーもついてくる。 「出口ならあっちにあったぜ」 「そうかよ」  縦穴に魔物の姿がないことを確認して、ウィザは角を曲がった。腰から下に鈍い痛みを覚えて眉を寄せる。 「……大した相棒だな、また勇み足かい」 「あ゛ぁ?」  足を止めて振り返るには少々荷が勝っていた。ウィザの横に進み出るようにして、グラッパーが顎を掻く。 「組んでるならチームワークってもんがあるだろ。ロクに足並みも合わせねえってのはどうかと思うぜ」 「関係ねェだろ」  ウィザはいらいらとあたりを見まわした。ちらりと見た地図を思い出そうとするが、あまりうまくいかない。 「てめえはソルと手合わせしてぇだけだろ。勝手にやってろ」 「へぇ?」  通路を進んだ先にはホールほどの空間が広がっていた。ドーム状の天井にはいくつかのひび割れがあり、外の光が細く差し込んでいる。  ざっと人影がないことを確かめ、ウィザはUターンしようとした。 「それじゃ、オレが戦士のをどうしようが構わねえのかい?」 「あ゛ぁ?」  通路を塞ぐように壁にもたれ、グラッパーが腕組みをしていた。逆光になっているせいで表情はうかがえない。 「例えば……だ。今ここでお前さんを半殺しにするよな。当然、向こうはぶちキレて向かってくる。そういう時の人間の反応ってのは、二つだ」  グラッパーが中指と人差し指を立てた。 「一つは、キレて実力が空回りするタイプ。もう一つは、……潜在能力ってのか。火事場のクソ力を出しやがるタイプだ。どっちが出るかは正直賭けだが……」  グラッパーが一歩進み出た。光の下に出た口元が吊り上がる。 「オレぁ、そういう賭けが嫌いじゃなくてな」 「―――――――ッ!」  直感に近い嫌な予感を覚えて、ウィザは大きく後ずさった。かかとから響いた痛みはとりあえず無視して、さらに一歩背後へ飛び退く。直後、下からの拳が頬の横を掠めて行った。 「はじけろ!」  爆発が洞窟を揺らす。威嚇代わりに天井を狙ったとはいえ、グラッパーは転がるようにホールに飛び込み、降ってくるがれきから逃れていた。 「へっ―――おいおい、無茶するねえ。ヘタすりゃそろって生き埋めだぜ?」 「火炎よ!」  吹き上がった火柱が天井をあぶる。続けざまに放ったそれが前髪を焦がし、グラッパーが短い口笛とともに額を払った。 「今度はこっちから行く、ぜっ!」  まっすぐに伸びてきた一撃をかわし、ウィザはそのまま呪文を叩きこもうとした。が、胴の横を行き過ぎた拳は、すぐに横薙ぎのひじ打ちに変化する。 「が……っ!」  とっさに踏みとどまろうとした足は言うことを聞かず、ウィザは数メートルの距離を吹き飛ばされた。洞窟の壁に背を打たなかったのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。 「吹き飛べ!」  追撃をかけようとするグラッパー目がけ、扇状の衝撃波が走った。  先のウィザと同じく予感じみたものを覚えたのか、グラッパーは大きく跳んで威力を殺そうとした。が、昨日の余波とは違い、衝撃波の中央が宙に浮いた体をとらえる! 「ぐおっ!」  ガードした腕をへし折らんばかりの力で、グラッパーの体が壁に叩きつけられた。身を起こそうとしたグラッパーに狙いを定め、ウィザが肩を上下させる。 「……へっ…泣かせるねえ。足並みひとつ合わせねえ相棒に面倒かけたくねえかい。それとも、夕べがよっぽどイイ夜だったのか?」 「うぜえ」  押し出すようなため息がウィザの喉から洩れた。突きつけた腕がじわりと重くなる。その姿を真似るように、グラッパーがウィザを指差した。 「隠してから言えよ、魔導師の」 「ッ!?」  ウィザは首筋を押さえた。が、ローブに乱れはない。  しまった、と思う前に、跳ね起きた勢いを乗せた拳が腹を打った。 「かはっ………………!」  ウィザは身を折って咳き込んだ。前のめりに傾いた頭部を迎え撃つように、逆の拳が下から伸びてくる。 「――――ッこの!!」 「ぶぇっ!?」  ウィザは真下にあったグラッパーの顔面を蹴り飛ばした。反動で離れた互いの間を拳が行き過ぎ、グラッパーが鼻を掴む。 「……っおいおい、『魔導師』のやることかよ?」 「知るか、―――っ!」  かわしざまに放った足払いが空を薙ぐ。喉に引っかかる呼吸を強引に整え、ウィザは再びグラッパーに狙いをつけようとした。 「そろそろ終いにするか、魔導師の」 「あ゛ぁ?」  構えを崩さないまま、グラッパーがちらりと通路を見やる。 「この先はどう進んだって行き止まりだ。いい加減戦士のも戻ってくるだろ」 「適当言ってんじゃ……!」 「言ったろ? ココ頼みだって。あのくらいの地図、ちらっと見りゃ十分なんだよ」  グラッパーが額を指す。 「オレが通路に出て戦士のを見つけるのが早いか、お前さんが呪文をぶち当てるのが早いか……比べっこしてみようじゃねえか。その足取りで追いついて、2対1に持ち込む自信があるならそれもいいぜ」  ウィザは奥歯を噛んだ。グラッパーが笑みを深くし、かかとが僅かに地面を擦る。タイミングを計るようだったその動きが、微かに長く砂利の上を滑った。 「吹き飛べ!」  地面を蹴ったグラッパーの背中目がけ、扇状の衝撃波が伸びる。が、グラッパーはその場でひざを折り、衝撃波の下をくぐるようにやり過ごした。  かがんだ勢いを乗せて地面を蹴り、伸びあがるように速度を増して通路へ走っていく。 「貫け!」  圧縮した衝撃波が地面を打ち、一抱えほどのクレーターを作った。その起伏に足を取られ、グラッパーが僅かに体勢を崩す。 「はじけろ!」  爆破呪文はグラッパーの頭上を越え、天井の一部を吹き飛ばした。振動で受け身を取り損ね、グラッパーが悪態と共に地面に転がる。  びしり、と音がして、天井の穴から一回り大きな亀裂が走った。降り始めた砂粒は数秒のうちに砂の塊に変わり、瞬く間に大きさと派手さを増していく。 「…………ッ!」  身体に響く衝撃をこらえながら、ウィザはがれきで塞がれつつある通路へと走った。その足元を鈍い一撃が払う。 「オレを狙って爆破しなかったのはお情けかい?」  地震にも似た鳴動が洞窟全体を包み、探索中の旅人たちが慌てて身をかがめる。降り注ぐがれきは突き当たりの一角を完全に埋め、収まりきらなかった砂の塊が通路まで溢れた。  つかの間、辺りが静まり返り――――一人の影が転がり出る。 「さぁって、戦士のを探しに行くか」  軽く肩を回し、グラッパーは元来た道を戻り始めた。 ■□■□ 『――――ギギャァッ!』  ソルは大きく体を沈め、左右から飛び込んできた魔物の腹を薙いだ。  ずいぶんと来た道を戻ったはずだが、通路に人影はなく、魔物の追撃も緩む気配がない。 「まずったな。ウィザが動いてなきゃいいけど」  このあたりの通路はほとんどが行き止まりだったはずだが、地図を出して見ている余裕はない。  片腕を擦るようにして角を曲がると、後ろで数匹の魔物が曲がり損ねたようだった。  ぶつかる音と、短い悲鳴。 「(……昨日、いつまでやったっけ)」  飛び込んできた魔物の顔があらぬ方向に吹き飛ばされて、ソルははっとそちらを見た。 「よぉ、手を貸すぜ!」  鋼のグローブをつけた男がソルと魔物の群れの間に滑り込む。グラッパーと言ったか、屋敷で何度か見た顔だった。 「へっ! はっはぁ!!」  数匹の魔物が宙に舞うのを見て、周囲の群れがたじろぐように足を止めかける。  と、後方にいた一匹が鋭く鳴いた。 「あいつが大将か。先に飛び込むぜ」  拳を固めるグラッパーに頷いて、ソルは長剣を構えなおした。 『ヂギギギィッ!!』  伸びあがるように地面を蹴り、十数匹の魔物がひとかたまりになって襲いかかる。  その隙間に腕を突きこんで、グラッパーが何匹かを地面に叩きつけた。 「なあ戦士の! 手合わせしようって話、忘れてねえよなあ!」  顔の前に飛んできた一匹を首を曲げてかわし、ソルはグラッパーを見た。 「魔導師のにも言ったが、オレぁぬるい試合は性に合わねえ! だがいくら全力で殴り合いしてるつもりでも、実際そうじゃねえんだとよ!」  自分の力で骨や筋肉を壊さないよう、人は普段、持てる力の半分以下も出していないという。 「くだらねえ。だったら『本当は』どっちが強いか分からねえじゃねえか。火事場のなんたらがあるんなら、ハナからそいつで勝負すりゃはっきりするってのによ!」 「ウィザに会ったのか」  ソルは踏み込みついでにグラッパーの横に並んだ。見上げた口元がにやりと吊り上がる。 「――――うわっ!?」  振り上げるようなラリアットが空を裂いた。とっさに身をかがめたソルの頭上で、魔物たちが殴り飛ばされて弧を描く。  その放物線をくぐり抜け、先ほど高く鳴いた一匹がグラッパーへと飛びかかる! 「任せたぜ!」  回転の勢いに従って退がるグラッパーの腕の下をくぐり、ソルは長剣を一閃した。  逆袈裟の刃が魔物の腹を薙ぎ、標的を捉えようとしていた前歯が上向く。 『ギピィィィ……………ッ!』  こと切れた魔物の体が地面に落ちると、周囲の群れに動揺が走った。リーダーが倒れたことを察したのか、水が引くように四方の通路へ逃げていく。  ソルは細く息を吐き、鉄製の鞘に長剣を納めた。その柄に手をかけたまま、グラッパーの方を向く。同じく構えを崩さないまま、グラッパーもソルを見た。 「魔導師のに会ったかって? ……ああ、会ったぜ。ちょいと手ひどくやったから、しばらくは動けねえかもな」  グラッパーが背後の通路を指す。そちらをちらりと見やり、ソルはグローブに視線を移した。丸く磨かれた鋼の手の甲に、まだ新しい焦げ跡がある。  グラッパーがゆっくりと拳を持ち上げる。  その腕の逆側へ回り込むように、ソルの靴底が地面を擦り――――――――――  ―――――ずだんっ!! 「ッ!?」  脇をすり抜けて行ったソルに、グラッパーが面食らって体を捻る。とっさに打ち込んだ右の拳は鞘で受け流され、続く左は空を切っていた。 「っ、おいおい!」  行く手を塞ぐように繰り出された横薙ぎを、ソルは体の軸を傾けてかわした。半歩後ろにつま先だけを着地させ、方向を変えざま、地面を蹴って斜めに抜ける。 「急ぐなよ、さびしいじゃねえか!」  再び伸びてきた一撃を、ソルは先ほどと同じく鞘で受けた。が、グラッパーは拳を傾けるようにして、ソルとは逆の方向に力をかけてくる。  受け流そうとする力と押し通そうとする拳、拮抗した力が鞘を震わせる。 「そんなに魔導師のが気になるかい。ハッ、仲のいいこった」 「それがなんか悪ぃのか?」 「…………もちっと情熱こめて言おうぜ?」  半眼で呻いたグラッパーに、ソルが訝しげな顔をする。擦れた金属同士が火花を散らして、二人はそれぞれ後方に飛んだ。  一息に距離を詰めてくるグラッパーに対し、さらに後方へ跳んで同じ距離を開ける。フェイントの混じった連撃を鞘でいなし、ソルは再び通路につま先を向けた。  その鼻先を出迎えるように、死角からのフックが飛んでくる。  ―――――がずっ!!  鞘から手首に鈍い衝撃が走って、ソルは口の中で舌打ちした。勢いを殺しきれなかった体が後方へ押され、地面を強く踏んでブレーキをかける。 「おいおい……昨日のヤる気はどうしたよ? まさか人間は斬らねえなんてきれいごと抜かすんじゃねえだろうな? もしそうだとしたら、見込み違いだぜ!」 「そっちの目が節穴なんだろ」  通路を塞ぐように構え、グラッパーが挑発のしぐさをする。  しばし静まり返った洞窟に、すらりっ、と鞘走りの音が響いた。 「そう来ねえとな」 「…………」  ため息を一つついて、ソルは長剣の切っ先を浮かせた。  ―――――ッぎぃんっ!  手首を返した斬り上げた一撃を拳の背が受け止めた。次いで放った突きに交差するように、グラッパーが拳を打ち出す。  小指側がソルの頬を掠り、切っ先がグラッパーのこめかみに細い線を引いた。  反射的に片目をつぶったソルに対し、グラッパーは首を傾けて刃を外し、胴をひねって逆の拳を打ち込む。しのごうとした長剣を上へ打ち払えば、次の一撃を阻むものはない。  が、ソルも払われた長剣の柄を掴まえ、その拳へと振り下ろしていた。  何度目かの押し合いになる――――よりも早く、グラッパーが長剣の内側へ拳を滑らせる。ソルも長剣の角度を変え、側面を行き過ぎようとする拳の内側へと刃を立てた。  時間にすればごく数秒の駆け引きだっただろう。  手首を裂こうとした刃はグローブの留め具に擦れ、火花を散らして通り過ぎる。バランスを崩したソルに、グラッパーがにやりと片頬を上げた。  「もらったぁぁぁぁあ!!」  直後、蛇が脱皮をするように、振り上げた腕からグローブが抜け落ちる! 「っ何ッ!?」  長剣はグローブの手首側、鋼の留め具を斜めに両断していた。  グラッパーが状況を理解し、素手で打ち込むことを決めるまで、実際はコンマ数秒とかからなかっただろう。  が、その前に、ソルが長剣の鞘を振り上げる!  ―――――――ごがっ!!  顎の下に一撃をくらい、グラッパーの視界に星が散った。 「……ふ――」  昏倒したグラッパーをわきに転がし、ソルは長剣の刃文を眺めた。  人の血や肉には脂がある。一人斬れば切れ味は半分に落ち、手入れを怠れば名刀もなまくらに変わる。 「(それに……)」  瞼にちらついた面影を噛みしめて、ソルは長剣を鞘に納めた。改めてグラッパーの示した通路を進むと、ほどなくして崩落した一角に突き当たる。 「………………っ、貫け!!」  ややくぐもった呪文の声と共に、傍らのがれきが吹き飛んだ。周囲の土くれを押しのけ、ウィザが体を引きずるように這い出してくる。  ウィザ、と呼ぼうとした声は、喉でつかえて出てこなかった。  ソルに気付いたウィザが軽く頭を振り、髪に絡まった土を落とす。 「なんだ……来てたのかよ」 「悪かったか?」 「……いや。あの野郎に絡まれて、参ってんじゃねぇかと思ってた」  ウィザが苦笑いと共に身を起こした。緩んだ布の動きにつられ、ローブの襟元に視線が行く。 「………………っ!?」  ソルは息を詰まらせた。  ウィザの首筋から頸動脈をなぞるように、赤黒い歯形が刻まれていた。ぶくりと盛り上がった血の塊が半円を描き、鎖骨へと至っている。 「お前、それ」  ソルの声を遮り、遠くからの地響きが空気を震わせる。  ローブをはたき、ウィザが通路の向こうを見る。 「……ソル。妙だと思わねえか? 今まで見たネズミの体高は、せいぜい90cm……ここまで広い穴は必要ねえだろ」  ウィザの声にかぶさるように地響きは近づいてくる。 「貫け!」  呪文が壁を打ち崩すよりも早く、巨大な影がそこを突き破って現れた。  これまで退治したものと同じ、発達した前歯と前足を持つ砂漠ネズミ――――だが、体躯の大きさは4倍以上あるだろう。  それが背中で天井を擦るようにしながら、まっすぐにソルたちへと突き進んでくる。  ウィザが眉をしかめて魔物に体を向けた。ソルは片足を引き、それを阻む位置に立った。 「いーぜ、やるよ」 「あ゛ぁ? 頼んでねェ」 「知ってる」  怪訝に眉を寄せ、ウィザが一歩下がる。それを横目で見て、ソルは一旦唇を結んだ。 「ウィザ、」  ――――きゅるぉぉぉぉぉっ!!  響き渡った咆哮が辺りの音をかき消した。 ■□■□  夕日が沈んだあとの空が、ゆっくりと赤から紺に変わっていく。  打ち取った魔物の首を道具問屋の主人に渡して、ソルとウィザは約束の報酬を受け取った。魔物の危険がゼロになったわけではないが、これであの群れのボスは退治した。加えて、あれだけの人数が行き来すれば、他の魔物もしばらくは街道を避けるだろう。 「(だから……まあ、めでたしめでたし、ってカンジ?)」  宿のベッドに腰を下ろして、ソルは窓の外を眺めた。  突き刺すような日差しがないと、この街は一気に涼しくなる。少し粗めに織られたシーツが湯上りの肌に心地よかった。  閉じた瞼の裏に、洞窟で見た噛み跡が浮かぶ。  確かに昨日、ウィザの肩口に歯を立てた覚えがある。殴られて、謝って、その前後の行為の記憶も確かだ。  ―――――が。  ソルは上向くように首をかしげた。逆さになった視界の端でバスルームの扉が開く。 「あ」  一瞬広がりかけた濃い湯気は、バスルームの扉が閉じたことであっさりと途切れる。  水滴の落ちる髪を適当に拭って、ウィザがどさりとベッドに腰を下ろした。背中合わせというには少しずれた位置で、濡れたタオルを洗い物入れへ放る。 「ソル。背中貸せ」  ごつん、と音がしそうな勢いで、ソルの背中にウィザの背がぶつかった。思わず前のめりになったソルの後ろで、ウィザが長い息を吐く。  砂漠の夜は奇妙なほどに静かだった。虫の声が聞こえるわけでもなく、ほのかに見える街の灯りさえ、一つ一つ消えていく。  逡巡するような気配とともに、ソルの背中にかかっていた重みが離れた。 「いっ―――たッ、だだだだだっ!?」  肩口に激烈な痛みを覚えて、ソルは物思いの淵から連れ戻された。もがいた手が数度空を切り、振り払おうと体をねじった拍子に互いの視線がぶつかる。  ふ、と、ウィザが目を細めた。 「させろよ。いいだろ?」  指でなぞった肩口にはくっきりと歯形がついていた。 「ふ…………っ」  バスローブの裾を割った指に、ウィザがふるりと肩を震わせた。ソルの足をまたぐように膝を立て、頬杖をつくように肩に腕を置く。 「そこ肘置きじゃねーんだけど」 「ふ……るっせ」  さりげなく寄せられた腰を逆の腕で抱き込み、爪の裏で腿の側面を辿る。腰骨のくぼみに親指の腹が触れた。 「ッ、ぁ……!」 「っと」  不意に膝が崩れ、体重が肩に乗る。ソルはバランスを崩しかけて、膝の裏をすくうようにウィザをベッドに倒した。  ぼすん、とスプリングが跳ね、ウィザが僅かに眉をしかめる。 「ウィザ、やっぱきついか?」 「……なにが」  ふん、と短い息を吐いて、ウィザが顔を背けた。折りたたまれた足がソルの腰に触れる。 浮いた裾から手を差し入れると、ウィザが手の甲で口元を押さえた。 「っ……だから、焦れってえ、って」  輪郭を辿る指を狭めると、小さく声を洩らして口を閉じる。  ソルは緩やかに熱を上げていくそれを指の腹で撫で、括れの境をなぞった。小刻みな呼吸に微かな声が混じり、薄闇の中でウィザの目元に朱色が差す。 「ああくそ、いつまでんなとこ触って……~~~~っ、ふ……っ…!」  つ、と、滲んだ滴が先端を伝い落ちた。ソルの指に落ちたそれを感覚で察し、ウィザが口元にあった手の甲で目元を覆う。濃い熱のこもったため息につられるように、後ろが緩やかに収縮した。 「ぁ、……っ」  淵を掠めた指に、無意識に上向いた首筋が震える。 「……は、…っ、なあ、……っおい、ソル?」 「うん?」  ソルは手を止めてウィザを見た。ウィザが一度、ぐっと口を結ぶ。 「…………も、そういうのは要らねえ……」 「結構よさそーだけど」 「ッ、てめえ」 「たっ」  力の入らない蹴りがソルの肩を打った。弾みで妙なところを掠めた指に、ウィザの喉から上ずった声が上がる。反射的に曲がった膝を食らいかけて、ソルは慌ててウィザの腿を掴んだ。 「ひ、っ」  びく、と掴まえた足が跳ねる。ソルは目を瞬かせた。はだけた裾からのぞくウィザのそれが、ぴくぴくと震えて熱を訴えている。 「……っ、ば、馬鹿、じろじろ見てんじゃ……っひぁ、ゃ、あし……!」 「足?」  半ば無意識に掴み直したことで、濡れた指が膝の内側を滑る。ウィザの目元が切羽詰まったように歪んだ。ぁ、ぅ、と洩れる声が熱を帯びて揺らぎ、緩く伸びていたもう一方の足が引き寄せられるようにソルの腰にぶつかる。 「~~~~~~っ……!!」  とっさに裾を寄せようとした手をそのままに、緩い勢いで白濁が溢れた。ほのかに芯を残すそれを伝い、腹部に溜まって足の境へ落ちる。 「は…………っ、ふ、……――ッ……」  ウィザは生理的な涙を滲ませて忙しなく呼吸をしていた。  改めて指先で腿の裏をなぞると、焦点の合いきらない瞳がきろりとソルを睨む。 「……てめ、わざとやってんじゃねえだろうな……」 「この辺とか?」 「殺す……っ、ンっ」  はぁぁ、と熱のこもった吐息が上がった。  前から滴ったそれを指に絡ませ、馴染ませるように淵に触れる。浅く関節を沈ませると、昨夜の名残を残すそこは比較的すんなりとソルの指を受け入れた。  吐精の余韻か、昼間の疲労からか、ウィザがけだるげに息を整える。 「今日、ぐらい、省けりゃいいのに……」 「すげー大胆発言じゃねえ?」  指を増やすついでに、覚えのある場所をくるりとなぞると、ウィザが不意を突かれたように息を詰める。 「っ、だから、そういうの要らねえ……!」 「好きだろ?」 「好きとかじゃねえ、……ッ、ソル!!」  ばしん、とウィザがベッドを叩いて、ソルはさすがに手を止めた。二、三度深く息を吐いて、ウィザがシーツに肘をつく。 「……も…抜け、代わる……」  去る刺激を惜しむように、内壁が柔く指を食む。肘を突っ張って体を起こし、ウィザがソルのベルトに手をかけた。 「…………大して慌ててねえな」 「昨日出すもん出したし」  ウィザがソルの額を軽く打った。互いの肩にもたれるようにしながら、緩やかな刺激がソルの背を伝う。 「ん……なあ、見られてんのも落ち着かねーっつーかさ……」 「どの口で言ってんだテメエ」  けだるげなため息が首筋にかかり、ぞくりとしたものが背中を走る。しばし黙々と指を這わせる姿を眺めていると、ウィザが眉を下げてソルを見た。 「……やりたくねえわけじゃねえよな?」 「や、俺も、それなりにキてんだけど……っ」  彷徨ったソルの視線がウィザの肩口に落ちる。昼間目にした噛み跡は、今はバスローブに隠れて見えない。  頭突きのように額を押し当てられて、先ほど噛まれた肩が小さく痛んだ。ふん、と拗ねたような声が耳元をくすぐる。 「ならどうすりゃヤる気になんだよ。……少しは馬鹿なことやってやんよ」 「ほんとお前って、世間でウワサのひゃぅあっ」  ウィザの手がきつくそこを掴んだ。  ひきつった苦笑いと共に手招きすると、ウィザが耳を寄せる。ソルは思いついたことを口にした。しばしの沈黙があって、ウィザが身体を離す。 「こんなもん、大して珍しくねぇじゃねえか」 「もっとすげーこと頼めっての?」 「……、これが初めてでもねぇだろ」  ふいと視線を逸らして、ウィザがソルの腹に手をついた。足を跨いで浮かせた腰の下で、緩く角度を持ったそれが淵にかかる。 「っ、ん」  軽い水音を立て、逸れた切っ先が双丘の谷間に滑った。は、と短い呼気を洩らし、ウィザが下がった腰を持ち上げる。 「んっ……ぁ、ふ……っ、ぅぁ……」  先の場所に戻るそれが、付け根に至る境を引きずるように擦る。押し当てた位置が僅かにずれ、濡れた感触が淵を撫でて行き過ぎた。繰り返す動作に濡れた水音が混じり、互いの内でもどかしいものが燻る。 「っ、コラ、見てんじゃねえ」 「はいはい」  ソルは細く息を吐き、上がってきた熱を逃がした。何度目かの狙いを逸れかけていたそれを押し付けると、ウィザが反射的に腰を引く。ソルはその腰骨を押さえ、座らせるように下から突き上げた。 「―――――っ!!」  僅かな抵抗のあとに先端が沈んだ。綻んでいた淵がソル自身を飲み込み、待ちかねたように吸いつく。  自重で沈んだそれが柔い場所に擦れ、ウィザが鼻にかかった声で呻いた。 「…っくぅっ……」  ソルの腹についた腕を突っ張り、ウィザがゆるゆると腰を持ち上げた。浅く引いては腰を落とし、指の届かなかった場所を拓いていく。  緩やかなペースで洩れる吐息が耳に届いて、ソルは我知らず目を閉じかけた。ウィザの指が頬を抓む。かち合った目元がふ、と緩んだ。 「んだよ、乗らせといて寝んのか」 「すげー絡むな……」 「あ゛ぁ?」  腹筋を使い、ウィザが体内のものを締め付ける。 「………っ」 「てめえがトチ狂うのには慣れてんだよ。んな大人しいとこっちまで調子狂う……ん、いいから動けよ」 「そ―、なっ」  ソルは勢いをつけて体を起こした。中に入っているものの角度が変わり、ウィザが短い悲鳴を上げてソルの肩を掴む。  その腰に腕を回して掴み、引き落とすように深い場所を穿った。 「………………………っ!」  目の前に光が散ったような錯覚の中で、ウィザが目を見開いて息を詰める。 「て……め、いきなりそれか……!」 「悪り」  ふ、と苦笑混じりの呼気がどちらかから洩れた。痺れるような快感が背筋を走り、抜けきらない余韻から次の刺激を求める思いが芽吹く。 「はっ……ぁ……! 今の、……っ」 「これ?」  感度のいい場所を押し上げるように擦ると、ウィザが上ずった声を洩らして頷く。 「(昨日で気が済んだ、ってのも、ウソじゃねーんだよな)」  ソルは体内の感覚に意識をやった。浅く上下する動きに合わせて揺らすと、じれったいような快感が下肢に溜まっていく。その先へ至るすべを知っていても、今は身体の境がぼやけるような感覚を手放しがたかった。  は、と短く息を吐き、ウィザの腰を抱き込んでシーツに倒す。反射的にきつく締まった中に、ソルもつられて息を詰めた。  体内を穿つ動きに遅れ、熱を溜めたウィザ自身がふるりと跳ねる。少しでも触れれば弾けそうに見えたが、ウィザの手はいつの間にか、傍らにあった枕を掴んでいた。昨夜の行為に思うところがあるのはお互いなのかもしれない。  触れて促すことを考える前に、浮き上がった足がソルの腰を引き寄せた。 「ん……っ、ソル、……っふ、……………っ!」  枕元に合った手が離れ、ソルの髪を掻き抱く。  不意に低くなった頭に血が上って、ソルの思考が一瞬止まった。五感で感じているものが意識に焼き付き、捉えようのない衝動が吹き上がる。 「………………………っ!!」  体内に吐き出された感触に、ウィザが身体を震わせた。飛んだ意識が僅かずつ戻り、身体の奥に広がる熱が鮮明になっていく。 「あ、っ」  する、と手のひらで包むように促されて、昂ぶった欲がシーツを汚した。  中にあったものが抜ける感覚も曖昧な中で、ひどく据わった目をしたソルと視線が合う。  ――――――――――すりっ。  ソルの髪がみぞおちに擦れて、ウィザの心臓が小さく鳴った。異性なら胸の谷間がある位置だが、その手の冗談はあまり話題に出ない。 「おい、ソル?」  す―――……という寝息が聞こえた。  無言で肩を揺らすと、まだ寝入りきってはいなかったのか、睡眠に両足を突っ込んだような声音で返事が来る。 「かけるもんくらい取らせ、……おぉ」  言葉の途中で引き上げられた上掛けに、ウィザが呆れ混じりに苦笑した。  波打っていた鼓動が落ち着くにつれ、染み入るような眠気が脳を支配していく。  おそらくはそんな状態で眠りについたからだろう――――その夜、ウィザは故郷の夢を見た。  子供の頃、一緒にいた動物がひどく興奮して、手におえなかった時のことだ。狼に追われた子ヤギだったか、その狼を追い払った子犬だったかは定かではない。  ともあれ、つられて癇癪を起こしかけたウィザに、母親がその動物を抱き込ませた。  ―――――いいかい、こうやって心臓の音を聞かせてあげるんだよ。そうすれば、親と過ごした時間を思い出して安心するから。  それからどのくらいそうしていたのかは分からない。  ただ、やみくもに地面を引っ掻こうとする姿に、泣きたいような気持ちになっていた。 ■□■□  瞼越しに弱い光を感じて、ソルは薄目を開けた。カーテンの隙間から差し込む朝日が床を照らしている。 「寒っ」  上掛けから出した腕を引っ込めると、隣で巻き添えを食らったウィザが身震いした。 「……早ェよ…………まだ夜明けだろ」  もぞもぞと布団に潜りなおすウィザを眺めて、ソルは改めて部屋の中を見た。着替えは傍らに置いていたが、今袖を通すのは気が進まない。  浴室は、早朝であっても問題なく湯が出た。  支度を整えて戻ると、起きたときとの室温の差に驚く。一時間足らずで、壁の温度計は目盛りの中央近くを指していた。  改めて着替えに腕を通し、両袖のカフスを留める。  物入れからベルトを出して、ソルはベッドの足元を振り返った。床に丸まっていたベルトを拾い上げ、その一本をボトムに、もう一本は長剣の鞘を通して固定する。耐刃生地の手袋をはめ、両手首を締めたところでウィザが身じろぎした。 「はよ」 「……おう。おはよう」  手のひらで額を擦って、ウィザが眠たげに微笑んだ。  浴室に向かう気配を肩越しに察しながら、ソルはハンガーからジャケットを取った。持ち物を確認するうちにシャワーの音が止み、洗い物入れに数枚の洗濯物が入る。  二つ折りにしたローブを両腕に渡し、ウィザがざっと表面を眺めた。軽く頷いて襟元を緩め、下から頭を通す。 「一晩で乾くもんだな」 「それでバスローブかよ」  地面に触れた丈を飾り紐で調節して、ウィザがローブの裾を払った。  客室をあとにし、食堂へ続く階段を降りる。 「モーニング……は、1時間待ちか」 「言えば弁当も作るってよ」 「ふーん?」  カウンターに店員の姿はない。あたりを見まわすと、宿の娘が早足でこちらへ来るところだった。  カギを返し、ガラスの天面に挟まれたメニューを見る。 「買い出しのあとで寄るか」  ドアを押し開けると、地面からの照り返しが目に刺さった。瞬きしたソルの前を住民たちが通り過ぎていく。眼球がちりつくような日差しを前に、平然と歩いているように見えるのは慣れているからだろうか。  眩しいわね、あたしもサングラスが欲しいわ、と他愛のない会話が聞こえた。 「ソル、向こう使うぜ」  ウィザが日陰の路地を指す。 「さっすが」 「ふふん」  太陽が昇るにつれ、街は徐々に賑わいを見せていく。細い路地を抜けて、二つの後ろ姿が人ごみに紛れた。 end.

ともだちにシェアしよう!