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獣 11
「こっちに来い!!」
アイツが叫んだ。
息を切らし、痛い胸をおさえながら。
僕はアイツの側に駆け寄る。
アイツは息を切らしながら僕の前に出た。
まるで僕を庇うかのように。
・・・えっと。
アイツは師匠と兄ちゃんをキッと睨みつけた。
「コイツに指一本さわるんやない!!」
アイツは兄ちゃん達を怒鳴りつけた。
兄ちゃん達も僕も思わず呆然とアイツを見つめてしまった。
背こそ170位はあるけど、ガリガリの走る体力もまともないアイツが、2メートル近い師匠や180オーバーの兄ちゃんを怒鳴りつけているのだ。
自分を2秒で殺せる相手に、だ。
「コイツに手ぇ出したら・・・オレがお前ら殺すからな!!」
アイツは兄ちゃん達に啖呵を斬った。
いや、無理やろ。
僕も思った。
師匠も兄ちゃんもそう思った。
僕と師匠はそれを表情に出すとこまでに留めていたが、兄ちゃんはさすがに性格が最悪なので爆笑した。
「お前が?オレらを?・・・面白い、面白い・・・アホやコイツ、殺すやて?」
兄ちゃんは腹を抱えてバカにしたように笑った。
ヒイヒィ
笑い過ぎて酸欠なっとる。
兄ちゃんのアホ、コイツ人ばかにすんの好きやな、ホンマ。
腹立つな。
身内でもコイツは殺した方がええと時々本気で思ってまう。
うん。殺そ。
僕は殺意を滾らせる。
その僕をアイツの腕が伸びて遮り前に行かせない。
でも、その腕は震えていた。
アイツも怯えているんや。
当然や。
「 くん」
師匠かアイツの名前を呼んだ。
やっぱりアイツを知っとる。
何や。
師匠や兄ちゃんが出てくるような話って、アイツとは絶対縁ないぞ。
「大人しくお願いしたものを渡してくれたら、オレ達は大人しくこの町から出て行くよ。それに、それは元々君だけのものではないんだろ?・・・それに君がオレ達相手に何が出来ると言うんだい」
師匠は優しく言った。
それは、力づくでも欲しいモノは奪うと言っていた。
そして、師匠はそうする人間だ。
「・・・コイツを襲った奴らの言うことなんか聞くかい。別にこんなモン渡したかて構わんかったんやけどな・・・気ぃ変わったわ」
アイツは斜めがけしたかばんから古い和装本を取り出した。
アイツの家に沢山ある謎の本や。
アイツのご先祖様達が書いたヤツの一つやろ。
師匠はその本を見て、無意識に舌なめずりしていた。
そう、これが師匠の獲物なのだ。
「・・・これがそんなに欲しいんかい」
アイツが唇を歪めて笑った。
本は宙に飛んだ。
アイツが投げたのだ。
歩道橋の階段の上から、駅前の広場にむかって。
師匠も兄ちゃんも僕も思わず階段の上から投げられたその本を見た。
多分、遠巻きに僕達を見物していた全員がその本に注目した。
兄ちゃんに至ってはダッシュしてその本を取りに走った。
きっと兄ちゃんの大好きな札束にその本が見えたはずだ。
師匠ははした金では動かないからだ。
本は思いもかけずゆっくりと宙をとんだ。
まるで風に乗るかのように。
兄ちゃんは追いかける。
紙飛行機でも追いかけるみたいに。
兄ちゃんの指が本に届く。
触れる、掴む、その瞬間。
兄ちゃんの手の中で本はメラメラと燃え始めた。
兄ちゃんは思わず悲鳴をあげ、本を思わず落とし、それから違う悲鳴をあげて本の火を消そうと必死になって燃え盛る本を素手で叩き、炎を消そうとした。
消えない。
「止めろ、もういい」
師匠が言った。
「でも師匠・・・・・・」
兄ちゃんは言いかけて気付いただろう。
僕とアイツが消えていることに。
僕とアイツは全ての人間が燃える本に注目している間に消えていた。
跡形もなく。
そして燃えていたはずの本さえ消えていた
「・・・・・弟君のオトモダチは、思ったよりやるようだね」
師匠は感心したように言っただろう。
師匠を手玉にとれるヤツなどそうはいないからだ。
僕達は見事に逃げていた。
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