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第1話

「ディーグや、よくお聞き…」  皺だらけの手が、頬を撫でる。  薄群青色の瞳が、こちらを見下ろしている。  見知った老婆は、村の長老だ。 「我々は、この、神から頂戴した姿を忘れてはいけない。そして二つの心の臓、四つ足と、鉤爪と牙。真の王たる力」  そっと、肩を抱く手が、老婆と反対側から添えられた。  見れば、白金に近い髪を揺らして、優しく微笑むのは母だ。 「母さま」 「ディーグや、お前を戦士として、認めよう。誇るがいい、その群青の瞳を」  言って、手渡されるのは、己の手には大き過ぎる短剣である。  群青色に輝く、青石が装飾されたその短剣を鞘から引き抜くと、己の瞳が覗いた。  石と同じ、群青色の双眸。  憧れていた。  母も、母の兄も、父も、そして村の皆が持つ、『真の王たる力』の証。  これで、一人の戦士として認められたのだ。  これからは、守られるのでは無く、守るものになるのだ。  そう、信じていた。  どこかで、悲鳴が上がった。 「どうした?何事だ?」  男達がざわめく。  ふと、肩を抱く腕に力が籠もった。  見上げれば、見たこともない表情でこちらを見下ろしていた。 「母さま、母さま?」 「ディーグ、お前の足は早い。あやつらには、決して手に入れることのできぬ…」 「急襲!あれは、人間ではないぞ…!」  母の言葉を遮って、男が叫んだ。瞬間、その男の首が、付け根から転がった。  血飛沫を上げ、倒れる男の背後に、何者かがいた。  逆光と、砂埃でその姿をはっきりと見ることができない。  ただ、男が倒れたその瞬間が、幾度も頭のなかで繰り返された。 「ディーグ!お逃げ!」  叫び声と共に、母が剣を持って走った。 「か…」  母様。  行かないで。  そちらには。  危ない。    もう、何度繰り返したのだろうか。  止める小さな己の手。  その向こうで、布切れのように砂埃の中に消えていく母の後ろ姿。  白金の髪が、後を追うように土の上へと落ちていく。 「行くな…、母さん…」

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