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よくある小休止【1】

 どこの街も裏路地は薄暗い。迷路のように入り組んだ道の奥へ入るほど日光は届かなくなり、染みついたような湿気がわだかまっている。  ソルは何度目かの角を曲がった。肩が擦れるほどの急カーブに、腰に差した長剣が僅かに浮く。 「あっちだ!」 「追うんだ!」  背後から迫る足音は一行に途絶えない。どころか、時間を追うごとに増えているような気さえする。  ソルは壁際の樽を足場に塀の上へ跳んだ。反対側へ飛び降りるついでに、肩越しに後ろを見る。  深紅の制服に身を包んだ大柄な男が三人。思ったより包囲が早い。 「――――っと!」  不意に目の前の店のドアが開いた。  それだけで道の半分が塞がるほどの細い路地である。  店内から飛び出してきた相手はソルを見て数秒動きを止め、すぐに後ろ手でドアを閉めた。一瞬見えた店内越しに向こうの通りの景色が見えた。 「ウィザ。抜けられそーか?」 「駄目だ、表は囲まれてる」  閉めたばかりのドアにもたれ、魔導師が苛立ったため息をつく。どこをどう走ってきたのか、愛用のローブの裾がうっすらと砂ぼこりをかぶっていた。 「――――いたぞ!」  魔導師が鋭く舌打ちし、飛びこんできた先頭に足払いをかける。  もつれ合うように転ぶ制服の一団を尻目に、二人はさらに路地の奥へ走った。  時に塀を飛び越え、時に追手を一蹴しながらも、徐々に包囲の輪は狭まってくる。  ソルは素早くあたりに目を配った。  区画を無視して建てられた店々は高さも幅もまちまちだ。時刻のせいか、どのドアにも『closed』の札がかかっている。建物の隙間は物置になっているのか、横倒しの空瓶や空き木箱が通路にまで顔を出していた。  左右からの足音に眉間を寄せ、ウィザがすぅ、と息を吸い込む。 「はじけ……!」 「やめとけって」  ソルはウィザの口を押さえ、手近な建物の隙間へと飛びこんだ。回した腕を解く間もなく、十数人の足音が路地を埋める。 「いたか?」 「こっちは?」 「抜けられるような道はないはずだが……」  ソルは息を殺して一歩奥へ後ずさった。体温の上がった肩が触れ、整いきらない互いの呼吸が間近で耳に届く。 「何をもたついているのだね!!」 「も、申し訳ありません隊長!」  おんどりのような声量があたりに響く。  『隊長』と呼ばれた青年が制服たちを見回し、固く握った拳を突き上げた。 「どうにかして彼ら二人を、我ら民間騎士隊にスカウトするのだよ!!」  平和だった世界に魔王が現れ、魔物が闊歩するようになって、しばし。 『魔王を倒した者には望みの褒美を与える』  十年以上前に王家から出された通達は未だに取り消されておらず、多くの旅人が大陸を行き来している。  旅は道連れ、なんとやら――――そんな標語を持ち出すまでもなく、複数人で旅をするに越したことはない。  自分以外の誰かがいるというだけで、独り寂しく屍となる可能性は半減する。  反面、断固として一人旅を貫く者が存在するのも事実だ。  仲間が増えれば面倒も増える。だからこそ、折り合いの形はパーティーの数だけ存在する。  そんな、よくある世界のよくある話。  ――――時間は冒頭の騒ぎから丸一日遡る。  ソルは夜明けの気配を覚えて薄目を開けた。短い下草と、木の枝が作る影が視界に入る。  時刻はようやく日が昇り始めたばかりといったところか。空は少しずつ紺から白に変わっているが、まだ辺りは薄暗い。  小さく身じろぎして、肩にもたせ掛けていた長剣を降ろす。一晩木の幹にもたれていた背中が痛い。  向かいに座っていた魔導師がたき火に小枝を放り込んだ。 「よう」 「……おはよ、ウィザ」  ソルはこわばった腕を伸ばした。限界まで前へ伸ばしてから上へやって、軽く肩を回す。 猫背になりかけていた背中に血が巡っていくのが分かる。  街道から少し外れた林の中である。  横倒しになった大木を荷物置きにし、その向かいの地面にたき火を組んでいる。魔物や野犬への牽制となるほか、単純に体温維持のためでもある。  ソルは荷物の側にまとめてある枝の束を見た。 「薪足りるか?」 「朝飯食うくらいの余裕はあんだろ。ほら」  ローブ姿の魔導師――――ウィザが片手を出す。  ソルは物入れから小ぶりな紙袋を渡した。ウィザが感心したような声を洩らす。 「バゲットか」 「遠火で頼むな」 「一切れか?」  ウィザがバゲットの包みを持ったまま、自分の足元から干し肉の紙包みを拾い上げる。 「牛?」 「ヒツジだよ」 「香草つけてくれるんならいーぜ」 「上品な野郎だな」  くくっ、と互いに短い笑い声が洩れた。  朝食をウィザに任せ、ソルは少し離れた位置で洗面を済ませた。近くに水辺はなかったが、水筒の水でひとまずの身支度はできる。  ウィザがたき火に薪を足し、二枚のバゲットを少し離れた位置に置く。続いて串に刺した干し肉を火の上にかざした。不規則に揺れる炎が肉に触れ、ぱち、と脂のはぜる音がする。 「(食料も減ってきたし、そろそろ街に寄るか)」  ソルはたき火の脇に膝をついた。ウィザは油断なく肉の焼き目を見つめている。この大陸の人間とは色合いの違う瞳にたき火の炎が映っていた。 「(…………あ、やば)」  と思うのは少し遅かった。  僅かな気の緩みから洩れだした何かが、淡いながらも確実な衝動になっていく。  それとどちらが先だったか、ウィザが香草を探して顔を上げる。  二人の眼差しが至近距離でかち合った。  互いに不意を突かれた一瞬、ウィザの目の奥にも淡い何かが翻った。ような気がした。 「――――ぅぅううん………」  ソルは大きく後ろへ飛び退いた。ウィザが弾かれたように声の方を振り向く。  たき火を挟んで反対側、荷物置きの大木と平行に一人用の寝袋が転がっている。巨大な芋虫のようなそれがもぞもぞと動き、ソルたちの方へころんと寝返りを打った。 「……ん、おはよう、二人とも早いね」  金髪の青年が眠たげな目を細めた。さらに寝返りを打った拍子に額の上の神官帽が落ちる。 「おいおい」 「ああごめん、昨日バッタが登ってきてさ」  青年は髪を直しつつ起き上がった。傍らのナップサックには神官帽と同じ十字の模様があしらわれている。 「イスト、何か温めるか?」 「ありがとう。粉末スープがあるから……」  青年が自分の荷物を探る。その背中を眺めつつ、ソルとウィザはこっそりとため息をついた。  かつて聖都と呼ばれた街の神官・イスト。  さる事情により、一時的に旅路を共にしている青年である。  道を歩けば魔物が襲ってくるこの世の中、聖職者の扱う結界や回復の呪文は旅の大きな助けになる。加えて当人の人あたりの柔らかさから、トラブルの際には良き交渉役となることもあった。  唯一問題があるとすれば―――――― 「落とし物ですよ、レディ」  イストが石畳に落ちた帽子を拾い上げた。白いワンピースを着た婦人が髪を押さえて振り返る。 「まあ、ご親切にありがとう」 「今日は風が強いですね」 「この街はいつもこうよ。旅の方?」 「ええ。風の精があなたの美に嫉妬したのかと思いました」 「あら、うふふ……!」  ソルはテーブルに頬杖をついた。ミートペンネの皿を空にしたウィザが口元を拭う。  時間は流れて正午過ぎ、昼食を済ませたものとこれからのもので通りがにぎわう時刻である。  メニューには軽食からコースまで揃っているが、ゆっくりと食事を楽しんでいる客は少数派のようだ。通りに面したオープンテラスで会計を済ませ、また一人、客がいそいそと席を立つ。  そうして何人かの客を見送った頃、紙袋を抱えたイストが席に戻ってきた。 「いやーごめんごめん、道具屋が混んでて」 「てめえ……何人口説いたんだよ」 「ほんのご挨拶だってば。すみません、ルイボスティーを一つ」  ソルは物入れから財布を取りだした。 「レシートは?」 「ええっと、確かこっちに入れたけど」  イストがポケットを探る。  店の名前と、何をいくらで買ったかが書かれた明細書。……の、横に、丸文字で住所と名前が書いてある。 「おい」 「いや、つい」  イストが紙袋の中身をテーブルに並べる。 「魔力薬と、包帯と携帯食だね。薬草はダース割引だったから多めに買ってるよ」 「サンキュ。一枚8Rか」 「なんで香水が入ってんだ?」 「あ、それはオレの」  ソルは等分された薬草の束をしまった。  テーブルの上を品物と小銭が行き来し、やがて一通りの品がそれぞれの手に収まる。  イストが半分ほど減ったカップをテーブルに置いた。 「で、これからどうするんだい?」 「どうって、お前は王都に行きてえんだろ」  ウィザが身を乗り出した。イストが紙ナプキンで口を拭う。 「北東の港から定期船が出てるんだ。オレはそこまで送ってもらえれば十分だよ」 「出港日は?」 「一番早い船で、六日後かな」  ソルは頭の中で地図を思い浮かべた。  この街から港へは整備された街道が伸びており、山もない。ゆっくり行っても二日と掛からないだろう。 「んじゃ、二、三日時間つぶすか」  ソルは肩をすくめた。  ウィザがアイスティーに口をつける。  自然と緩んだ雰囲気の中で、イストが再びカップを持ち上げたとき、だった。 「――――――っ!」  ソルは首筋が粟立つような気配を覚えて長剣を掴んだ。  遅れて僅かな風切り音が耳に届く。殺気というほど鋭くはない。鳥か、小型の魔物といったところか。親指で柄を押し上げ、気配の方向を振り返る。  手を伸ばせば触れられる距離にランスの穂先が迫っていた。 「は!?」  ソルは椅子を蹴り、きわどいところで軌道から飛び退いた。  円錐状の穂先が『何か』を――――広げたハンカチほどの影を貫き、勢いのままソルたちのテーブルに突っ込む。 「うぉっ!?」 「うわぁぁあああっ!?」  ウィザが慌てて席を立ち、派手にのけ反ったイストがバランスを崩した。  がしゃぁん、というのはグラスの割れた音だろう。  木片と化したテーブルと床に散った血しぶき、そこへ突き立った馬上槍ほどのランスに、その場の全員が絶句する。 「――――諸君、ケガはないかな?」  通りから妙に気取った声がした。  左右に分かれた人混みの中央に、揃いの制服を着た一団が立っていた。  赤を基調とした詰襟の上着に本革のブーツ。生地は上等のものだが、山越えや連日の野宿に耐える素材ではないだろう。あくまで街中を歩くための装備である。  男女合わせて二十人前後の一団のうち、多くは二十代の若者のようだが、ちらほらと渋い面構えもある。平均年齢は三十五才といったところか。  制服たちの群れから一歩進み出て、プラチナブロンドの髪の青年がテーブルの成れの果てを見る。 「店を汚しすぎだ、ハロルド」 「ううっす」  のこのこと歩いてきた大男がランスを引き抜く。と同時に、こと切れた魔物の体が消滅する。 「てめえ! 街中で何てもんぶん投げてんだ!」 「お前が言う?」 「心配無用。我が民間騎士隊に人に当てるような未熟者はいないさ」 「民間?」 「うむ!」  青年が突き出した手のひらを固く握る。細い腕にはマリンブルーの腕章が巻かれていた。――――『見回り強化月間』 「毎年この時期、この街は今の魔物の通り道になっているのだよ。故に我々も街の警備に大忙しなのだ。見たかね、あの小賢しい姿を!」 「……ええっと、はっきりとは見えなかったかな」 「過剰防衛って知ってるか?」 「不足よりは過剰なほうがいい、警備とはそういうものだ」  青年は悠然と胸を反らした。  ガタイのいい面々が後ろにいたせいで小柄に見えたが、縦横共に平均的な体格だろう。  おそらく二十代後半といったところか。舞台役者でもやっていそうな身振りと顔立ちだが、どうにも間の抜けた子供っぽさがある。  青年は懐に手を入れ、革張りの厚い財布を取り出した。 「無論、我々の活動で出た被害は弁償しよう」  と、逆の手で伝票を拾い上げる。 「ふむ……マスター、このテーブルにランチセットを三人前!」 「あ、いーですいらないです」  ソルは店員に首を振った。青年が得意げに鼻息を吹く。 「心配無用。このエルゼラ・リフォレ・テントガント、定食の十や二十で痛むような懐をしてはいない」 「そうじゃなくて……!」 「代わるわ、隊長さん」  若い女が青年の――リフォレの肩を叩いた。年は彼と同じか、一、二才違う程度だろう。肩に届く長さの黒髪をソバージュにしており、ストッキングブーツの付け根には鞭が丸まっている。 「おお、カルデラ」  それが彼女の名前なのだろう。 「まだパトロールの途中でしょ。ここはやっておくから」  と、他の団員たちを示す。 「ふむ、任せよう。行くぞ諸君!」  他の団員たちを率い、リフォレが意気揚々と通りの向こうへ去って行く。  店主らしき壮年の男がキッチンから顔を出した。 「隊長さん、相変わらず元気だね」 「おんどりと仕事してる気分よ」  カルデラが苦笑して肘を組んだ。腰のポーチからメモを取り出し、ソルたちの方を向く。 「騒がせてごめんなさいね。だめになったものは弁償する決まりだから」 「ポケットマネーで?」 「ちゃんとした経費よ」 「冗談でも失礼だよ」  イストが眉をしかめてたしなめる。 「お気になさらず、レディ。食事は済んでましたから」 「そう?」  カルデラは一度にっこりと笑い、手にしていたメモをしまった。  イストが通りの向こうを見やる。 「民間騎士隊……でしたっけ」 「要するに自警団よ。リフォレが王都で剣術を習ってたから、素人の集まりってわけでもないけど」  と、カルデラが整った眉を下げる。 「彼の言ってたこと気にしないでね。あれで悪気ないつもりなのよ」 「……まあ、そんな風には見えたな……」  ウィザが力の抜けた頬杖をテーブルに落とす。ソルは肩をすくめた。  イストが軽くカルデラの手を取る。 「お気遣いなく。美女に何度も謝っていただくほうが恐縮します」 「あらお上手なのね。見たとこ聖職の方みたいだけど?」 「イストと呼んでください。旅先での出会いを大切にすることを、なぜ主がお咎めになるでしょう」 「咎めるほうもいい加減ヤだろ」  ソルは呟いた。が、イストには聞こえなかったらしい。 「よかったらお食事でも?」 「あいにくだけど戻らなくちゃ」  ウィザがあごで店の外を指した。ソルは頷いてそちらへ足を向けた。  少し声を柔らかくして、カルデラがイストにウィンクする。 「夜なら空いてるわ」 「――――と、いうわけで今夜は帰ってこないから!」  ソルとウィザは半眼でイストを見た。イストがぱたぱたと手を振る。 「二人で食事するだけだよ。彼女のおすすめの店なんだけど、この宿からかなり歩くから」 「あーあーそういうことにしといてやんよ」  ウィザが追い払うしぐさをした。  ソルは部屋の隅を見た。三人ぞれぞれの荷物が壁沿いに並べてある。 「一応自分の荷物は持ってけよ」 「ええ? なるべく身軽にして行きたいな」 「店に言や預かってくれるって」 「雑魚でも魔物がうろついてんだぞ、見ただろ」 「見えたっけ?」 「うるせぇな」  ともあれ、イストは納得したらしい。壁際のナップサックを拾い上げ、テーブルに置いていた教典を抱える。  ソルはその背中に声をかけた。 「0時には部屋のカギ閉めるから、過ぎたらよそに泊まれよ」 「帰ってこないって言ってるだろ!?」 ――――などという会話はあったものの、イストは感心するほどの手際で身支度を済ませて出て行った。  その背中を送り出し、ウィザが後ろ手にドアを閉める。かしゃ、と内鍵の回る音がした。 「夜からの約束じゃねーの?」 「聞くだけ馬鹿だろ」  時計の針が真下を指すにはもうしばらく余裕がある。強いて言えばようやく西日が差し始めたくらいだ。  ウィザがため息とともにベッドに腰を下ろす。  ソルもその隣へ座った。スプリングが沈み、ウィザが横目でソルを見る。 「んだよ」 「わかってんだろ」 「…………」 「…………」  ゆっくりとかち合った視線が中間で混ざる。緊張と安堵の入り混じった特有の空気の中で、妙に五感が冴えるのは気のせいだろうか。  瞳にたゆたう熱を宿しながら、ウィザの口元は少し物言いたげに尖っている。  ソルは自分も同じ表情をしたいような、妙に口の端が上に引っ張られるような、おかしな気分になった。体に燻るものとは別に、みぞおちの奥がさわさわと落ち着かない。  シーツに落ちていたウィザの手に手をかぶせると、それらが少し収まった気がした。 「ウィザ」 「……んだよ」  す、と逸らされた視線を追うように距離を詰める。  互いの額に前髪が触れる。  あとは触れるだけの距離を残した唇が開く。  ――――――どんどんどどどどんっ!!  ソルとウィザはけたたましいノックに飛び上がった。  唇から出かけた言葉が胃の奥に引っ込む。イストが忘れ物でもしたのか。いや、こんな雑なノックはしない。 「ごきげんよう! 民間騎士隊隊長、エルゼラ・リフォレ・テントガントだ!!」  ウィザが苦虫を噛み潰したような顔で呻く。 「~~っんだよ」 「知らね」  その間もやかましいノックは続いている。  ドアの向こうから別の声が聞こえた。 「うるさいわよリフォレ。買い出しにでも出てるんじゃない?」 「む? だが『起こすな』のプレートがかかっているぞ」  ソルは半ば愕然としてウィザを見た。ウィザが目元を覆って奥歯を噛む。  ドアの向こうの例外を除けば、『起こすな』と書かれている部屋に入ろうとする人間はまずいない。  その意味を理解しかけて、再び始まったノックの音に水を差される。  ソルは喉の奥でため息を吐いた。ドアは開けず、内側からノックを返す。 「なんか用?」 「おお、ミスター・ソードマン! 私だ、リフォレだ!」 「人違いです」  ソルはドアから離れた。が、声は止まらない。 「待て待て、違わない! 昼間のカフェでの身のこなし、実にスマートだった! それでピインと来たんだ、君を我が隊にスカウトしようと!!」 「無理」 「半年で良いのだよ!!」  両手を打ち付けたのだろう。施錠されたドアが大きく揺れた。 「昼間も言ったが、今この街は魔物の通り道になっている! 故に、我々も優秀な旅人諸君の力が必要なのだよ!」  ソルは半眼でドアを眺めた。厚みのある木材にもかかわらず、リフォレの声は部屋の中まで響いている。 「どんな喉してんだよ」 「代われ」  ウィザが内鍵に手をかけた。 「いっそ五か月、いや三か月でいい! 週休二日制服貸与―――どほぅッ!?」  ウィザが勢いよくドアを蹴り開けた。リフォレがもんどりうって廊下に転がる。  それを助け起こす隊員たちの端で、見覚えのある女が苦笑していた。カルデラ、という名前だったか。 「(やっぱり約束は夜からだったな)」  ソルは関係のないことを考えた。 「き、君、なんと乱暴な……!」 「さっきからうるせえぞ」  ウィザがリフォレに指を突き付けた。その指をソルへ向ける。 「こいつは腹に穴が開いてんだ。派手な運動は医者に止められてんだよ」 「(もう塞がってるけどな)」  ソルは胸中で舌を出した。原因を忘れるほど前に受けた傷である。今日明日にでも医者へ行けば、あっさりと戦闘の許可が下りるだろう。  もっとも、今それを言うほど正直者ではない。 「パトロールだけでも体験したまえよ!」 「うぜえ」 「ちゃんと給金も出る! みんなに感謝される気持ちの良いお仕事だよ!!」 「どーでもいい」  ソルはドアを閉めた。が、なおも廊下からは勧誘の声が響いている。間に差し挟まれるノックと合わせて、とっくに他の客に怒鳴り込まれて当然の騒音なのだが。  ……ヘタに顔を出して自分が勧誘されるよりは、ということか。  ソルとウィザは頷き合った。  それぞれの荷物を持ち、窓を開ける。部屋は二階、大通りから一本入った脇道沿いである。眼下に通行人はない。  窓枠を蹴り、石畳の上に難なく着地する。 「まだ話の途中ではないかね!!」  ソルとウィザはぎょっとして頭上を振り仰いだ。  二階廊下の窓ガラスからリフォレが身を乗り出し、他の隊員に左右から止められている。と同時に、何人かの赤い制服が宿の玄関へ向かうのが見えた。 「撒くぞ」 「おう」  ソルとウィザは左右に分かれて駆けだした。  ようやくリフォレが一階へ降りてくるが、その間に二人は角の向こうへ消えている。 「いかん、追うんだ!」 「どっちを?」 「~~~~っ、ミスター・ソードマンを!」 「(俺かよ)」  ソルはげんなりした思いで呻いた。認めたくはないがやむを得ない。  何度か角を曲がり、適当な塀の上へ跳び上がる。後ろから追ってきた隊員たちが全力疾走で通り過ぎるのを見送って、ソルは大通りへUターンした。  五、六メートルほどある道沿いには雑貨屋や果実屋が並んでおり、旅人と住民双方の食料庫といったところか。通行人はさほど多くないが、移動式の屋台や荷車が端を占領しているせいで、実際よりも混み合って感じる。  ソルは目の前を通った荷車の陰へ回り込んだ。赤の制服ほどではないにせよ、ウィザのローブもそれなりに目を引く。ぐるりと辺りを見渡せば、通行人の波を利用して追手を引き剥がしたウィザが片手を上げた。 「――――はっはっは、面白いじゃあないか! 毎日のようにこの街を警護している我々と追いかけっことは、あッぁぁぁああああ!!」  ソルは肩ごしに振り返った。  駆けてきたリフォレが果物売りとぶつかり、派手に品物をぶちまけたところだった。果物売りの怒声が上がり、リフォレが頭を下げながら商品を拾い集めている。  隊長の意志を継ごうとしてか、単にこういう事態に慣れているのか、彼を残して三、四人の隊員が追ってくる。  ソルはウィザと合流し、さらに奥まった通りへ向かった。  ――――そしてようやく、話は冒頭へ至る。 「ウィザ、抜けられそーか?」 「駄目だ。表は囲まれてる」  閉めたばかりの扉にもたれ、ウィザが苛立ったため息をついた。どこをどう走ってきたのか、愛用のローブの裾がうっすらと砂ぼこりをかぶっていた。 「――――いたぞ!」  ウィザが鋭く舌打ちし、飛びこんできた先頭に足払いをかける。  もつれ合うように転ぶ制服の一団を尻目に、二人はさらに路地の奥へ走った。  一般に、大通りから離れるほど道は細くなり、建物の並びも不規則になる。それに比例して治安面のトラブルも増えてくるが、裏通りが真の姿を見せるのは日が沈んでからだ。  それを証明するように、付近の店は一様に『close』の札をかけていた。建物の脇に空のビンやタルが積まれているあたり、酒場が多いのか。 「うぉっと」  ソルは何度目かの角を曲がって急ブレーキをかけた。  本来あった道を無理矢理横切るように、2mほどの塀がそびえ立っている。 「ぶち抜くか」 「今はヤバいだろ」  ソルは手近な空ダルを足場に塀の上へ跳んだ。その場で向きを変え、あとへ続いたウィザに手を伸ばしかける。  と、その背を押すような風が吹いた。  バランスを崩すほどではない。が、ソルは反射的に体の向きを変えた。  今はさておき、子供のころはあっけなく高い場所から転げ落ちたものだ。体重が軽かったのも原因の一つだろう。  体の向きが変わったことで肩が上がり、それにつられて視線が上がる。 「――――……」  いくつもの屋根の向こうに、ここ数日かけて通ってきた山が見えた。登山装備が必要なほどではないが、ハイキングついでに頂上を目指すのは難があるだろう。  その一方、街を挟んで向かいにも同じような山がある。  この街は風が強い、と誰が言っていたか。  おそらくそれは、流れ込んだ空気が左右の山の谷間を吹き抜けるからだろう。 「おい……!」 「あ、悪り」  視線を戻すと、ウィザはとうに自力で這い登ってきていた。  二人して塀の向こうに着地し、ウィザが渋い顔をする。 「色町か」 「みてーだな」  2、3人がようやくすれ違えるか、という程度の細い道である。ただでさえ見通しの悪い視界を遮るように派手な看板や垂れ幕が釣り下げられている。  時刻のせいか、辺りは酒場通り以上に閑散としている。  ソルは塀の向こうに耳を澄ませた。 「いたか?」 「ああ、さっきこの塀の向こうに――――」  慌ただしい足音が遠ざかる。  諦めたか。――――いや。  ソルは素早くあたりに目を配った。  区画を無視して建てられた店々は高さも幅もまちまちで、通りと平行になっているもののほうが珍しい。建物の隙間は物置になっているのか、横倒しの空瓶や空き木箱が積み上げられて表にまで溢れている。  徐々に近づいてくる足音に眉を寄せ、ウィザがすぅ、と息を吸い込む。 「はじけ……っむぐ」 「やめとけって」  ソルはウィザの口を覆い、手近な建物の隙間へと飛びこんだ。回した腕を解く間もなく、十数人の足音が表を埋める。 「何をもたついているのだね!!」 「も、申し訳ありません隊長!」 「どうにかして彼ら二人を、我ら民間騎士隊にスカウトするのだよ!!」  リフォレが拳を握って熱弁をふるった。 「こっちは見たはずだが……!」  ソルは伸びてきた影から逃れるように奥へ詰めた。  左右の建物が平行になっていないことに加え、木箱や空樽が押しこめてあるせいでいっそう狭苦しい。  その分辺りには濃い影がわだかまっており、わざわざのぞきこまない限り、通りからは死角になるだろう。ただ、ちらちらと見える鮮やかな制服がプレッシャーを煽る。 「隊長ー、もう帰りましょうよぉ。無理に誘ってもだめですよ」  間延びした声は隊員だろう。  ウィザが身を固くする。 「しかし現に人手が足りないのだぞ!? こうも休日出勤ばかりでは全体の士気が……!」 「この時期が特別忙しいのはみんな知ってますって。……というか、あんなちっこい魔物相手に大げさじゃないですか?」  と、別の声が割り込む。 「おい新人、ありゃ子供だぞ。親が面倒なんだ」 「俺が若いころにいっぺん出たが、ちょっとやそっとじゃくたばらないヤツでな……」  ソルは眉を寄せて舌打ちをこらえた。  いつの間にか捜索の足は止まり、何人かが過去の魔物退治を語り始めている。  だらだらと続く雑談は酒場での武勇伝よろしく、誰かが止めるまで止まらない。  かつん、とヒールが地面を打つ音がした。 「あらぁ騎士隊のみなさん、アソビに来たの?」  舌足らずな割にはっきりとした声が響いた。  ほわぁ! と悲鳴を上げたのはリフォレだろう。 「隊長さんまで来てくれたのは歓迎だけどー、狭いところ塞いじゃイヤよぉ」 「し、ししし失礼した! 諸君、あちらを探そう!」 「すみません、うちの隊長は純情なのでー」 「また寄りますー」 「はしたないぞ諸君!!」  五、六人分の足音が慌ただしく去った。  くすくすと笑い声を残し、軽快なヒールの足音が逆方向に遠ざかってゆく。  やがて表から人の気配が消え――――ソルとウィザはゆっくりと互いを見た。 『…………っ、は――――……!』  詰めていた息を同時に吐き出し、折り重なるように壁に背を擦る。しゃがみこむほどの空間の余裕はない。 「……今日はこの辺に泊まるか……」 「……そうだな……イストも来ねえだろ……」  最初の宿代が無駄になるが、再び逃げ回る面倒を思えば安いものだ。  どくどくと脈打つ互いの心音が心地いい。上がった体温が服越しに染み込んでくるような錯覚を覚える。  脱力に任せて傾いた頭がウィザの肩口に落ちた。 「ひ、っ」  ウィザが短く呻いて肩を跳ねさせる。  饐えたアルコールの臭いを押しのけ、ローブに馴染んだ煙の残り香がソルの鼻腔に触れた。日課のように爆破呪文を唱えているせいだろうが、硝煙というよりはたき火の匂いを思い出させる。  はぁ、と湿気を帯びた吐息が耳元にかかった。 「どこで落ち着いてんだよ、ヘンタイ」 「お前もやってんじゃん」  苦笑ともため息ともつかない吐息が混ざった。  体重を支えていた腕を緩め、ローブ越しの背骨を数えるようにくぼみを辿る。  ウィザがソルの襟元へ手を突っ込み、対抗するように頸動脈をなぞった。太い血管に触れられる危機感がじわじわと別の感覚に上書きされていく。  探り合うような視線がかち合い、共に秒と保たずに目を閉じた。 「っ……! …ふ、……んんっ…」  離れては短く触れる、唇を押し付け合うような口づけが重なっていく。半端な行為は焦れる一方だと知っていても、ようやく得た快感の片鱗が惜しい。  ソルはローブの裾に片手を滑り込ませた。  ウィザが慌てて後ずさる。が、半歩も下がらないうちに、後ろの壁にかかとが当たった。 「ば、おま、こんなとこでヤる気か」 「まっさか」  開いた距離を詰めるまでもなく、ローブ越しの仄かな熱がソルの足に触れる。  ウィザがぶわりと顔を赤くした。 「気になんねえ?」 「な、らねえ、ばか」 「んー」  ソルは生返事をしてローブをたくし上げた。重なった布の合わせを探し、皮膚へ指を滑らせる。 「あ……っ!? てめ、手袋外してねえだろ……!」 「あ、悪り」  つ、と太腿をなぞった生地に、ウィザが息を詰める。  薄手の革と耐刃生地を合わせた手袋は比較的素手の感覚に近く、剣士や騎士の愛用者も多い。 「痛ぇの?」 「痛くは、……っん、変な感じが」  ウィザが下げた眉をしかめた。  素手よりも温度の低い生地が付け根に触れ、返した手のひらが輪郭を包む。  く、と指先に力を乗せると、ウィザが肘を突っ張って身体を離そうとした。だがその前に括れから先端を緩く扱く。 「……っ、ふ、んんっ……!」  ウィザが口を覆って顔を伏せた。細い肩がぴくぴくと跳ねる。  ソルは手持ち無沙汰に視線を上にやった。  細く切り取られた空の端はオレンジから紺に変わりつつあった。くちくちという水音が耳孔にまとわりつく。 「(……さっすがに、ここは、ねーよな)」  ふ、と熱の混じりかけた息を宙に吐き出す。  同じようにわだかまりかけた欲を逃がす時間は稼げるだろう。切れ切れに洩れる声を聞きながら、なるべく無心に呼吸を整える。ウィザの足が小刻みに震えるのが分かった。 「~~っは、も、手ぇ離し、っうぅ……!」 「いーぜ、出せば」 「っな、ょ、ごし……! ~~っも、しらねえ……!」 「あんま煽んのやめてくんねえ?」  先端の窪みに指を押し付け、濡れた生地を馴染ませるように柔く擦る。  きゅ、と指の間隔を狭めたとき、布の向こうでささくれ立った感触がした。 「――――――っ!」  ウィザがぶるりと背を震わせた。  吐き出された感触を手のひらで拭い、裏返すついでにちらりと違和感のあった場所を見る。  親指と人差し指の付け根、水かきのあたりの布にごく小さな亀裂が走っていた。 「悪り、ひっかけたのか」 「…………」  ソルは手袋からウィザに視線を戻した。  うつむいたまま息を整えていたウィザが、ゆっくりと、顔を上げる。  きつく眉根を寄せながら、余韻と興奮にどろりと熔けた目がソルを睨んだ。 「(――――あ、やば)」  散らしたはずの欲情が脳から背骨を駆け降りてくる。  それが明確な一線を超える刹那、二人の頭上を影が横切った。上空を通り過ぎようとしていたそれは向きを変え、建物の隙間へと滑空する。  ソルが殺気に気づき、ウィザごと身を翻すまで二秒。  面食らったウィザが状況を把握するまで一秒。  その三秒の間に、殺気の主は獲物の顔面に飛びついていた。  薄闇に二人分の悲鳴が響いた。 「なぁに、また例の魔物?」 「そこの路地で二人襲われたってさ」  付近の店から女たちが顔を出し、通りゆく同業を捕まえて囁き合う。  特有の気だるい雰囲気のせいだろうか、魔物に怯えるというより面倒事にため息をつくようなニュアンスが濃い。 「路地って、あんな狭い隙間でナニやってたのさ。ケチな客持つと苦労するねぇ」 「それがケガしたのは一人だけだってよ? 盾にしたか庇ったか賭けようか」  あっははは、と空回りのように明るい笑い声が響く。  ソルは遠い目で大破した路地を眺めた。数分前まで自分たちがいた空間の、建物を挟んで隣である。  遠巻きに眺めるやじ馬たちと同じ方向に視線をやれば、あちこち傷まみれの小太りの男が派手な服装の女に手当てされている。二人の襟元が乱れている点については触れないほうがいいだろう。 「危ねーとこだったな」 「テメエのおかげでな」  ソルとウィザはそっとその場を離れた。  魔物はどこかの店の用心棒が斬り捨てたらしい。ならば騎士隊に見つかる前に、予定通り宿を探したほうがいいだろう。  袖を引く手をあしらって香水の匂うエリアから逸れる。  こういった場所に集まるのはその類の店ばかりではない。公の目が届きにくいことを利用して、訳ありのアイテムを安く売る店や、薬草一枚の値段で雨をしのげる宿などがひしめいている。  もっとも、ヘタな場所に行けば数百倍の勉強代を支払うことになるため、『相場より少し良心的』程度を選んだほうが無難だ。  質と値段はイコールではないが、判断材料の一つにはなる。 「二人で泊まりてーんだけど」 「はいよ、恋人同士かい?」 「そー見える?」 「あっはは!」  人好きそうな女主人がカウンターを叩いた。宿泊用の書類と宿の見取り図を出し、ソルたちの前に広げて見せる。 「面倒な時に来ちまったねえ。落ち着いて歩けないだろ」 「……例の魔物か?」 「そうさ。こないだも常連のコが襲われてね」  ソルはウィザに会話を任せて室内を見渡した。食堂がないぶん、広さは普通の宿の半分程度か。  受付の隅には二人掛けのソファが置かれており、黄ばみがかったクリーム色の壁に街の地図がテープで留めてある。土地勘のない旅人のために用意してあるものだが、安宿で見かけることは珍しい。  カウンターの奥に見える扉には護身用の棍棒が立てかけてある。飾り気のなさからして事務室か、女主人の私室だろう。  小部屋に雑魚寝させるような宿は避けたとはいえ、ここの主人は比較的品のいい派閥のようだ。 「――――でね、飛んできた魔物にザクッ! だよ! シェリルちゃんっていうんだけど、それで商売道具に傷がついちまってねー」  ソルは一瞬前の思考に二重線を引いた。ウィザが首をかしげる。 「『飛んできた』ってことは鳥か?」 「いや、ネズミみたいなヤツだよ。魔導師さん見たことないかい? ほら、えっと、どこにでもいる……」 「部屋決めていいか?」  ソルは見取り図の一部屋を指した。 「東向きのツインな」 「まだ寝苦しかないだろうけど……南向きの方が夜風が抜けるよ?」 「や、東で頼む」  女主人が肩をすくめて引き出しを開けた。 「4階まで上がって左の角ね」 「どーも」  鍵を受け取り、やや急な階段を折り返す。さすがにここまで広々と作る余裕はなかったらしい。くたびれた絨毯越しにくぐもった足音が響く。 「朝日でも見てえのか?」 「そんなトコだよ」  ソルは部屋番号を確かめてドアを開けた。  短い廊下の片側にシャワールームがあり、奥にツインスタイルのベッドが並んでいる。壁紙はロビーと同じものだったが、こちらはまだ元の色をとどめていた。  突き当たりの窓が妙に大きいのは換気のためだろう。試しに開けてみたが、蝶番が甘いせいで、時折吹く強風に窓枠が外れそうになる。 「(ま、ここで大丈夫だろ)」  ソルはカーテンを閉めて振り返った。 「風呂どーする?」 「……ん、ああ。そうだな、先入るか……」  ソルは瞬きした。ウィザは適当な場所に座るでもなく、所在なく視界の隅を見ている。 「どした?」 「…………いや…その」  ソルは毛足の短いラグを踏んで近づいた。  ウィザが口ごもるのは珍しい。恥じらうというよりはどこまでも気まずそうに、一度視線を彷徨わせてソルを見る。 「『飛ぶネズミ』ってなんだ?」 「は?」  ソルは呆気にとられた。閉め忘れた口から声が洩れる。 「……お前今それはちょっと……」 「……いや、……おう、悪ぃ」  ウィザが赤面と共に咳払いした。 「お前は知ってんのかよ」 「すげー気になってんじゃねーか」  さては一発抜いて落ち着いたな。そんな邪推が頭をかすめる。 「(つーか、多分アレだろ?)」  ソルは記憶の底から名前を引っ張り出した。  見慣れるほどには出くわさないが、山を歩いていれば年に何度かは見かける。  ソル自身も、子供のころにそうして教わった名前だ。  そこまで考えてふと思い当たる。 「(――――そう言やこいつ、草原育ちだっけ)」  ウィザががしがしと前髪をかき混ぜた。 「あ゛――――いい、風呂入ってくる」 「行ってら」  シャワールームの戸に手をかけ、ウィザがソルを振り返る。 「あとで教えろよ」 「もう聞いてくか?」

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