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悪意 2
この町の問題点を知っている。
この町に生まれたら学ぶんは「人間は平等じゃない」と言うことや。
教室で僕らはそれを学ぶ。
冬でも薄着で顔に痣をつくって学校に来る小学校のクラスメート。
ある日突然おらんなった。
父親が再婚した若い嫁さんが、ソイツのことをいらん、と言って追い出したから、どこかに保護されたのだと聞いた。
いつもニコニコして冗談ばかり言ってるヤツやった。
いつも大人しく俯いてばかりいる女の子は絶対に自分の家に友達を連れて行かない。
時々ひどく大人びて、人を小馬鹿にしたことを言っていたその女の子も中学生になった時、いなくなった。
噂じゃ、父親に酷いことされてたらしい。
ずっと。
少なくともある程度の年齢になれば身体が金になることを僕らの町の女の子達は知っている。
親から逃げるために、そうしたんやろ、そうみんな言っていた。
この現代、食べられんで腹減らしてるヤツがおるんも知ってる。
おかんが帰ってこんから金がない。
だから万引きしてた。
こっそりと。
あかんことや。
でも、僕はそれをチクれへんかった。
もう知ってたからや。
飢え死にしてからや、ソイツに何かしてやろうかと大人達が思うのは。
かと言って、「ウチで飯喰うか」とも言えへんかった。
ソイツのプライドがってのもあるけど、ソイツが盗み癖あってアチコチの家に行ったらなんか盗むん知ってたからや。
教室にはそういう子達がいて、金持ちの中学からは有名私学に行く子達もいて、僕みたいにまあ、両親共働きの中流家庭もいる。
僕らは教室でまず学ぶ。
「人間は平等ではない」
そして人間が作り出した闇を現実として見る。
僕らは綺麗事を信じない。
少なくとも言葉通りには信じない。
頑張って頑張って笑顔で生きてた子が、ある日消える。
高校になって風の噂できく。
「アイツ死んだで」
死因は色々だ。
「努力したら報われる」
それを誰が言うかによってその言葉の意味が変わることを僕らは知ってる。
消えるまでその子もそう思っていたはずやから。
そして同時に「努力して」そこを抜け出た人間が二度とそこを省みないことも知っている。
そうやって、出たヤツは二度とこの町に戻らへん。
ここにおったことさえ隠すんや。
僕はそんな町で育った。
アイツの町はちょっと違う。
アイツの町は僕の町から僕の脚で走って30分ほどのとこにある。
閑静な住宅街や。
最寄り駅は関西でも金持ちの地区を繋いで走ることで有名な電車が止まる駅。
未だに少し田んぼとか、畑とかがあったりする。
パチンコ屋も風俗店もまったくない。
城跡のあるあの裏山がある場所で、まぁ、僕の町とは大違い。
この辺の人達は自分が住んでいるところを問われると市の名前ではなく、町の名前を言う。
色々猥雑なことで有名な市の名前より、上品であるこの町の名前を愛しているのだ。
アイツの家もお屋敷やけど、他にもお屋敷があるのはこの辺。
古くからのお金持ちの家が多い。
僕らの町にも金持ちはおるけど、この人らからみたら成り上がりやろね。
でもここの人達も、海辺近くの僕の町を知っている。
肌感覚で知っている。
アイツが言うてた。
この市から作家になった人の作品には、闇があるって
その人は金持ちの子で、中学からは有名私学行ってたような子達の一人やったけど、その人作品には闇に対する恐れと、嫌悪と、理解と愛着があったって。
その作家は闇に飲まれた。
酒におぼれて命をたった。
「闇を見つめすぎたらいかんのや」
アイツは僕に短い短編を読んでくれた後言った。
膝枕で本読んでもらったんは幸せやった。
小説なんて読んだこともなかったけどそれは好きやった。
アイツの声やと言うのがでかかったとしてもや。
その作家は知ってた。
笑顔の裏で少しずつ消えていく希望とか。
それが見えてもどないもならん無力感とか。
闇の手前にいる人たちほど、ポジティブな言葉を繰り返すあの感じとか。
そして自分には何も望めないことを知り、闇の方が暖かいかのようにそこに沈んでしまう感覚とか。
僕達は闇を身近に感じながら生きている。
僕は知ってるし、その作家の人も知ってた。
僕がそうならないのは、ただ単に運良く生まれついただけだと言うことを。
アイツは・・・違う闇の元に生まれついていたからそれを良く知っていたと思う。
僕がそれについて聞くのは・・・もっと先の話になる。
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