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よくある廃墟の街【1】

季節は春から夏に移りつつあるというのに、街は妙にひんやりとした空気に包まれていた。  異臭を含んだ霧が視界をかすませ、太陽の光もぼんやりとしか届かない。  廃墟を歩く旅人の後ろで、足元の土がごそり、と動いた。  積み重なった土とがれきを跳ねあげて、一体のリビングデッドが腕を振り上げる!  長い雄叫びと、短い悲鳴。  それで全ては終わった。 「うっわー……」  べったりと長剣に付着した液体を見て、ソルは半眼で呻いた。  本来赤いはずのそれは、相手の肉体と共に劣化が進んでおり、なぜそうなったのか考えたくもないような色合いと異臭を放っている。 「はじけろ!」  沸き起こった爆発が、背後から襲いかかろうとしていた骸骨を弾き飛ばした。 「さんきゅ、ウィザ」 「おう」  片手を上げるソルに、連れは軽く肩をすくめた。まだ呪文の余韻が残る風に、身に着けたローブが重たげに揺れる。 「疫病……って雰囲気でもねえな。魔物か?」 「かもな」  その割に血の跡がねーけど、と呟いてソルはパンフレットを取り出した。  生臭い風が吹き抜ける通りには、人影どころか野良犬一匹見当たらない。  見渡せば先ほどの呪文の範囲をはるかに超えて、がれきと化した建物の残骸が広がっていた。  辛うじて形をとどめている建物から見るに、このあたりは商店街だったのだろう。無人のカウンターには薄く砂ぼこりが積もり、鎖の切れた看板が赤黒く汚れている。  くすんだ白壁には十字架をあしらった旗がかけられていた。  取り扱うアイテムが教会の祝福を受けたことを示す、一種の品質保証なのだが、この街では妙にその旗が目についた。 『聖都シンクレアは、神話にも名を残す大陸宗教の聖地です! 白煉瓦で統一された町並みは王都指定文化財にも名を刻む美しさ! さあ、巡礼者の貴方もそうでない貴方も、まずは街のシンボル・大聖堂へ!!』  ソルはパンフレットを捨てた。  平和だった世界に魔王が現れ、魔物がはびこるようになって十数年。王家による討伐だけではらちが明かず、国全体に一つの通達が出された。 『魔王を倒した者には、なんなりと望みの褒美を与える』  欲に駆られる者、正義に燃える者、皆がそれぞれの理由を胸に旅に出た。  しかし、依然各地で魔物による被害は後を絶たず、不意の襲撃に町が滅びるのも珍しい話ではない。  そんな、よくある世界の、よくある話。  まだ海路が開けていなかった時代、王都へ向かう旅人はみな、とある街で宿を取っていた。周辺には魔物の侵入を防ぐ結界が施されており、信仰の聖地だという土地柄治安も良い。  そういうわけで破壊されることなく受け継がれてきた街並みは、歴史学者が泣いて喜ぶ過去の遺産であるらしい。その筆頭である大聖堂は、今なお多くの神官や僧侶を育成しており、王都からの信頼も厚い。  宗教都市と歴史的な価値、そして観光地としての側面をうまく取り入れた街。それがここ、聖都シンクレアのはずだった。 「火炎よ!」  這い出そうとしていたリビングデッドを灰にして、ウィザが一軒の廃屋を見上げる。 「屋根は残ってるが、ここで休むか? ………俺は正直野宿がいい」 「んー……」  ソルは空を見上げた。  相変わらずの曇天で時間の経過さえ分かりにくいが、おそらく日が傾きだすころだろう。こんなボロ屋でぐっすりと休めるかは怪しいものだ。  かと言って文字通りのゴーストタウンで、夜通し戦うというのもぞっとしない。 「(一旦抜けて、王都側の街道で寝るか)」  そう、言おうとした瞬間だった。 「――――きゃあああああっ!」  甲高い悲鳴が聞こえて、ソルとウィザは同時に振り返った。  2ブロックほど先で、一人の少女が骸骨の群れに追われている。がれきの間を縫うようにして走っているが、はっきり言って機敏とは言えず、その足取りはひどく危なっかしい。  年のころなら15、6才といったところか。肩のあたりでそろえた金髪は砂ぼこりにくすんでいたが、こんな状況でなければ愛らしいで通る容姿だろう。  しかしそれ以上に目を引いたのは、少女の服装だった。 「僧侶か……!?」  十字をデザインしたローブに、揃いの帽子。ところどころが破れ、薄汚れてはいたが、少女は確かに教会の僧服を身に着けていた。 「きゃっ!?」  がれきに足を取られた少女に、骸骨が剣を振り上げる。ソルは長剣の鞘を引き抜き、その腕めがけて投げつけた。標本のような腕が肘から砕け、指先ごと落下した剣先が地面に突き立つ。 「はじけろ!」  膨れ上がるような爆発が死人の群れを飲み込んだ。膝をついたまま周囲を見まわし、少女がようやくソルたちに気付く。 「あ……あなた方は……?」 「通りすがりだ。迷ってんなら街の外まで――――」  未だ動揺の濃い少女の瞳に、何かを理解するような色が灯る。 「お願いですっ!!」  ウィザの言葉を遮って、少女が彼らの腕を掴んだ。指の跡が残りそうな勢いに、ウィザだけでなく、ソルも少々後ずさる。 「私と――――私と大聖堂に来てください!!」  がしゃん、とがれきと押しのける音がした。  いつの間に集まったのか、十数体の死人の群れがソルたちを取り囲んでいる。 「こんなトコで求婚……なワケねーよな」 「受けんのか?」 「お先にドーゾ」  ウィザが舌打ちした。少女が周囲の死人とソルたちを交互に見る。 「あ、あの」 「あんた、名前は」 「プリスです」 「じゃあプリス。――――話はあとでな」  す、と、ウィザが前方へ手のひらをかざす。 「火炎よ!!」  地面から吹き上がった火柱が包囲の一角を飲み込んだ。一瞬動きが止まった死人たちの間を抜け、がれきの山と化した街並みを突っ切って聖都の出口へ向かう。  北へと伸びる街道の境に、半壊した白レンガの門が辛うじて建っていた。 「ッ!?」  がんっ! と壁にぶつかったような衝撃を受けて、ソルは数歩後ずさった。  数歩先に街道へ続く道が見えているにも関わらず、透明な壁のようなものが道を塞いでいる。ソルは試しに長剣を振ってみたが、刃は鈍い音と共に弾き返された。 「ソル、代われ!」  遅れて走って来たウィザがソルの肩越しに呪文を放つ。 「はじけろ!」  派手な爆発があたりを揺るがすが、やはり、行く手を阻む壁には傷一つつかない。 「これ……聖都の結界です……!」 「あ゛ぁ?」  透明な壁におそるおそる触れて、プリスが呆然と呟く。 「神話の時代に施された、一切の魔物を拒む結界……誰かがそれを書き換えて、人間を外に出さないものに……」 「そぅお。だから逃げても無駄なのよぉ」  張りのある女の声が上から聞こえた。  その声の主を確かめるよりも早く、地面から現れたリビングデッドの群れがソルたちを取り押さえる! 「ぐっ!」 「な!?」  腕を掴まれ、加減のない力で押さえつけられて、体中の骨がぎしぎしと軋んだ。  同じくウィザの腕を掴んだ一体が背を踏むように制し、隣の一体がプリスの手首を後ろ手に捕まえて膝をつかせる。 「探したわよぅ。あなた、ホントちょこまかすばしっこいんだものぉ」  ソルたちの目の前にふわりと着地して、細身の女が妖艶に笑った。緩くうねったセミロングが頬の辺りで跳ねる。一見すれば美人で通りそうな容姿だったが、濃い青の髪は明らかに人間のものではない。  しかし、それよりも異様なのは女の外見だった。  腕や足、胴の途中に縫い合わせたような傷跡が一周しており、理想の部品を継ぎ合わせたようにも見える。衣服というよりは羽衣のような薄い布が、細身の体の要所を隠していた。 「ネクロ……!」  それが名前なのだろう。  女がソルたちの前を素通りし、呻いたプリスに、すい、と手を出す。 「アレを返してちょうだい、おチビちゃん」 「(『アレ』?)」  訝しむソルの横で、プリスがぐっと唾を飲み込んだ。 「嫌です」 「あらん」  ネクロが頬に人差し指を添える。 「んー、じゃ、素直に返せばあなただけは逃がしてあげるわよぅ? ね、約束」  プリスが顔を背ける。 「あぁ、渡したとたんに、って心配かしらぁ。平気よぅ、あなた一人じゃ何もできないって分かるものぉ」 「くっ……!」  肩を震わせ、プリスがネクロを睨んだ。 「今すぐに悔い改めなさい……! このような行い、神もお許しになりませんよ……!」 「あなたのお仲間もみーんなそう言ったわぁ。でもあとはもう……」 「黙りなさい!!」  一瞬、リビングデッドを押し返す勢いで、プリスがネクロに食ってかかる。 「これ以上好き勝手をさせると思わないで! 絶対に……殺されたって渡すものですか!!」 「おい!!」  ウィザの制止よりも早く、すぅっ……とネクロが目を細める。 「そ。――――じゃあ試してみるわぁ」  振り上げたネクロの右腕に羽衣が巻きつき、一瞬の間をおいてほどける。肘を一周する傷を境に、しなやかな細腕が力こぶの浮いた魔物の腕に変化していた。 「さよなら」 「――――――貫け!」  拳がプリスに届く前に、ウィザの呪文がネクロの胸を打ち抜く。  一瞬緩んだリビングデッドの腕を跳ねのけて、ソルは長剣を逆袈裟に斬り上げた。 「火炎よ!」  ごうっ―――! と渦巻いた炎がネクロを包み込み、残りのリビングデッドたちを土に還す。肌がちりつくほどの熱気の中で、あとには何も残らない――はずだった。 「ひどいわぁ。気に入ってたのに」  心臓の位置に穴を開けられたまま、ネクロがのけぞった体を起こした。燃え続ける炎の中で、黒く変色した右腕がゆらり、と揺らめく。 「――――ッあぅっ!」  ほとんど灰になっていた魔物の腕は、プリスを一撃した瞬間に焼け落ちた。  しかしその勢いで、きらり、と光るものが懐から落ちる。  逆の手でそれを掴み取って、ネクロが血の伝う唇を舐めた。 「それじゃ、あとは任せようかしらぁ」  一歩下がったネクロの足もとから新たなリビングデッドが這い出す。円陣を組むように距離を詰めてくるそれらに、ソルとウィザは構えを取った。 「……我が父母、我が師、我が友たる主よ……その清らかなる御名において、彼の者に節制を与えたまえ……!」  かすかな詠唱の声を聞き、ネクロとリビングデッドが弾かれたようにプリスを見た。  刹那、プリスが組んだ指を広げる! 「慎みなさい!」  きゅんっ! と走った光の帯がネクロにぶつかった。それと同時に死人たちはその場に崩れ、物言わぬなきがらに戻る。 「……………ッ!!」  舌打ちして、ネクロがプリスを睨みつけた。 「ウィザ!」 「はじけろ!」  沸き起こった爆発が火花と粉塵を舞い上げた。ネクロがそれをうっとうしげに払う。 「やめてくれないかしらぁ? こんなことしたって――――」  立ち込めた煙が切れる。  そこにソルたちの姿はなく、倒れたなきがらの群れが転がっているだけだった。  背後で土を踏む音を聞いて、ネクロが長い溜息をつく。 「――――取り逃がしたのか」 「ちょーっとぉ、油断しちゃって……でもコレはOKよぉ」  ネクロは小指ほどの大きさの金印を掲げた。名前を刻む場所には複雑な文様が刻まれており、少なくともこの大陸の文字ではない。 「ならば戻ろう。あとは死人どもに探させておけ」 「んー、それがねラディアートぉ」  ネクロはぴこぴこと指を動かした。一向に起き上がる気配のないなきがらを見渡して、ラディアートと呼ばれた人影がため息をつく。 「魔力封じか」 「大した力じゃないから、そのうち解けると思うけどぉ」 「そうして思い上がるが故に失態を招くのだ」 「なによぅ偉そうに。神官たちは片付けたの?」 「とうにな。祈るほか能のない奴らよ、戯れにもならんわ」 「あーやだやだ汗臭い」 「我輩は汗などかかん」 「知ってるわよ、脳みそまでカチコチだってね」  ネクロは肩をすくめた。 「ま、いいわ。儀式は途中だし、大聖堂に戻りましょ」  青いルージュを引いた唇が弧を描く。 「どのみち、あの子達に逃げる場所なんてないんだから」 「二か月ほど前、でしょうか……彼らがここに来たのは」  廃屋に身を潜めて、プリスはゆっくりと話し始めた。 「先ほどのネクロと、マントで身を隠した大男……そう、ラディアートと呼ばれていました」  王都の使者だと名乗った彼らは、優れた呪文と武術の心得を持っていた。それを惜しみなく周囲に伝え、一神官から僧正まで分け隔てなく接する姿に、最初は警戒していた者たちも徐々に態度を軟化させるようになる。  近隣で魔物が狂暴化していたこともあり、彼らは半月もしないうちに神官たちの信頼を得るようになった。  そしてある日、こんなことを言い出したのだという。 『魔物の凶暴化は、間違いなく魔王が力をつけていることの証でしょう。それに引き換えここ聖都の結界は、施されてかなりの時間が経っている。――――いかがでしょう、我々とともに新しい結界を張り直しませんか?』  彼らからの提案を、大聖堂側は快諾した。 「ただ一人……兄は直前まで中止を訴えていました。ところどころ、見慣れない呪文が施されていると言って」 「兄?」  プリスは切なげに微笑んだ。 「私と同じく大聖堂に仕える身で……呪文の理論にはとても詳しいんです」  だが結局、儀式は予定通り行われ――――呪文が発動した瞬間に現れたのは、骸骨や生ける屍といった死人の大群だった。 「待て、兄貴も神官なんだろ。身内の意見に耳も貸さねえのか?」 「…………」  プリスは悲痛な表情でうつむいた。 「さっきの金印は、兄がとっさに祭壇から叩き落としたものなんです。これを持って逃げろ、ここは自分が食い止めるからって。……でも、ネクロがこんなに早く追ってくるなんて……」  涙声を抑えるように、プリスは自分の胸に手を当てた。 「ウィザ、どう思う?」 「結界呪文は詳しくねぇが、あれを破るのは手間取るだろうな……」  ウィザが頬杖をつく。 「その儀式跡を調べるのが妥当だろ。結界を破る手がかりが残ってるかもしれねェ」  ソルは頷いて立ち上がった。 「大聖堂だっけ?」 「えっ、あ、あの……!」  膝を払い、プリスが慌てて立ち上がる。 「途中にその兄貴がいたら拾うってことで、いーか?」 「は、はい!」  先の呪文が効いているのか、街に死人たちの姿はなかった。路地を駆け、聖都のほぼ中心で足を止める。 「ここです」  周囲の建物とは対照的に、大聖堂はほぼ無傷でそびえたっていた。  白のレンガを用いて作られた外壁には擦り切れた垂れ幕がかけられ、濃い霧でかすむ鐘楼の屋根に、聖都の象徴である十字架がぼんやりと見える。  ソルはウィザとプリスを待たせ、開いたままの入口へと走った。建物の内部は薄暗かったが、ざっと見る限り、魔物の姿はない。  ソルは外の二人を手招いた。プリスに続いてウィザが入って来たところで扉を閉める。プリスが小声で詠唱を始め、水を受けるように手のひらを合わせた。 「照らしなさい」  拳ほどの光の球が宙に生まれ、柔らかな光であたりを照らす。 「このくらいはできるんですけど……呪文はあまり得意じゃなくて」  プリスは苦笑した。  くるぶしが埋もれるような絨毯はよく手入れされていたが、多くの人間が通るからだろう、多少毛羽立っている。  正面に見える礼拝堂を素通りし、左に曲がると、地下に降りるらせん階段があった。  薄闇のせいで、どれほど進んだのかわかりづらい――ということもあるが、壁に沿うように作られたそれは、正直、1フロアを降りるのにもかなりの時間がかかる。 「……神官の中でも呪文を扱える人は減っているんです」  沈黙に耐えかねたのか、プリスがぽつりと話し始めた。 「修行の中で基礎的な呪文を学ぶことはあるんですが、それ以上のことは……やはり、混血の影響でしょうか」 「混血?」 「はい」  プリスは物語を暗誦するように眼を閉じた。 「神話の時代、私たちの祖先は強力な魔力を持っていたとされています。ただ、その力は攻撃や守護など、一つのことに特化したものでした。やがて彼らが子を為し、異なる力を持った者同士が結ばれていったことで、私たちは多彩な呪文を扱えるようになったと言われています」 「魔力が一定以上なら魔導師、それ以下なら神官……って時代もあったみてェだがな」 「最近は、その人自身で選ぶことが大切だとされていますね」  肩をすくめるウィザに、プリスが多少打ち解けた微笑みを見せる。  ソルは手のひらで先を促した。 「ええと。ですが近年、人間全体の魔力は弱まっていて……魔導師の家系に生まれても呪文を扱えない子供も現れて、王都ではかなり問題視されているようです」 「へえ」 「名のある魔導師の一族は一子相伝を行い、血を守っているそうですが……あと強力な魔力を持っていると言えば、……ええと、確か――――」  ――――ぐらっ!!  階段全体が大きく揺れて、ソルは手すりを掴んだ。  大きくのけ反ったプリスをウィザが捕まえ、引きずるようにその場にしゃがむ。 「見つけたわぁ。ずーいぶんガマンさせてくれたじゃなぁい?」  軽い音を立てて、ネクロが階段の行く手に着地した。  からら、と石の転がるような音に見上げると、十数体の骸骨たちが土を掘るようにレンガを押しのけ、壁の外から階段に至る通路を作っている。 「ひっ……!」  らせん階段の頭上を見上げて、プリスがひきつった声を洩らした。2フロア程度上から、剣を手にした骸骨の群れがこちらへ向かっている。  ネクロがくすくすと肩を揺らす。 「こんなところに逃げ込むなんて、おチビちゃんもお馬鹿さぁん。まあ―――埋葬の手間は省けるわねぇ!!」  ネクロが腕を振り上げると同時に、壁の穴から1ダース近い骸骨たちが飛びかかってきた。 「はじけろ!」  頭上で起こった爆発がそのうちの数体を巻き込み、砕けたレンガがソルたちの上に降り注ぐ。  ウィザが舌打ちするのを聞きながら、ソルは手近な一体に長剣を振り下ろした。  骸骨の肩口を袈裟がけのように砕いた瞬間、逆の腕が長剣の刃を掴む。 「ッ!」  ソルはとっさに長剣の角度を変えると、振り下ろした勢いを相手の手のひらに叩きつけた。ばりん、と、骨だけの手首が折れる。  生き物ならば痛みに怯むこともある。だが、すでに命を終えている死人たちは、黙々とネクロの命令に従うだけだ。 「火炎よ!」  吹き上がった火柱が降りてくる骸骨たちを撫でる。が、やはり彼らは足を止めない。  その間も壁に空いた穴から降り立った骸骨たちが、じりじりとソルたちを囲んでいく。 「うっふっふ……!」  周囲の骸骨の群れを見渡し、ネクロが恍惚とした笑みを浮かべる。 「いいわぁ、最ッ高……! これが魔力の一部なら、全部もらった時はどんな気分かしらぁ……!」  見せつけるようにかざした右手から、染み出すような青い光がにじむ。  その手のひらを強く握ると、ネクロは高笑いを上げた。 「さあ、それじゃ終わりにしようかしらぁ! アタシに使われる日が楽しみねえ!!」 「ウィザ!」 「吹き飛べ!」  骸骨たちが踏み込もうとした瞬間、ウィザは衝撃波を真下に向かって放った。  レンガ造りの階段が一気に砕け、その場にいる全員を宙に投げ出す! 「ッキャァアアアア!!」  ネクロは数体の骸骨に手を繋がせると、這うようにして壁の穴へ戻った。階下を覗き込んで舌打ちする。  地下深くへと続く闇の中に、既にソルたちの姿は見えなかった。  ――――ぼすっ!! と音を立てて、ソルは地面に着地した。  何度も掘り返したような柔らかい土に、妙に湿気た空気が肌にまとわりつく。 「ウィザ」 「う……っ」  身じろぎして、ウィザが体を起こす。  多少の衝撃はあったが、地面が柔らかかったおかげで大事には至っていないようだ。 「ここ……共同墓地です」  膝をついたまま周囲を見渡して、プリスが呟く。 「確か、王都歴以前の住民はここに埋葬されていて……最深部は大陸重要遺跡に指定されているはずですから……」  それはつまり、歴史的にも貴重な価値がある場所とみなされ、日常的に出入りが許されるような場所ではないことを指す。 「にしちゃ、ずいぶん荒れてねえか」  ローブを払いつつ、ウィザが辺りを見た。本来等間隔に並んでいただろう墓石はばらばらの方向を向き、土から棺桶が見えているものも少なくない。  さらに、そのふたはことごとく開いている。 『………………』  嫌な沈黙が場を支配した。この場の空気に押さえつけられるようにして、全員が墓から視線を外せない。  ――――ずるり、と、腕を引きずるような音がした。  白い指がウィザの足を掴み、背後からか細い声が聞こえてくる。 「……ぁあ、うつくしいおじょうさん……よろしかったらお話を……」 「――――ッ、ぎゃあああ!!」  ウィザは身を翻すと、足首を掴む相手を逆の足で蹴りつけた。ソルが一瞬遅れて長剣を構え、さらに一瞬遅れてプリスが叫ぶ。 「兄さん!!」 『兄さん!?』  ソルとウィザは暗がりに目を凝らした。  体半分をがれきにのまれるようにして、額に綺麗な蹴りの跡をつけた青年が目を回していた。

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