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獣 10

 兄貴の顔面のど真ん中にパンチを繰り出す。  「なっ!」  兄貴が驚きながら頭を外して避ける。  よけられ、流れる身体を利用し回転させ、そのまま隣りの師匠に回し蹴りを入れる。    「ほう?」  師匠も不思議そうな顔をした。  僕は続けざまに二人にむかってコンビネーションを繰り出していく。  当てる必要はない。  どうせ二人掛かりなら勝てない。  一人ずつでもかなり難しいけどな。  それでも、攻撃し続ければ少し位は時間的は稼げる。  「  !!」  僕はアイツの名前を叫んだ。  「家に帰れ!!タクシーで!!」  僕は怒鳴る。  連続での攻撃にこの大声。  酸素が足りなくなる。  でも、アイツが逃げなきゃ意味がない。  まわる脚、回転し撃ち出す肘、あらゆる角度から回転させて繰り出すパンチ。  止まらないことだけが大事だ。  効かせる必要はない。  足止めできさえすればいい。  スピードで、圧倒しろ。  止まるな。  二人をこの階段から下ろすな。  「お前・・・あの男の子と知り合いか」  兄ちゃんが余裕たっぷりに避けながら言った。  こんなスピードだけの攻撃ではダメだ。  でも、少し足止め出来れば・・・。  スピードで翻弄しろ!!  ノンストップのコンビネーションを僕は入れ続ける。  ワン・ツー フック、右ミドル、そこからの回転肘、  からの左ミドルからの右フック。  止まらないでいけ。  行くんだ。      僕は夕暮れの歩道橋の上で、兄ちゃんと師匠にノンストップの猛攻を仕掛けていく。  師匠の股間の急所へと、前蹴りを放った。    バシッ  蹴りがグローブみたいに出かい手で受けられた。  「速いけどね、 速いだけだね。それではダメだよ」   軽々と脚を師匠につかまれてしまった。  あのスピードの蹴りを掴みやがった。  この人は・・・化け物か。  しかもそのまま掴んだ脚をもちあげられ片手で吊される。  僕は普段は70キロはあるんやで。  真っ逆さまにぶらさげられている。  でも。  大人しくぶら下げられるつもりはあらへん。  掴まれていない方の脚のつま先で顎先を狙う。      「あぶねーな」  師匠はそれをかわした。  少しつま先が掠めて、師匠の手が思わず離れた。  僕は両手で着地し、そこから身体をくるりと一回転させて立ち上がった。  よし、これアイツが駅前のタクシー乗り場からタクシーに乗る時間位は稼げた。  後は・・・僕も屋敷まで逃げるだけや。  猫殺しや兄貴達についてはまた考えよ。  僕は僕も逃げるべくくるりと背をむけた。  そこで僕は絶望した。  心臓おさえながら、階段の半ばまで登ってこちらに向かうアイツが見えたからだ。  アイツは全く運動神経がない上に本読む以外をしてへんから階段を上がるだけでも息が切れるのだ。  アホが。  逃げろと言うたやろが。  「走って来てまだそこなんですよね」  「すごいな。めちゃくちゃ足遅いな。小学生以下だな」  兄ちゃんと師匠がもはや感心したようにアイツを眺めている。  「逃げろ言うたやろが!!」  僕は怒って怒鳴る。    僕一人なら逃げ切れるのに、コイツがおったら無理や!!  コイツ、小学生よりも足遅いんやで!!  お前、頭めちゃくちゃええけど、運動からきしやん。    「お前を置いて逃げれるかい!!」  アイツはゼェゼェ息を切らしながら、真っ青になりながらどなってきた。    いや、マジ、足手まといやから!!  それは言えない僕。    「・・・お前の知り合いか。その子。オレらからその子を逃がそうと思ったんか」  兄ちゃんが良くない笑い方をした。  兄ちゃんは性格最悪や。  表向きは品行方正、その裏で人の弱みを使ったり暴力を使って人を脅して言うこときかすんが大好きや。  結構なレベルのクズやしゲスや。  「そうか。ならオレ達のためにあの子に大人しく言うことを聞くように言ってくれないかな」  師匠がにこにこ笑う。    師匠は・・・面白い人やし嫌いになれへん人やけど、金の亡者や。  結果オーライなので手段は一切選ばない人や。  アイツがこの人らに関わっては絶対にいけないことだけはわかっていた。  「ごめんやね」  僕は言い捨てる。    さあ、どうするアイツを連れてどう逃げる。  どうやってどうやって。  アイツを担いで道路に飛び降りる?  いやそれくらいは平気で追ってくる。  考えろ。  考えろ。  僕は瞬間でフル回転に頭を動かしていた。        

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