13 / 13
★一方その頃★『結成まであと1年 7』の雲雀くん
「陽、どこ行く気?」
「え?」
「学校はこっち」
「あっ……ありがと」
「……大丈夫か?」
陽が少し顔を上げたので、ようやく目が合った。不安そうに瞳が揺れて、眉がいつも以上に垂れ下がっている。
そんな表情も可愛らしくて、思わずじっと見つめると、陽は目を逸らした。大丈夫、と小さく呟いて、振り切るように学校へと向かってしまう。
伸ばそうとした手は、がっくりと落ちた。
避けられている、という確信が後頭部を直撃するが、それでもなお膝をつかなかった自分を褒めてやりたい。
……いや、無理、しんどい。
授業中、窓から何気なく外を眺めると陽のクラスが集まっていた。体育の授業中らしい。
陽は生っ白い足をさらけ出しているが、上着のジャージはしっかりと首までチャックを締めていた。ジャージのズボンは腰がぶかぶかし過ぎて履けないと言っていた。入学時に「身長が急激に伸びるはずだ、成長期だから」と大きめのジャージを買っていたのだが、追いつくのはまだまだ先だろう。
サッカーボールを追ってぴょこぴょこ走っているが、しばらくするとゆっくりと動きを止めた。そのままぼんやり立ち尽くしていたものだから、ぽーんっ飛んできたボールにも気づかない。ぶつかったボールは高く跳ねていき、陽はころん、と転がった。
ボールを当てたクラスメイトは、他のクラスメイトからぐいぐい追い詰められ、陽はちやほや囲まれている。
俺も今すぐ駆け寄ってやりたいのに、何故別の教室から眺めているだけなのか。
とりあえずボールぶつけた奴の顔は覚えた。
いくつかの授業が終わった頃に様子を見に行くと、陽はたくさんの本を抱えて廊下を歩いていた。
陽は本を読むのが好きだ。下校時に図書館で雲雀を待っていることも多く、可憐な容姿と相まって、『図書館の妖精』と謳われている。
それにしても、そんなにたくさん溜め込むこともなかろうに。ハムスターか。
本を抱えてよたよたと歩く姿は危なっかしく、どうして自分を呼ばないのか、と雲雀はそわそわと見守った。
声を掛けるのを躊躇していると、一回りでかい生徒が伸ばした腕にぶつかって陽はころん、と転がってしまった。本はバサバサと廊下を散らばる。
思わず駆け寄ろうと一歩踏み出したが、ぶつかった生徒と同じくらいでかい生徒が「明石ィィ!!」と叫びながら目の前を駆け抜けていく。『明石』と呼ばれた生徒はラリアットで吹っ飛ばされていった。
誰だか知らないがありがとう。お前がやらなかったら俺がやっていたかもしれない。
その後でかい二人を従えるように歩いていく陽は、何故か楽しそうに笑っていて、とても可愛らしかった。
『明石』の顔は覚えた。
***
「雲雀、今から飯?」
「ん? んー、ああ」
昼休みは、いつもなら雲雀は幼馴染のところへ行ってしまう時間だ。けれど今日は一度戻ってきて、寂しげな表情を見せている。
飛鳥は先に食堂へ向かった友人たちを追っているところだったが、大事な友人である雲雀の様子に、思わず足を止めて声をかけた。
「えーっと……今日はあの幼馴染のとこじゃねぇの?」
「……用事があるみたいでさ」
「じゃあ、たまには一緒に行かね? 優介たちもいるよ」
喜びを露わにしてしまいそうな自分を押さえつつ誘ってみたが、雲雀は曖昧に微笑んで「どーしよっかなー」と答えるだけだった。
「なんかあった? 今日なんか変じゃん」
雲雀は少し目を丸くした。
今朝から、はぁ、と物憂げにため息をつく雲雀に、飛鳥は気付いていた。雲雀の困ったような笑顔に、ふわりひらりと舞い落ちる花びらのような可憐な少年が、飛鳥の脳裏を過ぎる。
「あいつのこと? なんか言われた? 幼馴染だか社長の息子だか知んないけど、雲雀が気にしなくても……」
「いや陽は別に……どっちかっていうと俺が……」
「?」
曖昧な笑みで、言葉を濁した雲雀に、飛鳥は首を傾げる。少し考えるような素振りを見せた後、雲雀は飛鳥を見つめた。
青色を帯びた淡いグレーの瞳が真っ直ぐ自分に向けられて、飛鳥の頬が熱くなる。元々赤面しやすい体質で、友人たちにはよく揶揄われていたから、逃げ出したくてたまらない。
けれど、雲雀は「嘘つけないだけだよな。かわいいよ」と言ってくれたことを思い出して、見つめ返した。
「……飛鳥は、俺に組もうって言われたらどう思う?」
「え!?」
心臓が大きく跳ね上がって、一瞬頬の熱さも呼吸も忘れてしまう。
目を見開いて言葉を忘れている飛鳥を見て、雲雀は、はぁ、と寂しげにため息をついた。
「……やっぱりいやかなー。俺と組むのって」
「い、嫌じゃないよ! 嬉しいに決まってる!」
「そうかな?」
突然の飛鳥の声の大きさに驚きつつ、雲雀は少し微笑んだ。
「実はさ」
「う、うん……!」
「陽に組もうって誘ったんだ」
「……え?」
雲雀は陽が答えをくれるまで、誰にも言うつもりはなかった。けれど今、偶然にも周りには人気はない。
何より、飛鳥は顔を真っ赤にしてまで、本気で自分の心配してくれている。そんな飛鳥に対して、嘘で誤魔化すことはできないと、雲雀は話し始めた。
「ずっと陽と組んでみたいと思ってたから、昨日思い切って言っちゃったんだ。でも、陽はかなり悩んでるみたいで……ちょっと気まずくて」
「……そう、だったんだ」
いつも声に力が溢れている飛鳥が、ぽつり、と呟く。飛鳥は俯いていて、表情は窺えなかった。
「陽は大人しいし、静かなところが好きなんだ。それはわかってたんだけど……でも、さんざん騒がれてるし、俺とはやりづらいよなきっと」
「そんなことない!」
飛鳥がバッ、と顔を上げて、雲雀を見つめた。声の大きさと、飛鳥の大きな瞳が潤んでいることに気づいて、雲雀は目を丸くする。
「雲雀に誘われて嫌な奴はいないよ! ……お、俺だって……」
飛鳥はぎゅうっと制服のセーターを握って俯いた。雲雀が首を傾げていると、それまでの力強い声とはうって変わって小さく呟く。
「もし誘われたら……嬉しいよ……」
「……そっか。ありがとな」
友人の励ましに、雲雀は笑った。俯いている飛鳥の顔は見れないが、耳は真っ赤だ。照れているのかもしれないが、自分のために言葉を振り絞ってくれたのだと考えると、雲雀の心は暖かくなる。
「自信出てきた。もうちょっと待ってみるよ」
飛鳥が僅かに顔を上げてみると、雲雀の表情は先ほどまでよりも少し明るいように見えた。飛鳥の頭をぽんぽんと撫でる手はいつものように優しい。
「もう一回、陽と会ってこよっかな。少し話ができるといいけど」
「……大丈夫だよ、雲雀なら」
「ありがと。じゃあ、また教室で」
「うん……」
雲雀の手が飛鳥から離れ、遠ざかっていく。僅かに顔を上げたはずの飛鳥はまた俯き、その手はずっと、セーターを握りしめていた。
ともだちにシェアしよう!