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よくある廃墟の街【3】
それから、幾日か経ってからのこと。
「ん……」
ソルは固いベッドの上で目を開けた。
聖都の鐘楼の上ではない。地味な柄のカーペットの先に椅子の足が見え、それを辿るようにしてウィザと目が合う。
「起きたな」
返事をしようとして、ソルは腹の奥から滲みだすような痛みに眉を歪めた。
ウィザが水の入ってコップを持ってしゃがむ。
「おら鎮痛剤。三日は安静だとよ」
「……っ、へえ」
ソルは視線だけを動かして室内を見た。
そう広い部屋ではない。風呂場より少し広い程度の間取りに家具を押し込んだような、素泊まり前提の安宿だ。頭上の天窓からうっすらと朝日が差し込んでいる。
にもかかわらず、ウィザが奥へ詰めろと言うしぐさをする。
「お前、徹夜?」
「んるせェとっとと詰めろ」
ローブのままベッドに潜り込んで、ウィザが上掛けを引き上げた。
その後ウィザから聞いた話によれば、イストとプリスも、命に関わるほどの傷は負っていないらしい。
あの日鐘楼に上ったウィザが見たのは、血だまりの中で昏倒しているソルと、その止血をしているイストの姿だった。二人がかりで二人のケガ人を担いで聖都を抜け、街道の端のこの宿に辿りつくまで、3時間と言ったところか。
顔色を変えて駆け寄ってきた宿の主人を見て、張りつめていたものが切れたのだろう。すすり泣きを始めたプリスの背を抱えるようにして、イストが医者の手配を頼んだ――――のだそうだ。
「昨日、妹もやっと松葉杖が取れたらしいぜ」
「ふぅん」
ソルは目の前の枝を横にやった。晴れた空を鳥の影が横切り、街道の脇に流れる沢が木の葉を流していく。
宿の換気は悪くなかったが、澄んだ空気を吸うのはしばらくぶりの気がした。
街道から聖都へと入る、少し手前の林に人影が見える。
「ああ、ソルさん。ウィザさんも。……おケガは大丈夫ですか?」
「そっちこそ」
プリスは寂しげに苦笑した。一抱えの花を地面に置き、土のあとの残る両指を組む。
聖都の区画を埋めるようにして、辺りにはいくつもの埋葬の跡があった。
「……一人でやったのか」
「いいえ。私は兄さんを手伝っただけです」
「そうか」
簡素な祈りの言葉を聞きながら、ウィザがつかの間目を閉じる。
3人の側を柔らかな風が通り過ぎた。
「そろそろ行こーぜ」
「ああ」
「あ、あの!」
ソルとウィザは振り返った。
「本当にありがとうございました。聖都の人たちも……ようやく、安らかな眠りにつかれたことと思います」
プリスが柔らかく微笑んだ。
「どうか、旅路にご加護がありますように」
北へと伸びる街道を進んで、ソルは地図を開いた。
道の左右に生い茂る木々は人の手が入っているらしく、森というよりは林に近い。
それらが正午の日差しを遮って、彼らの行く手は柔らかな木漏れ日に照らされていた。
「ソル、これからどうする?」
「俺はカンツァーノに行きてーんだけど」
ウィザが肩越しに地図をなぞる。
「一旦近くの街に寄ったほうがいいんじゃねえか? 例えば」
「東のルテルブルグなんてどうかな? シーフードがおいしいし、綺麗なお嬢さんも多いよ」
ソルとウィザはゆっくりと振り返った。旅支度を整えたイストが立っている。
「ってめ、いつから居た!?」
「妹は?」
「遠い親戚が南にいるんだ。とりあえず、そこでお世話になるよう言ってある」
「で?」
イストが苦笑した。
「聖都の人間として、今回のことを王都に報告しなきゃいけない。本来は然るべき立場の人が行くんだけど――……」
イストは苦い笑みとともに首を振った。
「北東の港から船が出てるんだ。そこまで同行させてくれないか?」
ソルはちらりとウィザを見た。ウィザが微苦笑と共に肩をすくめる。
「北東か……地図だと山越えすることになってるぜ」
「ああ、半年前にトンネルができたんだ。こっち」
踏み出したイストに続きながら、ソルは腹の傷を撫でた。まだひきつるような痛みはあるが、あとは時間に任せるしかないだろう。
目が合うと、イストは片目をつむってみせた。
「短い間だけど、どうぞよろしく」
end.
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