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よくある小休止【2】

 ウィザの言う『あと』が『ことを済ませたあと』なのか、『街を出たあと』なのかは測りかねた。だがとりあえず、『風呂のあと』ではなかったようだ。  手をついたベッドがぎしりと鳴った。  ウィザがはっとしたようにシーツから背を浮かせる。 「……っ、手袋」 「もう外したぜ」  ソルは裏表を見せるように手を返した。路地で外した片方は直後の騒動で落としてきたらしい。  ウィザがソルの手から目を逸らす。 「……あれは捨てろよ」 「2500Rな」 「きったねえ!」 「冗談だっつの」  くつくつと笑う声が重なる。  どのみち、耐刃生地に亀裂が入っていては買い換え時だ。  ソルはウィザの髪に乗ったままのタオルを取った。毛先に見えた水滴をついでにつまみ、ベッドの足にひっかける。  安宿にバスローブなどという備品はない。故に、手持ちの服を改めて着直すことになる。 「(風呂上がりにコレ、ってのもどーなんだろうな)」  ソルは眼下のローブに視線を落とした。胴の側面、あばらの下あたりに飾り紐がいくつも交差している。ビスチェやスニーカーと同じ原理だろう。  脱衣所で大まかな装備は外したとはいえ、脱ぐと決まっている服に袖を通すのはどこか白々しい。  そんなことを考えるソルのシャツは、袖口までしっかりとボタンが留まっている。 「あ、コラ」  飾り紐に触れた手をウィザが掴む。 「体に合わせてんだ、いじんな」  そう言って上の数段を緩め、裾からたくし上げたローブを腕から抜く。 「(靴ヒモも結びっぱなしで履く派だな)」  ソルは肩をすくめてサイドチェストを見やった。場所柄、中身の予想はつくが、大抵は別料金だ。 「(やばいクスリとか入ってそうなんだよな。実際どうだか知らねーけど)」  結局は今日も例のごとくになるのだろう。  ソルはウィザの唇に指先で触れた。ウィザが半眼で唇を尖らせる。  あ、と開いた口に指が落ちた。  ウィザが片手でソルの手首を掴み、第二関節の奥を柔く噛む。 「……っ」  指の側面を舌が撫でた。不服そうな双眸がソルを見据え、温度の高い吐息がむき出しの指にかかる。  べ、と吐き出された指が細い糸を引いた。  引き抜くついでに舌のくぼみを撫でると、しかめられた目の奥がじわりと融ける。 「……たまには自前でどうにかしろよ」 「ん。悪り」  さり、と、素肌とシーツの擦れる音がした。  横たえた身体を片腕で支え、ウィザが所在なさげにふくらはぎを擦り合わせる。 「いる?」  ぶら下げた枕が雑に取られた。  一抱えほどあるそれをぐらつく身体の下に敷き、曲げた口元を押し付けるように抱える。 「わーえろーい」 「っせ、」  ウィザが舌打ちして顔をうずめる。  固く閉じたそこを指の腹で軽くタップすると、ぐっと息を飲みこむ気配がした。 「痛ぇの?」 「い、たくは」 「ふーん?」  ソルは頭の中で日付を数えた。最後に同じ部屋に泊まったのはいつだったか。イストが加わる前、という条件を足すと、更に日付が遠くなる。  湯上がりの体温が少し引いたせいだろう。開いた空間が妙に肌寒い。  ソルは傍らの上掛けを持ち上げ、頭からウィザにかぶせた。 「あ゛!?」  ウィザが慌てて顔の上の布を押しのける。  ソルは薄い綿の入ったそれごと背を抱き込み、適当な隙間から手を入れた。触れた脇腹はひやりと冷たい。 「~~~~っ、着せたいのか脱がせたいのかはっきりしろよ……」 「お前がさっさと脱いだんだろ」  ソルはもそもそと上掛けの中を探った。下がった体温同士を馴染ませるようにあばらを撫で、上へ滑らせた指先が胸元に擦れる。 「ん、……っ」  短い吐息が鼻に抜けた。場所を確かめるようになお撫でると、ウィザがシーツに片頬を伏せる。 「……っん、……それ、触んな、って言って」 「なんで?」  ウィザが喉の奥で呻いた。  ふくりと持ちあがった突起の境をなぞり、皮膚の下の柔い芯を挟む。 「ふ……ッ、ぅ…!」  びく、と、抱えた身体が上へ逃げた。  追って鼻先で首筋に触れ、胸から手を離して脇腹を撫でる。  す、とウィザの指が手首に絡んだ。掴んでまで止める気かと思ったが、細い指先は血管を辿り、ソルの袖口に入ってくる。 「……何で袖まで留めてんだよ」 「……流れで?」  ふつっ、と軽い感触がした。  指先が手首の輪を撫で、広がった布地を折り返して小指側のくぼみをなぞる。腱と血管を辿る感触に、快感と紙一重のむず痒さが走った。  なおも薄い皮膚を辿ろうとする指をかわし、腰骨の形に沿って下へ降りる。 「……ッ、ふ……!」  ウィザが上体をねじってソルを睨んだ。 「回りくどいんだよ……!」  何が、と聞く前に唇を押し付けられ、腹の底で煮立てていたものがかっと勢いを増す。  追い打ちをかけるように上掛け越しの背が下肢に擦れた。 「っちょ、なんだよ」  ソルは反射的に腰を引いた。  は、とウィザが吐息混じりに笑う。掠れた声は安堵の息にも似ていた。 「ヤる気じゃねえかよ」 「そりゃそーだろ」  ソルは上掛けの下を探りなおした。まだはっきりとした熱を為してはいないウィザ自身をきゅっと掴む。 「ッあ、」 「お前は違ぇの? 一応、毎回『自前』で悪りーと思ってるけど?」 「…………ッ!」  ウィザの頬にさっと朱色が差した。  反論が来る前に手の中のそれをきつく扱く。 「は、ッんぁ、てめ……! ッひ、ぁッ」  後半は喉に詰まったような悲鳴だった。  ソルは内心ぎくりとして手の力を緩めた。別の意味で下肢に響いた声を耳から追い出しつつ、指の腹で裏筋をなぞる。  ゆっくりと下がった肩がふるふると震えた。  先端に滲む滴をすくい、窪みをふちどるように円を描くと、ウィザが僅かにかぶりを振る。 「……っ、ふぅ、ぅ、……っソル、もう……」 「いーぜ」 「ッ、違ぇよ……!」  柔く芯を溶かした瞳がソルを見た。まつ毛に溜まった水滴が瞬きに合わせて散る。ウィザが一度息を吸って呼吸を均す。 「……も、慣らせ、る、だろ。……スカしてんじゃねえよ」  ソルは付け根の奥へ指を滑らせた。 「ひ、」  と、飲み込み損ねたような悲鳴は聞き流し、前から拭い取った水気で淵を押し伸ばす。前の刺激に引きずられたそこは、少しだけ快感の記憶を思い出したようだった。  足を持ち上げるように腕を回し、控えめに指を食むそこへ沈める。 「ん、……っ、ん…」  ウィザが声を洩らす度、くぐもった振動が背中越しに伝わる。ふ、ふ、と洩れる呼吸は快感よりもそれ以外の気配が濃い。  足した指に突っ張るような感触を覚えて、ソルは誰に向けるでもなく嘆息した。 「(どーすっかな)」  ちらりとウィザの様子をうかがうが、半端な状態のそれに触れようとする気配はない。本能的な快感で紛らわせば気休めにはなるだろう。幸いこちらの片手は空いている。  のだが。 「(ちょっ……と、ヤバいかな……)」  ソルは熱を訴える下肢から意識を逸らした。  抜き差しする指が普段と異なる角度で内壁を擦り、ウィザの吐息にもどかしげなものが混じる。 「は、……っぅ、ふ、っ、焦ら、すなっ……!」 「ンなシュミねーし」  ソルは三本の指を広げた。ぬるい外気に晒されたそこがきゅっと収縮する。  何度か中を掻いてみるものの、慣れた場所に触れるには姿勢を変えたほうが早いだろう。余裕のない互いの吐息が背骨の奥をざわつかせる。 「ウィザ」 「は、なに……」 「もー入れてい?」  ソルは逆の腕でウィザの腰を抱き込んだ。  布越しに擦れた感触にウィザがこくりと固唾をのむ。 「……このまま、か?」 「や、起きるぜ」  ソルはウィザの腰を引き上げて膝をつかせた。シーツに肘をつき、ウィザが小さく呻く。 「ん、なに」 「……んでもねえよ」  うつむいた横顔が髪に隠れた。  押し当てた切っ先が淵を押し広げ、どちらのものともつかない水気を馴染ませるように繋がりを深くしていく。  くぷ、と半ばほどが沈んだそれに、ウィザが詰めていた息を緩めた。  その背中に腕を回し、抱き起こすように互いの体を垂直にする。 「――――ッ、ひぁっ!?」  ばさ、と上掛けが落ちた。  入り込む途中だったそれが角度を変え、柔い部分を抉って奥に刺さる。  肩越しの眼差しとぶつかって、ウィザの頬が一気に赤くなる。 「――――っあ、ぁぁあ…………!」  押し出されるように精が溢れた。足を伝ったそれがシーツに落ち、斑の跡を残していく。吐精の反動に羞恥が加わり、内壁がきつく体内のものを締め付けた。 「は、やば……」  ソルは目を眇めて吐精の衝動をやり過ごした。余韻に震える太腿を逆の腕ですくい、ゆるゆると中を穿つ。 「ッあ、まだ、動くなぁ……!」 「俺が無理」  ウィザの首筋に張り付く髪が複雑な線を描く。むきだしの肩口に唇で触れると、縮こまったつま先がシーツを引っ掻いた。  ウィザが上体を捩り、首を曲げるようにして僅かな距離を埋める。 「ふ……っん、くふぅ……っ」  ぢりぢりと、互いの首筋に髪が擦れた。  抱えた腰を浮かせるように揺らしながら、瞼を掠めた唇に片目をつぶる。 「は…っ」  ウィザが浅い吐息と共に目を細めた。こわばりの抜けた内壁が体内のものに吸いつき、なお刺激をねだって腹筋で締め上げる。  ソルは口の中で舌打ちした。  内壁を引き離すように持ち上げては落とし、指で探り損ねた場所を狙って穿つ。 「ん、ふぁ、ぁ、ンッ、~~~~っ、ふぅぅっ……!」  ウィザの手が支えを探して宙を掻いた。  彷徨った手の甲がソルの足を掠め、そのごく僅かな刺激が最後の堰を壊す。 「…………っ!」  ソルは引き落とすようにウィザの腰を抱き込んだ。  直後、身体の奥へ注ぎ込まれた感覚に、ウィザが背筋を震わせる。  より深くへ馴染ませるように腰を揺らすと、んん、と鼻に抜ける声が続いた。二度目に至り損ねたらしいウィザ自身が薄闇の中でふるふると震える。  ふと、ソルは違和感を覚えて瞬きした。  部屋の灯りは消したはずだが、ベッドの端に薄い光の筋が見えた。光源のほうへ視線をやれば、カーテンの合わせが数センチほど開いている。  閉め方が甘かったか。まあ、あの程度の隙間なら部屋の中は見えないだろう。  つかの間の逡巡が通り過ぎ、こめかみに押し当てられた額へと意識が向く。 「触る?」  ウィザが首を横に振った。  燻る余韻を煽るように奥を混ぜると、ぬかるんだ中がぐずぐずとした刺激を生む。 「……っ、んん……」  抱えなおした太腿が、ず、と滑る。  ソルはウィザをシーツに降ろした。体勢のせいで抜けかけたそれに、ウィザが反射的に上体を捩る。  ソルはその膝裏を掴み、両足を押し開くように仰向かせた。 「ッく、ぁ……!」  跳ねたウィザの足が腰に食い込み、遅れて収縮した内壁が刺激の元を締め付ける。 「ッちょ、痛って、骨キめんなって」 「誰のせ、だと思って」  はぁ、と息を吐いた拍子に、腰を固める足が少し緩む。  ソルはゆるゆると浅い場所を突いた。ウィザの膝がきゅっと内を向き、自由が利くようになったころを見計らって快感を追っていく。 「は、ッあ……!」  ウィザが何度目かの刺激に顎を逸らした。跳ねた髪が微かな音を立ててヘッドボードに擦れる。抜き差しが過敏な場所を捉えるごとに、浮いた背中は僅かずつシーツをずり上がっていく。  ソルは短く息を吐いてウィザに覆いかぶさった。  シーツから離れた腰をすくい上げるように浮かせ、向かい合わせに抱えたウィザの背をヘッドボードに押し付ける。 「………………っ!」  力の入っていないかかとがソルの腰を蹴った。  ぱしん、ぱしん、と打ちつけられるそれは抗議なのだろうが、神経が高ぶっているせいで妙な昂揚を煽る。 「ごーめーん、ッて、頭打つよりマシだろ」 「……ッ! は、んぁ……!」  抱えなおした足のつま先がきゅっと丸まる。噛みしめた唇の隙間から押し殺した喘ぎが洩れる。 ――――かたた、と、強風が窓枠を揺らす。しかしその音はベッドの軋む音に紛れて、どちらの耳にも届かなかった。  ウィザがソルの背に片腕を回して体重を支え、伏せていた目を薄く開く。  何かを見ようとしたというよりは、快感に浮かされて目を開けていたに過ぎない。  ソルの肩越しに波打つシーツがあり、部屋の隅では二人分の荷物がぼんやりとした塊になっている。カーテンの隙間からちらちらと瞬くのは外の街明かりだろう。  色町の常夜灯ともいえるそれが、ほんの数秒、何かに遮られた。 「…………………ッ!?」  ウィザは窓の外を凝視して目を見開いた。  頂の手前で身体をこわばらせたウィザに気付き、ソルが同じ方向へ振り向こうとする。  それよりも早く、反射的に、無意識に放てるほど馴染んだ呪文を解き放つ! 「はじけろ!!」  爆発が壁ごと窓を吹き飛ばした。幸い威力のほとんどは天井へ逸れたが、無数のがれきとガラス片が爆風と共に窓の外へ降り注ぐ。 『ギャァァアアアア!!』  確実に人間のものではない悲鳴が響いた。  何かしらの巨体が壁にぶつかる音と振動、大人数の足音と気合の声が続く。 「――――いたぞ! 諸君、私に続け!!」 「捕縛用意!」 「呪文詠唱!」 「もたもたするな、かかれ!」  聞き覚えのある気取った声に、呪文や投擲武器の風切り音、やけくそのような人外の咆哮が入り混じる。  が、正直に言えば、ソルに聞こえたのはその半分程度だった。  片耳を貫く耳鳴りに耳を押さえ、呻きながらウィザと壁の穴を見比べる。 「おっ……前、……なに、どした……」 「わ、からねえ、目が、あった、ような……」  ウィザが快感とは別の方向で肩を上下させた。  外の喧騒はその騒がしさを保ったまま、慌ただしく遠ざかっていく。  ソルは半眼を眇めてそのまま目を閉じた。  盛り上がっては水を差されて気を散らされて、朝から寸止めを食らい続けた衝動はおかしな具合に薙いでいる。  ダレた、でもなく、失せた、でもなく、呆れと諦観がない交ぜになるような、そのくせ止める選択肢はない。 「(締まんねーなあ)」  洩れたため息は思いのほかトゲがなかった。  肩に引っかかっていたウィザの手がするりと背を撫でて落ちる。 「さすがに邪魔も終わりだといーな」 「言うなよ……マジになるぞ」  さざなみのような苦笑が洩れた。途絶えた流れを繋ぎ直すように唇が触れる。  魔物が出ようが出まいが、深夜の裏通りは騒がしい。偶然、耳の良い通りすがりが何かを聞きとったとしても、ここではありふれたものだと気にも留めないほどに。 「諸君、討ち取ったぞ――――!!」  遠くで歓声が沸き起こって、ソルとウィザは堪えきれずに吹きだした。 「うわっ」  待ち合わせの店に現れたイストを見て、ソルは危うく飲んでいた茶を吹きかけた。  上着はところどころ引っ掻かれたようにほつれ、肩や背にいくつもの靴のあとがついている。仕上げに手の甲にはガーゼが巻かれ、その隙間から火傷のような跡がのぞいていた。 「昼間っからディープすぎんだろ」 「まあ……あ゛――…………どうだった?」 「違うよ!! 魔物退治に駆り出されてたんだよ!!」  イストが泣き声交じりにテーブルに突っ伏した。 「もう散々だったよ…! 食事してたら呼び出しがかかってさぁ、隊員だけじゃ手が足りないから手伝えって! 気付かなかった? 他の旅人も加勢してたから、結構な騒ぎになってたけど」 「寝てた」 「ああ、正解だね……人数がいればいいってものりゃらいよ…」  ふぁぁあ、とイストが欠伸をして目元をぬぐう。  カフェからは大通りの奥にある広場が見えた。花壇とベンチが並ぶ憩いの場だが、今はやじ馬で混み合っている。その隙間を縫うように、赤い制服の面々が忙しなく行き来していた。  ウィザが人混みの中心を見て呻く。 「なんだあれ……」 「ももんがだろ」  ソルはウィザと同じ方向を見た。  小さめの丘と見まごう魔物が網をかけられ、地面に貼りつけられている。  ネズミとリスを合わせたような顔つきだが、巨体に反して身体のパーツは長細い。四肢の間には水かきのような飛膜があり、見ようによっては広げた毛布を背負っているようでもあった。  見える範囲だけでも相当な数のガラス片が刺さっており、巨大な飛膜の片方は爆発にでも巻き込まれたかのように焦げている。  十分すぎるほどの致命傷に見えるが、体が消滅していないということはまだ息があるのだろう。不用意に近づいたやじ馬が叱り飛ばされている。 「普段は周りの山に住んでるらしくてね。見た目より体重が軽いから、風に乗って滑空してくるんだって」 「へえ……! 初めて見るぜ」  ウィザが頬杖をついて広場を眺めた。  イストがふと首をかしげ、いたずらを思いついた様な笑みを浮かべる。 「キミは昨日の夜どうしてたんだい?」 「っ、……あ゛ぁ?」 「実は昨日、あの魔物が住宅街に逃げ込んだらしくてね。隊員たちが追いつく前に、誰かが呪文で加勢してくれたんだって。すごい威力の爆発だったらしいから、オレはキミじゃないかと思ったんだけど」 「直接見てねーの?」 「聞かないでよ」  イストが腕の包帯を示した。  すでに砂糖の溶けきった紅茶をかき混ぜ、ウィザが肩をすくめる。 「はっ、知るかよ」 「そうかい? 隊長がお礼したいって言ってたよ」 「知らねえっつってんだろ」 「へえ、ふふっ」  イストがクッキーの乗った皿を傾ける。 「世界には称賛を望まないヒーローがいるんだねえ。オレは彼らに幸運があればいいと思うよ」 「そうかよご立派だな」  ウィザが一枚つまんでそっぽを向いた。  ソルは黙々と自分のカップを傾けた。  魔物が両脇の山から滑空してくるのなら、やってくる高さと風向きは限られてくる。  その方角に窓のある部屋を避け、滑空のラインから外れるであろう高めの階を選んだのだが、追い立てられた魔物はそれどころではなかったということか。 「(つくづく締まんねーな)」  ソルは伝票を取って立ち上がった。それぞれに会計を済ませ、街の出口へ向かう。 「ソル、街出る前に薬草屋に寄るぞ」 「買い忘れかい?」 「まぁな。ついでに化膿止めくらいは煎じてやんよ」 「ウィザ……!」  ざぁ、と彼らの背中に風が吹き付けた。山から吹き下ろした風は広場に流れ込み、魔物の皮膜を膨らませる。  ソルは歩調を落とした。  一歩、二歩、と進むペースがずれ、前を歩く二人との距離が開く。  背後の広場はにわかに騒がしさを増していた。網のちぎれる耳障りな音が重なり、やじ馬の悲鳴と隊員たちの激が上がる。 「いけな……ぐに捕縛を……! ――――うわああああ!!」  ごぅ、と、沸き起こった突風がソルの背にぶつかった。  獣じみた臭いだけが風に乗って通り過ぎ、巨大な何かが地面を擦るような音が近づいてくる。がん、がしゃん、と混じるのはその辺のくず入れや植木鉢が薙ぎ倒された音だろう。  ソルは長剣に手をかけた。  イストが足を止めて振り向きかける。 「キミも少しは休めた?」  刹那、長剣が閃いた。  魔物の首が宙へ飛び、一筋の血の跡を残して消滅する。取り残された胴体は地面に突っ込み、開いた距離分の石畳を剥がして止まった。 「あ゛!?」 「えっ?」  僅かに早く振り向いたウィザが顔を歪め、直後、砂となって散った魔物の残骸にイストが目を瞬かせる。  広場からはリフォレを筆頭にした面々が駆けてくる。  ソルは足早に二人に追いつき、薬草屋へ続く路地を指差した。 「ま、充電かんりょーかな」 end.

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