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★一方その頃★『結成まであと1年 7』の雲雀くん

「陽、どこ行く気?」 「え?」 「学校はこっち」 「あっ……ありがと」 「……大丈夫か?」  陽が少し顔を上げたので、ようやく目が合った。不安そうに瞳が揺れて、眉がいつも以上に垂れ下がっている。  そんな表情も可愛らしくて、思わずじっと見つめると、陽は目を逸らした。大丈夫、と小さく呟いて、振り切るように学校へと向かってしまう。  伸ばそうとした手は、がっくりと落ちた。  避けられている、という確信が後頭部を直撃するが、それでもなお膝をつかなかった自分を褒めてやりたい。  ……いや、無理、しんどい。      授業中、窓から何気なく外を眺めると陽のクラスが集まっていた。体育の授業中らしい。  陽は生っ白い足をさらけ出しているが、上着のジャージはしっかりと首までチャックを締めていた。ジャージのズボンは腰がぶかぶかし過ぎて履けないと言っていた。入学時に「身長が急激に伸びるはずだ、成長期だから」と大きめのジャージを買っていたのだが、追いつくのはまだまだ先だろう。  サッカーボールを追ってぴょこぴょこ走っているが、しばらくするとゆっくりと動きを止めた。そのままぼんやり立ち尽くしていたものだから、ぽーんっ飛んできたボールにも気づかない。ぶつかったボールは高く跳ねていき、陽はころん、と転がった。  ボールを当てたクラスメイトは、他のクラスメイトからぐいぐい追い詰められ、陽はちやほや囲まれている。  俺も今すぐ駆け寄ってやりたいのに、何故別の教室から眺めているだけなのか。  とりあえずボールぶつけた奴の顔は覚えた。      いくつかの授業が終わった頃に様子を見に行くと、陽はたくさんの本を抱えて廊下を歩いていた。  陽は本を読むのが好きだ。下校時に図書館で雲雀を待っていることも多く、可憐な容姿と相まって、『図書館の妖精』と謳われている。  それにしても、そんなにたくさん溜め込むこともなかろうに。ハムスターか。  本を抱えてよたよたと歩く姿は危なっかしく、どうして自分を呼ばないのか、と雲雀はそわそわと見守った。  声を掛けるのを躊躇していると、一回りでかい生徒が伸ばした腕にぶつかって陽はころん、と転がってしまった。本はバサバサと廊下を散らばる。  思わず駆け寄ろうと一歩踏み出したが、ぶつかった生徒と同じくらいでかい生徒が「明石ィィ!!」と叫びながら目の前を駆け抜けていく。『明石』と呼ばれた生徒はラリアットで吹っ飛ばされていった。  誰だか知らないがありがとう。お前がやらなかったら俺がやっていたかもしれない。  その後でかい二人を従えるように歩いていく陽は、何故か楽しそうに笑っていて、とても可愛らしかった。 『明石』の顔は覚えた。    *** 「雲雀、今から飯?」 「ん? んー、ああ」  昼休みは、いつもなら雲雀は幼馴染のところへ行ってしまう時間だ。けれど今日は一度戻ってきて、寂しげな表情を見せている。  飛鳥は先に食堂へ向かった友人たちを追っているところだったが、大事な友人である雲雀の様子に、思わず足を止めて声をかけた。 「えーっと……今日はあの幼馴染のとこじゃねぇの?」 「……用事があるみたいでさ」 「じゃあ、たまには一緒に行かね? 優介たちもいるよ」  喜びを露わにしてしまいそうな自分を押さえつつ誘ってみたが、雲雀は曖昧に微笑んで「どーしよっかなー」と答えるだけだった。 「なんかあった? 今日なんか変じゃん」  雲雀は少し目を丸くした。  今朝から、はぁ、と物憂げにため息をつく雲雀に、飛鳥は気付いていた。雲雀の困ったような笑顔に、ふわりひらりと舞い落ちる花びらのような可憐な少年が、飛鳥の脳裏を過ぎる。 「あいつのこと? なんか言われた? 幼馴染だか社長の息子だか知んないけど、雲雀が気にしなくても……」 「いや陽は別に……どっちかっていうと俺が……」 「?」  曖昧な笑みで、言葉を濁した雲雀に、飛鳥は首を傾げる。少し考えるような素振りを見せた後、雲雀は飛鳥を見つめた。  青色を帯びた淡いグレーの瞳が真っ直ぐ自分に向けられて、飛鳥の頬が熱くなる。元々赤面しやすい体質で、友人たちにはよく揶揄われていたから、逃げ出したくてたまらない。  けれど、雲雀は「嘘つけないだけだよな。かわいいよ」と言ってくれたことを思い出して、見つめ返した。 「……飛鳥は、俺に組もうって言われたらどう思う?」 「え!?」  心臓が大きく跳ね上がって、一瞬頬の熱さも呼吸も忘れてしまう。  目を見開いて言葉を忘れている飛鳥を見て、雲雀は、はぁ、と寂しげにため息をついた。 「……やっぱりいやかなー。俺と組むのって」 「い、嫌じゃないよ! 嬉しいに決まってる!」 「そうかな?」  突然の飛鳥の声の大きさに驚きつつ、雲雀は少し微笑んだ。 「実はさ」 「う、うん……!」 「陽に組もうって誘ったんだ」 「……え?」  雲雀は陽が答えをくれるまで、誰にも言うつもりはなかった。けれど今、偶然にも周りには人気はない。  何より、飛鳥は顔を真っ赤にしてまで、本気で自分の心配してくれている。そんな飛鳥に対して、嘘で誤魔化すことはできないと、雲雀は話し始めた。 「ずっと陽と組んでみたいと思ってたから、昨日思い切って言っちゃったんだ。でも、陽はかなり悩んでるみたいで……ちょっと気まずくて」 「……そう、だったんだ」  いつも声に力が溢れている飛鳥が、ぽつり、と呟く。飛鳥は俯いていて、表情は窺えなかった。 「陽は大人しいし、静かなところが好きなんだ。それはわかってたんだけど……でも、さんざん騒がれてるし、俺とはやりづらいよなきっと」 「そんなことない!」  飛鳥がバッ、と顔を上げて、雲雀を見つめた。声の大きさと、飛鳥の大きな瞳が潤んでいることに気づいて、雲雀は目を丸くする。 「雲雀に誘われて嫌な奴はいないよ! ……お、俺だって……」  飛鳥はぎゅうっと制服のセーターを握って俯いた。雲雀が首を傾げていると、それまでの力強い声とはうって変わって小さく呟く。 「もし誘われたら……嬉しいよ……」 「……そっか。ありがとな」  友人の励ましに、雲雀は笑った。俯いている飛鳥の顔は見れないが、耳は真っ赤だ。照れているのかもしれないが、自分のために言葉を振り絞ってくれたのだと考えると、雲雀の心は暖かくなる。 「自信出てきた。もうちょっと待ってみるよ」  飛鳥が僅かに顔を上げてみると、雲雀の表情は先ほどまでよりも少し明るいように見えた。飛鳥の頭をぽんぽんと撫でる手はいつものように優しい。 「もう一回、陽と会ってこよっかな。少し話ができるといいけど」 「……大丈夫だよ、雲雀なら」 「ありがと。じゃあ、また教室で」 「うん……」  雲雀の手が飛鳥から離れ、遠ざかっていく。僅かに顔を上げたはずの飛鳥はまた俯き、その手はずっと、セーターを握りしめていた。

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