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よくあるお花頭【2】
さかのぼること数分前。
ウィザはイストとともに派遣所の庭へ出た。
日が陰り始めたポーチには人一人いない。
外へ出た瞬間ミミックの群れに襲われることも考えたが、奇妙なことに見張りすらいない。
「!」
ななめに一閃された生垣 がウィザの目に入った。
左手には通りに出る門扉 がある。
門に向かうアダカットの動線を塞ぐように斬り上げ、ソルがさらに追撃をかけた、とすれば。
ウィザは生垣を見上げた。
何者かが垣根を越えて外へ逃れたように、上の方の枝が何カ所か折れてへこんでいる。
門から出て裏側へ回って見れば、似たような刃物の跡が商店街のほうへ続いていた。
斬りあいの跡としては多すぎるほど多い。狩りを急いで急所狙いの一撃を連発したように。
ウィザは昼間の光景を思い出して口を結 んだ。
「ウィザ、ソルはどっちに?」
「来い」
ウィザは返事を待たずに通りの先へ急いだ。
反 り立つような灰色の雲が空を埋めつつある。石畳 は乾いているものの、一足ごとに雨の匂いが濃くなっていく。
店じまいには早い時間にもかかわらず、立ち並ぶ道具屋や雑貨店が妙に静かだ。
その理由は数メートル先に転がっていた。
「! 大丈夫ですか!?」
イストが手近な一人に駆け寄る。
商店街に隣接する市場である。果物や魚などの商品が地面に散らばり、日よけの布は支柱ごと引き倒されている。
だが倒れこんでいた人々は軽傷だった。目立った血の跡はなく、皆 つむじ風に遭 ったあとのように尻をついている。
「な、なんなんだよう!」
客か店主か、日よけの下から這い出てきた男がウィザに詰め寄った。
「傷まみれの旅人たちが逃げてきたと思ったら、おかしな二人が飛び込んできて!」
「うるせえ! 家に引っ込んでろ!」
「はあ!?」
「すみません、その二人はどっちへ行きましたか?」
イストがウィザと男の間に割り込む。
「む、向こうのアパルト通りへ抜けていったと思うけど」
男は通りの先を指した。Yの字に分かれた道の片方、宿屋の並ぶエリアとは別の区画 である。
「行くぞ」
「あ、待ってよ!」
ウィザは足元を埋めるオレンジの山を避けようとして、もう一度市場を振り返った。
やけに商品が散らばっているとは思った。
陳列 に使う空箱や桶、カゴやキャリーワゴンが不自然なほどに見当たらない。
「まさか……」
わずかな剣戟 の音が耳に届く。
ウィザははじかれたように通りの先を見た。物陰を警戒しながら、指された通りの奥をのぞく。
ほとんど裏道のような生活道路だ。ゆるいカーブの道を挟み、安価 なアパルトメントのカベが城壁のようにそびえている。
人影はない。
と思った瞬間、無人の路地を影だけが横切る。
振り仰いだウィザの頭上で、二つの人影が屋根を跳び越え、隣の屋根へ走り去っていった。
「野郎……!」
その後を追うように、ふぞろいな容器の群れが屋根を越えていく。一瞬のシルエットで判断しきれないほどの箱や桶、用途のわからない空容器など。
「ソ……!」
「ウィザ、伏せて」
ウィザはローブの背を引かれて片ひざをついた。
「んだよ」
イストが人差し指を立てて声をひそめた。
「アダカットに気づかれなければ、ミミックの不意 を突けるかもしれない」
「あ゛ぁ?」
身を低くするイストにつられて、ウィザもカベぎわに身を寄せる。
「ミミックには目も鼻もない。『宝箱に寄生して、自分に触れた相手を捕食 する魔物』だ。でも最初のミミックはカウンターの向こうにいる職員さんを襲った」
ウィザは眉を寄せて先を促 した。
「彼らはアダカットの目を頼りに動いてるんじゃないか?」
頭上からは二人分の足音と、空容器の跳ねる音が聞こえる。
何体かのミミックが屋根のフチにはみ出しては戻るが、ウィザとイストを見つけた様子はない。
「派遣所の部屋の広さなら中にいる全員に目が届く。それにアダカットがきみを見たとき、ミミックたちが一斉にきみを狙ったんだ。今アダカットはソルに追われてるから」
「あいつを見ざるをえねえし、ミミックの狙いもソルに向く……ってか」
ぱた、と雨粒が落ちた。
石畳を塗り替えるにもしばらくかかりそうな小雨 だ。だが瞬きごとに水の落ちる間隔は短くなっていく。
ウィザとイストはもう一度頭上を見上げ、路地の先へ急いだ。
◆
窓辺に吊られたプランターが口を開ける。雨水受けのバケツが動き出す。
東の果てに伝わるガラクタの行進 のように、大小さまざまなミミックがアダカットの周りを跳ねる。
「きみ、一途 だねえ。怖いくらい急所狙いだもの」
アダカットは帽子のつばを持ち上げた。ふちにたまっていた水滴 が屋根に落ちる。
濡れたレンガに落ちた雨水は染みきらず、傾斜 にしたがって軒 からこぼれ落ちた。
抜き身の長剣が雨をはじいて鈍く光る。
ソルは水気を帯びた柄を握り直した。鋼鉄の鞘を片手に下げたまま、据 わったまなざしがアダカットを嘗 める。
ソルの姿がぶれるように消えた。と思わせるほど唐突に、直線上の距離が縮む。
アダカットの眉間を狙って切っ先が突きこまれた。
それを鼻先で払うように杖で流し、アダカットが半歩体を回転させる。
ソルの進路へ飛び込んできた水桶 が大口を開けた。
ソルは速度を落とさず踏み込んだ。
ななめ上に跳んだソルの影を噛み、ミミックが面食らったようにあたりを見回す。
ソルはそのへりを蹴りこみ、屋根窓 へ着地した。
「んんっ!?」
アダカットの声をよそに、棟 に登っていたプランターがソルに飛びかかる。
一瞬早く軒先 を蹴り、ソルの体が宙 に逃れた。
眼下には円状に集まったミミックの群れがある。
その中央、台風の目のように空いた空間で、アダカットが杖を振り上げた。ミミックたちが互いを足場にして上へ跳ね、空中のソルに牙をむく。
ソルはすっと目を細くした。
長剣を手近な空箱の鼻先へ打ち下ろし、勢いのまま体を回転させる。天地が逆になった世界でミミックの底を蹴り、アダカットの死角へ回り込む。
「な……!?」
アダカットが振り向くよりもはるかに早く、ソルはがら空きの背中に斬りつけようとした。
刹那。
先ほどの突きをそっくりやり返すように、ソルの目の前に石突 が飛び出してくる。アダカットが前を向いたまま、ソルの落下を迎え撃つように背後に杖を突きこんでいた。
「――――――英知を!!」
雨を忘れるほどの閃光 が視界を塗りつぶした。
「うっ!?」
アダカットが悲鳴を上げて目を覆い、杖先がソルの眉間から逸れる。と同時に、ミミックたちが面食らったように動きを止めた。
着地したソルをアダカットが振り向くより早く、ウィザの声が曇天 に響く。
「火炎よ!!」
横薙ぎの火柱がアダカットに向かって伸びた。
ウィザとイストは二手に分かれ、それぞれ別の外階段から屋根に上がっていた。
イストはソルとアダカットが重なる位置から、ウィザは直線状の呪文がアダカットのみに当たる位置から、ななめに交差するように呪文を放つ。
雨を焼き切って迫る火柱を前に、アダカットが、す、と片手を上げた。
散らばっていたミミックたちがアダカットの前に集まり、ひとかたまりになって火柱を受け止める!
「ッな!?」
「僕とミミックは一方的な関係じゃないんだ。五感 を共有 している」
くらんだ目を閉じたまま、アダカットが口元を歪 める。
「ミミックは自分に触った相手をエサにする魔物だ。目や鼻がないかわりに触覚で世界を見ている。今自分に攻撃した獲物がどこにいてどんな体勢か、逆算するのはカンタンだ」
僕ぁ見えた方がラクだけど。
静かな苦笑が場違いに響く。
火柱はアダカットに届かずかき消えた。
焼け残ったミミックが、そして仲間の陰で火の粉を逃れたミミックたちが、はじけ飛ぶように三人に襲いかかる。
「―――――ッ!」
ウィザはソルのほうへ走った。
アダカットの体が遮蔽物 になり、ソルの目はホワイトアウトをまぬがれたはずだ。
にもかかわらず、ソルの視線は定まっていない。精彩 を欠いたまなざしはウィザを見ることなく、見当外れの方向をさらっている。
ウィザはソルの背を掴もうとした。
背後で木箱のぶつかる音がする。
ソルがわずかに体をひねったことで、伸ばした手が空をきった。
耳のすぐ後ろで蝶番 が開く音がした。
「いっ――――いやああああっ!!」
まったく何の脈絡 もなく、唐突に悲鳴が響いた。
ウィザは砂袋 で殴られたような衝撃を受けた。
重力が真横に働いたような錯覚の中で、浮いた足裏を屋根に叩き付けてこらえる。
「ぅぐ……っ!?」
乗り物酔いと二日酔いを足して倍にしたように頭が揺れた。その視界の中で、ミミックの群れがぼとぼとと屋根に落ちる。
腹を見せて痙攣 するミミックたちの中で、アダカットが砂袋で殴られたように倒れ伏すのが見えた。
「レディ!? どうしてここに!?」
イストの驚いた声がした。それさえ水の中のように耳障 りに反響する。
ウィザは頭を押さえて声のほうを見た。
屋根越しに見覚えのあるリボンが見える。
ドーラがイストに腕を掴まれ、屋根の上に助け上げられたところだった。
「は、ぁ゛?」
えずくような声が洩れた。
見たとおり言うなら、屋根にのぼろうとして落ちたのだ。何一つここに来る理由のないドーラが。
イストの周りで発動しかけていた障壁が音もなく消える。聞こえなかっただけかもしれない。
「こ、の……!」
アダカットが蒼白 になりながら杖を掲げようとする。
「――――貫け!!」
ウィザは圧縮した衝撃波を放った。しかし不安定な集中で撃った呪文は、術者の意思に反したジグザグの軌道で標的 に向かった。
ふらつきながら飛びかかったミミックの牙がドーラの頭をかすめ、イストがドーラを抱き込むようにしてその軌道から逃れる。
と同時に、衝撃波が杖ごと片腕をねじきった。人とは異なる青の血が屋根に落ちる。
「……おっと」
アダカットが片目をしかめて傷を見下ろす。
その背中に、ひざをついたソルが一撃を突きこんだ。
切っ先が分厚い板に阻まれる音が響く。
「言ったろう? 見えなくてもきみたちの動きは――――」
アダカットの背後で、一体のミミックが折れた杖の石突を受け止めていた。
「が……………………っ!?」
そして。
逆の手で突きこまれた長剣がアダカットの背を貫く。
血の混じった咳 を吐いて、アダカットが目を見開いた。腹から生える長剣を掴みもせず、ゆっくりとソルを振り返る。
「これで致命傷のつもりかい?」
ざらり、と、アダカットの体が乾いた砂に変化した。
「――――どうもそうらしいね」
瞬きひとつの間にアダカットの体は消えた。
糸が切れたように数十の容器は静かになり、貫くものをなくした長剣がすっと下りる。
「………………ッ、ソル!」
ウィザは駆け寄った。
ソルがピクリと肩を跳ねさせ、あさっての方を向こうとする。ウィザはその肩を掴んで振り向かせた。
「っ、え?」
予想より平和な声がした。
ウィザは目を瞬かせた。
ソルは町中で不意に声をかけられたかのように、目を丸くしてウィザを見ていた。焦点は多少おぼつかなかったが、まなざしは素通 りすることなくウィザに向いている。
「あっわかった! キミ、耳がよく聞こえてないだろ!」
ウィザは声のした方を振り向いた。が、誰もいなかった。
「こっちだよ」
と、イストがウィザの顔の横で手を振った。同じく見当外れの方向を振り向いていたソルの両耳を手のひらでふさぎ、回復呪文の詠唱を始める。
「癒しを」
あっけにとられたままのウィザの耳に手を当て、イストが同じ呪文を唱える。
「あ、すげーラクになった」
ソルの声が鮮明 に聞こえた。
「ウィザは何度もキミを呼んでたんだよ。気づいてた?」
「……なんかしゃべってるな、くらいは分かったけど」
ソルが頬をかいた。横目にさまよったまなざしがウィザとかち合う。
「調子出ねえし変なのはいるし、またぶっ倒れる前にあのオッサンだけは斬らねーと、と思ったんだよ」
イストが苦笑いする。
「耳の奥が傷つくと、音の方向がわからなくなったり、強いめまいを起こすことがあるんだ。医務室でケガがないか調べたとはいえ、耳の中までは診なかったからね」
「耳?」
「んなでかい音、いつ……」
「それは彼女に聞いたほうがいいよ」
イストが半歩身を引く。
ウィザは開いた視界の先を見た。
数時間前の状況を再現するように、ドーラがしりもちをついている。その頭を横切るリボンがするりと切れて落ちる。
「は……!?」
ウィザは今度こそ絶句 した。
あらわになったドーラのつむじから、馬鹿げた冗談のように一輪の花が飛び出している。
「あ、あの……ごめんなさい。お邪魔するつもりはなかったのよ。みなさんご無事かしらと思って……」
なにからなにまで唐突な少女は素直に眉を下げた。
いや、少女ではない。人間ですらない。
ウィザの頭に派遣所で見たメニューがよぎった。走馬灯 のように。
『かつてこの地域で作られた伝説の万能薬をイメージしたエリクサーブレンド』
呪文を扱う者なら一度は耳にする万能薬・エリクサー。その原料となる、人の形の根を持つ植物。
「マン…ドラ、ゴラ……!?」
「ええ。なにかしら、人間さん」
ドーラはにっこりと笑った。くしくも派遣所での会話をなぞるように。
ソルが声をひそてイストを見る。
「魔物じゃねーの?」
「神話にも載ってる古くからの妖精……みたいなものだよ。幻獣 って呼ぶ人もいるけど」
イストが息を吐く。
「マンドラゴラの悲鳴は聞いた者を悶死 させるって言われてる。声そのものが一種の攻撃呪文になっていて、実際の音量以上に耳と脳を揺さぶるんだろう」
ミミックに聴覚があるかは定かではない。だがアダカットにはある。
ドーラの悲鳴は敵味方全員の脳を揺らし、アダカットと五感を共有するミミックの群れをも行動不能にした。
ウィザはドーラを見たまま、頭痛の残るこめかみをおさえた。ついていけないことばかりだが一つだけ確かなことはある。
「道理 で、……頭が痛いと思ったぜ」
先ほどの悲鳴を食らってから――いや、派遣所にソルを運び込んだあたりから、妙な違和感はあった。
事件の全貌 がわからないせいだとばかり思っていたが、ドーラの悲鳴そのものが原因なら説明はつく。
ドーラは魔物を追って飛び出してきたソルと鉢合 わせ、『驚いて叫んだ』。
ソルはドーラの真正面で悲鳴を食らい、ウィザはその数メートル後ろにいた。さらに言えばイストは階段の下で休んでおり、ウィザよりも遠くにいた。
「なんで山を歩き回ってた?」
「お話した通りよ。山の向こう、東側の斜面 まで魔物だらけになって――――わたし、落ち着いて生えていられなかったの」
ウィザは脱力 した。
いつの間にか雨はやんでいた。
残る湿気を追い立てるかのように、にわかに屋根の下が騒がしくなる。見れば軽傷の旅人と警備兵たちが魔物を探して通りを駆け回っていた。
傭兵派遣所という公 の場所が魔物に利用された大事件である。今見つかれば治療もそこそこに、何があったかを説明させられるだろう。
ソルが肩越しに下を見る。
「どーする? ずらかるか?」
「まっすぐ立ってから言え」
「オレが話すよ」
と、イストが真面目なまなざしをドーラに向ける。
「レディ。あなたは今のうちに山に帰ったほうがいい。彼らは仕事だから、あなたが何者かを徹底的に明かそうとするだろう」
「よくってよ?」
「よかねえよ」
ウィザはソルに肩を貸して立った。
「万能薬の原料が山を歩いてるなんてわかってみろ。研究バカや金に狂った連中が黙ってねえよ」
「……お前ってホント、」
「落とすぞ」
「万能薬……! そうなのね」
ドーラは頭の花に手をやった。髪飾りを抜くような気軽さで花びらを一枚|摘《つ》む。
「は、」
ウィザが言葉を見つける間もなく、ドーラはウィザの手をとって花びらを乗せた。
「山を静かにしていただいたお礼ですわ。良いようにお使いになって」
ドーラはスカートのすそをつまんで一礼した。
「お騒がせしてごめんあそばせ」
どこか浮世離 れしたほほえみを残し、ドーラは体をひるがえして屋根のふちへ歩いて行った。
イストが先に屋根から降り、外階段から身を乗り出してドーラに手を貸す。
二人の足音が遠ざかり、屋根の上が再び静かになった。
「どーすんだ、それ?」
「……売れば金塊くらいにはなるだろうな。真に受けるバカはいねえだろうが、話半分の品を集めたがる金持ちはいる」
言いながら、ウィザは花びらを薄紙 に包んでローブにしまった。
空は灰色の雲に覆われたままだ。
体勢を立て直そうとして、頭痛の残滓 に襲われて目を閉じる。
「ソル」
「ん?」
「……次からは俺も連れて行けよ」
「? おう」
遠くで低く雷が鳴った。
ウィザはソルを引きずるように屋根の端へ向かった。
End.
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