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よくあるお花頭【1】

 昼前の日差しが木の枝の隙間から降る。  ウィザは息を切らして山道を駆け上がった。  一定の感覚で植林された人工的な林だ。だが、あちこちの木から細い横枝が飛び出している。  足元の丸太の階段も、しばらく踏んだものがいないのか、コケにおおわれて登りづらい。 「――――ッ、ソル!」  ウィザは前方へ叫んだ。  返事はない。数メートル先で(やぶ)の擦れる音だけがする。  ウィザは舌打ちとともに次の段に足をかけた。 「ま、待って……!」  ウィザは振り返った。  片手で持つには厚すぎる教典をぶら下げ、神官がはいつくばるように階段を登ってくる。  ざっと十段下か。このか細い声では、もう数段差が開けば聞こえないだろう。 「イスト、そこで待ってろ。帰りに拾う」 「そうさせてもらうよ……」  ウィザは短く息をついてきびすを返した。  山肌に沿って(もう)けられた林業用の道だ。  普段は多くの作業員が行き来するそうだが、山に魔物が大量発生したことで作業を止めているらしい。  一週間、あるいは数日前からと言ったか。  ウィザは下草に埋もれつつある階段を踏みしめた。  山頂に近づくごとに下草は長くなり、横枝も絡み合うように密集している。  がさ、と葉擦れの音がした。  近くの木の枝が不自然にしなり、つぶてのような影の群れがウィザめがけて飛び出す。 「はじけろ!」  爆発呪文が木々を揺らした。  黒焦げになった魔物の群れが地面に落ち、視界をふさぐ枝が火の粉で焼き切られて消える。  ウィザはそれらを一瞥(いちべつ)もせず先を急いだ。  |木立《こだち》の向こうに人影がちらつき、木々の(かげ)に溶け込むように消える。 「ソ……!」  踏み出したつま先が固いものに当たった。  ココナッツの(から)を貼り合わせて作ったような、奇妙な魔物である。この山が封鎖された原因であり、先ほどウィザが焼き切ったのと同じ魔物だ。  固そうな殻は勢い任せに叩き割られているが、まだわずかに息がある。  ウィザは顔を背けてかかとで蹴り砕いた。 『ゴッ……!』  殻がこすれるような断末魔を洩らし、魔物の体が砂になって散る。  ウィザは藪の向こうに目を凝らした。  作業道から外れた林の中だ。  視界を遮る枝葉と雑草をすり抜けるように動く人影がある。  先の魔物らしき小粒の影が人影に飛びかかっては、真っ二つに断たれて地面に落ちる。 「いいかげんにしろよ、あの野郎……!」  ウィザは下草をかき分けて藪の中へ飛び込んだ。  影の中で木漏れ日を反射した白刃が(ひらめ)く。  頭上からの一体を長剣の一振りが斬り捨て、軌道上にいたもう一体を引き切るように地面に叩き付けた。 「ソル!!」  と、ウィザが呼ぶよりわずかに早く。  カサ、と、彼方(かなた)で草の揺れる音がした。  そのかすかな音に引き付けられるように、人影が地面を蹴る。 「待て!」  ウィザは悪態とともに人影のあとを追った。足にぶつかる下草を踏み分け、顔にかぶさる枝を掴む。 「――――――きゃあああああっ!!」 「!?」  唐突に、かん高い悲鳴が響いた。  仲間内の誰かの声ではない。  魔物があふれる山には場違いなほど(すず)やかで、頭の芯をしびれさせるような―――― 「レディの声だよ!!」  ウィザは我に返った。  いつの間に登ってきたのか、イストがウィザを抜いて丸太の階段を駆け上がっていく。  ウィザは藪から抜け出てそのあとに続いた。 「ソル! ――――…………あ?」  最初に目に入ったのは、あおむけに倒れた戦士―――ソルの姿だった。  出会い頭にアッパーカットを食らって気絶すればこうなるだろう、という見本のような倒れ方である。  握ったままの長剣に血の跡はない。先ほどの魔物の体液がついているが、それだけだ。 「レディ、おケガは!?」  イストのあわてた声を聞いて、ウィザは初めてそちらを見た。  見知らぬ少女が一人、ちょうどソルの真向(まむ)かいでしりもちをついている。  身長はこの場の誰よりも小さい。気合を入れれば片腕で抱え上げられそうな細身である。  少女の両手は(から)で、周りにはバスケットひとつさえ落ちていない。 「なにがあった……?」  ウィザは呆然(ぼうぜん)とうめいた。  あいにくとその問いに答える者はいなかった。  異世界から魔王が現れ、平和だった世界に魔物があふれかえってしばし。  世界の治安を維持するため、王家は一つの通達を出した。 『魔王を倒したものには望みの褒美を与える』  多くの人々が旅に出た。  富を求める者、名誉を望む者、魔王討伐を口実に故郷を離れた者。  目的が何であれ日々の生活には金がいる。各地での魔物退治は旅人たちの主な収入源だ。  魔王から生まれた純然たるしもべたち。  よからぬ魔力にあてられて凶暴化した動植物。  あるいはこの世界で生まれながら、魔王に力を貸すことを選んだ妖精や精霊。あまたの神秘のなれの果て。  普通の旅人にそれらを見分けるのは難しく、見分ける必要もあまりない。  浮草(うきくさ)暮らしを続けるコツは、挑む相手を間違えないことだ。  そんなよくある世界のよくある話。 「…………で、なにがあった?」  ウィザは手元のハーブティーを一口飲んだ。オレンジピールの香りが鼻に抜ける。メニューには詳しいブレンドが書いてあるが、今は読む気分ではない。 「言った通りよ。わたしがいけなかったの」   向かいに座った少女は小柄な肩をちぢこめた。  目いっぱい困りながら、どうにか口元のほほえみだけは絶やさずにいる。そういう顔である。  ウィザは改めて少女の服装を眺めた。  パフスリープのブラウスにひざ丈の白いスカード、つむじを横断するように結ばれた幅広のリボン。  見れば見るほど山を歩く格好ではない。 「急に戦士さんが飛び出してきたから、わたし、驚いて叫んでしまって――――」 「その程度で転びゃしねえよ」  ウィザはこめかみをおさえた。  仮にも長剣一本で魔物を相手取ってきた戦士が、通りすがりの少女に驚いてすべって転んで頭を打った。  とすれば別の意味で頭が痛くなってくる。 「あんた、家は?」 「ドーラって呼んで。よろしかったら」 「……家はどこだ、ドーラさん」  少女はにこっと笑った。 「山の向こう側よ。だからこの町におうちはないわ」 「…………そうかよ」  ウィザはため息とともにソファに背を預けた。  ドーラが間をつなぐように水を飲む。 『好きなものを頼め』とメニューを渡したにもかかわらず、ドーラは1ページ目のハーブティーをちらっと見て(まゆ)を寄せ、無料の水を頼んだ。  もし当たり屋なら、ここぞとばかりに高いメニューをおごらせようとするものだが。  ウィザは横目でメニューを見た。 『新鮮な手しぼりオレンジジュース』 『近隣の村の朝|摘《つ》み薬草を使ったアイスティー』 『かつてこの地域で作られた伝説の万能薬をイメージしたエリクサーブレンド』  ……品ぞろえは悪くない。  今の世でエリクサーの原料を1つでも見つけたなら歴史に名が残るだろうが、この手のジョーク商品はどこにでもある。  せめて炭酸くらい頼んでもいい気はするが、見ず知らずの旅人とぶつかればそんなものか。  ドーラが(ひか)えめに周りを見回す。 「ここはなにをするところなの?」 「傭兵派遣所(ようへいはけんじょ)。旅人の仕事の斡旋所だ」  ウィザはざっと周囲を手で示した。  外へ出るドアの前には待合席を兼ねたテーブルが十席ほど並んでおり、レイアウトだけ見ればカフェか酒場のようでもある。  奥のカベに沿って長いカウンターがあり、簡易的な仕切りを隔てて数名の職員が座っている。  職探しや武器の貸し出し、報酬の受け取りなど、旅人の様々な手続きを受け付ける窓口だ。  そのはす向かいで、『医務室』とプレートのかかったドアが開く。 「イスト。どうだった?」 「さっぱりだよ」  イストがソルに肩を貸しながら、というより、二人でナナメになりながら歩いてくる。  ウィザはソファを空けた。テーブルの下から椅子を引っ張り出そうとして、現れた空樽(からだる)に目を丸くする。  妙に手狭に感じたのは勘違いではなかった。  今日に限って客が多いのか、空樽や木箱(きばこ)を椅子代わりにしている席があちこちにある。  イストがよろけながらソルを下ろした。  ウィザはソファーに突き当たる長剣をベルトから外して小脇に置いた。 「しいて言うなら脳震盪(のうしんとう)が近いけど、どこも打ってない。骨や内臓も異常なしだって」 「あ゛ぁ?」  ウィザはソルを見下ろした。  手近な鈍器で一発殴り、かろうじて死ななければこうなる、という見た目だ。山中(さんちゅう)で倒れていた時と同じく顔色は悪く、気絶と朦朧(もうろう)の境をさまようようにうめいている。 「おい、ソル」 「う゛うぅぅぅ」  ソルは揺さぶる手を嫌がるように顔をそむけた。いや、そむけようとして力尽きた。  完全に意識が切れてはいなさそうだが、話せる状態でもなさそうだ。 「祝福を」  イストがかざした手から柔らかな光が広がる。 「毒や呪いならこれで消えるんだけど」 「……起きねえな」  手詰まりである。ウィザはため息をついた。  ドーラがおろおろとソルとウィザを交互に見る。 「本当にごめんなさい。戦士さんに聞こえているかわからないけど、反省しているのよ」 「わかったわかった」  ウィザはソルのジャケットに手を突っ込み、四つ折りの紙を引っ張り出した。 「なんだい?」 「今回の依頼書(いらいしょ)だよ」  ウィザは紙を開いた。 『魔物退治依頼:山に大量発生した魔物を退治してください。大人数募集。報酬はおひとりにつき1万R。傭兵派遣所にてお支払いします』 「……妙な依頼受けやがって」  ウィザは半眼でソルを見た。  イストが首をかしげる。 「普通に見えるよ」 「この手の依頼は、退治の証拠にツノだのキバだの持って来い、ってのが相場(そうば)だ」  ウィザは書類の下部を示した。  派遣所の印とソルのサイン、依頼人の署名(しょめい)が並んでいる。 「派遣所は依頼を集めて掲示(けいじ)するだけだからな。何をもって『退治した』かがあいまいだと、金だけもらって逃げるヤツや、ゴネてタダ働きさせようとする依頼人が出てくる」  ウィザは代理人の欄に署名をした。  請負人(うけおいにん)との関係:旅仲間  代理および依頼の中止理由:請負人行動不能のため 「……ま、あの山を片づけるのに細かいことは言ってられねえか」  ウィザはインクを乾かすために紙を振った。 「ここに『中止の場合、報酬はお支払いできません』ってあるけどいいのかい?」  イストが目ざとく依頼書を指した。  ウィザは肩をすくめた。 「もともとこいつが一人で受けた依頼だ。金の交渉までやってやる義理はねえよ」 「そのわりに山までついていくんだね」 「あ゛ぁ?」 「――――そこ、空いてるかい?」  横あいから見知らぬ声がかかった。  銀髪を首の後ろで結わえた、身なりのいい紳士が立っている。  紳士はソファーを見下ろしてソルを見つけ、すぐに身を引いた。 「いや失礼、ダメそうだ」 「悪ぃな」  ウィザは紳士を眺めた。  黒に近い紫のシルクハットとベストを細身にまとい、身長半分程度の(つえ)を持っている。足の支えというよりは、タップダンサーや手品師が扱うような杖だ。  四十より若いということはないだろう。しかし、背筋(せすじ)はすらりと伸びている。  服装といい口調といい、明らかに旅人ではない。 「この戦士くんだいぶ顔色が悪いね。髪まで真っ白じゃないの」 「こいつはもとからこの色だよ」 「そう、じゃあ元気なんだね」 「元気じゃねえよ」 「アダカットさん! いらしてたんですか!」  一人の職員が小走りで歩み寄ってきた。それが紳士の名前らしい。  ウィザに帽子を傾けて一礼し、紳士が(かろ)やかに職員のもとへ向かう。 「……妙なおっさんだな」  ウィザはアダカットの背中を眺めてうめいた。  職員に連れられ、アダカットがカウンターへ歩いていく。 「誰か僕の依頼受けてくれた?」 「ここにいる人たちはほとんどそうですよ」 「みんな優秀だねえ。僕一人じゃ山狩りなんてとてもできないから」  アダカットが派遣所内を見回してほがらかに笑った。何人かの旅人が控えめに照れ笑いする。 「お金は僕から渡せばいいのかな?」 「前金と合わせて職員が支払いますので、こちらへ」  職員がアダカットをカウンターへ案内し、分厚(ぶあつ)耐火金庫(たいかきんこ)を開けた。中にひしめく金袋が一つずつ、カウンターの内側に出されていく。 「……彼が依頼主じゃないかい?」  イストが声をひそめて手元の依頼書を指した。 「かもな」  ウィザは依頼書を折りたたんで席を立った。 「出してくる。ドーラ、あんたももう帰れよ」 「別の言い方があるだろ! すみませんレディ、彼も友達が心配なんです」 「言ってろ」  ウィザはカウンターに向かった。 「報酬を受け取られる方はこちらへお並びくださーい!」  職員の整理に(したが)い、旅人たちが窓口に列をなす。  ウィザはその横、アダカットの隣の窓口へ書類を出した。 「代理人による依頼の中止ですね。少しお待ちを」 「ああ」  会話が途切れても周囲のざわめきは途切れない。  決して騒がしくはない。が、アダカットが職員と話す声はやけにはっきりと聞こえた。 「ここにサインすればいいの? 『職員さんへ』って書いとくね」 「ご自分の名前だけでお願いします」 「次の依頼もここにお願いしようかな。予定はないんだけど」 「アダカットさん、みなさんお待ちですので」 「これで書類はおしまい? そう」 「――――じゃあ、みんな消えてもらおうか」 「あ゛…………?」  ウィザは隣を見た。あまりにもさらりと、聞き逃せない一言が耳を通って行った。  その場の全員が違和感の正体をつかみ切る前に、アダカットの足元にあった空樽の椅子が大きく揺れる。  一抱えほどの樽はひとりでに床から跳ね上がり、カウンターの向かいにいた職員の首筋(くびすじ)にかじりついた。 「えっ……………?」  という声が咀嚼音(そしゃくおん)で途切れ、職員の体と樽が床に倒れる。  くるり、と、樽が床の上で回転した。  開いた鏡板(かがみいた)の中の暗闇をふちどるように、赤く濡れた(きば)がぐるりと生えている。 「うっ――――うわぁあああああ!!」  隣のカウンターの職員が悲鳴を上げた。  遅れて旅人たちも我に返り、悲鳴を上げる者、腰を抜かす者、武器を構える者それぞれに分かれる。  全員の注目の中で、アダカットはこともなげに一礼した。 「はじめまして、魔王様です。――――って違うか」  と、シルクハットを直す。 「(ぼか)ぁミミックマスター・アダカット。魔王様の(めい)により、この町に集まった旅人を(ほろ)ぼしに来た」 「ミミックマスター!?」 「魔王の手下だと!?」  旅人たちが次々に叫ぶ。  アダカットはつま先で杖を跳ね上げた。つややかな杖が乾いた音を立てて手に収まり、グリップにはめ込まれた深紅の宝石が光を帯びる。  と同時に、周囲の木箱や空樽ががたがたと揺れ始めた。 「我が魔力でかりそめの命を宿せ、(うつ)ろなるモノども――――とか言わなくても出るからね」 「なんなんだぁぁぁぁっ!!」  イストが悲鳴とともに結界呪文を発動させた。  半円状の障壁(しょうへき)がイストの前に現れ、飛びかかってきた木箱の群れを受け止める。 「レディ、オレの後ろに!」 「え、ええ!」  ドーラはソルを引きずるようにして障壁の範囲に転がり込んだ。  ガリガリゴリッ、と嫌な音をさせて、食いこんだ牙が障壁の表面を滑り落ちる。  ミミック。  主に宝箱と一体化し、開けた者を襲う魔物である。空のツボや木のウロで発見された例もあり、そのトラップじみた生態で命を落とした旅人は数知れない。  非常に凶暴だが、群れを作る習性がないのが唯一の救いだった。裏を返せば、二十を超えるミミックの群れに囲まれた経験のある者など、まずいない。 「ぐぅっ!」 「ぎゃあ!」  剣を抜こうとした剣士が他の旅人とぶつかり、抜刀(ばっとう)が妨げられた一瞬のスキにミミックがかじりつく。  仲間の傷をいやそうとした僧侶もミミックに追われ、回復呪文の詠唱が途切れる。  ようやく呪文を完成させた魔導師が小ぶりな火の玉を放つが、別のミミックに杖を噛みちぎられる。 「戒め(いまし)を!」  イストは麻痺(まひ)呪文の詠唱を終えて指をかざした。  五指の先からほとばしった稲妻が近くのミミックに当たり、数段動きを(にぶ)くする。 「みなさん落ち着いて! あわてるのは敵の思うつぼです!」  叫んだイストの声に重なるように、新たな悲鳴と破壊音が上がる。 「あっはっは。ここを収めるには花火でも上げなきゃねえ」  と(わら)ったアダカットの体が横に吹き飛ぶ。 「――――はじけろ!!」  カウンター前で起こった爆発は、敵味方をまとめてカベぎわへ叩き付けた。威力の中心にいた木箱や空樽は一瞬で砕け散り、かりそめの命を終える。 「ウィザ!」 「動くな! そこにいろ!」  イストは駆け出しかけた足を止めた。背後からドーラがこわごわと顔を出す。 「な、なにごとなの?」 「……ご心配なく、レディ。ソルは起きてる?」 「いいえ。でも何か探してるみたい」  イストは目の届く範囲で後ろを見た。  病人が虚空(こくう)に手を伸ばすような頼りなさで、ソルの手が床を撫でている。 「ソルが探すような持ち物……あっ」  イストはあたりに目を配った。乱闘と爆発の影響で、見える範囲にあるのは廃材(はいざい)ばかりだ。 「レディ。そのあたりに彼の剣が落ちてないかな。サーベルくらいの長さで、変わった形の(つか)なんだけど」 「お待ちになって」  ごそごそとがれきを探る音がする。  イストは教典を握りしめ、ごくりとつばをのんだ。  爆破を(のが)れたミミックたちが一体、また一体と動き出し始めている。 「いたた。びっくりするかと思った」  ミミックをカベとのクッション代わりにして、アダカットがふらつきながら身を起こした。  その目がウィザを(とら)えると同時に、あたりのミミックが一斉(いっせい)にウィザを向く。 「ああ、さっきの。ソファーで寝込んでた戦士くん」 「違ぇよ」 「の横にいた魔導師くんか。最近の人間はみんな同じ顔してるから」  アダカットがひょいひょいと杖をもてあそぶ。ミミックたちがじりじりとウィザを取り囲む。 「きみみたいなタイプを見たことがあるよ。一発は打てても……二発目はそうはいかないだろ?」  アダカットが言い終える前に、ミミックの群れが八方(はっぽう)からウィザへ飛びかかる! 「――――吹き飛べ!」  そのさまを逆再生するように、(おうぎ)状に広がった衝撃波がミミックたちを叩き返した。 「いくんだ」  アダカットが独り言のようにぼやいた。  仲間を盾に衝撃波をしのいだ一体が木箱の(あご)を開き、ウィザの足元へ(せま)る。 「邪魔だ!」  ウィザは開いた下顎をかかとで蹴りこんだ。  上の牙と下の牙が互い違いに食い込み、ミミックがもんどりうって自壊(じかい)する。 「貫け!」 「んぉっと」  アダカットがさっと身を低くしてかわした。  圧縮された衝撃波がカベに当たり、クモの巣のようなヒビを入れる。 「威力のわりに狙いが大ざっぱだねえ。言われない?」 「うるせえ!」  ウィザは背後から飛び込んできた空樽を蹴り飛ばした。  ミミックの注意が()れているすきに、何人かの旅人が負傷した仲間を(かつ)いでドアへ向かう。 「くそっ、こんなものまで……!」  見知らぬ旅人が歯噛(はが)みする声がイストにも聞こえた。  本来はカウンターの裏にあった書類棚だろう。天井に届くほどのミミックが外へ続くドアの前に居座(いすわ)っている。  やむなく応急処置に傷薬や魔力薬を使った手元で、空になった容器が新たなミミックと化す。 「はじけろ!!」  再びの爆発が建物を揺らした。  立ち込める粉塵(ふんじん)を払い、アダカットが飛び散った小ビンの破片を一瞥する。 「僕も昔、家中の空容器を片づけようとしたよ。キリがなかったんでやめたけどさ。きみのコントロールじゃ部屋ごと消し飛ばしたほうが早い」  ハ、と、ウィザは短く笑った。 「今さらだな」 「うん……!?」  ウィザの視線につられるように、アダカットが爆発の中心地を見る。  二度目の爆破呪文はカベぎわで炸裂し、数人がゆうに通れるほどの穴をあけていた。 「外だ!」  わっと歓声を上げてケガ人たちが外に転がり出る。  慌ててそちらに飛びかかったミミックは、横合いからアックスに一撃されて吹き飛んだ。  人の流れが(さだ)まり、武器を振るえるスペースが生まれたことで、長柄(ながえ)の得(えもの)を持つ旅人たちが攻勢(こうせい)に加わる。  ぱりん、ガシャン、と無機質(むきしつ)な断末魔を残して、ミミックがみるみる数を減らしていく。 「しまっ……!」  アダカットが気を取られる。  その瞬き一つの間に、粉塵がきらめくような火の粉へ変わった。 「――――火球よ!」  空気中に散らばった燃え残りと術者の魔力。  それを起点に無数の火の玉が生まれ、室内に降り注いだ。  直撃した木箱や空樽は炎に包まれ、そうでないミミックも床に広がった炎に焼かれて声なき悲鳴を上げる。 「……きみに話さなきゃいけないことがある」  アダカットがため息とともに顔を伏せた。 「きみはミミックのことを燃やせるゴミの魔物と思ってるようだけど、中身が空の()れ物なら材質は問わないんだ」  ウィザの背後から影が差した。  ()(あお)いだウィザの真上で、へこんだ耐火金庫があぎとを開ける。 「こっ……の!」  ウィザは身をひねって金庫を蹴り飛ばした。鋼板(こうはん)が重い音を立てて床に(はず)む。  その体が反転し終わる前に、アダカットがさっと杖を(かか)げた。号令に(こた)え、燃え尽きつつあるミミックたちがウィザに襲いかかる。 「…………っ!」  ウィザはぎりっと奥歯を噛んだ。  アダカットが帽子のふちをつまむ。 「蹴りに威力を乗せるには、ヒットの瞬間息を吐かなきゃいけない。そのあと呪文を叫ぶには――――吐いた息を吸う時間が必要だ」 「―――――ッ!!」  ウィザはとっさに奥へ転がった。後を追うようにミミックの群れが降り注ぎ、一体が大きく口を開ける。 「ウィザ!!」  イストはとっさにドーラの視線を(さえぎ)った。  ひっ、と、ドーラが背後で身をすくませる気配がする。  (にご)った咀嚼音が一度、イストの耳に届いた。 「ぐ、……ッ!」  ウィザのうめき声がぶつ切りにしたように途切れる。  音もなく床の炎が消えた。  炭化(たんか)した木箱は容器の形を保ち切れず、一つ、また一つとミミックが沈黙していく。  アダカットが何かを確かめるように口の中を()めた。 「ふむ。全員とはいかなかったが上々かな。欲深い旅人さんが多くて助かったよ」  アダカットが派遣所内を見渡し、イストに目を止めた。  ダンサーがランウェイを歩くように、あるいはヒョウが獲物に迫るように、アダカットが一歩ずつ近づいてくる。 「あ、あなたが山に魔物を放ったのね!」 「ドーラ!?」  イストはぎょっとして振り返った。  ドーラは床に足をつけたまま、抗議するようにアダカットに吠える。 「聞こえていてよ! 中身が空の容れ物があれば魔物が作れるって。山に増えたクルミみたいな魔物、あなたのしわざでしょう!? わたし、落ち着いてひなたぼっこもできなくってよ!」 「ド、ドーラ、なに言ってるんだい!?」 「……場違(ばちが)いなお嬢さんがいるね」  アダカットは露骨に迷惑そうな顔をした。 「きみみたいなのとモメたくはないが、僕も仕事なんだ」  ごどん、と濁った音がして、アダカットの背後から耐火金庫が顔を出す。  イストは結界呪文を唱えようとした。  それよりも早く耐火金庫が跳ね、ドーラもろともイストをかじり取ろうとする。 ――――ばぢぃっ!!  床から飛んできた鉄製の鞘が垂直に金庫の口につかえた。 「ソル!」  イストは歓声を上げた。  その声には答えないまま、ソルがひきずるように片膝を立てる。  灯りのなさを差し引いても顔色が悪い。焦点の定まりきらない目が景色を撫で、ドーラを捉えてぎくりと見開かれる。  と同時に、金庫の背後から声が響いた。 「吹き飛べ!」  直線状の衝撃波が金庫を打ち抜き、間一髪でかわしたアダカットの肩をかすめる。 「おや。しとめたにしては肉が少ないと思ったよ」 「ウィザ!」  ウィザがアダカットを見据(みす)えて舌打ちした。だらりと下げたローブの袖口(そでぐち)には(しぼ)れるほどの血が()まっている。  ミミックの牙が腕を裂いた瞬間、ウィザはとっさに逆の手で木箱のフタを押さえつけた。  押さえられたままのミミックが盾になり、他のミミックの牙はウィザに届かなかった。  火に巻かれていたミミックの群れは数秒のうちに力尽き、焼け残った木箱の残骸(ざんがい)に代わる。  大穴の開いた耐火金庫が床へ転がった。  ひゅ、と気勢とも呼気ともつかぬ声を残して、ソルがアダカットに斬りかかる。 「んぉっと」  一閃がアダカットの毛先を切り飛ばした。突きこまれた刃先を杖のグリップでそらし、アダカットが杖を反回転させる。 「………………ッ!」  グリップがソルの袖のカフスを叩き割る。だが手首の骨を砕くには至らなかった。  取り落としかけた長剣を逆の手で掴み、ソルがアダカットの(どう)めがけて突きこむ。 「わっ……とと!」  切っ先はアダカットのベストを裂いて通り過ぎた。  アダカットが数歩後ずさり、ミミックになる空容器を探すように視線を走らせる。  そのスキを逃さず、ウィザが狙いを定める! 「はじけろ!」  床板を薙ぎ払うような爆発が起こった  火の粉と粉塵が立ち込めた室内にアダカットの姿はない。 「いない……!?」  イストが呟くよりも早く、ソルが床を蹴った。 「待て、ソル!!」  と叫んだウィザに振り向きもせず、カベの穴から外へ消える。 「あの野郎……!」 「待って、血を止めないと!」  イストはウィザに駆け寄った。ウィザがきっとまなじりを吊り上げる。 「てめえ、今のソルに長剣を渡したのか!?」 「でなきゃ彼が自分を守れないじゃないか!」 「この……!」 「あなた、腕が痛くなくって?」  (けん)をはらんだ空気にそぐわない声がした。ドーラだった。 「痛ぇに決まってんだろ黙ってろ!」 「彼女にあたることないだろ!?」  イストは慎重に無傷なほうの腕に触れた。 「朝から(あせ)ってたよね。ソルがやけにやる気だったのと関係あるのかい?」 「あ゛ぁ?」 「1分だけ。彼を追うにしても傷はふさがないと」  イストが手のひらを上に向けた。  ウィザは憮然(ぶぜん)としたままドーラを一瞥した。 「向こう向いてろ」  言ってからローブの袖を上げる。水気の混じった衣擦(きぬず)れの音がした。  イストが口早(くちばや)に回復呪文の詠唱を始める。  ウィザはため息をついた。 「……大した話じゃねえよ。殺しがクセになってる戦士や剣士なんざめずらしくもねえだろ」 「彼がそう言ったのかい?」 「あ゛ぁ?」 「(いや)しを」  イストの手から柔らかな光が広がった。ローブから滴っていた血が止まる。 「そういう人も少なくないだろうけど。まずは本人にどうしてか聞かないと」  ウィザは目を閉じて、わずかに肩をすくめた。 「『お前はどうしてしょっちゅう癇癪(かんしゃく)を起こして屋根を吹き飛ばすんだ?』って聞かれたとして、答えられる気はしねえな」  ウィザは袖を下ろした。  傭兵派遣所の中は1時間前とは比べものにならない荒れようだった。  あちこちに血のあとが散り、はだしでは歩けないほどの木片(もくへん)やガラス片が散乱している。今はがれきに埋もれて判別しづらいが、おそらく遺体も出てくるだろう。  ウィザは深く息を吐き、吸った。 「ドーラ。もういいぜ」 「お手当(てあ)て終わった?」 「ああ」  近づいてきたドーラがウィザを見上げた。   身長差を埋めるように、頭を横断するリボンがふわふわと揺れる。  ウィザは散りかけた自制心をかき集めた。 「ここで待ってろ。……あたって悪かったな」 「どこに行くの?」 「あの野郎を片づけてくる」 「そう……」  ドーラは心細そうに眉を下げた。  ウィザは改めて奇妙な感覚を覚えた。  見れば見るほど普通の少女である。アダカットに食ってかかっていたのは聞こえたが、(あら)ごとに慣れているわけではなさそうだ。   実際、ドーラは明らかにこの状況におびえている。 ―――そんな『普通の少女』が、なぜ身一(みひと)つで魔物だらけの山にいた?  カウンター脇からドアノブの回る音がした。  全員の視線を受けて、医務室から顔を出した医者が「ひっ」とすくみあがる。 「先生!」  イストが駆け寄った。 「よかった、ご無事ですか!?」 「え、ええ、医務室にはゴミ箱もないし……カギをかけて閉じこもっていたの」  医者がイストに片手を引かれるようにして室内を見回す。  イストがドーラを手招(てまね)いた。 「彼女をお願いします。オレたちも用事を済ませたら戻りますから」 「わ、わかったわ」  医者は芯のある声で頷いた。  ウィザとイストは頷きあい、カベの穴から外へ急いだ。  残された医者は血の臭いに顔をしかめ、手近に倒れていた一人の(みゃく)()る。 「だめか……! こっちの人は……!?」 「ねえ、なにかお手伝いできて?」 「そこにいて」  ドーラは気圧(けお)されるように数歩下がった。  医者ががれきを払い、息のある者を探す音だけが響く。  そこから何分経ったか。 「――――警備兵(けいびへい)です! 無事な人はいますか!?」  ドーラと医者ははじかれたように振り向いた。  カベの穴から数人の兵士が中をのぞいている。治安維持のため、街の要所に詰めている者たちだ。 「傭兵派遣所に魔物が出たと知らせを受けてきました! 魔物は!?」 「外です! まだ息のある人が……!」  警備兵の一部が顔を見合わせて街へ走った。  残りの警備兵が中へなだれこみ、にわかに室内が騒がしくなる。  ドーラは所在(しょざい)なさげに視線をさまよわせていた。その視線がカベの穴に移る。  医者が警備兵と話し終え、ドーラを振り向く。 「そうだあなた、医務室から包帯(ほうたい)を……あら?」  荒れた室内にドーラの姿はなかった。

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