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「今日はぜってえ譲らねえぞ」 ぎし、とスプリングが軋む。  あまり広いとは言えないセミダブルのベッドの上で、向かい合う二人。  締め切ったカーテンの向こう側からカラスの鳴き声が聞こえる。  随分夜も更けてきた。  今日はさっさと決着をつけてしまわないと、お互い明日の活動に支障が出てしまう。 「僕だって負けられないね。今日は絶対にこっちの気分なんだ」  鋭い視線がかち合い、火花が散った。  見つめ合うこと数秒……示し合わせたかのように二人はそっと拳を握る。  ふわふわの手に覆われた獣人らしい手と、細くすっきりとした真っ白い手。 「いくぞ」 「ああ」  喉を震わせて吠えるような声と同時に勢いよく二人は拳を突き出した。 「じゃんけんぽんっ!」  互いの手元を見下げると、そこには同じ形をした拳が並んでいる。  まあ、初回でこうなるのはよくあることだ。  流石に二十年も一緒に居れば思考が似るのは当然なのだから。 「あいこでしょっ!」  二回同じ手が出るのもまあ、確率的に決して低いものではない。  たかだか九分の一の確立だ。 「あいこでしょっ!」  ……段々イラついてきたのが目に見えてわかる。  スピードアップしていくこの勝負、決着がつくまでに夜が明けてしまわないかだけが心配になってきた。 「あいこでしょっ!」 「あいこでしょっ!」 「あいこでしょっ!」 「あいこでしょっ!」  濃紺の中に星が沈む静かな夜。  向かい合って座ったのは十一時頃だったのに、気が付けば時計の短針は三を少し過ぎている。 「ぜぇっ、はあっ」 「はあっ、はっ」  じゃんけんすること計百三十六回。  肩で息をする二人が威勢よく突き出した手はまたもや同じ形をしていた。  確率にして、六百十二分の一。 「……っふ、ふふふ……」  先に笑い出したのは空だった。  ブロンドの、本人に似て柔らかく素直な髪がさらりと頬に落ちる。  それに釣られるようにして向かい合っている條の口元もぐにゃりと歪み、鋭い犬歯が覗いた。 「く……くくっ」  一度逸らした視線がもう一度かち合った瞬間、二人は耐えきれなくなったように吹き出す。 「だはははははは!」 「あっはははははは!」  たった今目の前で発生した超常現象に腹がよじれるほど笑った後、二人でベッドに転がった。  二人分の重みでまたスプリングが悲鳴を上げる。 「なんっだあれ! あんなに被ることあんのか?!」 「すごい確率だっていうのは計算しなくてもわかるね」 「っはー、笑った笑った。つか今何時だよ……うげっ、もう三時過ぎてんじゃん。今日は寝ようぜ、明日十時から特売あるんだよ」 「僕も明日は朝から大事な会議があるからもう寝なきゃ」  いつの間にかぐちゃぐちゃになっていたベッドを適当に直し、二人並んで掛布団を被る。  取り合いになるので毛布は一枚ずつ。  几帳面な空が丁寧に布団を直すのを横目に枕に頭を預けると、シーツの上も枕も思ったよりひんやりとしていて、思わずまだ上半身を起こしたままの空の腰に身を寄せた。 「わ、ちょっと條。一回そっち寄って」 「んー」  言われるままベッドの端まで寄ると、空っぽだった隣に体温が滑り込んできて、少しずつ布団の中が暖かくなっていく。  温度を求め、改めて空の頬にすり寄ると、背中に彼の手の平が伸びてきた。  触れている部分から体温が流れ込んできて、ほう、と息を吐く。 「おやすみ、條」 「ん」 「條?」 「…………おやすみ、空」 「うん。おやすみ」  まだ冴えている視界を遮断し、ただ互いの体温に顔を埋めながら、二人はゆっくりと眠りに落ちていった。

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