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歌謡曲バー『神田川』
僕が目を覚ました場所にカウンターがあったのは、そこが歌謡曲バー『神田川』だったから。
夜になると、椅子とテーブルが並べられ、種族を問わないお客さんで埋まる。
コハクさんは和食、アサギさんは洋食担当で料理を提供し、オーナーのスオウさんとラシャさんがボーイをする。
オリベはステージで歌うミュージシャンのハモリをしたり、ギタリストの1人になる。
急に現れた僕は……その日の晩からボーイを任された。
皿を割ったり、料理を出し間違えたりと失敗ばかりする僕を怒ることなく、見守ってくれるからありがたい。
“何回も失敗して、覚えるもんや“
“一歩……半歩かもしれんけど、前に進んでんで?“
本当に天使みたいにみんな優しい。
それに、トリケラトプスのぬいぐるみなのにミュージシャンのレオさんとユニコーンのユルシさんも優しいんだ。
今日はここに来て2週間。
「シノ……出来たよ」
低い声で渡してくるアサギさん。
「いっちょあがりぃ! ほいさ、シノちゃん」
コハクさんは妖しい笑みを浮かべて、渡してくる。
「アマトリチャーナとだし巻きたまごでございます」
色んなお客さんがいるけど、臨機応変の対応が出来るようになってきた。
感情労働が苦じゃないのは、看護学校にいたことの唯一のメリットかな、なんて思えるくらいには前向きにもなったんだ。
「ぼんず、おらぁのどごさこじゃ!」
ズーズー弁の言葉がどこか懐かしくて癒される。
これはレオさんだ。
「今日もステキな歌声をありがとうね」
ステージに言って素直に褒めると、レオさんはたてがみをポリポリと掻く。
「なーにも、おめが聞いてぐれるならなんぼでもうだうがらな」
ニヤッと笑う姿はワイルドに感じる。
「そんなカッコいいこと言っても、お酒は一滴もやらないからね」
「なんだや、つまらねな」
言葉の割には楽しそうだよ。
「ユルシさんは野菜スティックのおかわりは?」
「いらん」
ユルシさんはあまり話をしてくれないんだ。
「マヨネーズは足らんし」
ボソボソと言って、ため息を吐くユルシさん。
でも、金色の角を擦っている。
これは素直になれない時のクセだと、オリベに教えてもらってるから、かわいいなと思う僕。
「じゃあ、野菜スティックもマヨネーズももってくるね?」
僕が平然と言うと、ユルシさんは目を見開く。
「バナナジュースも?」
僕が微笑んで言うと、顔を真っ赤にして小さくうなずいてくれたんだ。
「さっ、りぐえすとはや?」
レオさんは必ず聞いてくれる。
僕は獣耳に囁いた。
「承知しました」
それ、平成のネタだよ。
‘‘あなたに会えて 本当に良かった’’
みんなに伝わりますようにと願って、今でも受け継がれている名曲にした。
僕は口角を上げて、カウンターへと急いだ。
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